不倫の旨味と焼肉

ここ最近、有名人の不倫報道が世間を賑わせていますが、不倫は私たちの身の回りでも横行しているようです。そこで、過去に元夫の女性問題に悩まされていた紫原明子さんは呼びかけます。不倫をするのなら、せめて「作法」に従うべきだと。
好評発売中の紫原さん初の著書『家族無計画』よりお届けします。

結婚論からセックスのテクニックまで、恋愛に関する豊富な情報を扱う女性向けウェブメディア『AM』が「30代からの恋愛」特集の一環として、30代未婚女性100人を対象に行ったアンケート(2016年2月)によれば、何と全体の41%が不倫を経験したことがあるという。そこで今度は別の機会にこのメディアが、絶賛不倫中の女性のみを対象としたアンケートを実施したところ、これには1日で500件以上の回答が寄せられたそうだ。

実際には、住んでいる地域や職業などによっても不倫との距離感は異なるだろう。ただ、少なくとも東京というコンクリートジャングルに根を張る私の周りの女性たちを見渡す限り、まあそうだよねと納得せざるを得ない結果だった。

そのくらい、不倫が横行している。

「酔った勢いでチュッとキスしちゃったくらいだよ」から、もはや妻は蚊帳の外で愛人同士がバトルを繰り広げるレベルの泥沼不倫まで、都心に住んでいると、不倫エピソードのサンプリングには事欠かない。特に既婚男性の多くはいつまで経ってももっとモテたいと思っているし、独身女性の多くは、既婚男性を恋愛対象として見ているのだ。

私自身、元夫の不倫問題で大変な思いをした。なかでも特に印象的だった出来事は、元夫の友人を名乗る、謎の男の出現である。SNSを通じてある日突然コンタクトをとってきた彼は、藪から棒に「自分はあなたの旦那の不倫事情を知っているから、少し話しましょう」と言うのである。面識はなかったものの存在くらいは知っていた人物だったので、疑いつつも言われるままに待ち合わせて会うことになった。……とはいえ怪しかったので事前に友達に事情を話し、他人を装って隣の席に潜伏してもらっていた。

初めて会う相手と向かい合って座り、この男は一体何を言い出すんだろうと様子を伺う。5分ほど他愛ない会話を交わしたあと、おもむろに彼が切り出した。

「僕はおたくの旦那も、相手の女の子も知ってるんですよ。一つ言えるのはね、女の子はいい子なんですよ。悪いのは全部おたくの旦那。だから彼女に慰謝料を請求したり、責めたりしないでほしい」

当初、これは誰かの差し金かと思って黙って話を聞いていたけれど、どうもそういった他意もなさそうで、話を続けるうちに、この人は純粋に善意からこういう話をしに来たらしい、ということがわかった。わかったのでつくづく、おめでたい人だなあと思ってしまったのであった。

彼の言わんとすることはよくわかる。実際私の周りにもたくさん悪い男はいる。若くて可愛い女の子を手当たり次第に口説く既婚者は、少なくとも東京にはごまんといる。彼らは収入や社会的地位、そして既婚者の余裕とで、若い独身男性を出し抜いて女の子を巧妙に落としていく。当然のことながら、まんまと魔の手の餌食になってしまった女の子も複数知っている。なかには強かなやり手もいるけれど、すべての子がそうとも限らないのが悲しいところであって、地方出身の素朴で用心深い子だったり、お父さんとお母さんに大切に育てられたのが手に取るようにわかる良い子だったりするのだ。そういう女の子たちを見ていると、「男が悪い」と言いたくなる気持ちも理解できる。

けれども、いくら人間的に真っ直ぐな子であったとしても、相手が既婚者と知り、それでもなお関係を続けている時点で、男女共に同罪だ。それは一般常識的にそうだから、という単純な話じゃない。不倫という、超旨味のある恋愛を楽しんだ者の負うべき罪なのだ。

便利になりすぎた世の中、好きな人と恋を育むなかで生じる、障害はどんどん少なくなっている。携帯電話さえあれば、好きな人にいつでも連絡をとれるし、待ち合わせ場所で待ちぼうけをくうこともない。相手の情報なら、たいていはFacebookやTwitterに載っている。会えない時にはLINEでメッセージを送ればいいし、顔が見たいならテレビ電話をかければいい。「会えない時間が愛そだてる」という歌もあったが、時代は変わり、会えない時間、繫がれない時間がどんどん減っているので、普通に生活していては十分に愛を育めない。愛を成熟させる切なさは、テクノロジーの進化によって高速で失われつつあるのだ。

その点、不倫というのは、この時代に残された数少ない「障害のある恋愛」である。世間には非難されるし、いつでも会えるわけではない。初めからライバルがいる。普通の恋愛では、すべてを可視化することで情緒をぶち壊している罪深きツールSNSでさえ、不倫においては、相手の家族との日常をちらつかせて切なさを増幅する、「恋愛の盛り上がり」後押しサービスになってしまう。

ハードルの多い恋愛は辛い。しかし人は、誰しも自分にだけ訪れる試練を伴うドラマを求めている。

小学生の頃、「お母さん、私ってもしかして捨て子?」と尋ねた女子は決して私だけではないだろう。平和な日本に生まれ育った私たち、不幸な境遇こそが、自分を特別な物語のヒロインにしてくれることを、幼い頃から無意識に知っていた。不倫の沼にはまる男女は、いけないとわかっていながらやめられない不倫に翻弄され、不幸を味わえば味わうほど、自分だけがこの物語を堪能することを許されたかのような、特別な気持ちになるのだろう。

ここに輪をかけて、配偶者の不倫を何も知らない妻の存在が、ドラマをダイナミックに演出してくれる。気付かない間はとことん咬ませ犬にさせられ、気付いた途端に、二人の恋愛を阻む敵役を押し付けられる悲しい妻。往々にして、外部に宿敵を持つチームは強く団結できるもので、不倫している者同士が共犯関係を築きながら、背徳感の中で得る快楽は強大なのだろう。端的に言って、傷付く人がいるから不倫は楽しい。楽しくないこと、旨味が無いことはこうも流行らない。そして、他人の生き血をすするように不倫の旨味を堪能した者は、良い子でも悪い子でも、そんなの関係なく罪深いのだ。

とはいえ、そんなことをいくら言ったところで不倫は消滅しない。良いとか悪いとか関係なく、人の心はふとしたきっかけで変わるものだ。配偶者がいても他の人を好きになることはあるし、配偶者がいる人を好きになる場合だってあるだろう。それはもう仕方がないと言うより他ないのだ。結婚したからって決して安心できない。男と女が複数いる限り、この世は喰うか喰われるかの熾烈な戦場なのである。

だからこそ、私は最近つくづく思う。不倫するなら、せめて作法に則って不倫しようよ、と。

たとえば、いくら焼肉を食べる前に「いただきます」と殊勝な顔をして手を合わせたって、殺されて肉を切り出された牛さん可哀想、とはらり涙を流したって、どうせ右手にはお箸が、左手にはタレが入った皿が握られているのである。心臓からベロから横隔膜から全部食べるのだ。泣いても笑っても、美味しい美味しいと食べられる牛は死んでいる。「お前が被害者面するなよ、食べられているのはこっちだよ」と死んだ牛が天国から文句を言っている声が聞こえてくるようである。焼肉を食べた者は、「強い者が勝つ。私こそが食物連鎖の頂点」と、自分の強さ、傲慢さを自覚し、全開にさらけ出す方がまだ潔いというものだ。欲望のために殺生しましたけど何か? と、とことん性悪な顔をするべきなのである。

不倫だって焼肉と同じだ。「奥さんに悪いな」と申し訳なさそうな顔をする。「クリスマスは家族と過ごすのが一番だよ」と言いながら泣く。「私は二番で大丈夫だよ」と物わかりの良い風を装う。謙虚な顔をしたところで、配偶者をスパイスに不倫の旨味を味わっているのには変わりないのだ。やめられない恋愛を楽しむのは勝手だが、楽しんでいる自分を差し置いて被害者面したり、聖母のように神妙に振舞うのはあまりに傲慢である。

気概のある不倫女子ならば、本妻に向かって「ブス! そんなんだから浮気されるのよ」とでも言ってのけるべきで、何より離婚を決断できない不倫相手には「しょうもない男、とっとと離婚してこい」と鬼の形相で言い放つべきなのである。

ここではっきりと言っておくが、本妻より不倫女子の方が圧倒的に優位な立場だ。強い者が弱いふりをして、本当に弱い者をなぶり殺しにしてはならない。強い者は圧倒的に強い者としてヒールに徹する。少なくともこれが、ちょっとはマシな不倫の作法だろうと思うのだ。

そういえば私が元夫の不倫問題で悩んでいた時、相談した義母から返ってきた思わぬ一言が今でも忘れられない。

「わかりました。呪いをかけられる人がいるので頼んでみます」

の、呪い……。義母は当時、少しでも私の心持ちを立て直そうと思いやって言ってくれたのだろうが、さすがについ笑ってしまった。しかし笑いながらも、そうか、その手があったか……と思わなくもなく、追い詰められると人間、最後は呪いをかけようとしてしまうということを身をもって学んだ。とはいえ、「人を呪わば穴二つ」というように、うまく呪いが決まったところで結局は自分も死ぬらしい。目の前の人間が、取り合った末に自分も死ぬに値する人間なのかどうなのか。本妻も不倫女子も、意地を張って盲目になることなく、最後には賢く、実りある判断をしたいものである。

強く愉しく新しい“家族論”エッセイ、ついに書籍化!

家族無計画

紫原 明子
朝日出版社
2016-06-10

この連載について

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家族無計画

紫原明子

「日本一炎上しがちな夫」こと、起業家の家入一真さんと結婚した家入明子さん。現在「ソーシャル主婦」として、家入家独特の育児の話や、夫婦間のデリケートな話題に切り込む記事をブログで発信し、話題となっています。そんな明子さんが、ブログよりも...もっと読む

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コメント

ellymlss “不倫という、超旨味のある恋愛を楽しんだ者の負うべき罪なのだ。” 4分前 replyretweetfavorite

kensuu これもすごい良いコンテンツ。 |家族無計画|紫原明子|cakes(ケイクス) https://t.co/7M2ptMu6nm 7分前 replyretweetfavorite

sadaaki で、文中に出てくる「「不倫をされている本妻」の側から、こんなに「納得のいく回答」が出てくる」の話は、今日のcakesに掲載されてます。あわせてぜひぜひ。 10分前 replyretweetfavorite

ha_chu 不倫というのは、この時代に残された数少ない「障害のある恋愛」である。世間には非難されるし、いつでも会えるわけではない。初めからライバルがいる。普通の恋愛では、すべてを可視化することで情緒をぶち壊している罪深きツールSNSでさえ… https://t.co/5L54MRKUZ8 約1時間前 replyretweetfavorite