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無職転生 - 蛇足編 - 作者:理不尽な孫の手

ウェディング・オブ・ノルン

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2 「ノルンの嫁入り 中編」

 俺に任せろ。
 そう言い放った俺は、そのまま結婚の根回しを開始した。

 ノルンの方はいいとして、問題はルイジェルドの方である。
 彼は大人であるからして、俺の妹と結婚するとなれば、いとも簡単に首を縦に振るだろう。
 状況的に考えても、俺の家族と結婚することはスペルド族のためになる。
 なにせ、肩書だけを見れば、俺は龍神オルステッドの腹心だ。
 古来より、結婚とは同盟の結束を深める意味もあったりする。
 ノルンとルイジェルドが結婚することで、スペルド族は龍神陣営に逆らわない、俺達もまたスペルド族を切り捨てない。
 そんな構図が出来上がるわけだ。
 ハッピーな構図である。

 が、しかしそれでいいのだろうか。
 ノルンはそれで幸せになるのだろうか。
 ルイジェルドが「仕方なし」で結婚したとして、ノルンは満足出来るのだろうか。
 自分が愛されていないと気づいた時に、彼女は泣かずにいられるのだろうか。

 ルイジェルドは現在、ビヘイリル王国との折衝役の責任者になっている。
 となると、ノルンは魔法都市シャリーアではなく、スペルド族の村で暮らす事になるだろう。
 一応、ビヘイリル王国の一件もあり、彼女の顔と名前は村人全員が知っているようだ。
 だから村人は、受け入れてくれるだろう。
 だが、自分と違う種族がひしめく中、恐らく魔法都市シャリーアとは常識も、生活様式も違う中、ノルンはきちんとやっていけるのだろうか。

 最悪の場合、ノルンだけ近隣の町に別居、という形になったりしないだろうか。

 心配だ。
 実に心配だ。

 妻三人にそのへんについて相談してみた所、
 ロキシーには「ノルンさんなら大丈夫でしょう」と言われ、
 エリスには「ルイジェルドなら大丈夫よ」と言われ、
 シルフィには「考えすぎだよ」と言われたが……。

 しかし心配だ。
 ノルンが不幸な目にあうのは、許されないことなのだ。
 ノルンが泣きながら毎日を過ごすような事になれば、
 パウロは夢枕に立って、恨みがましい目で見てくるだろうし、
 ゼニスは枕元に立って、すやすやと眠る俺をペチペチと叩いてくるだろう。

 二人のためにも、俺はノルンに幸せのレールを敷いてやらなければならない。
 そこから外れるか否かは、ノルン次第だとしても。

 もちろん、ルイジェルドが信用に足る男だとはわかっている。
 例えノルンを心から愛していなかったとしても、妻としてきちんと扱ってくれることはわかっている。
 決してノルンが泣いたりしないように気配りもしてくれるとわかっている。

 でも、念押しという概念もある。
 例えばルイジェルドがそれほどノルンの事が好きじゃなかったとしても、だ。
 ここで俺がちょいと二人の仲を保つようなイベントを用意してやれば。
 ルイジェルドの気持ちをノルンに振り向かせてやることも出来るんじゃなかろうか。
 そうなれば、全てはハッピーエンドなのだ。

「……よし」

 というわけで、俺はビヘイリル王国、スペルド族の村にやってきた。

 つい数ヶ月前まで復興中だったスペルド族の村は、もうすっかり村としての体裁を整えていた。
 村の周囲は高い柵で囲まれ、村の中には家が建ち並び、まだ収穫物は無いが、畑なんかも作られている。
 スペルド族の戦士たちは、俺を見ると頭を下げ、快く俺を村内へと入れてくれた。

 俺は彼らに会釈程度の挨拶を済ませて、足早にルイジェルドの家へと移動した。
 無論、新築である。
 ルイジェルドはこの村ではやや高い立場にいることもあって、家も大きい。
 うん、二人で暮らすには十分だろう。

「……ルイジェルドさん、おられますか?」
「ルーデウスか」

 ルイジェルドは家にいた。
 食事のすぐ後だったのか、部屋の中央にある囲炉裏のすぐ傍であぐらをかいて、瞑想でもするように目を閉じていた。

「……」

 俺は彼の前に座った。
 正座である。
 ルイジェルドはその時点で目を開け、訝しげな視線を送ってきていた。

「……どうした?」

 改めて聞かれ、俺は片手の平をルイジェルドに向けた。

「ちょっとまってください、今、言葉を選んでいますので」
「…………ああ」

 そうして、俺は黙りこくってしまった。
 チロチロと燃える火を見ながら、体感時間で小一時間。
 おかしな話かもしれないが、俺は最初に言うべき言葉を考えていなかった。

 聞くべきことは決っている。
 ノルンに対する、ルイジェルドの気持ちだ。
 好きか嫌いか、結婚相手として視野にいれることが出来るか否か。

 とはいえ、どう言えばいいのだろうか。
 ノルンと結婚する気って、あります?
 とかか?
 いや、結婚と、気持ちとは、また別なのだ。それを忘れてはいけない。

「……」

 ルイジェルドは、無言を通す俺に、あれこれと話しかけてくるわけでもなかった。
 彼は俺がしゃべりだすのを、まっていてくれた。
 自分は決して急いではいないから、ゆっくりと言葉にしてくれとでも言わんばかりに。
 用事があったのか、なかったのかはわからないが、暇な身でもないだろうに。

 きっと、彼はノルンに対しても、そういう態度で接してくれるだろう。
 あるいはノルンは、そういうルイジェルドに対して苛立ちを覚えるだろうか。
 何か言ってください、とばかりに噛み付いてしまうだろうか。
 いや、無いな。
 そういうルイジェルドだからこそ、ノルンは好きになったのだろう。
 沈黙が苦にならない相手は貴重なのだ。
 俺は今、ちょっと苦しいが。

「……そういえば最近、ノルンにお茶を淹れてもらったんですが、結構上手だったんですよ」
「ほう、ノルンの茶か」

 探るようにそう言うと、ルイジェルドは食いついてきた。
 やはりノルンに興味があるのだろうか。
 なら第一関門はクリアか……?
 いやまて、流石に一時間も黙ってた男が何かを言えば、どんな話題だろうと食い付くだろう。
 焦るな。
 会話は流れだ。

「なんでも、職場でいつも淹れてるので上達したようで」
「そうか……以前、この村に来た時に飲んだことがある。確かにうまかった」

 ルイジェルドは思い出すように目を細めていた。
 そうか、すでにルイジェルドはノルンのお茶を飲んでいたか。
 うまかったのか。
 ということは、また飲みたいとか思ってくれているのだろうか。
 毎日、俺のためにお茶を入れて欲しい、とか思っているのだろうか……。

 くそっ、どう聞けばいいんだ。
 選択肢表が欲しい。
 もしかすると、オルステッドは俺と会話してる時、こんな気持ちだったのか?
 なら、単刀直入に聞くか?
 どうしちゃう、どうしちゃうのよ!

「茶だけではない、料理の方も悪くはなかった」

 迷う間にも会話は進む。
 なぜなら会話は流れだから。
 流れは止まらないのだ。

 しかしまて、今なんつった。
 手料理?

「食べたんですか?」
「ああ」

 ノルンの手料理を?
 俺だって食ったことないのに?

「そうですか……」

 どんな料理を作ったのか気になる。
 肉じゃがか、カレーか、オムライスか、あるいはビーフストロガノフか。
 俺も食いたい。
 食ってみたい……。
 いや、俺の事はさておけ。

 ともあれ、悪くはない、ということはダメではないということだ。
 胃袋を掴むに至ってはいないが、メシマズNGということはないらしい。
 そして、結婚後に激ヤセルイジェルドを見ることもない。

「ノルンがどうかしたのか?」

 俺が考えていると、ルイジェルドがそう聞いてきた。
 察しのよろしい事である。
 いや、俺が深刻な顔をして入ってきて、いきなりノルンの話をしたら、聞くのは当然か。

「いえなに……どうかしたというわけではなくて、ただの世間話なんですがね」

 しかし、単刀直入に聞くには、まだ少し勇気と覚悟とガッツが足りない。
 ノルンの事が好きですか? 愛していますか? 今すぐ抱きしめてチューできますか?
 と聞いて、全然好きではない、結婚はできない、仮に結婚したとしても愛することは出来ない、なんて言われたら……と思ってしまっている。
 そうなると、俺はきっと、すごくショックを受けるだろう。
 その場で、「うちのノルンのどこが気に入らんのじゃあ!」と喧嘩を売ってしまうだろう。

「ノルンも、成人して、仕事も始めたというのに、まだまだ子供な所が残ったままというか……どうにもこう、男っ気というものが無くてですね。ちゃんと結婚とか出来るのかなーとかね、思っちゃったりとかしましてね」

 そう言って、ルイジェルドを見る。
 露骨すぎただろうか。
 ルイジェルドは訝しむような顔をしている。

「……人族の間だと、当主が結婚相手を見繕うのがしきたりなのだろう? ノルンの相手は、お前が決めるのではないのか?」
「いやいやいやー、うちは貴族ではないのですのでね。ノルンの相手はノルン自身に見つけさせるのもいいかな、なーんて思ったりしていますです、はい」

 チラチラとルイジェルドを見るが、彼の表情は動かない。
 いや、訝しい表情に、やや厳しさがプラスされてきただろうか。
 まさか、無責任な奴だ、と思われてしまったのか?

「いや! もちろん! ノルンがロクでもない男を連れてきたらですね。
 こう、そいつを荒野に連れ出してですね「ノルンが欲しければこの俺を倒していくがいい!」とか言うつもりですよ。
 どこの馬の骨ともわからん奴に、ノルンはやれませんからね!」

 慌てて言い訳をしておく。
 ノルンを薦める前に、俺が無責任だと思われたら大変だ。
 何が大変かはわからないが、とにかく大変だ。

「つまり、ノルンを嫁にもらいたければ、お前を倒さなければいけないということか?」
「いや……! 別に必ずしも強い必要はありません! が! ただまぁ、そうですね、胆力……そう、胆力のようなものは見せてもらいたいですね」

 いざという時に怖気づいて逃げるような奴はダメだ。
 そんなのにノルンは任せられない。
 俺もよく怖気づくが、せめて逃げないぐらいの胆力は持っているつもりだ。
 うん、負けるとわかっていても向かっていくぐらいの気概が必要だ。

「そうか」
「そうです」

 もちろん、ルイジェルドならそのへんは大丈夫だがね。
 という意味合いの視線を、チラチラとルイジェルドに送ってみるが、彼の表情は動かない。
 巌しさは残ったままだが……。
 やはり、彼はノルンになど、興味がないということだろうか。

「……」

 そりゃそうか。
 彼にとってノルンというのは、子供なのだ。
 小さい頃に知り合ってから、ずっと弱々しい子供なのだ。
 そしてルイジェルドは子供に対して劣情を抱いたりはしない、そういう男なのだ。

「ルイジェルドさん……単刀直入に聞きますが」
「ああ」

 だが、それでも一応、聞いてみなければいけない。
 ノルンに可哀想な結果になるとしても、だ。
 顔色だけで決めつけるわけにはいくまい。
 俺も、覚悟を決めよう。


「ノルンのことをどう思いますか?」

「……」

 ルイジェルドは沈黙した。
 黙りこくったまま、睨むような目つきで俺を見てきた。
 顔色は巌しい、実に厳しい。
 訝しさは完全に消えている。

「……」

 おかしな事だ。
 いつものルイジェルドならこういう時は即答するはずだ。
 子供か、戦士か。
 そんな二択のはずなのだ。

「……ノルンの事は、好きですか?」

 意を決した。
 言わなければ始まらない言葉。
 今、言うべきではなかったかもしれない言葉。
 俺ではなく、ノルンが言った方が良かったかもしれない言葉。

「そうか」

 それを聞いたルイジェルドは、そう短く呟くと、意を決したように立ち上がり、立てかけてある槍を手にとった。

「……ルーデウス、表に出ろ」

 俺はその行動の意味がわからず、彼を見上げた。
 戸惑いつつ見上げる俺に、ルイジェルドはさらに、強い口調で言う。

「出ろ」
「……はい」

 有無をいわさぬその迫力に、俺は唯々諾々と従った。


---


 スペルド族の村から地竜谷の森の奥に向かって十数分。
 ここは深い森の中。
 そこにぽっかりと開けた広場にて、俺はルイジェルドと向かい合っていた。

「……」

 ルイジェルドは先ほどから、ずっと険しい顔だ。
 なにか、怒らせてしまったのかもしれない。
 やはり、あんな話をした後に、ノルンが好きだという事を伝えたのは失敗だったか。
 あるいは、勘違いされてしまったのかもしれない。
 俺が政略的な意味で、ノルンを差し出そうとしている、とか。

 ルイジェルドの事である。
 男らしく、「兄ならばノルンを守れ。他人の機嫌取りになど使うな」と言うのであろう。
 そんな所が頼りになるから、俺はルイジェルドのことを信頼しているのであるが……。

「お前は、とっくに気付いていたんだな」

 しかし、ルイジェルドの口から出てきたのは、俺の予想とは違う言葉であった。

「……?」

 俺が何に気付いたというのだろうか。
 今、この瞬間もわけもわからず混乱している俺が?
 お世辞にも察しがいいとは言えない俺が?

「何に?」
「皆までいうな、いくぞ!」

 問答無用とはこの事であった。
 予見眼など開いているわけもなく、開いていなければルイジェルドの動きなど見えるはずもない。

「――いだっ!」

 ルイジェルドは一瞬で肉薄し、俺は地面に転がされていた。 
 それでも、十数年前に比べて、何をされたのかはわかった。
 日頃の訓練の成果かギリギリで反応も出来た。

 ルイジェルドが右から槍をなぎ払い、俺はそれを魔導鎧『二式改』の篭手にてガードした。
 が、ルイジェルドの次手であるローキックを片足を上げてガードをして、片足立ちになった所、軸足をクルリと回った槍の石突きで払われたのだ。

「どうだ?」

 ルイジェルドは俺の首筋に槍を突きつけて、無表情のまま見下ろしている。

「参りました。結構なお点前で」

 何がどうかわからない。
 もはや、そう言うしか無い。
 首を貫かれるってことはないだろうが、この状態では俺の負けは明らかだ。

「足りているか?」

 何の話だ。
 何が足りているというんだ。

「むしろ、俺の方が足りないかと」
「……なら、十分ということか?」

 何が十分かはわからんが、こんな状況で足りるもなにも無いだろう。
 俺が何を言った所で無様なだけである。

「十分かと」

 そう言うと、ルイジェルドは俺から槍をどけた。
 体を起こして、その場に座る。
 そして、自分でも情けないであろう顔でルイジェルドを見上げた。


「では、約束通り、お前の妹をもらう」


 すると、ルイジェルドは、おかしなことを言い出した。
 妹を、もらう。
 妹ってなんだっけか。

 そんな約束、したっけか?
 あれ?
 何の話だっけ?
 ちょっと、話の繋がりが見えなくなってしまった。

「お前が睨んでいる通りだ」

 俺が何を睨んでいると?

「俺はノルンに懸想している」
「懸想……」

 必死に、懸想の意味を思い出す。
 確かそう……思いをかけること。恋い慕うことだ。

「……え?」

 つまり、ルイジェルドはノルンが好きってことか?
 いやまて、早まるな。
 勘違いは俺の悪いクセだ。

「つまり、ルイジェルドさんは、ノルンが?」
「…………好きだ」

 もしかすると、俺は担がれているのだろうか。
 ここで喜び勇んで、じゃあノルンとの結婚を認めましょう。
 とか言って、実際に白無垢姿のノルンを連れてきたら、「ドッキリ大成功」とかいう看板を持ったルイジェルドが現れるとかじゃなかろうか。
 俺の精神に大打撃を受ける攻撃だ。ノルンも自殺しかねない。
 間違いなくヒトガミの仕業だ。
 くそ、ルイジェルドがヒトガミの使徒だったなんて!

「なんの冗談ですか? それとも、何かの罰ゲームですか?」
「冗談ではない」

 ルイジェルドは少しムッとした顔で言った。
 そうだろうとも、ルイジェルドはあまり冗談は言わないのだ。
 こういう場合は、特に。

「いつから?」
「数ヶ月前、ビヘイリル王国での戦いの時だ。献身的に俺の看護をしてくれる彼女に、そうした感情を抱いた」

 確かに、あの時は仲睦まじかった。
 だが、あくまでノルンの一方的な恋慕だったのではないのだろうか。
 押しかけ女房のように世話を焼いていただけで、ルイジェルドはなんとも思ってはいなかったのではなかろうか。

「無論、手など出すつもりはなかった」

 俺の妹じゃなければ、手を出していたということなのだろうか。
 手を出していたということなのだろうな。
 オルステッドの知る、いつものループでの話によると、そうなるのだ。
 そしてノルンは女となり、妻となり、母となるのだ。

「だが、お前は気付いていたのだな。だから、唐突にやってきて、あのような話をしたのだろう」
「……」

 そんなわけがねえ。
 俺が知ってるのはノルンがルイジェルドの事が好きって事だけだ。
 そこから両思いだと知ることが出来る奴は、俺じゃねえ。
 俺がそんなに鋭いはずがない。
 鈍感系だぞ。
 その切れ味たるや、モーニングスターもかくやというレベルだぞ。

「改めて言わせてもらおう。ノルン・グレイラットを妻に迎えたい」

 ルイジェルドは、そう言って、俺の首に突きつけた槍を持ち上げた。

「そのため、胆力も見せた」

 じゃあ、今のはそれか。
 今のこの状況は、俺があんな事言ったからか。
 胆力を見せるために、決闘を、ってことだったのか?
 俺には、ルイジェルドの胆力を見せてもらうだけの力はなかったが……。

 まぁ、そんなものは今更確かめるまでもない。
 だが、こう、なんか。
 あれだな、思った以上に混乱しているのだろうか。
 うまく事が進みすぎている。

 罠か?
 誰が誰をハメるための罠だ?
 わからん。
 どうなってるんだ。

「ええっと……前の奥さんとか、息子さんの事とかは、いいんですか?」

 わからないがゆえに、俺は問答を続けることとする。
 その場に座り込み、ルイジェルドを見上げつつ、言葉を発するのだ。

「前にも言っただろう。昔のことを引きずっているわけではない」

 相手がいないだけだ、とは、確かに以前聞いた気もする。
 ルイジェルドは俺が立ち上がらないのを見て、槍を地面に突き刺して、その場にあぐらをかいた。
 俺は正座へと座り方を移行する。
 それだけで、目線の高さが一緒になった。

「つまり……」

 ルイジェルドはそれだけ言って、難しい顔で俯いた。

「……」

 そして、黙りこくってしまう。
 突然やってきた俺に恋心を暴かれて、開き直る決心はした、ここまで俺を連れだして胆力も見せた。
 だが、彼は元々口下手な男でもある。
 それ以上、何を言いたいか、何を言うべきか、色々と整理がついていないのだろう。

「……」

 俺は、焦りすぎていたのだろうか。
 オルステッドからあんな話があったとしても、すぐにこの二人をどうこうする必要はなかったのではなかろうか。
 やはりもっと、遠回しな作戦を練って、二人の心を近づけていった方がよかったのだろうか。
 こう、ノルンが攫われたという設定で、ルイジェルドに助けを求めるとか……。
 いや、それで惚れるのはノルンだけだから、ルイジェルドを罠に陥れるとか。
 まて、そんなことをしたら俺がノルンに嫌われちゃう。

「俺はいずれ、人族と結婚するだろう」

 悩んでいると、ルイジェルドが言葉を発した。
 いずれというのはどういう事だろうか。

「どういうことですか?」
「お前のおかげでスペルド族は復興に向かっている。
 ビヘイリル王国の民や鬼族は、心地よいほどに我らを受け入れてくれている。
 いずれ、鬼族と同じように、王族か貴族とスペルド族の誰かが血縁を結ぶ事になるだろう。
 そうなれば、まず最初の一人は俺が適任だろうという話はあったのだ」
「ほう」

 そんな話が……。
 まあ、あるだろうな。
 ルイジェルドは立場で言うと、スペルド族の族長補佐という感じだ。
 しかし、かつての戦争の英雄でもあり、敬われている。
 村のアイドル……というとちょっと違うが、守り神的な存在であろう。
 そんなルイジェルドと、ビヘイリル王国の王族か貴族が結婚する。
 ビヘイリル王国にとっても、スペルド族が王国を守る立場になってくれることになり、安心するだろう。

「だが、もし、俺に選択権があるとするならば……ルーデウス、お前の家とがいい」

 その言葉に、俺は胸の奥から何か熱いものがこみ上げてくるのを感じた。
 ビヘイリル王国との友好は、スペルド族のためになる。
 きっと、俺の家と血縁関係になるより、ずっとスペルド族のためになる。
 でも、ルイジェルドは、俺の家を選んでくれたのだ。
 俺を選んでくれたのだ!

 いや、俺じゃない。
 いかんいかん、危うく、乙女デウスになってしまう所だった。

 と、思った所で、ふと思い至る所があった。

「ノルンで、いいんですか?」
「どういう意味だ?」

 訝しむルイジェルド。

「ノルンは……なんだかんだ言って、その、結構わがままです。
 あと、あんまり後先考えずに、相手の嫌な事を言っちゃう時もあります。
 もしかすると、夫婦間で喧嘩とかしたら、ルイジェルドさんの昔の事とかを、無神経に言っちゃうかもしれません」
「……」

 思ってもいない言葉が出てくる。
 おかしな話だ。
 俺はノルンを応援する立場にいて、ノルンの良い所を言わなければいけない。
 なのに、出てくるのは、ノルンの悪い事ばかりだ。

「家事はひと通りできるみたいですけど、それを専門にやらせて上手にできるかどうかはわかりません。
 勉強はできるけど、あんまり応用や工夫は得意じゃないようで、初めて何かをすると、失敗が多いです。
 シャリーアでは簡単に出来るけど、スペルド族の村では工夫しないと出来ないことも、たくさんあるでしょう。
 あの子は、きっとルイジェルドさんに迷惑を掛けます」

 違う、こんな事を言いたいわけじゃないんだ。
 俺の家には、他にも妙齢の女性はいる。
 例えばそう、アイシャだ。
 正直、アイシャはノルンよりも優秀だ。
 家事もできるし、子守も出来る。
 ノルンにできて、アイシャにできないことはない、ってぐらい優秀だ。
 そう考えると、どうしてもこう、ノルンでいいのだろうか、という気持ちが湧くのだ。

 俺はノルンを応援したい。
 だが、ルイジェルドもまた、好きなのだ。
 二人に幸せになってほしいからこそ、どちらかに不満が無いようにと考えてしまうのかもしれない。

「――だがそれは、一生懸命やってくれた結果だろう」

 俺の言葉を遮ったのは、やはりルイジェルドだった。

「俺は知っているぞ。ノルンの悪い所も良い所もな」

 言葉を失った俺に、ルイジェルドは畳み掛けるように言った。

「お前も、知っているのだろう?」
「もちろんです」

 ノルンには、いい所もたくさんある。
 最近のノルンに詳しいわけじゃない。
 でも、ノルンは人の事を考えられるようになった。
 アイシャと比べられなくなった事で、必要以上に卑屈にならなくなった。
 ヒステリーが減って、アイシャとも仲良くなった。

 面倒見もいい。
 家ではあんまりだが、同級生や後輩にも慕われている。
 15歳の誕生日の時だって、ノルンの友人はたくさんきた。
 今でも、学校の後輩が我が家にきて、勉強や生徒会についてノルンに相談をしてたりもする。

 ノルンは何事にも一生懸命取り組んでいる。
 一生懸命やった結果、一番にはなれないけど、苦手な事でもちゃんと出来るようになっている。
 ノルンは苦手な事が多いから、他人と比べれば、そりゃパッとはしないかもしれない。
 それこそアイシャと比べれば、雲泥の差になってしまうだろう。
 けど、他なんてどうでもいいのだ。
 彼女は努力して、着実に進んでいく。
 それをきっと、これからも、一生続けていく事だろう。

 今のノルンは、そういう子なのだ。
 とても、いい子なのだ。
 自慢の妹なのだ。

 そして、ルイジェルドも、それを知っているのだ。
 ノルンが一生懸命な子だと、知っているのだ。
 俺に言われるまでもなく。
 そして、ノルンのダメな部分も。
 昔からあった、ダメな部分も知っていて、許容してくれている。
 全部をひっくるめて、好意を持っていてくれる。

「……どんな時でも、ノルンを守ってくれますか?」
「ああ」

 ルイジェルドは力強く頷く。
 そうだろう、彼ならノルンを死ぬまで守ってくれる。

「結婚したら、ノルンは違う種族に囲まれて、家族からも離れて、大変だと思うのですが、支えてくれますか?」
「ああ」

 ルイジェルドは力強く頷く。
 そうだろう、彼ならノルンを死ぬまで支えてくれる。

「ノルンが、ちょっとした事で拗ねたり嫌なことを言っても、愛想をつかさないでいてくれますか?」
「ああ」

 ルイジェルドは力強く頷く。
 そうだろう、彼なら拗ねるノルンの頭を、優しくなでてくれるだろう。

「ノルンは、ミリス教徒ですけど……浮気しないでくれますか?」
「ああ」

 ルイジェルドは力強く頷く。
 そうだろう、当たり前だ。ルイジェルドは女の色香に迷ったりはしないのだ。

「ノルンは、あいつ、俺よりも泣き虫ですけど、いいですか?」
「ああ。だからお前も泣くな」

 俺はボロボロと涙を流していた。
 彼の言葉は短いが声音は誠実で、その顔は真剣で、視線は真摯だ。

「問題ない。全てわかっている」

 ふと、思い出した。
 あの転移事件から中央大陸に旅をする間。
 ルイジェルドの傍は、安心できた。
 どんな魔物が来ても、彼なら守ってくれるという安心感があった。

 もちろん、魔物以外はちょっとダメな部分もあったけど、それは人なら仕方のない事だ。
 完璧な人間などいないのだから。
 ルイジェルドのダメな部分は、ノルンが助けてやればいいのだ。

 そしてきっと、今のノルンなら、それが出来る。
 すでに、彼女はそれを証明している。
 でなければ、ルイジェルドが、ノルンをもらいたいと言うはずもない。

 そう考えて、俺は肩の力が抜けた。
 安心した。

「妹を、よろしくお願いします」

 最後に俺は頭を下げた。
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