6600万年前、中生代最後の日の太陽が昇る朝を想像してみてほしい。
光の束が現在のメキシコ・ユカタン半島の海岸沿いに広がる沼地や針葉樹の森に降り注ぎ、温かいメキシコ湾の水は生命で溢れている。
【写真】チクシュルーブ・クレーターを生み出した小惑星の一部
いまでは「失われた世界」の住民である恐竜や巨大昆虫が、鳴き声や羽音を響かせて生命を謳歌しているさなか、山ほどもある小惑星が、時速およそ6万4000キロの速さで地球に向かっていた。
ほんの束の間、太陽よりもはるかに大きくてまぶしい火の玉が空を横切る。一瞬の後、小惑星は推定でTNT火薬100兆トン分を超える規模の爆発を起こして地球に激突した。
衝突の衝撃は地下数キロに達し、直径185キロ以上のクレーターを作り出し、大量の岩を蒸発させる。この衝突により、連鎖的に地球規模の大災害が引き起こされ、生物のおよそ80パーセントが消滅し、恐竜もそのほとんどが姿を消した。
こうした黙示録的な描写は、1980年に小惑星衝突説が提唱されて以来、数限りない本や雑誌に登場してきた。1990年代には、ユカタン半島沖のメキシコ湾にあるチクシュルーブ・クレーターが、その小惑星衝突の痕跡であることが確認された。
一方で、小惑星の衝突が具体的にはどのようにして地球上の生物を壊滅させたのかについては、長い間謎のまま残されてきた。
先月、メキシコ湾の掘削基地で活動している英国の研究者チームが、史上初めてチクシュルーブ・クレーターの「ピークリング」からコアサンプル(柱状採取した試料)を採取した。ピークリングとは、クレーターの縁の内側にできるもうひとつの輪で、衝突の衝撃から数秒以内に起こる反動により形成される。この調査によって、研究者らは、あの日放たれた驚異的な力の謎を解明することを目指している。
米パデュー大学、英インペリアル・カレッジ・ロンドンの地球物理学者チームが開発したウェブツール「インパクト・カリキュレータ(衝撃計算機)」では、小惑星の大きさやスピードなどのデータを入力することによって、衝突が起こったときの様子を詳細に知ることができる。
チクシュルーブ掘削プロジェクトに参加している主要研究者のひとり、ジョアンナ・モーガン氏は言う。「隕石の衝突地点からの距離をいくつか入力してみれば、衝撃の影響が距離によってどのように変化するかがわかります。たとえば、もしあなたが衝突地点から比較的“近い”1000キロ以内にいた場合は、即死するか、数秒以内に火球によって死んでしまうでしょう」
小惑星の衝突を目撃できる場所にいたなら、やはり死は免れなかっただろうと語るのは、インペリアル・カレッジの惑星科学講師で、ツール開発に協力したガレス・コリンズ氏だ。
衝突の9秒後、それを観察できる距離にいた者は、熱放射によってあっという間に焼かれただろう。木や草は自然発火し、周辺にいるすべての生物は一瞬にして全身にひどいやけどを負う。
火の後には洪水がやって来る。衝突の衝撃は、地形によっては最大305メートルの巨大な津波を引き起こす。続いて起こった、リヒタースケールで少なくともマグニチュード10.1の地震は、人類がかつて経験したことのないほど強大なものだったはずだ。
「これほどの規模の地震は、たとえて言うなら、過去160年間に世界で起きたすべての地震が同時に発生するようなものです」と米コロラド州立大学の地震学者で、元アメリカ地震学会会長のリック・アスター氏は言う。