田巻 一彦
[東京 16日 ロイター] - 15日の米連邦公開市場委員会(FOMC)の終了後、外為市場では円高が進展した。市場の米利上げ期待は急速に後退し、ドル高/円安を大きな推進力としてきたアベノミクスにも大きな影響を与える事態と言える。日本のマクロ政策は、財政出動を主体にした新しい政策体系に「変化」する可能性がある。
その分水嶺は、米連邦準備理事会(FRB)の利上げ判断に注目が集まる7月に訪れるだろうと予想する。
<注目集めたドットチャート>
市場が最も注目したのは、FOMCメンバーの政策金利予想を図式化した「ドットチャート」だった。前回までたった1人だった2016年中の利上げ1回に対し、今回は6人の支持が集まった。
また、長期的な金利見通しでは、18年の中央値が前回公表時の3%から2.375%に引き下げられた。
このため市場では、7月利上げが見送られた場合、大統領選の動向や世界経済の推移次第では、16年中の利上げ回数がゼロになる可能性を意識する見方が急増。フェデラルファンド(FF)金利先物からみた今年12月の利上げ確率は、約40%程度まで低下した。17年以降の利上げペースも大幅にスローダウンするとの予測が多数を占めた。
年初に多かったドル高予測の根拠は、米利上げの進展だった。しかし、その利上げパワーが大幅に弱まってきたら、ドル高予測が後退するのは当然の帰結だろう。
日本にとって、この市場での現象は「円高圧力」の増大として投影される。少なくとも110円を超える円安の可能性は、大幅に低下したと指摘できる。
<威力発揮した円安エンジン>
この3年余りのアベノミクスにおいては大胆な金融緩和政策を市場が好感し、外為市場で円安が進展。ドル/円JPY=EBSは80円近辺から一時、124円までシフト。日経平均.N225も1万円付近から2万0952円まで上昇した。
企業収益も2015年4─6月期に過去最高の20.3兆円を稼ぎ出した。これらの原動力は「円安」と言っていいだろう。
この原動力の威力が、これからは過去3年間と同じようには発揮できない公算が大きくなっている。
仮に日銀がどこかの段階で追加緩和を決断し、大胆にマイナス金利付き量的・質的金融緩和(QQE)を強化しても、110円を大幅に突き抜け、120円近くまで円安にすることは、今の内外経済情勢では不可能に近い。
つまりデフレ脱却を目指して日銀が金融緩和を展開し、その反射的効果としての円安─企業業績の向上─株高─企業・個人のマインド好転と、業績向上による賃上げと消費拡大というルートでの景気拡大メカニズムが、これまで通りに回転しなくなる可能性が高まる。
<円高観測高める英離脱・米利上げ先送りの観測>
円安が一転して円高になれば、企業業績の悪化─株安─企業・個人のマインド悪化、企業業績の悪化─賃上げ率の圧縮─消費減退という逆回転による景気後退リスクが高まってしまう。
欧州連合(EU)からの離脱の是非を問う英国国民投票を前に、16日の東京市場では円高・株安が進んだ。日銀の政策維持決定で失望感が出たとも言われているが、本質的には、英離脱を先取りした「リスクオフ」取引が予想よりも早く本格化したと、市場ではみられている。
23日に英離脱が決まった場合、7月FOMCの結果を待たずに円高圧力が高まり、政府・日銀は新たな対応を迫られる可能性がある。
英離脱の震源地である英国で、ポンド急落を緩和するためのポンド買い介入が実施されるような緊急事態になれば、ドル買い/円売り介入に対する主要7カ国(G7)の理解も得られるだろう。
しかし、その「危機的状況の」手前の段階で日本だけが介入できるのかどうか。予断を許さない状況になっている可能性がある。
<円安依存から財政拡張へのモードチェンジ>
また、7月の米利上げが先送りになった場合、さらに円高圧力が高まっている可能性も否定できない。
そこで政府が選択するのは、円安効果のルートではなく、財政出動を大規模に展開し、国内総生産(GDP)を直接的に押し上げ、その結果として企業・個人の心理を支えるとともに、株高を演出するいう政策への「モードチェンジ」ではないかと予想する。
財政出動の規模によっては、赤字国債や建設国債の増発も避けられないシナリオも想定されるだろう。
しかし、日銀が実行しているマイナス金利付きQQEで年間80兆円の国債購入を継続しており、赤字国債が増発されても、長期金利が急反転するリスクはほとんどないと言ってもいいだろう。
<不可欠な歯止め>
7月10日に投開票の参院選をターゲットにした自民党の公約から「大胆な金融緩和」という文言がなくなった。政界の内外では、さまざまな「解釈」が出ているが、「財政拡張」がニューモード・アベノミクスの主役であり、金融緩和は「いぶし銀の脇役」になるということを問わず語りに語っているのではないかと考える。
とはいえ、この政策には財政出動の上限や2020年度のプライマリーバランス(基礎的財政収支)黒字化の現行目標との整合性が必要になる。
何の歯止めもかけないようなら、事実上の「ヘリコプターマネー」に突入しかねない。
アベノミクスのモードチェンジが水面上に浮上してきた場合、その点の明確化が何より重要であると指摘したい。
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