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紺色のひと

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秋田でのクマ人身被害事故中間まとめと雑感

2016年5月から6月にかけてニュースを賑わしている、秋田県鹿角市から青森県境周辺でのツキノワグマによる人身被害事故について、6月15日現在での状況を一旦まとめるとともに、報道や関連団等の意見について思うところを書いてみます。

当事故によるクマ出没・被害はまだ収束していません。出没情報のある山林には絶対に立ち入らないようにしてください。

もくじ

  1. 事故の経過まとめ
  2. 日本ツキノワグマ研究所の主張
  3. 日本熊森協会の主張
  4. 僕の雑感

事故の経過まとめ

秋田県の地域新聞、秋田魁新報「さきがけWeb」より、"キーワード:クマ被害|秋田魁新報電子版"から関連記事を抜粋し、その他の報道と照らし合わせて情報を補完しました。
なお、被害が収束していないこと等を鑑み、被害者に関する情報は最低限とさせていただきます。

日付 記事概要 被害者 備考
5月21日 遺体を発見 1人目 失血死
5月22日 遺体を発見 2人目 失血性ショック
5月23日 鹿角署がチラシ配り
5月26日 クマと遭遇し生還
5月29日 襲われ女性けが 背後から尻を噛まれる
5月30日 3人目 遺体の損傷が激しい(複数個体による食害?)
6月2日 米田さん現地調査 日本ツキノワグマ研究所所長
6月10日 遺体を発見 4人目
クマを一頭捕殺 4人目の被害者のごく近く。体長1.3m、70kgのメス成獣、胃から人体の一部

備考と解説

「タケノコ」について

今回の事故の原因でもある「タケノコ採り」。広く認識されている、孟宗竹等のいわゆる「筍」ではなく、ネマガリタケと呼ばれるチシマザサの若いものです。5月中旬から6月上旬頃が旬の山菜で、北海道から東北にかけて大変人気があります。北海道では「ササノコ」、僕の住むやまがたでは「月山筍(がっさんだけ)」と呼び、この時期には欠かせない山菜と言えます。
傾斜地に細く密集した硬いチシマザサの藪の中を進みながら採る、なかなか大変な作業です。
とてもおいしい山菜で、焼いたり煮物にしたりします。僕が好きなのは豚バラ肉と一緒に鍋にしたもので、黒コショウをふって食べるのが最高です。

ツキノワグマの人肉食

一般的に、ツキノワグマは草食性に偏った雑食です。昆虫や他の動物の死骸等も食べるけれど、植物への依存度が高い雑食ということです。春から夏は若芽や山菜の類を、秋は木の実などを食べますが、特に暑い夏は食べ物が少なくなるため、山間地や周辺部の畑まで餌を探しにやって来て農業被害が発生しやすくなります。

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信州ツキノワグマ研究会「ツキノワグマによる被害を防ぐために」パンフレットより

「駆除したクマから人体の一部」という報道について

6/10に現場近くでクマが捕殺され、胃内容物から人体の一部が出た件で、一部報道が「一連の被害は、このクマによる可能性が高い」とのコメントを紹介しています。
駆除したクマから人体の一部 秋田・鹿角 | NHKニュース
しかし、「人を食べたクマ」と「人を襲ったクマ」が同一であるとは現段階で判断できません。人を襲って死に至らしめたクマとは別の個体が、何らかの理由*1で遺体を食べたとも考えられるためです。
いずれにせよ、事故はまだ収束していません。


日本ツキノワグマ研究所 米田さんによる分析

3人の被害が出た後、NPO法人日本ツキノワグマ研究所(JBN)の米田一彦氏が現地に入り、調査を行っています。この際の報道と、米田氏がホームページで発信している情報を併せ、以下に要約してまとめてみました。
6/15時点での記述を元にしたまとめであることをご留意ください。
情報元:
秋田の3人死亡、同一のオスグマか 専門家が調査:朝日新聞デジタル
日本ツキノワグマ研究所

  • 殺害の主犯は第3犠牲者までは「若いオスグマ」。主犯+メスグマ(6/10捕殺個体)+その他2頭ぐらい(6/15記事)
  • 今回の人的被害の要員をまとめると、「交尾期の興奮の高まり、緊張」「タケノコばかりを食べる単一食という、一種の興奮状態にあること」「気圧の激烈な長期降下*2
  • (人を襲って食べたクマ、あるいは人肉を餌として認識したクマは人を再度襲うという知見から)主たる被害は同一のクマによるもの
  • 今回の事故では子グマが目撃されておらず、「昨年秋にどんぐりが豊作だったから出産が進み出没が増えた」は正しくない。なお当歳子連れの母グマは子グマを守ることに懸命で危険度は高くない。子連れグマが危険になるのは子グマが成長する7月末頃から。(5/23記事)
  • 「人が楽しみにしているタケノコ採りをやめろとはいえない。ただ、私は最も危険な今の時期の竹やぶには絶対入らない」(朝日記事)


全体を通じて「これ以上被害を増やしたくない」「事故対策、発生の抑止力」としての使命感を強く感じる記述です。長い現地調査での知見に基づくものと思います。
ただ、その米田氏でも、

被害は単一のオス成獣によるもの(6/2朝日記事)

6/10に捕殺されたメスグマは別個体が残した人肉を食べた個体で、別に主犯グマがいる(他にも食害に参加した個体がいる)(6/10記事)

6/10に捕殺されたメスグマが主犯だと判断するが、残存グマによる危険は残る(6/12記事)

6/13午後に現場周辺で1.5mの大型クマが目撃されており、主犯が残存している可能性が大(6/14記事)

主犯+メスグマ+その他2頭ぐらい(6/15記事)

と、大変苦労している様子がうかがえます。専門家の熟慮による考察でも、現地の情報や状況によりこれだけ判断結果が変動する現状、ニュースで知るだけのわれわれがあまり軽々しいことを言わないほうがいいのでは、と思います。
一方、米田氏の「これ以上の被害を出したくない」との思いには強く共感します*3。多くの方に読んでもらいたいと思い、6/14の記事をここに引用させていただきます。

明日、タケノコを採りに行く、三本木のオドと、アバヘ。(2016.6/14)
クマに襲われねえように、エエごとお教せでやる。八戸街道にあるコメリさ行って、桃の缶詰とドッグフードの缶詰、それから竹製の、クマ手ば、買ってきんせ。
それから牡丹紅炮20連10束入の爆竹も買ってくる。導火線は、ふにゃっとしたのはダメ、オドのようにバキっと堅いのが良い。桃ば食ったら(犬の餌は食うなよ)、アンチャがら底に写真(明日添付する)のように取っ手ば付けてもらえ。
へで、クマ手をペンキで黒く塗る。
穂波町のオド二人、二丁目のオド二人ど組んで田代さ行ったら、ちゃんと営林署と、お巡りさんへ
「これからへえりやす、ご免なすって」と挨拶して、アバば中心に、オド4人が左右に並ぶ。
アバが左手持った爆竹入れに火を付けた爆竹を入れて、前の方に向ける。
ばんばんとなったら、前さ、一斉に進む。アバは肩にした黒いクマ手で笹原の表面を、わっさわっさと叩きながら進む。2分したら、また爆竹。またクマ手だ。
オドたちは懸命にタケノコを採る。
笹原に入る時間は9時から11時、13時から16時までだ。これは押さえる。
国有林に入ってもエエ。皆の山だ。元とは言えば南部藩の山だ。
これをやっても食われたら吾(わ)ど、クマば許してけれ。吾も少しで、そっちへ行く。
重々、詫びる。

日本熊森協会の主張

本ブログでもたびたび紹介している、日本熊森協会は今回の事故にどうコメントしているでしょう。

今回の人身事故は、人間が100%悪い 秋田県クマ生息地の根曲り竹の商業用タケノコ採りに規制を 6/8

クマによる前代未聞、最悪の事故が起きてしまいました。
にもかかわらず、現地山林には、いまだに竹の子採りに入る人たちが後をたたないそうです。多くの人間は、お金の誘惑には勝てないのでしょうが、何とかできないのでしょうか。

今年は根曲り竹のタケノコが不作で価格が高騰しており、いい副業になるのだそうです。
命とお金、どっちが大事なんですかと、もう一度言ってみたいです。

根曲り竹のタケノコは確かに美味ではありますが、それ以上においしい物を毎日お腹いっぱい食べている人間が、クマたちの貴重な食料を商業的に大量に奪う権利などないはずです。


秋田県 タケノコ採り、同じ場所でクマによる死者4人目 こうなったら人とクマの命を守るため、タケノコ採りを全面禁止せよ 行政・森林管理署も責任あり 6/13

事故現場は、クマの国です。問題を起こす人間は出て行くべきです。
この時期、ここにいるクマにとっては唯一の食料である根曲り竹のタケノコ。それを根こそぎとっていこうとする人間の方が100%悪いのです。クマが怒って当たり前。にもかかわらず、クマを殺して終わろうとするなど、秋田県の対応は本末転倒。いったい秋田県の倫理観はどうなってしまったのでしょうか。

熊森は、今後も新たな犠牲者が出る!として、両者に商業用タケノコ採りの強力な禁止処置をお願いしました。
しかし、「わが国には、タケノコ採りを規制する法律がないので、対応できないのです」という回答でした。
法律は、一朝一夕にできるようなものではありませんから、なんらかの超法的な措置をしかるべき立場の人にとってもらうしかないのかと思っておりましたら、
(中略)
どうも、米代東部森林管理署管内の国有林内で、鹿角市民はタケノコ採りをしても良いという取り決めが森林管理署と地元でなされていたようです。

「林産物を窃取罪」を前面に打ち出して、クマの食料を守るためにも、国民の命を守るためにも、「タケノコ採りの全面禁止」に、直ちに取り組むべきです。
クマに口がないのをいいことに、クマを殺してこの事件を終えようとするのは絶対にやめて下さい。人間としてあまりにも恥ずかしいです。

雑感そのいち:主張について

クマによる人肉食が報じられた後でも、それには一切触れていませんね。
全体の論調をまとめると、「クマは悪くない、人間が100%悪い」という二元論、「(超法規的な措置でもなんでも)タケノコ採りを禁止にすべき」という机上の空論、「小遣い稼ぎ、お金の誘惑」というレッテル張りと、いつもの熊森節に満ちています。

被害が発生しており、今後も予測される現状では、現場への立ち入りを制限するというのは有効な対策手法のひとつと考えられます。それはいいのですが、具体的なやり方も示さず「タケノコ採りを禁止にしろ」と声高に主張されても困ります。実際、警察や森林管理署により林道の立ち入り制限やチラシ配りをやっているわけです。これだけ報道に取り上げられ、公も動いている中でなお入ろうとする方々を強制的に止めるのは非常に困難です。*4
何より、現場主義を標榜し、クマの専門家を名乗る熊森協会が、自らの公式ブログで主張している内容が「クマは悪くない」なのは、どこかズレているとしか言えません。人的被害が、しかもまれとされる人肉食まで発生している現状で、それに触れずに実行不可能な策を振りまわす。一体、誰に向けた主張なのでしょうか?

雑感そのに

上記記事では、山菜採りについての法規制について触れられています。
厳密な話をすれば、山菜採りは「私有地だと窃盗」「国有林でも採取許可等がないと違法行為にもなり得る」行為です。ただし、広い山林で実際に取り締まるのは事実上困難ですし、季節の楽しみや古くからの山仕事的な文化的側面もあります。これらを考慮して、個人程度のものなら黙認されてきている…というのが僕の認識です。
今回のような事故に際し、法的根拠を元に規制を行うのはまぁいいでしょう。
しかし。僕は思い出してしまいます。
2010年、ドングリ不作の年に熊森協会が全国に「おなかをすかせたクマに届けるため、ドングリを送ってください」と呼びかけていたことを。公園だけでなく、私有地や公有林から拾われたどんぐりだってあったでしょう。
「国有林の山菜採りは違法」論法に立てば、彼らが取り組んでいた「ドングリ運び」なんか「クマの為という名目のもと、その土地の動物が食べるはずだったドングリを盗み運び出すよう教唆・先導した」とだって言えるんじゃありませんか?


僕の雑感

タケノコ採りについて

「金のために採ってるひとばかりではない」という話です。
報道で、「タケノコが1日2万円になる」と紹介されたこともあり、「結局金儲けか」「金のために命を捨てるのか」等のコメントをtwitter等でよく見かけました。
確かに、買い取り業者や山菜荒らしによる大規模な採集が問題の根底にはあります。一方で、山菜採りには山仕事としての生業(なりわい)や、季節労働としての収入源としての側面、そして一般市民の季節の楽しみです。1日で背負子をいっぱいにするレベルのひとばかりではなく、自家消費や親戚に分けるくらいを採って楽しむ人も大勢いるのです。
僕自身も、山菜採りをほんの少しするのですが、「そろそろフキの時期かな」「友達がワラビ採りに行ってたな」「ちょっとミズ採ってくるか」と、春にリンクした季節行事のような趣があります。「タケノコに命かけるの?」と思われるかもしれませんが、地方の山間部ではごくごく身近なことなんです。
もちろん、身の安全を確保し、来年もまた採れるように少しずつ……というのは基本中の基本です。それでも、どうしても食べたいとか、ワシはクマに遭わないから大丈夫だとか、いろいろな理由で危険な山に入る方もいます。
「1日2万円」をことさら取り上げてると、上記熊森協会のような「タケノコ採りは金儲けのため! 金に目がくらんでクマの食べ物を奪う!」と言わんばかりの無理筋な主張が受け入れられやすくなってしまいそうで、僕はそれを危惧しています。

「クマの怖さ」について

今回の事故は、日本の獣害史の中に残る規模となってしまいました。
こういう話題が出ると、必ず「三毛別の事件を知らないのか」「福岡大ワンゲルの事件だ」といった、過去の獣害の話を引き合いに出して語る方がいます。ヒグマとツキノワグマを混同したり、常時人を襲う習性があるように語るのは止しましょう。被害を避けるためには正しい理解が第一です。クマが肉食獣である、というイメージは、正しい理解・正しい対策の支障になるかもしれません。
ツキノワグマは基本的に草食に近い雑食で、今回は人肉を餌として認識した個体による事故と考えられる、珍しいケースです。種としての習性ではなく、個体としての特性です。
ただし、今後時間が経って、そういった個体が増えたりすることは考えられます。そうならないためにも、今後のシカなどによる獣害対策とリンクし進めていかなければいけないでしょう。

おわりに

僕はツキノワグマの生理生態に詳しいわけでも、現地を見てきたわけでもありません。事態が収束するまで発言をなるべく控えようと思っていたのですが、上記協会の放言や米田氏の広報努力などを見、情報と考えをまとめておこうと書きました。
状況が進展し次第追記・修正を行う予定です。また、「ここが違う」「これはおかしい」等のご指摘がありましたら、コメント欄にて教えていただければ幸いです。

*1:より強い個体に追い払われたとか、人の気配で隠れたり逃げたりした後に別の個体が食べたとか

*2:「動物は下がりつつある気圧の変動を感知し、これが不安としてストレス になり自律神経を介して血圧の上昇を促す」、動物は悪天候になる前に相対的高気圧時に活動性を高める、つまり悪天候の前に狩りをする、という考えに基づくもの。(6/4記事)

*3:氏は青森県のご出身で、秋田県職員として働いていたという現場感のある方

*4:もちろん、「勝手に入って勝手に食べられるから自己責任」では済みません。他にも被害が広がるため、入らないことが解決策のひとつであることは間違いありません。

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