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月が導く異世界道中 作者:あずみ 圭

一章 ツィーゲ立志編

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森鬼、真と出会う ~アクア~

書籍三巻収録箇所のダイジェストその2になります。
 負けた。
 それも、完敗だ。
 数に押された訳じゃない。相手は一人だ。
 油断した訳じゃない。純粋に何もかも通用しなかった。
 希少な植物“紅蓮華”の群生する森で遭遇した、二人組。
 仮面をつけた男と、奇抜な服装の女だった。
 そいつらは紅蓮華を採取したと自白し、同意は得ているとか何とか、訳のわからないことを言って私と相棒のエリスを困惑させようとした。
 当然私達は二人を拘束しようと決めたのだが、そこでヒューマンの冒険者が三人ほど乱入してきた。
 彼らは突然アンブロシアの群生地を見つけた、と騒ぎ立てたのだ。
 最近は村や森に張られた結界が弱体化してこういった連中がよく現れる。
 アンブロシアとは紅蓮華のことらしいが、奴らに渡すなど冗談ではない。
 既に不法採取は明らかだし、その分も取り返すとして、まずが無力化しなければいけない。
 三人組の方は別に始末しても良いだろうが。
 最低仮面か仮装の女は口が聞けねばならないだろう。
 そう思って始めた、いつもの狩り。
 だがこの日、私の弓も、相棒エリスの魔術も相手を傷つけることは一度もなかった。
 全て仮面の男に防がれたのである。
 何をして防御しているかもわからないが、とんでもない防御力だった。
 私の得意技であるショットアローも、エリスの可視不可視を織り交ぜた攻撃魔術も。
 完封されたのだ。
 そして奴らは仲違いをしたのか、あとから乱入してきた三人組に攻撃を仕掛けると、私達をもあっさり無力化した。
 戦士の中でも実力が未熟な者は冒険者に遅れを取ることはある。
 その場合は降伏した後に我々の村に誘い込んで、私たちの師匠にして隊長である、森鬼もりおに最強の方が直々に始末していた。
 だが、私とエリスはこれまでそんな無様な真似をしたことはない。
 屈辱だ。
 敗北し、村に案内するのがこれほど辛いことだとは思わなかった。
 仮面の男ライドウは私とエリスを縛り、動きを制限した。
 腰を腕を縛られた私は口数も少なくライドウと同行者の女、澪を我らの村に案内する。
 エリスは比較的ライドウとも話をしていたが、彼女の相手はライドウも疲れるようだ。
 時折意味不明なことを言い出すからな、エリスは。
 だがその中に思わぬ知識が含まれていることもあるから侮れない。
 私もエリスの直感や、彼女曰く“啓示”とやらには幾度となく助けられてきた。
 ……時々話していてひどく疲れるのは確かなことだがな。
 幸運にも魔物と遭遇しないまま、私達は村に戻ってきた。
 当然注がれる私達への叱責の視線。
 仕方がない。
 私達はしくじったのだから。
 我らの存在、紅蓮華の存在を隠し続けるために師匠の手を借りて略奪者を処理しようとしている。
 くそ、本当に情けない。
 ライドウと澪を長老の待つ家に案内したあと、私達はお互いの顔を見てため息を一つ。

「……もう一回やったら勝てる感じ? アクア」

「同じだろうな。何をされていたかすらわからなかった。師匠の所に報告に行くのが、正直気が重い」

「ばっくれちゃおーか」

「ばっくれ? ……逃げるのは愚策だぞ、エリス。むしろ師匠なら更に罰が増えそうだ」

「……だよねー。ちなみにばっくれるっていうのは責任とか知らねーから逃げちゃおうってこと。流石だねアクア。完璧な推理だった」

「なにせ長い付き合いだからな、エリスの妙な言動にも慣れた。さて、どんな強制訓練が待っているか……師匠に報告に行くぞ」

「命に関わりそうな強制訓練なんて御免だね」

「はぁ……回避は不可能だろうが。気持ちはわかるが」

「そこでエリスは考えたんだね。悪いのはあの規格外なライドウの方じゃないかと」

「……まぁ確かに」

「なら少し待ってライドウを師匠の前に直接連れて行ってしまえば、訓練とか負けたこととか、もにょもにょもにょーって出来るんじゃない?」

「ライドウを……か。確かに宴を待つまでもなく師匠に出てもらえば多少はあの人の機嫌も良くなるかもしれんな」

「でしょ? でしょ? ライドウが変態なのが悪いとわかれば無罪放免という一発逆転さえあるんだよ、多分」

「……どうせ、底辺まで落ちた評価だからな。足掻いてみるのも良いか」

「そうそう! アクアはやっぱ最高の相棒だよ、このこの」

「ならしばらく時間を潰そう。着替えもしておきたいしな」

「おーけー、バディー!」

 私とエリスはモンド師匠に直接ライドウを会わせて、敗北の言い訳をすることにした。
 確かに、敗北は敗北だ。
 その事実は消えないし私の中の屈辱も消えない。
 でも、師匠が見てそれなりの評価をするような実力者なら私達も情けないながら言い訳にはなる。
 なんとなくライドウが師匠の目にかなう可能性は高いんじゃないかと思ってもいる。
 師匠以外の誰が応戦しても、ライドウには勝てないとはっきり言える。
 一端家に戻り着替えながら、私はエリスの企みが上手くいきますようにと心から願っていた。





◇◆◇◆◇◆◇◆





 ええっとだ。
 結果的には企みは半分成功半分失敗に終わった。
 私達が連れて行くまでもなく、師匠の方がライドウの部屋に豪快に乱入してきた。
 私とエリスが驚く仲、師匠は問答無用でライドウの手を掴み、例の、森鬼に伝わる奥義を発動させた。
 必殺の技だけに、私もエリスも息を呑む。
 だがライドウの身に一向に変化はない。
 それどころか、澪の早業で強烈な打撃を加えられて師匠は入室の際ぶち壊した壁の穴からまた出て行ってしまった。
 正確には吹っ飛ばされていった。
 師匠の家にライドウを連れて行くことは出来なかったけど、師匠にライドウと澪の変態的な強さを知ってもらうことは出来た。
 だから……まあ。
 半分成功でいいだろう。
 ただ、まさか師匠が一発もらうなんて想像もしていなかったから、エリスと二人で情けない声を上げながら吹っ飛んだ師匠のあとを追った。
 誰も反応できた者なんていないんじゃないかって位、澪が師匠を殴り飛ばした動きは速かった。
 いやライドウは澪の動きが追えていたのかもしれない。
 師匠の手を直前で振りほどいていたから、あいつは無事吹っ飛ばされずにいるのだろうし。
 もしかしたら、師匠でさえ正面からでは勝てない?
 ……流石に考えすぎか。
 でも、森鬼の真髄と伝えられている奥義“樹刑”は発動しなかった。
 一体、ライドウとは何者なのか。
 エリスに感じるのとは違う、異質な雰囲気を感じる。
 そう。
 あいつからは恐怖や不安が見えない。
 ここは森鬼の村だ。
 外に一歩出れば世界の果ての荒野が続いている、極めて危険な場所だ。
 住んでいる私達でも一歩間違えば容赦なく死ぬ。
 間違ってもヒューマンの領域ではない。
 なのにライドウからは多少の居心地の悪さを感じている気配は感じても、緊張も焦りも不安も恐怖も何もない。
 何というか自宅の庭にでもいるような様子だ。
 それは私達と戦っている時でも同じだった。
 何百年も前に強大な竜に礼を尽くして張ってもらったという、村を隠す結界が弱体化し始めてからヒューマンと戦う機会は増えたがライドウのような存在に会ったことはない。
 ……結界の弱体化が招いた客人、か。
 直感やお告げなど、エリスの専売特許で、しかもその内半数以上はどうでもいいような内容だったりするが。
 何故か、私はあの男、ライドウとこの場限りの関係で終わるような気がしないでいた。
 だがその理由を聞かれると、勘としか言葉にできない。
 本当にどうかしている。
 私が直感を信じるなど、な。
 馬鹿馬鹿しい。
 長い関係になどなろうはずもない。
 ……精々最後の宴を楽しむといい、ライドウ。
 なにせ他ならぬお前の樹木化を祝う宴席なのだから。
 どうせ奴もヒューマン。
 己が亜人から供応を受ける理由など、深く考えもせず当然のことと受け取っているだろうがな。

「お、師匠発見。早速モク吸ってますよ、あのスモーカーは」

「……転がったままの姿勢ではないか。まったく、困った師匠だ」

 走る私達の前方に、起き上がるでもなく、転がったまま空を眺めて咥えタバコをしている師匠の姿が見えた。
 良かった。
 とりあえずご無事のようだ。

「ああやって空を見つめてるのを見ると、奴らは俺でもお手上げだー、って無言の態度にも見えるね。彼、木にならなかったし」

「そんな訳があるか。あの技の仕様もまだ謎が多いと師匠も仰っていた。あいつに効かなかったのは偶然だろう」

「だといいけどねー。あ、また啓示がきた。なになに、ライドウとは一生ものの付き合いになるでしょう、だって。どうしよう、私達ライドウに手篭めにされちゃうかも」

「……その啓示がどうとか言い出してから、エリスは益々その……エリスになっていくな。半分は外れたり見当違いだったりするんだ、今回はそれだと思うぞ。ライドウと一生の関係など、どう考えても、ない」

 断言する。
 もっともこいつの啓示がどうとかは、最近、ここ何ヶ月かのことだけど元々勘が鋭いのは事実。
 そのエリスと私、二人の勘がライドウとの長い関係を予感している。
 少しだけ気になりはしたが。

「失礼なことを言われた気がする」

「気のせいだろう、褒めたつもりだ」

「むう。見当違いはともかく、私の啓示はきた以上は当たる。外れとか、随分な言いがかり。むむ、また降りてきた。ずばり、今日の宴では緑酒が出る!」 

「……それは恒例だ」

 当たる、か。
 もしライドウとこれからも付き合うことになるというなら。
 エリスの面倒も少しみてもらいたいものだな。
 私一人では色々な意味で手に負えん。
 こちらに気付いた師匠のもとに急ぎながら、私はふとそんなことを思っていた。
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