春野ユリ - こころ,メンタル,人生,健康,生活,睡眠 08:00 PM
つらい日は、いっそ心の痛みに向き合うと楽になる
昨日は私には散々な日でした。
ほとんど眠れずに遅い時間に起きました。愛する妻は私に怒っているようで、口をききたくないようです。そのせいで気分がぐっと落ち込みました。何を書こうとしても集中できないので、メールに返信したりオンラインで記事を読んだり昼寝をしたりしました。子供たちはちっともそばに寄ってきませんでした。
ワークアウトをしてみましたが、手首が痛くて途中でやめました。暖かい夏の夕方に自転車で食料品店に行きましたが、それは気分の良いことでした。自分用にヘルシーな夕食を作り、強いビールを飲みました。
それから、私は間違いを犯したのです。つまり、私に対して批判的なブログ記事のコメントを読んでしまったのです。そのブログ記事は穏やかに批判していましたが、それについたコメントは、私がどれほど偽善的か、私の文章がどれほどマンネリになっているか、など、いちいちネガティブなコメントばかりなので、気分がどんどん落ち込んでいくのを感じました。
散々な日でした。そして、どれだけたくさんの人が私のことをどれほど悪く思っているか考えると気分がどんどん下がっていきました。
何も収穫が無い日もあれば、場外ホームランをかっ飛ばせない日もあります。
そんな日の私は、静かに座っているしかありません。私は自分の内面を見つめて心の痛みと向き合いました。心の痛みに意識を集中しながらずっとその状態でいました。
すると自分で自分に語り続けていたことがその痛みの原因だったことに気づいたのです。それはネガティブな話で、それを自分に語り続けることに固執すればするほど、その痛みで私は立ち往生してしまっていました。
それで、目の前のこの瞬間に向き合い、痛みから逃げたり、痛みを追い払おうとしたり痛みを終わらせるために何かしようとするのではなくて、痛みをしっかり感じることにしてみました。
するとその痛みはそれほどひどいものではありませんでした。痛みを意識しながら座っていると、その状態はそれほど長くは続きませんでした。
それに、私は気づいたのです。あの人たちが批判している「レオ(私の名前)」は存在しないのだと。それは彼らが頭の中で作り出したイメージでしかありません。そして、私の頭の中にいる「レオ」は善良でベストを尽くす人間です。これも私の頭の中の創造でしかありませんが。確固として存在しているように見えることも実態は無です。あるのは流れゆく目の前の瞬間だけです。
自分の感情にしっかり向き合い、実は実態の無いものだと気づくと、すべて大丈夫になりました。絶好調ではないにしても、それほど悪くはありません。
収穫のない日もありますが、それはそれでいいのです。
Some Days, You Just Have Nothing : zen habits
Leo Babauta(訳:春野ユリ)
Photo By PIXTA.
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