芸能人をよく呼んだ
こうしたこまごましたパフォーマンスを追いかけるのは面倒だったというが、閣僚の中では比較的取材がしやすかったと、元番記者は証言する。
「世田谷区内の自宅前へ夜回りに行くと、快く応じてくれる。『オフレコだけど……』と、われわれ番記者を前に内閣の裏話をいくらでもしゃべる。しゃべりすぎじゃないかって時もあった。結局、そこでの話が週刊誌に丸ごと流れて、最後のほうは夜回りしても話してくれなくなった」(同)
そんな時でも、マスコミへのアピールをやめなかった。
「どんなに深刻な問題が起きても、ぶら下がり取材では『カメラさん、もうよろしいですか?』と、テレビのクルーへの配慮は忘れなかった。今回の辞任劇に際しては、さすがにそうもいかなかったみたいだけどね(苦笑)」(同)
舛添氏辞職に伴う都知事選の実施費用は約50億円ともいわれるが、前知事の猪瀬直樹氏に次ぐ歴代2番目に短い在任期間中に彼が残したものとは、一体なんだったのだろうか?