ネットのごく一部で拡散されている皇室批判の内容を見ながら、ネット・リテラシーについて考えるシリーズ。 前回の記事はこちらです。 → 皇室批判に学ぶネット・リテラシー(1) → 皇室批判に学ぶネット・リテラシー(2) 1回目は週刊誌の記事がいかに信用ならないものなのかというテーマで、2回目は2ちゃんねるという匿名の掲示板を根拠にすることがどれほど愚かで非常識なことか、ということを具体的な事例をもとに検証しました。 今回は、他者の文章を切り貼り、曲解、または捏造して叩くやり方について、皇室批判の2つの事例を挙げて検証したいと思います。 まずは2012年の東日本大震災追悼式典において、皇后陛下が和装の喪服をお召しになって参列されたことに対する批判について。 おおよそ一般の人は皇室のプロトコールについて無知であるために、この年の式典で皇后陛下が和装だったことに違和感を抱く人は少数だったと思います。パッと見て「皇后陛下が和装で!」と驚いたのは、皇室についてよほど関心のある方か、あるいは専門家くらいでしょう。 皇后陛下が和服で参列されたことについて、明治以降のプロトコールでは洋装なのに「伝統を破る」なんてけしからん!というのが、批判派の言い分です。 私自身は、皇后陛下の心の内を想えば和装になんら異論はありませんが、ここでは和装の是非についてではなく、「和装はけしからん」と叩く一部ブロガーのやり方について書いていきます。 皇后陛下の和装を批判する一部ブロガーがよく引用しているのが、下記の古典演劇評論家である村上湛氏が2012年3月12日に自身のサイトに寄稿した「皇后陛下の喪服」というタイトルの記事です。 2012/3/12 皇后陛下の喪服 村上氏の文章を最後まで読んでいただければ理解できると思いますが、村上氏は「大きく感動的な事件」であるとし、皇后陛下の和装を褒めていらっしゃるのです。 しかし皇后陛下を批判する人たちは、村上氏の意図をくみ取らずに前半の、特に「事件」という部分を抜粋して太文字などにして引用し、自分たちの結論を補強するためだけに、元の文章より与える印象からは程遠い代物に仕立て上げています。 最後まで引用すれば、批判する側にとっては不都合であることは重々承知で書いている。 これも「印象操作」ですね。 ブロガーの中にはコメント欄で「褒めている記事だ」と指摘されると、「それは知っている。わかっていて最初の部分だけ引用した。読者の判断に任せるつもりで紹介した」と書いている方もおり、その言い訳にびっくりしてしまいますw 「読者の判断に任せる」のであれば、全文引用するか、または、これは皇后陛下を褒めている記事であるという一文を、コメント欄ではなく、最初からブログ本文に入れるべきなんですね。しかしなぜかそういう文章は見当たりませんでした。 また、「繰り返すが、色々な意味でこれは大きな、そして感動的な「事件」なのだ。」という言葉で文章を締めくくっている村上氏が、どういうお気持ちでこのコラムを書いたのかを考えると、皇后陛下を批判する目的で村上氏の文章を引用するなど、普通の良識ある人には思いもよらない行動です。 皇室を批判できれば何でも構わないという方々の良識の欠落を端的に表している事例でもあります。 同じような事例をもうひとつ。 ネット上には、 「天皇陛下と皇后陛下が病気療養中の昭和天皇を差し置いて森村桂夫妻が経営するティールーム 「アリスの丘」 へお忍びで来店し、皇后陛下がピアノ演奏し、森村桂氏が踊り、予定時間を大幅に過ぎるほど楽しんだ。しかも皇后陛下は高い声で笑う」 という批判があります。 これは写真家でありノンフィクション作家の神立尚紀氏が2012年に書かれたブログ記事を曲解したものですね。 神立氏のブログは無断転載を禁止していますが、恐らくその「無断転載禁止」も批判する側にとっては好都合だったのでしょうw なぜなら全文を読めば、その行間から神立氏が昭和天皇、そして今上天皇、皇后陛下に敬意を抱いていることがよく伝わってくるからです。 神立氏の元記事は2012年9月2日にUPされた『24年前の9月。「殿下に嘘をつき奉る」』という記事です。 この記事は、天皇陛下と皇后陛下が森村氏のティールームでリラックスされている貴重な、今上陛下が皇太子殿下としての最後のお忍びの様子を神立氏の視点で書かれた、とても良い記事でした。 「最後のお忍びの様子」というのは、その9日後に昭和天皇が御不例になられたからです。 ネット上で批判を繰り広げる人たちは、その件に関しても糾弾しています。 「昭和天皇が御倒れになるわずか9日前まで遊んでいたとは!」と言う具合です。 御不例になられた昭和63年9月19日の「後」ではありませんが、「前」もお忍びはいけないそうですw 宮内庁HPより 昭和天皇・香淳皇后 また、お忍びのメンバーには「社会党の人間がいた」ということも批判していますが、神立氏のブログでは、「社会党でも天皇陛下が大好きだという珍しい議員の娘さんが給仕係でいらっしゃった」というようなことを書かれていました。 「社会党の人間」ではなく、「社会党では珍しく天皇陛下(昭和天皇)が大好きな議員の娘さん」ですねw しかも身元がはっきりしていてマナーのしっかりした若い女性のみ集められていたということも書かれていました。 これを「社会党の人間」と読者をミスリードしているのです。 皇后陛下が高い声で笑うということを、まるでガサツな人間であるかのように叩く方もいるようですが、これは神立氏の別のブログ記事によると、「楽しい時は少女のように笑われるのだなということを知った」ということを書きたかっただけであることがわかります。 「殿下に嘘をつき奉る」の記事には両陛下のことを「私心を感じさせない素晴らしい方だった」ということも書かれていましたが、批判したい方の目には、こういう一文は見えないようですねw また、「元記事を検索して読んでみてください」と書いていても、読者がなかなか元記事を辿って読むことをしないこともよく理解している。こういう印象操作に騙される人は、「自分で考えない人、自分で調べない人」であることを分かっているのです。 ですから、まずは書かれていることが事実かどうか、必ず自分の目で見て確認しましょう♪ 先ほど、「別のブログ記事」と書きましたが、神立氏がこの貴重なエピソードを記したブログ記事は2つありました。 ひとつは前述の2012年9月2日にUPされた『24年前の9月。「殿下に嘘をつき奉る」』。 もうひとつは2012年1月17日にUPされた『昭和の終わった日』というタイトルの記事です。 ネット上で神立氏のブログ記事を利用して天皇陛下、皇后陛下を貶めている方々は、恐らく記事が2つあったことなど知らないでしょう。 さらに神立氏がこの素晴らしいエピソードを綴った2つの記事をブログから削除したことも知らないと思います。 私が記事の削除に気付いたのはもう2ヶ月ほど前のことです。 しかし、神立氏の記事を利用して叩いているブロガーのひとりは、11月にも「同席のカメラマン神立尚紀氏の記述がネット内にある」と堂々と書いていますwww 叩くことができれば元記事のことなど気にしないし、どうでもいいのでしょう。 神立氏がブログ削除にいたったのは、自身がそのつもりで書いたのではない、2度もブログに取り上げるほど、神立氏にとっても特別で大切なエピソードが、このような悪意ある皇室批判に利用されていることを知ったからでしょう。 2012年の記事が今になって削除された。さらに同内容の2つだけが削除されたところをみると、それ以外の理由があるとは思えませんね。神立氏のお気持ちを考えるとほんとうにお気の毒としか言いようがありません。 改めて、叩くことが出来れば何でもいいから捏造して利用する方々の良識の欠落を残念に思います。 そしてネット上のごく一部で皇室を批判しているのはこういう人たちなのだ、と再認識できました。 (4)につづく〜 ※この記事はリンクフリーです |
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タイトル (本文) | ブログ名/日時 |
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皇室批判に学ぶネット・リテラシー(4)
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ぴよぴよ党 2015/12/10 13:24 |
皇室批判に学ぶネット・リテラシー(5)
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ぴよぴよ党 2016/02/10 17:10 |
内 容 | ニックネーム/日時 |
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ぴよ様、なんと丁寧なまとめニカ〜! |
Mansikka 2015/12/09 16:19 |
<Mansikkaさん> |
ぴよ 2015/12/09 20:38 |
ぴよ様、こんにちは。 |
あるま 2015/12/10 12:18 |
<あるまさん> |
ぴよ 2015/12/10 13:54 |
ぴよさん、お疲れ様です! |
ららら♪ 2015/12/14 09:09 |
<ららら♪さん> |
ぴよ 2015/12/14 19:41 |
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