■世界覆す胸の高まりを新訳で
なぬ、『種の起源』が再び売れているだと? つい前時代的な反応をしてしまったのは、生物学史家・八杉龍一訳の岩波文庫版があまりに難解でてこずったことがあるためだ。
新訳を手がけたのが渡辺政隆氏と知り納得した。氏は科学者と市民が科学を語り合う、サイエンスコミュニケーションの専門家。読者に配慮したわかりやすい文章に定評がある。
本書でもその技はいかんなく発揮されている。一文が短くリズミカル。改行が多く漢字と平仮名のバランスも絶妙だ。小見出しを立てたことでダーウィンの思考の道筋が明快になった。わくわくしながら訳している渡辺氏の姿が目に浮かぶよう。
そうか。これがダーウィンの息づかいなのだ。生物学史上最高の古典も、初版が出た1859年には世界最先端。万物は神が創造したと信じられている世の中で、すべての生物は共通の祖先をもつと主張すれば異端視されかねない。想定される批判をふまえ、園芸家や昆虫研究者、地質学者らによる膨大な資料を参照しながら自説を検証する手法はきわめて科学的だ。一方、自分は今、世界を根底から覆す鍵を握っているのだという胸の高まりは隠せない。科学書に不似合いな「信じている」という表現が頻出するところにダーウィンの熱情が垣間見える。
渡辺氏曰(いわ)く、ダーウィンの功績は進化の研究を科学にしたことと、自然淘汰(とうた)という進化のメカニズムを提唱したこと。変異の法則や外的条件が与える影響など、後世の探究分野が本書にほぼ網羅されているのも驚きだ。あえて踏み込まなかった生命そのものや心の起源は、目下最大の科学トピックスである。
私たちはダーウィンに追いついたのだろうか。近年のゲノム研究の成果は生物が驚くほど似ていることを明らかにした。本書が再び注目されるのは原点回帰の意味もあろう。ただ、いつまでもダーウィンの掌(てのひら)の上で踊らされるのはちょっと悔しい。21世紀のダーウィン、現れよ。
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光文社古典新訳文庫・各907円=(上)8刷2万9千部、(下)6刷2万2千部。
2009年刊行。同文庫の中でも好評で「熱意も伝わる翻訳が支持されている」と担当編集者は話す。