「どういうことぢゃ!?」
増田典厩はひさしぶりに実家に帰ってきた娘を詰問した。彼女はまず平伏した。
首尾良く増田家(八)内部に入り込んだ娘は増河の合戦時点では正確な情報を送ってきていた。
そのおかげで増田家(四)は思い切って兵力を東に集中し、死戦に勝利することができたのだ。
帰ってきたら昇級だと褒められていた娘だが、みやこを巡る増田家と増田家(士)の戦いには正反対のことをした。
増田家と同盟の後増田家が北の国境に十分な兵力を残していると偽り、主家の判断を誤らせたのである。
実際に残っていた野戦戦力はカラトラヴァ騎士団くらいのものであった。
増田家(四)は増田中弐船団の難破者を助けたことで増田海側での中入り策を知っていたが、
さらに反対側の海岸でも同様の作戦を行うとは予想していなかった。
もしも、知っていれば武力に訴えなくても旧増田家(六)領の残り半分くらいは切り取れた可能性がある。
歩き巫女はゆっくりと顔をあげた。強いまなざしで父を見つめる。
少し頬を染めてから唇を開いた。
「実は……漏らしてしまったのです」
もちろん大便のことである。
「あわてふためくわたくしを見て、あの方はこう仰いました。「ここで我が漏らしたのは二人だけの内緒だぞ」と……」
増田典厩の瞳が揺れた。上を向いて瞼を閉じる。一筋の涙が皺だらけの頬を伝った。
「美談じゃな」
でも、多くの人はそれを認めることができません。
その弱さを他人の分まで背負って泰然としておられるあの方は真に強き方だと思いました」
娘は頬をこわばらせた。
「ええ、おめおめと戻ってこられる身とは思っておりません。
ただ、これだけはわたくしの口から父上に直接お話したかったのです」
いま増田家(八)は恒常的な和睦を求めている。
現状に少し変更を加えるだけで各家の領土を固定化し、増田島の戦乱を終結させたい。
具体的には増田家(四)が旧増田家(二)と旧増田家(六)の半分を割譲し、増田家(一・三・四)を治める。
割譲された旧増田家(二)は増田家(五)に分配し、旧増田家(六)の残り半分を放出する。
増田家(八)の下に入りながら復興をなしとげた増田家(十)が(士)の領土も支配する。
増田家(士)との戦いに多大な貢献をした増田家(五)は土地を重視するため、少しでも領地をわけ与える必要がある。
また、重心となるべき増田家(八)は明確に最大の勢力でなければならない。
このような事情から考えられた領土分配は、つまるところ彼らの都合に過ぎず、増田家(四)内部の気持ちをおもんばかっていない。
確かに国力では圧倒される立場だが、仮想敵は一枚岩になりきれず、以前行われた旧増田領(二)での直接対決でも自分たちが快勝している。
そして、領土の割譲が皆無では増田家(八)(というより後増田家)も和睦を受け入れない。
やはり一戦に及ぶしかない。
そして戦いが始まってしまえば増田家(四)の当主は最後まで勝利を追求するに違いなかった。
「いくさはイヤにござります!」
「シエーーッ!!」
増田典厩は娘の言葉に横から頭を抱えるポーズを取った。武家の娘が何を言う……。
「考えてくださいませ。両家のいくさとなれば主戦場になるのは、わたくしたちの故郷でございます!」
「う、うむ」
「父上は主家や増田家(八)の思惑ばかり考えていらっしゃいますが、
おめおめ帰ってきたのは、それをどうしてもお聞きしたかったからです」
彼女は激烈な調子で言い放って、顔を青ざめさせた。増田典厩は長時間腕組みをして考え込んだ。
前回
増田家(八)の領土は史上最大となり、そして史上最大の危機にあった。 増田家(士)との戦争で本貫地を荒らされ、一度は決戦に敗れ、極限までの動員を強いられた。 金食い虫であ...
みやこの喪失により増田家(八)の勢力は大きく後退した。 地元が戦場となっただけに背走する軍隊からは大量の脱落者が生じる。 だが、その一方で増田家は致命的な一撃を敵にむけ...
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増田家(五)は元は異なる名字の家であった。 しかし、二代目のときに増田島平野部をむかし支配していた家にあやかって名字を増田に変えた。 そのことから後増田家とも言われる。...
敵に本拠地を囲まれた増田家(九)当主は三人の息子たちを前に起死回生の秘策を語らんと欲した。 彼は包囲軍から滷獲した戦闘用に調教された熊(武熊)を三頭、庭に準備させた。 ...
北の増田家(一)が謀略によってあっさり滅亡したことで増田家(四)は周囲から孤立した。 さいわい増田家(八)が増田家(五)との戦いに集中していることは、いろいろな情報...
増田家(八)軍師、増田匿兵衛(かくべえ)は、増田大学に言った。 「旧増田領は敵にとって、間引きしそこねた柿の実のごとき場所。 いずれは熟さず落ちるのに栄養を送り続ける...
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増田家(二)の人材は増田家(一)に降伏したため、仇敵の本拠地、増湊に人質を取られ働かされていた。旧増田領が占領されてからは特に肩身が狭い。 そんな増田一族の一人に「...