【さえりさん:ことばとわたしたち】 #4「海外に住みながら働くということ」

2016.06.14 19:00

ライター・さえりさんによる連載・4回目。会社を退職し、Web編集者を経てフリーランスのライターとしての道を歩み始めたさえりさん。今回は、現在生活しているスペイン・バレンシアからの原稿をお届け。海外に実際に住んでみて分かった、海外を拠点にしながら働くことの良さとは。

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Photo by さえり

会社を辞めて、以前から思い描いていた暮らしを実現させてみようと思いたち(#3「夢に逃げるな。夢は選択するものなんだから」参照)、スペインのバレンシアにきて2週間が経った。

必ずといっていいほど「どうして"バレンシア"なの?」と聞かれるけれど、理由は、正直あまりない。
2年前に南スペインを一人旅して、スペインが好きだと思ったこと。それから大学時代に少しスペイン語を勉強していたことで幾らかの単語を知っていること。スペイン語は日本人でも発音が理解しやすいところ。

それでスペインに行こうと決めた後、バルセロナやマドリッドほど大きくなく、不便でないところ......ということで浮上したのが、バレンシア。

バレンシアにして正解だった。いや、大正解だった。

ここはほどよい大きさで、中心地はすべて歩いて回れる。出不精のわたしでも散歩したくなる街並みがあり、治安もよく、ご飯もおいしい。

英語は話せない人が多い。でもとても親切だから、スペイン語が話せなくてもこの2週間困ったことは一つもない。

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Photo by さえり

この海外生活は2ヶ月のみと決めている。それは観光ビザが3ヶ月までしか使えないこともあるし、いろいろなことを加味して決めた期間だ。

時差は-7時間(サマータイムの場合)。時にスカイプでのミーティングや取材を受けているけれど、アメリカほど時差もひどくないので問題なく仕事ができる(と、わたしは思っている)。

とはいえ、日本での取材はできないし、フットワークも重いというか不可能になるので仕事の幅が縮まるのは確かだ。

わたしの場合は、5月初旬から中旬まで日本でとにかくたくさん取材をして、それらの音源や写真を持ってスペインにやってきて、原稿を書いている(そういうわけでスペインまできてはじめに書いた原稿は「源氏物語について」だった)。

もし日本での仕事があまりもらえなければ、「スペイン取材記事を書く」と営業をかけるつもりだった。相手はどこかわからないけれど、たとえばスペイン留学を斡旋している会社、スペイン語の語学学校、旅行系サイト、旅系サイト、食のサイト......。考えればたくさんある。そういうところに連絡をして仕事をもらうつもりだった。

7月の仕事はまだ隙間があるので、日本から持ってきた仕事だけではなく、海外ならではの原稿を書きたいと目論んでいるし、きっとここで働く方法はいっぱいある。

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Photo by さえり

「そっちで仕事をするってどんな感じ?」と聞かれるけれど、やっていることは東京の家で仕事をするのとほとんど変わらない。ひとりで案件を受け、進捗管理して、連絡をして、原稿を書いて。

変わったことといえば、「日中にアポが入らないこと」「気分転換が今までよりも楽しいこと」「街中でいろんなことを感じられること」「それゆえに気持ちがとてものんびりしてくること」くらいかなと思う。

見えるもの全ての人たちが陽気でのんびりしているので、徐々に自分も「あくせく」せずに済み、伸びやかな気持ちで仕事ができる。

でも、働かなくてはいけないことに変わりはないので、時に遊びを断って「働きすぎよ」と言われても「わたしは日本人だから」と笑って仕事を始める。

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Photo by さえり

今の仕事場、すなわち宿は「Airbnb」を使って探した。

スペインでは一人暮らしはあまり一般的ではなく、pisoと呼ばれるアパートのようなものを数名でシェアして暮らしていることが多い。ルームシェアではなく、いわゆるシェアハウスだ。

わたしも同じようにアパートの一室を借りていて、ホストファミリーのような夫婦と暮らしている(彼らはミュージシャンで、よく歌をうたってくれる)。

朝食と昼食は出してくれて、お水やパンは「自由にどうぞ」と言われているし、光熱費込み、週一回掃除してくれるという至れり尽くせりで、1泊約3,500円。その前に1週間借りたアパートの一人部屋が1泊約7,000円だったことを思えばものすごく安くて、それに、楽しい。

ここで、昼は窓を開け放って、そして夜は果物をつまみながら、ひとりしずかに記事を書く。

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Photo by さえり

たくさんの友人もできた。どこの国にも「日本語を勉強したい人」は多かれ少なかれいて、バレンシアも例外ではない。

「インテルカンビオ」と呼ばれる言語交流会で、スペイン語が話せる日本人と、日本語が話せるスペイン人と多く知り合い、彼らにいろいろなことを教わっている。特に日本語が話せるスペイン人には、スペインの文化や考え方を色々と聞いていて、とても興味深い。

日本人の多くは語学学校に通っていて、時に国際結婚をしている人や、旦那さんの転勤で住み始めたというひともいた。学生だけでなく、仕事を辞めてバレンシアに来た人、また「仕事を辞めてバレンシアに来てそのまま住みついた人」もいるらしい。

つくづく、いろいろな生き方があるものだと思う。

彼らがいろいろなところに誘ってくれるので、気分転換にも困っていない。

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Photo by さえり

日本での仕事があるまま海外に来たわたしだけれど、そのことのメリットはたくさんある。

そもそも稼ぎながら海外にいられるのは、お金の節約を"しすぎずに"済む。貯めたお金を切りくずすよりは少し心の余裕がある(その代わり、どれだけいい天気でも働かなくてはいけない)。物価が安いので、遊び方によるけれど日本での生活よりお金もかからない、のに、原稿料は同じ(しあわせ!)。

また比べるわけではないが、留学で来ているよりも"のんき"でいられる。何かを得なくてはいけない、何かできるようにならなくてはいけないという制約がないからだと思う。

嫌というほど仕事で日本語に触れているので日本語シックにもならない。仕事といえど「やることがある」のは、心の安定にもいい。

それに、もちろんライターやものを作る仕事のひとには"海外"にいることが時にとてもいい影響を与えてくれるのは、誰もが容易に想像がつくと思う。

デメリットは......、周りの人がのんびりしている中でも働かなくちゃいけないことくらいだろうか。今の所あまり思いつかない。

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Photo by さえり

思っているよりも、海外生活は大変ではなかった。見るもの聞くもの食べるものが変わり、仕事場が変わった"だけ"という感じ。もちろん疲れる日もあるが、でもここに来てよかった。

「ものすごく心配」と言っていた心配性の姉は、或る日突然しんみりと「できるもんなんだねぇ」と言ったし、わたしも「ほんとね」としんみりした。

一歩踏み出せば拍子抜けするほど簡単に進み出す。思考はときに物事を複雑にするし、心配事は頭の中で増幅する。方法がわからなければ、聞けばいい。やってみてから、考えればいいのだ。

もし今、何かに躊躇している人がいるとすれば、「やってみようか」と優しく背中をおしたい。やってみてからじゃないと、わからないことばかりなのだから。

今日も、わたしは原稿を書く。異国でオリーブを食べながら。

文:さえり

ライター。出版社勤務を経て、Web業界へ。人の心の動きを描きだすことと、何気ない日常にストーリーを生み出すことが得意。好きなものは、雨とやわらかい言葉とあたたかな紅茶。
メール:i.like.being.on.my.own[アットマーク]gmail.com
Twitter:@N908Sa

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