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熊本地震で脱線 新幹線「安全神話」の死角

復旧に向けて撤去作業が始まった九州新幹線の脱線現場=熊本市西区で2016年4月18日午後3時28分、本社ヘリから矢頭智剛撮影

 熊本地震で九州新幹線の回送列車が脱線した。詳しい原因や状況は、国の運輸安全委員会で調査中だが、直下型地震に弱い新幹線の弱点が露呈した。1964年の開業以来、高い技術と安全性が新幹線の“売り”だったが、地震による脱線は防ぐことが難しく、もはや「安全神話」は信じがたい。事故が起きた時、被害を最小限にするにはどうしたらいいか、現実的対策を議論する時に来ているのでは?【小林祥晃】

    直下型に弱い地震波検知装置 脱線・逸脱防止装置は区間限定

     「熊本駅発車の約1分後に激しい揺れを感じ(手動で)非常ブレーキを操作した」。国土交通省などによると、熊本地震の最初の地震(4月14日)で脱線した新幹線の運転士はこう証言したという。時速約80キロで走行中の6両編成の全車が脱線したが、乗客はおらず、運転士にけがはなかった。現場以外でも高架などに損傷が見つかったが、被害は軽く、4月末の大型連休前には運転を再開。新聞やテレビは余震が続く中での明るいニュースとして伝え、ネット上では「さすが日本の新幹線」と称賛する書き込みもあった。

     しかし、交通機関の安全対策に詳しい関西大教授の安部誠治さん(公益事業論)は「時速200キロ以上で走っていたら、もっと線路からはみ出し、側壁に衝突した恐れもある」と警鐘を鳴らす。そして「新幹線が直下型地震に弱いことが改めて明らかになった」と言う。どういうことか。

     JR各社はさまざまな地震対策を講じているが、代表的なのは全国各地に設置した地震計で微弱な地震波を検知し、激しく揺れ出す前にブレーキをかける早期地震検知システムだ。2011年の東日本大震災では、仙台市の約50キロ東にある地震計が地震波を捉え、最も揺れが激しかった東北新幹線の仙台−古川駅間では激しい揺れの12〜15秒前に非常ブレーキが作動。約270キロで走行中の2本が無傷で停止した。仙台駅付近で低速で試運転中の列車(10両編成)が脱線したものの、計40組ある車輪のうち、2組が停止直前にレールから外れただけで済んだ。

     しかし、冒頭の証言を見てほしい。今回脱線した列車には、検知システムは役立たなかった。JR九州は「システムは正常に作動しており、手動ブレーキとほぼ同時に働いた」と見るが、これではあまり意味がない。安部さんは「東日本大震災のように震源が沖合の場合、この検知装置は有効だが、震源が近い『直下型地震』では、地震波の到達から揺れ始めまでの時間差が小さいため、力を発揮できない」と説明する。

     事故後、JR九州は「脱線防止ガードがあれば、事故を防げた可能性がある」として、設置計画を見直す方針を打ち出した。脱線防止ガードはレール内側に敷く鉄製のレールで、車輪が左右に揺れてレールから外れるのを防ぐ。九州新幹線では博多−鹿児島中央間(上下線合わせて延長約510キロ)のうち三つの活断層に近い、上下計55キロの区間に来年度までに設置する計画で、これまで同48キロで設置済みだったが、現場は計画対象外だった。安部さんは「直下型地震を引き起こす未知の活断層はどこにあるか分からない。脱線防止ガードは費用がかかっても、なるべく早く、全線に設置すべきだ」と訴える。

     しかし、表で示した通り「全線設置」にほど遠いのは九州だけではない。同じ装置を使う東海道新幹線では当面、東海地震で激しい揺れが予想される三島−豊橋間を中心に設置を進めている。東北新幹線などは、脱線後に大きく線路から逸脱することを防止する別タイプの設備を採用するが、これも路線の一部に限られる。北海道新幹線の設置率が高いのは、建設と同時に設置したためだ。路線によって、これほど差があるのだ。

    新幹線の主な地震脱線対策

     新幹線の脱線対策が本格化したのは、04年の新潟県中越地震がきっかけだ。時速約200キロで走る上越新幹線(10両編成)の8両が脱線、車両が傾いて止まった。乗客・乗員154人にけがはなかったが、車内販売員が転倒したり、乗客が座席から投げ出されたりした。

     この事故を受け、国とJR各社は新幹線脱線対策の協議会を設置し「できる限り脱線を防ぎ、脱線しても乗客の命を守る」との観点で対策を検討。それぞれ取り組みを始めた。しかし、脱線防止ガードの設置費用は1キロ当たり1億円以上とされ「優先順位をつけざるを得ない」(JR九州)のが実情だ。積極的に脱線防止ガードの設置に取り組んできたJR東海ですら「作業時間は終電から始発までの数時間に限られ、年間約70キロの今のスピードがやっとだ」という。

     対策は事業主の判断に任され、義務ではない。「国は対策を確認している」(国交省担当者)とJRとの連携を強調するが、金沢工業大客員教授の永瀬和彦さん(鉄道システム工学)は「新幹線を国の重要なインフラと考えるなら、設置費用の補助などの配慮をすべきだ」と話す。

     脱線・逸脱防止対策を進めることと同時に、未設置の区間で地震があった時、どう被害を最小限に抑えるかが重要だ。「対策を考えるべきは、JRだけではない」と訴えるのが、災害対策が専門の関西大教授、河田恵昭さんだ。「新幹線の沿線自治体で、地域防災計画に『大地震の際に新幹線事故が起きたら……』と想定している自治体を私は知りません。国の中央防災会議も同じです。地震で大事故が起きたらどうするかという発想がない」

     熊本地震では新幹線の沿線にあった煙突が倒れ、高架の側壁を破壊した。列車を直撃していたらどんな被害が出たか分からない。河田さんは「線路と交差する道路が崩れ、車が落下する恐れもある。JR各社は脱線防止対策だけを進めるのではなく、事故が起きた時どうするか、発想を転換して備えるべきだ」と説く。

     鹿児島県と同県薩摩川内市は、原発事故時に新幹線を住民避難に活用できるよう要請していた。県は「あらゆる可能性を検討しただけだ」としているが「新幹線は安全」という“神話”に行政が寄りかかっていたことになる。河田さんは「ライフラインに関する被害想定を、事業者任せにしてはいけない」と戒める。

     新幹線が大事故を起こした時、死傷者を減らすには何が有効なのか。河田さんはまず、車内装備の改善を提言する。「新幹線は飛行機の離陸速度より速い。シートベルトがあってもおかしくない。台湾の新幹線や欧州の高速鉄道には、ドアが開かなくなる事態に備え、窓を破って脱出できるようハンマーが設置されている。見習うべきだ」

     いま、新幹線でシートベルトを締めろと言われても、事故リスクを考えて従う乗客は少ないだろう。安全神話を捨てなければ、次の対策には進めない。

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