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第226話 Target…Lock On
諸事情(長くなりすぎただけですが)により、2話同時投稿になりました。
前の第225話とあわせてどうぞ。
「ミナトが……あいつが、王子様だっての!?」
牢屋の中。
エルクは……ハイエルフの青年、クラウド・クレリオンの話を聞き、驚きを隠せずにいた。
ミナトが、亡国『ベイオリア』の応じであるということと……その根拠となる現象を。
そこで知らされたのは……いつも隣にいた少年の、予想だにしなかった、とんでもない……というよりも、まるっきり信じられない秘密だった。
いや、その表現は正しくないだろう。何せ……彼がそのことを画していたわけではないのだ。
彼もまた、知らなかっただけ。彼自身の……本当の出自を。
しかし、同時に彼女は困惑してもいた。
(ミナトが、そのベイオリアとかいう王家の生まれって……でも、ミナトの親はお義母さんでしょ? 突然変異とはいえ、『夢魔』の力まで受け継いでるんだし、そこは間違いないはず……なのに何でその『鏡』が反応を……ただの間違い? またミナトの『否常識』っぷりが発動して法則無視しただけ? それとも、まだ何か秘密が……)
エルクはまだ、ミナトがリリンに『出産』されることになった裏話……拾われ、退化し、お腹に収まったという、ミナト曰くところの『代理出産エピソード』をまだ知らない。
それゆえに、今の話と、自分が知っているミナトの出自を結び付けられないでいた。
「困惑するのもわかる。だが……事実だ。『ユミルの目』による判定に間違いは無い……彼は間違いなく、ベイオリア王家の血を引いている」
クラウドは淡々と、無感情にそう告げる。
別の牢では、半ば予想できていたとはいえ、あまりに突拍子もないその事実に……やはり動揺と驚きを隠しきれない様子で、レジーナとステラも聞き入っていた。
「そして、ここからは我々の事情も絡んでくる話だが……我々はとある理由で、現政権と協力関係にある。それゆえに、無用な火種にしゃしゃり出てこられては困るのだ」
「だから……ミナトとレジーナを殺そうとしたってわけ?」
「そういうことだ。現政権の舵を取っている人間達の望みでもある。もっとも……それは理由の1つでしかないがな」
「へえ、どういう意味それ? そこは私も聞いてないなー?」
と、レジーナがやや挑発的な口調で問いかけるも……それに僅かでも感情のこもった反応を返したのは、召使の女達だけだった。当のクラウドは、どこ吹く風である。
「当然だろう。コレに関しては……」
「おい! ハイエルフ! ここにいるのか!?」
と、唐突に……クラウドたちが降りてきた階段の上から、怒鳴り声が下かと思うと……どうやら人間と思しき、1人の男が降りてきた。
軍服とは違う、豪華な装飾の服を身につけている、恰幅のいい男だった。
中年と言ってよさそうな容姿に、やや毛のさびしそうな頭をしていた。どうやら運動、というよりもあまり動くのが得意ではないのか、少し駆け足で階段を下りてきただけで息を切らし始めていた。
「……ここには立ち入り無用と言っておいたはずだぞ。人間」
「何ィ!? 私はこの国の……ええい、どうでもよい! そんなことよりも、一体今回のこの結果はどういうことなのだ!? 威勢よく啖呵を切っておいて、壊滅状態で帰ってきたではないか!?」
唾を撒き散らしながら喚きたてる男と、やはり無表情のままのクラウド。
面白いぐらいに対照的な2人のやりとりを、牢の中でエルクは、幸か不幸か傍観者として見ていられる立ち位置で見ていた。
「大口を叩いておきながら何たるざまだ!? 我々の軍の一個大隊まるごと1つが壊滅したのだぞ!? どう責任をとるつもりだ!?」
「責任……? 貴様らの修練が足りなかっただけであろう。我々のどこに責任がある?」
「何ぃ!? 貴様ら……亜人の、しかも傭兵の分際で、何だその口の聞き方は!? 我々の庇護がなければ、種を存続させることすら出来ない、行き場のない難民同然の身の上で、恩知らずめ!」
男がそう言い放った刹那、一瞬だけ……クラウドの目元がぴくりと動いたように、エルクには見えた。
しかし、表情がそこから特に変わることもなく……気のせいか、と思えた。
(……協力関係、って言ってる割に、仲がいいわけじゃなさそうね? 人間……というか、『リアロストピア』の方はハイエルフたちを見下してるみたいだし……逆にハイエルフ達は、なんとも思ってないというか、無関心というか……どうでもいいような扱いに見える……)
「部下達から聞いたぞ! 貴様らの手の者の攻撃であろう、『白い光の玉』とやらは! 加えて、我らの巻き添えを考えずに攻撃魔法を放ったそうだな!」
「あの程度の攻撃を避けることも防ぐことも出来ない方が悪い。ちょろちょろと動いて我々の邪魔になっただけだった……動きを止めるくらいしか能がないなら、土嚢か何かでも積んでおいた方がいくらか方がましだったかも知れんな」
「何ィい……!?」
「それに、あえて言わせて貰うならば……今回の戦いは相手の力量がこちらの想定を大きく上回ったことも犠牲が大きかった一因であろう。それについては、我々も事前の認識不足を否めん。事実、我々にも想定を大きく上回る被害が出た……貴様らよりは遥かに小さいがな」
「我々が無能だったと言いたいのか!?」
「……やはり話が通じんな。まあいい……喚き散らしたいだけなら、少しでも早く軍の再編を進めたらどうだ? 貴様ら人間は、数だけが多いのがとりえだろう……いつも言っていた気がするが? 兵士など代わりはいくらでもいる……と」
「ふん……いつもいつも気に食わん奴め……ん? 何だそいつらは?」
と、そこで初めて……貴族風の男は、牢の中にいるエルク、ステラ、レジーナに目を向けた。順番に見ていって……最後にレジーナを見た所で、何かを思い出したかのようなそぶりをする。
「……その茶髪の女は……なるほど、そいつが忌々しい旧王家の生き残りか」
下卑た笑みと嫌悪感を全面に浮き上がらせた、ある意味器用な表情で、男はレジーナを見下ろしながら、ふん、と鼻を鳴らす。
「残念だったな。貴様らの動きなど、もぐりこませていたスパイからすでに筒抜けだったんだよ……旧王家の再興などという馬鹿げた夢も、ここまでということだ」
「……っ!?」
自分達の仲間の中に、スパイがいた。それが……動行を知られていた理由。
それを理解して、ステラとレジーナの顔にショックが浮かぶ。
「驚いたか? バカめ……我ら新政権を出し抜こうなどと愚かなことを考えるからいかんのだ……どうだ、悔しいか? 夢破れ、未来が閉ざされ、我々が憎いか? 無力な名前だけの王族よ……ああ、今は名前すらないのだったな、ベイオリアなどという国、もう無いに等しいのだから」
その言葉に、レジーナはうつむくが……同時に呟かれた言葉は、ほとんど誰にも聞こえることはなかった。あまりにも声が小さく、唇も動いているようには見えなかったために。
聞こえたのは……クラウドとエルクの2人のみ。
「……何が、夢……っ! 誰も、そんなこと、望んでなったりなんて……っ!!」
そんなことは知らず、男はうつむいたレジーナが、自分の言葉に絶望を覚えたのだと勝手に勘違いして、少しだけ期限をよくしていた。
「ふん! ……評議会の者共の中には、飼い殺しにして求心力の一助とすることを提案する者もいるようだが……安心しろ、貴様のような無用な火種、すぐにでも処刑して禍根を足ってくれる。今、もう1人の王族の生き残りとやらの所にも追っ手が向かっている所だ、すぐに2人仲良くあの世に送ってやるから、それまで大人しく待っていろ!」
「また悲惨な犠牲を出すことにならんといいな、人間」
「黙れこの亜人め!」
ハイエルフとすら呼ばなくなった男は、その次に……別の牢にいる、目当ての『生き残り』だった者とは別な2人の捕虜を見て、下卑た笑みを浮かべる。
どうやら……苛立ちを少しばかり発散したせいか、他のことを考える余裕が出来たらしい。
「ふむ……おいハイエルフ。こいつらはついでに捕虜にでもしたのか? もしいらんなら、私がもらってやっても……」
下心を滲み出させ、エルクとステラの体を舐めるように見ながら男が放ったその言葉に、2人は思わず表情を、身を強張らせる。エルクは座りながらだが身構え、ステラは、恐怖からか……とっさに自分で自分の肩を抱くようにした。
その仕草に、男がにやりとさらに笑みを深く仕掛けて……即座にそれを引っ込めた。
横合いから、抜き身の刃が目の前に割り込んできたがゆえに。
「……そこまでだ、人間。勝手な真似は許さん」
「なっ、なっな……」
「……よせ、ステファニー。それはやりすぎだ」
突然のことに舌が回っていない様子の男と、女戦士――ステファニーと呼ばれた彼女をいさめるクラウド。
それに従い、ステファニーは『はっ』と頷くと剣を鞘に戻した。
そして、その直後……予想外どころではない言葉を、その口から放った。
「申し訳ありません……未来の奥方様に何かあってはと思い、勝手をいたしました」
「……はっ!?」
あまりにも唐突に……しかも、ちらっとエルクの方に視線を向けて放たれたその言葉に、エルクはきょとんと呆けた顔になった。
レジーナ、ステラも同様である。感情はむしろ無く……ただ純粋に『驚いている』。
頭が意味を理解していない、できていない……とも言えるかもしれない。
その間に、よくわからない罵詈雑言を、また唾を飛ばしながら並べ立てつつ……男は地下室から退散していった。
それを見送った頃……ようやく、エルクの頭は言葉の意味を理解した。
「ちょっと……今の、どういう意味よ?」
「……さっき説明しようとしていたことの1つがそれだ。緑髪の人間。お前は……ただ、そこにいる茶髪の人間と一緒にいたからここに来てしまったわけではない」
そしてクラウドは、エルクに向き直って言う。
「下調べの段階で、私は君の存在を知っていた。エルク・カークス、お前には……私の妻になってもらうつもりだからだ」
☆☆☆
ミナト・キャドリーユ。Sランクの冒険者。
キャドリーユ家11男。26人兄弟の末っ子。
その事実は……『邪香猫』のメンバーを始めとした、ここにいる一部の者たちにとっては、最早語るまでもないくらいに周知の事実である。
しかし、それに反する内容の話……ミナトが亡国の王子であるというそれを聞いて、その全員がエルクと同じ困惑を頭の中に覚えていた。
……ただ1人、本人であるミナトをのぞいて、だが。
それを知らないガルパンは、彼らの表情が、純粋な驚愕……自分達の仲間に亡国のやんごとなき血筋がいたことを驚いているだけのものだと解釈し、言葉を続けた。
「今、この……リアロストピアと名を変えられた国の民達は、苦しんでおります。一部の者だけが富み、その他のものは極端に差別された暮らしの中でしか生きられない……戦後復興のため、紛争への対応、過激派への対処のためなどと謳った増税……しかしその実、巻き上げられた金は、貴族や役人共の懐に入ってしまう……」
力強く、訴えるように語るガルパン。それに対して、聞いているミナトの目は冷ややかだった。
それに気付いていないのか、はたまた気付いた上であえて続けているのかはわからないが……ガルパンは、息継ぎする暇すら惜しいとでも言いたげな勢いで、話し続けた。
……ゆえに、気付かない。
先ほどからミナトが、小声で何か言っていることに。
「最早、現政権の打倒以外に手はありませぬ! 全てはこの国の民のため、そして無念のうちにこの世を去られた、今は亡き国王様方の弔いのため……ミナト様! われらと共にお立ち上がりくださいませ! 悪しき者共から、この国を解放し、再びかつての栄華を取り戻すために!」
「…………」
「現政権に不満を持つ者、かつての王家の時代を懐かしむ者は大勢おります! そして皆、いつ終わるとも知れないこの暗黒の時代に疲れ果てております……ミナト様、あなた様は彼らを引きいるにふさわしいお方……王子たるあなたが立ち上がってくだされば、従う者が大勢現れましょう! 何よりあなた自身、比類なき強力をお持ちの上、強き配下を従えておいでだ!」
「……ちょっと、静かに喋って」
「これは最早運命です! そのお力を、お知恵を、祖国のためにお使いください! そして、この悪しき時代に終止符を打ちましょう! 我ら一同、あなたについて参ります……共に戦い、あの現政権の悪しき恥知らずの愚か者共を打ち倒すのです!」
「だから、ちょっと黙ってって、うるs……」
「何を迷うことがあります!? 今まであなたがどこでどのようにお暮らしだったのかはわかりませぬが、おそらくは茨の道を生きてこられたのでしょう苦労、お忍び申し上げます……しかしそれももう終わりです、偽りの身分と名を捨て、本当のあなたを取り戻す時が来たのです! これはいわば、あなた様の宿命の戦い……本当の祖国の、本当のご家族の仇を打つべき時が来たのですぞ! さあ、今こそ自ら真なるベイオリアの栄光の先駆けと……」
「だーから、うるさいからちょっと黙ってろっつーの!」
べちぃん!!
「ブがっ!?」
目にも留まらぬ勢いで、救い上げるように一閃した、ミナトの平手打ち。
その一撃はガルパンの顔面にキレイに決まり……彼は拘束されたまま宙を舞い、薄い木製の扉をぶち破り、その向こうの隣の部屋へと飛んでいった。
さっきまでミナトが、ネリドラから手当てを受けていた部屋だったりする。
その光景に、当事者2人以外があっけに取られ絶句。部屋の中は、ミナトが望んだとおりにちょうどいい具合の無音となった。
直前に、ばきゃん、どしゃ、と派手な音が立ちはしたが。
そんなことなど気にする様子もないミナトはと言うと、音源が隣の部屋に飛んでいったことを確認すると……
「これでよし……さて、リュドネラ? 続きお願い。え? いや、こっちちょっとやかましいのがいてよく聞こえなくてさ……ああいい、もう黙らせたっていうか、片付けたから。大丈夫大丈夫、一応生きてる。……そこ突っ込まなくていいから、ええと……ほら、クラウドとかいうハイエルフが何だか妄言くっちゃべったところからリピート報告よろしく、うん」
☆☆☆
場所は再び、地下牢に戻る。
そこでは……クラウドが、今の発言の真意をエルクに問いただされつつも……『用がある。今日はこれまでだ』の一言と共に、立ち去っていってしまった所だった。
わけのわからない、しかし、直感的に冗談でもなければただ事とも決して言えなそうな何かに巻き込まれようとしている……そんな気配をエルクは感じ取り、一旦は落ち着かせた精神が、再びざわつきだす。
が、そこに……横からさらに一石を投じる出来事が、直後に起こった。
ただし……予想外にも、いい意味で。
「……さて、と。これでよし」
そんなことを呟きながら……エルクの視界の端で、先ほど一緒に来たハイエルフの女戦士が……1人だけ、クラウドについて地下牢を出て行かず、そこに残っていた。
おそらくは、エルクたちの見張り役ということなのだろう。
しかし……どうにも様子がおかしい、と、次の瞬間エルク達は気付く。
今、ちょうどハイエルフの女戦士は……防音のマジックアイテムを作動させた所だった。
これで、この地下牢で立てられた音は、外に漏れることはなくなった。
この女戦士は、戦場で会った時も、先ほどまでも……クラウド同様、ほとんど無表情・無感情に徹しており――『下等種族め!』と見下して罵るくらいはしていたが――およそ『人間味がある』と呼べるような仕草を見せることはなかった。
しかし、今、彼女は……まるで、緊張から解放された時、あるいは、何かしら一仕事終えた時のように……いわゆる『やりきった感』溢れる表情をしている。
額の汗を拭くそぶりまで見せて、『ふぃー』と息までついて。
そして、牢獄を振り返り、エルクと視線を合わせると……
「さて、とりあえず説明から始めなくっちゃね、あとは……エルクちゃんが無事だったって、ミナトに連絡もしなきゃだし……やること意外と多いな」
「……? あ、あの、あなた一体……?」
「んー? ああ、あはは、やっぱりわかんないか。見た目全然違うもんね。魔力とかに違和感も感じないはずだし……そういう風に作ってたからね。ミナトと、我が半身が」
「半身、って…………!?」
その言い回しに、エルクははっとする。
『半身』……自身の知り合いの中で、その言い方で呼ばれる者、そして呼ぶ者を……エルクは、2人だけ知っている。そしてその2人は、互いが互いをそう呼ぶのだ。
そして、『ミナトと一緒に作っていた』という点……ミナトが『作る』となれば、それは魔法薬かマジックアイテムだ。それを、一緒に作ることが出来るものなど、限られているどころの話ではない。
彼の師匠であるクローナか、そうでなければ……最近『邪香猫』に加入し、同時にミナトの『助手』ならびに『愛人(自称)』になった、1人の少女だけだ。
そして、それを『半身』と呼ぶ彼女はつまり……
「あんた……リュドネラ!?」
「大・正・解っ♪」
ミナトの助手・ネリドラの別人格……リュドネラは、一応美人であると言えるハイエルフの女戦士の顔のまま、にかっと笑って指でVサインを作った。
☆☆☆
……まずは状況を整理しようか。
エルクが転移魔法で拉致された後……パニックになりかけた僕は、白色の光の玉がとんでもない魔力を放ちだしたことで我に返った。
その直後、とっさにそれを地面に叩きつけて僕の体で覆うことで威力を殺し、どうにか甚大な被害を出すような爆発は起こさずに済んだ。
……それなりの被害は出たみたいだけど。
しかし、その威力の爆発を受け止めた僕はさすがに無傷ではいられず、全身に火傷を負っていたものの……その直後に即座に脱皮回復式否常識魔法『リヴァイヴ・リボーン』を使ったことで表面の傷を力づくで治し、さらに周囲の安全――敵がいなくなった、という意味で――を確認した上で、魔力のほとんどを自然治癒力の強化に回し、めったに使う機会のない手持ちの魔法薬を全部がぶ飲みして傷を癒すことに専念した。癒しながら、移動した。
気絶もせずに歩けている僕を、義姉さんとかは信じられなそうな目で見てたけど……変なことを言うようだけど、『気絶してる余裕がなかった』だけなのである。
前世から僕は、心配事があるとなかなか眠れない人間なのだ。
というか、寝る時だけでなく……何をしようとしても、それがしょっちゅう頭をよぎる。
多少の悩み事とかなら問題ないんだけど、心配事が大きいほどその頻度は多くなり……酷いと、1日中頭が働かず、さらに夜は一睡もできない、なんてこともあった。
しかしそれも、せいぜい受験の合格発表待ちとか、そんな程度の悩みだった。
……仲間が目の前で連れ去られるなんていう、悪夢のような状況……それに直面した僕の思考能力は、『考えすぎ』で最早フリーズ一歩手前だった。
エルクが心配、これからどうすればいい、あいつら何者だ、エルクはどこに行った、今すぐ追いかけたい、でもここを離れていいのか、体は満足に動ける状態か、etc、etc……
そのせいで逆に暴走『すら』できなかった僕の精神を呼び戻してくれたのは……ネリドラの機転から打たれていた、死中に活を見出す絶妙な一手だった。
現在、囚われの身であるエルクのそばには、見張りであるハイエルフの女戦士……の体を借りた、リュドネラがついている。
僕とネリドラが作っていた狂気のマジックアイテム、『悪霊の釘』の力によって。
……名前はただ単に、僕が厨二病を発揮してつけたものなんだけど……このアイテムは、ちょっとばかり怖いというか、気持ち悪いとも言える効能を持っているのだ。
きっかけは、数週間前……普段リュドネラが使っている魔力の体『アバター』を改良しようとして研究を続けていた時のことだった。
魔力の体ではなく、実体のある体を用意しようと色々やっていた時のこと……僕の頭をよぎったのは、師匠に弟子入りしてマッドサイエンティストとなってからの色々な研究・開発の中でも……5本の指に入るくらいにヤバい発想だった。
(……人間、ないし生物に『取り憑いて』操ることってできるのかな……?)
いや、さすがにやばいよなそれは……なんて言いつつも、死霊術師であるミシェル兄さんの助力を受け、3週間ほどで完成してしまったアイテムこそが……『悪霊の釘』。
生物に打ち込むことで、その者の体を魂レベルで占領してしまえる悪魔の武器。
……ただし、コレを使うには、魂、あるいは意思だけの存在……それも、マジックアイテムの性能・機能その他を理解して使いこなすだけの技量と知能、そして確固たる自我を持つそれが必要なのだ。僕が人工知能に使う人工精霊なんかじゃ、とても無理。
が……リュドネラの場合、魂ではないけど、意思そのものの存在である上、僕の助手であるネリドラと同一の知識・技量を持っているため、この条件に当てはまる。
その、試作品の『悪霊の釘』を……とっさの機転で、今回ネリドラが使った。
僕が以前作った釘打ち用マジックアイテム『ネイルガン』にそれを装填し、エルクがさらわれる間際……ハイエルフの女戦士に向けてばしゅっと撃った。
後頭部に命中し、頭蓋骨を貫通して脳に達したそれは、一撃で女戦士を絶命させ、同時に刻み込まれていた術式がその魂を押しのけ……そこにすかさず、リュドネラが入り込んだ。
結果は成功……転移の直前、リュドネラは女戦士の肉体を乗っ取った。
絶命しているので、正確には『死体を動かしている』状態だけども。
そして、彼女自身が最近勉強して身につけた『念話』に、『釘』の補助機能のいくつかを上手く組み合わせて使うことにより……僕まで念話を飛ばしてくることに成功した。
それにより、エルクとその周囲の様子は、飛んでくるリュドネラからの念話で筒抜け、リアルタイムで僕とネリドラに報告されているのである。
さっきは、その報告の最中にぴーぴーうるさいからぶっ飛ばしたわけで。
ともかく、それゆえに今、僕はエルクの状況が……直接話せたわけじゃないけど、大まかにわかる。そのおかげで、パニックにならずに済んだのだ。
本当に……ネリドラとリュドネラには、いくら感謝してもしたりない。今度、お礼を何か考えておかなきゃいけないだろう。
……その前にまずは、目先に転がってるいくつもの問題をキレイさっぱり片付ける必要がある。
(エルクと直接話して連絡取るための術式は……今から始めりゃ3時間くらいでなんとかなるだろう。でも、手持ちのスマホとタブレットじゃ不足だから……ミュウに頼んで『オルトヘイム号』呼ぶか。でもってその後、きっちり作戦立ててエルクを助ける。後、さっきリュドネラから報告された、あのハイエルフのヤローがエルクを妻に云々っていう妄言については……まあいいや)
「……どんなつもりで言ったんだろーと……僕がやることが変わるわけじゃないし、ね」
……人間って、本当の本当にマジギレすると、逆に冷静になるって……本当なんだな。
僕、今……間違いなく人生最大のブチ切れ度合いになってるのに、自分でも怖いくらい冷静で、客観的に物事を見てる気がする。
『何かわかったら逐一報告してね、リュドネラ』
『了解……対策、頑張って。とりあえずこっちは、エルクちゃんにも説明済ませとく』
その言葉を最後に、リュドネラとの念話を終えた僕に……ちょうど、というようなタイミングで、隣の部屋から戻ってきた男――ガルパンだっけ?――が、声をかけてきた。
「み、ミナト様……何を、なさいます……私は、私達は、心よりあなたのことを」
……ああ、こいつらの処分もどーにかしなきゃいけないんだっけ?
「えーっと……何だっけ用事? 時間ないから30字以内で簡潔にお願いできる?」
「は? で、ですからミナト様! どうか我々と共に、現政権打倒のために戦「やだ」……はっ?」
「だから、やだ。めんどくさい、パス。お断り。他当たって。以上」
いい終わらないうちに、とりあえず僕は帯からスマホとタブレットを取り出し、必要な魔法プログラムの構築を始める。隣にはネリドラ。手伝ってもらう。
同時に、『邪香猫』の皆に指示を出していく。
「ミュウ、今から30分後に『オルトヘイム号』呼び出して。電話でシェーンとターニャちゃんには話つけとくから。ナナ、クロエ、現政権軍の……生け捕りにした兵士何人かいたよね? 尋問して、拠点知ってる限り全部吐かせて地図に起こしてくれる? その他の情報も。ああ、後で『閻魔喚問』……一番強力な自白剤渡すから、聞きだした後それ使って確認もしといて。あと……」
「お、お待ちくださいミナト様! い、今一度、今一度我々の話にお耳を傾け下さいませ!」
と、這いつくばった姿勢のまま――ああ、そりゃ両手縛られたまま隣の部屋から戻ってくるっつったら這うくらいしか方法ないか――再び喋りだす、一座の代表。ガルパンだっけ?
「何? まだ何かあるの?」
「ま、まだ何かも何も……まだ納得できるお答えを頂いておりません! 『やだ』とはどういうことです!? あなた様の使命たる戦いを、そのように軽く……聞いておられるのですか!?」
「うるっさいなー、ちゃんと聞き流してるから。話すなら話しなよ」
「ならばっ……何をしているのです!? お手をお止め下さいませ! まだ話は終わっては……」
時間ないので、聞き流しながらも作業をする手は止めず、集中力も9割はこっちに回す。えっと、長距離念話における距離と人物指定の補助はこっちの術式で……
「ミナト様! どうか今一度お考え下さいませ! これは、あなたの故郷を取り戻すため……悪政に苦しむ民を救うための戦い! 王家の血を引くあなた様以外には到底成しえぬ役目ななのです!」
「いや、知らんし」
「しっ、知ら……!?」
「興味ない。関係ない。あんたらがその戦いとやらが大事なのはわかったから……僕を巻き込むな。やりたきゃあんたらで勝手にやれ、僕はやらん。面倒だし……今、忙しいから」
視線は『タブレット』からはずさずに口だけで返事。
繰り返すが、時間がないのである。集中したいのである。……早く黙ってくんないかな。
……黙るどころか、他の『忠臣』の皆さんも何やら喚きだしたぞ?
「興味ないなどと……なんということを! ご自分の使命を何だとお考えなのです!?」
「今のお言葉はさすがにあんまりですぞ、ミナト様! 今までどれだけの民達が、我らが同志達が、平和と復興を夢見て戦い、志半ばで散っていったと思っているのです!?」
「あなた様以外にいないのです! どうか、いるべき場所にお戻りくださいませ!」
「あ、ネリドラ。そっちやっぱりこの術式の方が効率よさげかも」
「……わかった、組み替える」
無視して作業進めるけど……終わる気配がない。
それどころか、激しくなっていくような……口調も、諭すようなものから、責めたてるようなものに変わってってない?
……だんだん腹立ってきたな。
「悪ふざけもいい加減になさいませミナト様! あなたは、あなたの真の祖国と、守るべき民達の未来がかかった戦いが始まらんとするこの時を、何だと思っているのですか!?」
「何とも思ってない」
「な……っ……!?」
……術式の解凍とインストールに時間がかかりそうなので、その間ちょっとだけ相手をしてやることにした。……ほっとくといつまでも喚き散らしそうだからな、こいつら。
それに……一応、ちと指摘したいところもあるし。
「あのさ……さっきから聞いてりゃ、僕の祖国だの守るべき民だのって、いかにもな設定押し付けてくるのやめてくんない? 全然ピンと来ないし感情移入も出来ないんだけど。」
「は……?」
「僕はその……何だっけ、ベイオリア? 知らないんだっつの。まずそこきちっと理解しろ。20年前に滅んだ国のために何で今僕があんたらの手伝いやって戦わなきゃいけない? たまたま仕事で来てただけのいち冒険者に何を背負わせようとしてんだあんたらは」
「い、いち冒険者などと、とんでもない! あなたは紛れもなく、ベイオリア王家の……」
「まあ、僕もちょっとばかし特殊な生まれ方してるから、もしかしたらそうなのかも知んないけどさ……仮に僕が王子様だとして、別にあんた達のために戦う義理も義務もないじゃん」
「なっ……!?」
僕の言葉が予想外だったとでも言うように、驚いた……というか、ショックを受けた顔になるガルパンのおっさん。
……なんでそんな驚く? 僕、何も別におかしなこといってないだろ。
だってそうじゃないか……僕の人生にゃ、そのベイオリアだの王族だのって要素も思い出も1%も入っちゃいないんだよ?
樹海の洋館で母さんに産んでもらって、いろんなことを教わりながら育って、独り立ちして……仲間たちに出会って、成長しながらここまできた。
それが僕の……『ミナト・キャドリーユ』の人生だ。
そもそも存在しない『ミナト・ベイオリウス』の人生なんて語られても困る。
つかむしろ……あんたの話通りなら、僕生まれてすぐ捨てられてんじゃん。それでどうやって、その祖国(笑)と国民のために戦う気になれっての? 無理あるどころじゃないでしょ。むしろ、憎む要因にならなりそうなもんだけどさ。
僕の『最初の母』である王妃様とやらには、産んでもらったことくらいには、そりゃ少しは感謝すべきなのかもしれないけど……だからって、国が僕に特に何かしてくれたわけでもない。そもそも国自体滅んでて、僕は公式には王族でもなんでもないんだから、その国だの国民だのに対して僕が果たすべき義務や責任なんて、今更あるはずもない。
ただ血筋がアレだってだけの理由で、全てをかけて立ち上がって戦えって? マジで寝言は寝て言えって感じである。何度も言うけど……関係ないだろ僕。
「かつての栄光とか知らないし、今は亡き先代とか言われても知らんし、興味もない。今の生活に不満もないから、王位とか別にいらない。悪政やってる連中は悪い奴で、国民は苦しんでるのかもしれないけど、それをわざわざどうにかしてやる義理は無い。以上、説明終わり」
「な……何を言われます!? 義理がないなどと……あなたは……」
「王族だからっていうの根拠にしないでね? 堂々巡りになるから。んなこといくら言われた所で、僕がこの国を何とも思ってない以上、心変わりする理由にはなり得ないから」
この国を何とも思ってない、って僕が言った瞬間、忠臣(笑)の皆さんの表情が、驚きや悔しさ、悲しみで歪んだりしたけど……知らん。
というか、今顔をゆがめたのはあんたらだけで、周りは客観的に話を聴いて、むしろ僕の主張に『うんうん』とよく頷いて同意していたのに気付いて欲しいもんだ。
自分達が少数派だってことに気付け。無茶を言ってるのはあんた達だ。
生まれだけでそれが僕の義務みたいに言ってくれやがって……しかも何だか、『邪香猫』の皆を配下だの何だの言って、その力を国のために使えだのなんだのほざいて……こいつらマジで自分達の物差しでしか物事をみようとしてないんだな。
自分達の価値観や目的を絶対に正しいと思い込んで疑わないから、他人の主張を理解できないし、何度でも同じ説明を繰り返してこっちをイラつかせる……僕が一番嫌いなタイプだ。
その価値観も……自分や同じような仲間たちだけに当てはめるならまだしも、こっちにまで押し付けてくるんなら……そりゃ何言われても文句なんて言えたものか。
「面倒だから、これ以上突っ込む余地がないくらいきっぱり結論言わせて貰うと、僕があんた達に協力して立ち上がる可能性は0だ。以上、話終わり。それ以外で何か話したいことがある場合にのみ何か喋れ。これ以上さっきの話引っ張ったら……物理的に黙らせる」
そう言うと同時にインストール他が終わったので、作業を再開。
言い返して来る者、食い下がってくるものがいないか見ていたが……どちらもなし。僕らの作業恩以外は、沈黙が支配していた。
よし……と僕が作業に完全に集中しだそうとした……のだが、
「……このような言い方はしたくなかったのですが……失礼を承知で言わせていただきます」
……まだ続けるつもりらしい約1名から、そんな言葉が出た。
……つい、睨む視線に殺気が乗ってしまう。それの余波を感じ取った、その他の忠臣や『聞かされてなかった組』が、かたかたと体を震わせておびえだした。
しかし、ガルパンだけは僕を正面から見据えている。
若干震えているように見えなくもないが、視線は逸らそうとはしない……元とはいえ、さすがは護衛団の副団長ってとこか。
まあ、だからって見直したりするわけでもないけど。
僕が『どういう意味?』とか聞き返すのを特に待たず、ガルパンは続けた。神妙な顔で。
「……ミナト様、あなたはもう……後戻りはできないのです」
「…………」
「先の襲撃の折、現政権の者達はミナト様という、旧王家の生き残りの存在を完全に把握していました。となれば……自分達の統治を脅かしかねない火種となりうるミナト様を、放っておくはずがございません。あらゆる手段を使って捕らえようと、あるいは殺そうとするでしょう。もう、あなたは……この国の権力争いという盤上から降りることは出来ないのです」
「……ふーん」
「あなただけならばまだいいかもしれません。しかし、被害はあなたの周囲の方々にも及ぶでしょう。ちょうど、今回のように……」
「…………」
「もう一度言いましょう、逃れることは適いません……これは、あなた様の宿命の戦いなのですから。あなた様が我々を率い、現政権の者共を打ち倒すことでしか終わらないのです。他に方法などないでしょう? ミナト様……周囲の皆様を巻き込み続けて逃げ続けるか、立ち上がって戦い、全てを終わらせるか……どうか、ご英断くださいますよう」
……まあ、一理あるな、その理屈にも。
この戦い、言っちゃ悪いけどあんた達が勝てるとは思えないし……そうなったら高確率で、現政権とやらは僕を目の仇にするんだろう。実際に。
それはそれとして……あんた、まさか……
「……レジーナにも、そういう風に『説得』して了解させたわけだ?」
念話越しに、リュドネラからは……どうやらレジーナは、当初、自分はなりたくて『旗印』になろうとしてたわけじゃない、って聞いていた。もともとこの団に入ったのも偶然だったみたいだし、本当なんだろうと思う。
たぶん……レジーナは、ホントに歌と踊りが大好きな、普通の美少女だったんだろう。
……王家の義務、降りることを許されない盤上遊戯、国のために戦う宿命……それらの不良債権に捕まるまでは。
自分だけじゃなく、他人……自分の友達なんかにまで魔の手が及ぶかもしれない、そんな風に言って……とんだ『説得』だ。それじゃまるで、人質でも取ってるみたいじゃないか。
ガルパンは、答えない。
しかし、肯定も同然の沈黙だった。
そーかい、そーかい……そっちがそういう手でくるなら……こっちにも考えがあるぞ。
「……よくわかったよ。僕の、いや、僕らの立ち位置ってもんがさ」
「…………ミナト?」
「おぉ……では、ご決断いただけますかな、ミナト様!」
僕の、呟くように発したセリフを、いいように解釈して喜びを滲ませるガルパン。
それとは逆にセレナ義姉さんは……何かただならぬ気配を感じ取ったような、不安げで、微妙に震えたような声をこぼしていた。
……長くうちの家系に関わってたから、わかるのかもね……嫌な予感が。
「よーくわかった……つまり、こういうことだ。僕や皆が平和に暮らすには――
――『リアロストピア』も『ベイオリア』も……どっちも邪魔なわけだ」
「…………は?」
きょとんとした感じの表情になる、ガルパン。
しかし、丁寧に説明してやる気は、ない。
と、視界の端に……僕の心中を察したらしい、義姉さんの顔が、『まさか……』といった感じで青ざめていくのがよく見えた。
(まずい……これはひょっとすると……私は今、絶対に起こしてはいけない怪物が目覚めてしまった瞬間に立ち会ったのかもしれない……!)
…………あそこまで真っ青だと、もう心の声が聞こえてくるようだ。
「あー、そうだ、一応知らせといた方がいいか……ネリドラ、あとで手紙書いといてくれる? 王都のドレーク兄さんあたりに」
「? いいけど……内容は、何て?」
「シンプルでいいよ。『ちょっと隣国滅ぼすんでよろしく』……って」
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