いま話題の水素水、本当に体にいいのか? 第一人者を直撃したところ… 「推奨派」と「懐疑派」が大ゲンカ
「水素の還元作用で、美容にも健康にも効果がある」ともてはやされる水素水に、ネットで配信されたニュースが異を唱えた。議論が白熱する中、水素水の第一人者が語った驚きの「真実」とは……。
■藤原紀香も飲んでいる
飲むだけで疲労や肩こり、二日酔いといった日々の不調から認知症や糖尿病、脳梗塞、パーキンソン病といった重大な疾病まで改善させる効果がある--などと言われてブームになっている「水素水」。これがいま、「本当に効くのか、効かないのか」を巡って、大論争になっている。
発端は、ウェブサイトの産経ニュース。5月中旬、同サイトが「市場に出回っている水素水には健康効果が認められない」とする記事を配信し、これに「水素水の専門家」が猛然と反論したことで議論が沸騰した。
「水素水」にはいくつか種類があるのだが、基本的に分子状の水素か水素イオンが、通常の水よりも多く含まれている水のことを言う。
'07年、日本医科大学の太田成男教授(細胞生物学)が、医学誌「ネイチャー・メディシン」の電子版に「水素分子の抗酸化作用に関する論文」を発表し、これを機に注目を集めた。
論文で太田氏は、脳梗塞の状態にしたラットに水素ガスを吸わせることで、水素分子が生体内から有害な活性酸素を除去し、脳梗塞状態を改善させる効果があったと主張した。
「その後、太田氏は実験動物に水素水を飲ませた際にも同じく活性酸素を除去する効果があると報告し、現在までに世界で約400報の水素医学に関連する論文が発表されています」(医療ジャーナリスト)
活性酸素は、生物の細胞内で絶えず生成される物質で、生命活動に必要でありながら、生物の細胞に損傷を与える有害性が指摘されている。余分な活性酸素が溜まると、がんや糖尿病をはじめとする生活習慣病にかかりやすくなり、老化などを促進するといわれている。
この活性酸素を除去するというふれこみに、飲料メーカーが反応。各社が次々と「水素水」と名のついた商品を発売し、市場は急拡大中だ。
300mlのアルミパウチ入りが200円超と、通常のミネラルウォーターの2倍以上の価格ながら、折からの健康志向の波に乗って大ヒットし、現在の市場規模は150億~200億円になるとも言われている。
著名人にも、水素水の愛好者は多い。女優の藤原紀香は、自身のブログで何度も水素風呂や水素水を取り上げ、作詞家の秋元康氏も、水素水の愛飲者として知られる。
先頃行われた伊勢志摩サミットでは、大手飲料メーカー「伊藤園」の水素水が、世界中の記者が集まる国際メディアセンターで無償提供された。
「各国の記者たちにも評判が高く、水素水を手に取る人は多かったですよ」(通信社記者)
■そんなに単純でいいの?
ところが、こうしたブームの中で、「実は、ほとんど効果がないのでは」と疑義を呈したのが、前出の産経ニュースだ。
記事の中では、薬学が専門の唐木英明東京大学名誉教授が、「市販の水素水の健康効果は、ゼロだろう」とコメントを寄せ、バッサリ斬り捨てた。
これに対し、「効果はある」と真っ向から反論したのが、水素水の「生みの親」、前出の太田氏である。
これがきっかけになって他メディアも論争に参戦し、東京新聞と月刊誌「Wedge」はブームに対して懐疑的なスタンスで特集記事を掲載。一方で、「週刊文春」(6月2日発売号)は、太田氏をはじめ専門家たちのコメントを並べ、「水素水には効果あり」と報じた。
真っ正面から激突する、水素水の推奨派と懐疑派。結局のところ、どちらの言い分に理があるのか。水素水は本当に体にいいのか。
推奨派は、週刊文春誌上で糖尿病患者に行った臨床試験による健康効果を紹介しているが、これに対し、水素水ブームに警鐘を鳴らす法政大の左巻健男教授は、こう指摘する。
「信頼に足る臨床研究を実施しようと思ったら、数千人規模で実験をしないと正しい結果は得られません。文春の記事に出ている数十人規模の実験では、一人や二人の結果に大きく左右されてしまいますから、実験結果として有意とは言い難いでしょう」
京都大学大学院医学研究科の非常勤講師で、「Wedge」の水素水特集を取材・執筆した村中璃子医師は、水素水について、こう見ている。
「水素水や水素ガスが、特定の疾患や症状に対して効果を持つと将来認められる可能性は否定しませんが、現時点でエビデンスがあるのは、基礎実験や動物実験レベルにすぎません。
すべての病気や症状の原因を活性酸素に求め、水素分子が有害な活性酸素を阻害するから何にでも効くという説は言いすぎでしょう」
水素水は、密閉度の高いアルミパウチ入りでなくても高価。サミットに提供された伊藤園のボトル入り水素水を例に挙げると、410mlで185円と特定保健用食品に近く、「水」にしてはかなり高い価格設定だ。
本誌は、水素水の効能を確認すべく、伊藤園に対して取材を申し込んだが、回答はなぜか歯切れが悪かった。
「各種の報道には目を通していますし、各メディアから取材が来ておりますが、水素水の件につきましては、コメントを差し控えさせていただきます」(同社広報部)
前出の左巻氏は、活性酸素の働きに着目し、こんな疑問も提起した。
「(水素水効果の論拠となっている)太田さんの研究では、水素がヒドロキシラジカルという一番悪さをする活性酸素だけを除去する(つぶす)とされています。
確かに、活性酸素は細胞の中でDNAを傷つけたり問題になるのですが、それだけ攻撃力を持っているということは、体内では活性酸素を免疫の武器として使っている面もあるんです。
それらをつぶしてしまって日常生活に問題がないかどうかは、まだ未知の領域。人体は複雑ですから、そんなに単純な話ではないだろうというのが、私の考えです」
■気のせい、かもしれない
こうなれば、水素水ブームの火付け役である、太田教授に話を聞くしかあるまい。太田氏は本誌の取材に対し、どう答えるのか。
以下はそのやり取りである。
「水素は、今までの医学の常識を覆す可能性を秘めています。通常でも、論文の発表から10年以内に医薬品や特定保健用食品の承認が下りることは滅多にない。水素に関して言えば、論文発表から9年目で、基礎研究から動物実験の段階を経て、臨床試験を行っている。パーキンソン病に対する効果について、現在は200人規模の臨床試験を順天堂で行っています」
-EDに効くという話があるが。
「EDというのは、データを取るのが難しい。医者の体験談、患者さんを診ていて、水素水を飲んでいたら改善したねというものです」
-EDについては医学的なエビデンスをとっているとは言えない?
「言えません。ただ、どれくらいの結果をエビデンスとするかという問題もあって、たとえば二日酔いなんかだと、私は体験談としては100%効果があると思いますが、二日酔いに関する論文というのはないわけです」
-著書の『水素水とサビない身体』(小学館)には、シミやシワにも効果があると書いてありますが?
「ありますよ。ただ、これらは別にヒトに対して効果があったと書いているわけではなくて……。出版社が(勝手に)やったことです」
-それでは気のせい、と言われても仕方ないのでは?
「まあ、そうかもしれません。それでも、体験談やいろいろな人から話を聞いて、これはひっくり返らないだろうと信じています」
実態として、「水素水の効能」とは、まだ個人の体験談による部分が多い--それが、水素水の生みの親の証言だった。
総合すると、現状では水素水の科学的な裏付けはまだ薄いといえる。しかし、懐疑派として各メディアに登場した識者も、「水素がある種の疾患の改善に対して効果を持っている可能性」は認めている。
本当に体にいいかどうかの証明は、現在、推奨派が行っている臨床試験の結果を待たなければならないということだ。
健康効果があると思って飲めば「効く」、プラシーボ効果でいいじゃないかという考え方もある。下手なものを飲んで体を壊すよりは、少しでも「良い」といわれるものにカネを使って安心したい。そう考えるなら、飲んでみる価値はあるだろう。
「週刊現代」2016年6月18日号より