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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第12章 鬼ヶ島の恋物語

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第214話 部隊袖の淑女・舞台裏の魔女

『モンスターハンターX』即日買いました。
時間泥棒、再び……気がついたら3時間経ってるとか……

と、とりあえず最新話は書き上げれましたので、どうぞ!
  
「やれやれ……戦とはやはり上手く行かないものだネ」

 場所は、チラノース軍の本陣。
 物見やぐらの上に立つ男が、そう呟いてため息をついていた。

 若い男だ。体の線も細く、背もさほど高くない。せいぜい160cm代後半であろう。
 顔にはしわもなく、髭も生えていないため、かなり若いとわかる。前髪が長く、目がほぼ隠れてしまっているため、どんな目つきや瞳の色をしているのかをうかがい知ることは出来ない。

 しかし、そんな見た目に反して……彼は一見して高級将校だとわかる軍服を身にまとい、胸にはいくつもの勲章がある。この軍においても、相当な地位にいることが人目でわかる。

 事実、彼は……この軍を束ねる、総司令官という肩書きを持つ者だった。

 その彼の視線の先では……前衛から中衛にかけて配置している奴隷兵たちが、突如として現れた謎の兵士達の猛攻を受け、瞬く間に蹴散らされていく様子が見えていた。

 奇妙な意匠の武具を振るい、一度に何人もの奴隷兵が切り倒され、あるいは貫かれ、あるいは吹き飛ばされていく。
 対して、奴隷兵の攻撃は一切通じていない。どれだけ堅牢な装備なのか。

 おまけに、戦場左翼には――チラノース軍から見て、だが――突如現れた、正面の兵とよく似た『何か』が猛威を振るっている。
 遠目に見ると騎兵に間違えそうだが、馬の体と人の上半身が一体化している、ケンタウロスのような姿になっているのが、男には見えていた。

 そしてトドメに、こちらがてこ入れのつもりで繰り出した『龍騎士』たちは……またしても突然その姿を現した空飛ぶ船、その甲板から放たれた『何か』によって、文字通り散った。

 戦場に姿を現してから僅か十数分ほどで、完全に戦の流れを変えてしまったあの軍団を前に、男は素早く頭の中でそろばんをはじき……すぐに結論を出した。

「……撤退するヨ。本陣とその周辺の奴隷兵各隊に指示を。それと、前線の奴隷達にもダ……ただし、15分ほど遅れて、両翼端から順に伝わるように調整してネ」

「なるほど、盾……もとい、殿軍にするのですね。わかりました」

「もともとこの戦場で使い捨てにするつもりだった連中ダ……あまり多く戻ってこられても困るんだヨ。まあ、退却する際にまたある程度『エサ』が必要になるから、多少は回収するけどネ」

 あっさりと前線で戦っている奴隷兵を見殺しにする指示を出し、さらにその後退却中に襲ってくる魔物への『エサ』として奴隷兵をあてがうことをつげたその男は……数mはゆうにあろう高さのやぐらから、はしごも使わずに飛び降りた。
 そして、何ごともなく地面に着地すると、すたすたと歩いてその場を後にする。

 一拍遅れて、副官が先の指令を実行に移し始めたのであろうざわめきが背後で聞こえ始めたが、特段それを気にするようなことはなかった。
 むしろ全く聞こえていないかのように……顎に手を当て、思案にふけっている。

(まだいくつか策はあるにはあるが……想定外のことが多すぎるヨ。あの謎の兵士達に関する情報もそうだガ、特に……あの空飛ぶ船。おそらくアレは……)

 再び、はぁ、とため息。
 そんな彼の隣に、また別な副官と思しき女が近寄ってくる。

「ここにいたのは偶然か、あるいは別な何かの意図か……いずれにせよ、聞きしに勝る厄介さだネ、『黒獅子』。まあいい、正規軍に損害が出たわけでもないし……今回はこの『船』の性能テストになっただけでもよしとするカ。お前、撤退が始まったらでいいから、今回の被害状況の報告と、後で例の『財団』の連中のご機嫌取りに何か贈り物の見繕いも頼むヨ」

「は……しかし、ご機嫌取りの『贈り物』ですか?」

「この船に組み込まれている『魔物避け』の技術は、うちの軍の逸ったバカが連中のそれを黙って持ち出したものらしいからネ。もっとも、何も追求してこないところを見ると……連中も気付いていてあえて見逃しているんだろうヨ。理由はデータ目当てあたりだろうから、そのあたりの情報も添えて報告を出してやれば、別に何も言われまい」

「かしこまりました。本国への報告はどうしますか?」

「そっちは私が用意するヨ。それなりに予算を投じた作戦だったから、その失敗について、小言や嫌味くらいは何か言われそうだが……得られたものもあるし、大事にはなるまい」

「と、申されますと?」

「今回の一件で、我々が何らかの手段で持って、以前までよりも格段に安全に『ローザンパーク』へ軍勢をたどり着かせることができるようになったと知れたからネ。山賊共にとっては明らかに脅威度が上がって安心していられなくなっただろうし、周辺国はその技術を目当てにわが国と交渉のテーブルを設けようとするだろう。ま、どっこいってとこカ」

「なるほど……フロギュリア使節団の中の、こちらの息をかけた者たちについては?」

「己の力量を測り損ねてしくじるバカ共などいらないヨ。まあでも、『骸刃』だけは……後で一応探すけどネ」

「かしこまりました、中将閣下。では、そのように」

 視界の端で一礼する部下を一瞥すると、中将と呼ばれたそのチラノースの軍人は、話は終わったとばかりに、今後のことを考えるような様子で、思案に戻ったのだった。

 チラノース軍の退却が始まる、十数分前のことであった。

 ☆☆☆

 本日の戦果……死者0、重軽傷者数十名。
 3000人もの大軍を相手にした戦いの結果としては、そりゃもう上々、といっていいものだろう――まあ、実際相手にしたのはその半分くらいで、しかもろくに訓練もつんでいない奴隷兵だったとしても、だ。

 チラノースの侵攻を防ぎきった僕らは、その日、戦勝祝いの簡単な宴に招待され、そこで出された美味しい料理をつつきながら、互いに歓談を楽しんでいた。

 最初こそその物量に苦戦したものの、途中から瞬く間に押し返した上、1時間と立たずにその大勢を悟った敵側が撤退するという逆転劇は、酒の肴に語られるには十分なもの。

 そして、門の防衛についていた兵士という多数の『目撃者』によって、その逆転劇の立役者として名前を上げられた僕は、『やるな兄ちゃん!』的なノリで山賊の皆さんに……なんていうかこう、体育会系の豪快な感じで絡まれていた。ばしばし背中叩かれたりして。

 いやまあ、嬉しいんだけど……酒勧められるし、騒がしいし、『お前も『ガイア』に入れよ』なんて勧誘されるしで、ちょっとだけ忙しいなあ、静かに楽しく食べたいなあ……なんて思ったり思わなかったり。

 しかし、そんな僕よりもこの宴のある意味『被害者』になっていたのは……なんと、ザリーとオリビアちゃんの2人だった。

 どこから漏れたのか、今回の戦いの裏でギルバートが企んでいた計画や、それによりオリビアちゃんが犠牲となるところだったこと、そしてそれを、オリビアちゃんと相思相愛のザリーが颯爽と現れて救出したことなんかが、一部の団員たちの知る所となっていた。

 で、所々脚色され……捕われのお姫様を勇者が助け出す的な『愛と正義の救出劇』が出来上がってしまい、僕の武勇伝の2倍ぐらいの頻度でその辺で語られているのだ。

 しかも、その物語の主役であるザリーとオリビアちゃんもこの宴に招待されているので――しかも、結構な上座に2人並んで座らされている――そりゃもう絡まれる絡まれる。いかにも『主賓です』って感じの扱われ方をしている。

 ザリーは対応に忙しそうだったし、オリビアちゃんは恥ずかしいのか、終始顔が赤い。

 一応今回、オリビアちゃんは『敵との内通者を招き入れてしまった者』として謝罪する側だったはずなんだけど……宴に出ている皆さん、見事に気にしてないよ。すごいな。

 そのへんのおっさんに聞いてみたところ、

 『そんな話は後でお偉方がやるんだから俺達が何か言ってもしかたねえだろ』
 『そんなことより今は面白おかしく騒ぐ方が大事だぜ』
 『そうそう、宴でしみったれた雰囲気出してる方が罪だ』

 とのこと。剛毅なもんだ。

 まあ、僕としてはそっちの方が都合いいから、別に文句はないけどもね。

 なお、先にちらっと言ったとおり、オリビアちゃんはこの件を本国に持ち帰り、対応を協議する予定だそうだ。今回の件に対しての補償その他は、それを踏まえて行われるとのこと。

 ただし、つれてきた従者・護衛の半分以上が裏切り側であった上、最大戦力であるあの青年……『クロム』とかいう奴も敵だった上、行方不明になってしまった。
 あの崩落の後、義姉さんと交戦してたらしいんだけど、

 つまりどういうことかというと……現在オリビアちゃん、フロギュリア本国に帰りたくても帰れない状態なのである。

 これについては、後々あらためてどうするか話し合うことになった。さすがに放置とかありえないので、僕ら『邪香猫』が送ってくか……それとも、別に護衛か何かを手配するか。

 何にしても、すぐに決められるようなことじゃないだろう。外交云々とか絡んで来そうだし……最悪、またフレデリカ義姉さんにヘルプ出そうかな。

 そんなことを考えながら料理を食べていると、隣に座っていたエルクが、ふと思い出したようにして僕に尋ねてきた。

「そういやミナト……あんた、あの後どうなったの?」

「ん? あの後?」

「うん。ほら……連中のアジトに突入した後、『黒トカゲ』が突っ込んできたでしょ? で、その後ザリーはオリビアちゃんの救出に、セレナさん達は各方面に散って色々対応……手下の討伐とか『オルトヘイム号』の準備とかしてたわけだけどさ。あんた確か、目の前に『黒トカゲ』がいたのよね? しかも、その連絡貰った直後に『サテライト』から消えちゃうし……」

 そのためエルクは、僕が『アメイジングジョーカー』を使って『ゼット』との戦闘に突入したと思ったらしい。確かに、アレ使うと僕『サテライト』に映らなくなるしね。『ゼット』はなぜか、最初から映らないけど。

 しかし、そう思っていた僕がその後、何事もなかったかのように戦線復帰したので、エルクは驚いたそうだ。しかも、怪我一つ無いどころか……戦った様子すらなく。
 一体何が起こったんだと思ったけど、急展開の連続だったので、今まで聞くの忘れてたと。

 ていうか、ザリーにも同じこと聞かれたな……答えるの忘れてたけど。

「あー、なるほど……いや、実はあの時、ちょいと予想外の客が来てさ」

「客?」

「うん。あー、後でザリーにも話さなくちゃな。実は……」

 ☆☆☆

 時は、数時間前……ギルバート一味のアジト崩落の直後にさかのぼる。

 そこで僕は、なぜか絶賛怒り狂ってる様子の『ゼット』と相対していた。

 殺気全開のギラギラした目で睨みつけてくる。多分……気の弱い奴ならコレだけでショック死するんじゃないだろうか、っていうレベルだ。
 周囲の空気がぴりぴりと張り詰め、下手に動くことも出来ない。

 ……が、そんな空気に割り込んできた者がいた。

 
「双方共に落ち着きなされ。戦うべき相手が違いましょう」

 
「――っ!?」

 聞き覚えのある声。それでいて……とても聞き流すことが出来ない声。
 思わずその声がした方を見ると、そこには……赤い髪の女の人が立っていた。

 腰くらいまであるストレートの赤い髪に、四角いレンズのメガネ、ベージュのコート。
 一見すると、会ったことはない人だ。加えて、香水か何かでごまかしているらしく……匂いにも覚えは無い。

 けど……今の声は間違いなく……あの人だ。

 僕の視線から、そんな感じの僕の言いたいことを感じ取ったのか、にやりと笑ったその女性は、直後にバッ、とコートを脱ぎ捨て、素早く髪を頭の後ろで1つにまとめ、取り出した紐で縛り……仕上げとばかりにメガネをはずして放り捨てた。

 コートの下からは、僕のよく知る『彼女』の服装が……やっぱりか!

「こりゃ驚いた……。久しぶりだね、セイランさん」

「覚えていていただけましたか。これは光栄……ご健勝のようで何よりです、ミナト殿」

 チャイナ風のバトルドレスに身を包み、どこからか取り出したあの刃つきの弓を手にして、こちらにぺこりと一礼する……AAAランクの冒険者にして『ダモクレス財団』構成員、シン・セイランさんの姿があった。
 ああ、冒険者ってのは『元』だっけか……今確かあの人、ギルド除名されてるらしいし。

 しかし、そんな彼女がなぜここに……と、驚いていた所に、さらにもう1つ、驚くべきことがおこった。

 それは、セイランさんの後ろから……ひょこっと顔をのぞかせた、もう1人の人物が原因。

「あ、あのー……こんにちわ」

「……はい!?」

 それを見た僕は……さっき以上に驚いていた。
 何せ、現れたのはなんと……

「……えっと……エータ、ちゃん、だっけ?」

「あ、はい! その……お久しぶりです。えっと、ゼットも元気だった?」

 一瞬わからなかった。印象もだいぶ違う。

 前に見た時は、ぼろぼろの服を着てたし、腕や体も土埃とかで汚れていた。髪も、毎日は洗えていないからだろう、整っているとは言いがたい状態だった。

 しかし今は……清潔な、その上かなり品質のよさそうな服に身を包み、髪の毛もきれいなストレートヘアになっている。お肌ともどもきちんと洗っているのか、つやつやだ。

 そしてコレはまあ、ある意味当然かもだけど……彼女の特徴でもあの『爬虫類の匂い』がしなくなっている。まあ、『ゼット』と離れて暮らしてりゃ、当然だけど。

 そのせいで気づくのが遅れたけど……間違いない。
 彼女は、『ブルーベル』で出会ったあの子だ。ゼットを、エルビス王子――じゃなくて、ルビス王女率いる『討伐隊』から守ろうとした、あの女の子。

 そして、何らかの理由により、ウェスカーが連れ帰ったって聞かされていた……ああ、だからか。この子がセイランさんと一緒にいるのは。どっちも『ダモクレス』だ。

 見たところ……ウェスカーが言ってた通り、特に何か危害を加えられたような様子は無いな。むしろ、結構いい感じの待遇を受けてたりするのかな? 顔色とかもいいし。

 しかし……何で今、彼女達が僕らの目の前に現れる?

 目の端で見ると、ゼットも驚いているのか困惑してるのか、さっきまで発してた殺気や怒気が少し和らいでいた。久しぶりに彼女……エータちゃんに会えて、無事を確認できて安心してるって面もあるのかもしれないけど。

 それはエータちゃんも同じのようで、ゼットを見てにっこりと微笑んでいた。
 さっき僕に向けた、ちょっと緊張気味の表情よりも、よほどリラックスしているというかなんというか……いや、まあいいんだけど……何だ、この敗北感?

 ……まあ、それは今はいい。
 それよりも、一体この2人が僕らに何の用なのか、って点だ。

 わざわざこんな殺気満点の修羅場に飛び込んできたからには、何か用があるんだろうし。

 それを察したのか、はたまた単に『そろそろ話そう』と思ったからかはわからないが、セイランさんが一歩前に出て、エータちゃんの頭をなでながら口を開く。

「さて、本題に入りましょうか……ご安心を、私達は何も、あなた方に危害を加えにきたわけではありません。むしろ、無用な戦いを止めに来た……と言うべきでしょう」

「止めに来た? 戦いを?」

「左様。ここでミナト殿と……『ゼット』殿でしたかな? あなた方が戦う理由はないのです。あなた方が戦うべき相手は、それぞれ別にいる。ミナト殿の敵はまあ、私がわざわざ説明するまでもないでしょうから省くとして……では、エータ殿」

「あ、はい! ゼット……聞かせて。どうしてあなたは、そんなに怒ってるの?」

 その問いかけに、『ゼット』はしばし逡巡するように黙った後、ぐるるるる……と、唸り声を上げた。エータちゃんに向けて、まるで……語りかけるように。

 すると、エータちゃんははっとしたような顔になった。

「……そっか……やっぱりそうだったのね」

「エータ殿、やはり?」

「はい。セイランさんの予想通りでした」

 その言葉に、セイランさんはにやりと笑うと、

「確認も済みました……では、結論から説明しましょう。そこにいるゼット殿は……仲間を殺されて怒っていたのですよ」

「仲間?」

「ええ……この近くのとある山の山頂付近にいる、『ヘルズベア』のことです」

「……!?」

 そこから先も続けられた、セイランさんの説明。
 それを信じるとするならば……僕の予想は、かなり間違ったものだった。

 てっきり僕は、あの『ヘルズベア』はこいつが殺したもんだと思ってた。いつものごとく、襲ってきたから返り討ちにした、って感じで。
 あの現場にも、ゼットの匂いが残ってたし。

 しかし、実際には……なんと、あの『ヘルズベア』とゼットは、友好的な関係にあったのだという。友達とか仲間みたいな感じで。理由はわかんないけど。
 普通にゼットは『ヘルズベア』の縄張りの中で暮らしてたそうだ。争いになることなく。

 しかし、ゼットではない何者かの手によって『ヘルズベア』は殺されてしまった。
 そして、それに怒ったゼットは、仇討ちのために『ローザンパーク』に襲来した。

 それが、今回の一連の事件の真実だと言うのだ。

 やはりというか、どうやらゼットの言っていることがわかるらしいエータちゃん。彼女が聞き取ったことを、セイランさんと一緒になって僕に説明してきた。

 そして、ゼットが何の反応も示さない所を見ると……嘘はついていないんだろう。こいつは人の言葉がわかるから、偽りがあった場合、何かしらの反応を見せるはずだ。

「そして、ここからは推測ですが……おそらく、『ヘルスベア』を殺した犯人は『クロム』でしょう。ご存知かどうかわかりませぬが、奴は裏社会ではかなり名の通った傭兵ですゆえ」

「クロムって、あの護衛の? それに……傭兵?」

「ええ。もっとも『クロム』は偽名で、本名は私も知りませぬ。確認したければ、奴の特徴と一緒に『骸刃がいじん』という名を……そうですな、一番上か二番目の兄君か、四番目の姉君あたりに聞いてみるとよいでしょう」

 おそらく知っているはずです、と言うセイランさん。

「奴は、ギルバート一味でも我ら『財団』でもなく、最初からチラノースに雇われていた様子……今しがた軽く探しましたが、どうやらすでに逃げられてしまったようで。まあ、さすがにまだこの近くにはいるでしょうが、とても……」

 言い終わる前に、ゼットはきょろきょろとあたりを見回し……ぐるる、とひと唸り。
 そして、背中から翼を出し……飛んで行ってしまった。

 唖然とする僕ら。その中で、一番早く再起動したのは、エータちゃんだった。
 はっとしたように我に返ると、僕に向き直り……

「あ、えっと、その……ゼット、犯人を探しに行くそうです……って言ってました」

「……あ、うん、そう。ありがと」

「……ああ、ちなみに私がここにいた目的は、裏切り者の処断です。今回の襲撃にあたり、『財団』の構成員の1人がチラノースと内通して技術を盗むなどというバカをやりましてな。もっともその者は、先程の騒ぎでミナト殿たちに始末されておりましたので、手間が省けました」

「あっそ。手間賃とかくれたりするの?」

「考えておきましょう。では、我らはこれ以上ここに用はありませぬゆえ……これにて失礼させていただきます。エータ殿、行こうか」

「あ、はい……あ、待ってください、もう1つ……」

 と、踵を返して去ろうとしたセイランさんを追いかけようとしたエータちゃんは、思い出したようにこっちを振り返った。

「あ、あの、さっきゼットがあなたに、もう一つ言っていたことがあって……」

 ☆☆☆

 さて、時間は飛んで……もうすぐ日付が変わるくらいの時間。
 宴会を途中で抜け出した僕は、アルバと一緒に、夜の山を駆けていた。

 場所は……今日の昼、正に僕らが『調査』していた、あの山。
 ここを、頂上めがけて走る。ひたすら走る。
 同行する人がいないので、スピード出して走っても大丈夫だ。アルバは僕の魔力を感知して追いかけてこれるし、こいつも身体強化魔法使えるから、飛行速度自体速い。

 今日の昼間に昇ったばかりなので、少しだが僕らの匂いが残っている。それをたどって……頂上へと、ひた走った。

 そして、走ること十数分。
 頂上に到着すると……そこには、先客がいた。

 ゼットである。暗闇の中に黒い奴がいるので、僕でなければ気付かなくてもおかしくない。

 しかし、僕はここにこいつがいることよりも……別のことが気になっていた。

 昼間たしかにあったはずの『ヘルズベア』の亡骸が……なくなっていたのだ。

 直後、気付く。ゼットの爪や尻尾に、僅かに土がついていることに。
 そして、地面が一部……掘り起こされた後、また埋め立てられたようになっていることに。

 こいつが『ヘルズベア』を……自分の友を『埋葬』したのだ、と気付くのに、さほど時間は要らなかった。

 ホントこいつ、頭いいな……そんな知識とか概念あるんだ? ていうか……

「……同じこと考えてたとは」

 呟きながら、帯に収納していたあるものを取り出す。

 ひゅん、と僕の手元に現れたそれは、1~2mくらいの高さのある、直方体の物体。
 こないだ行った『鋼の穴』の奥で見つけた、大きな黒曜石の塊……何かに使えるかなと思って拾ってきていたそれを削り、形を整えたものである。

 勘のいい人なら、見ただけでなんとなくわかるだろう。これは『墓石』だと。

 掘り起こされた痕跡のある……おそらくは、下に『ヘルズベア』が眠っているであろう場所――からちょっとずれた所に、ざくっとそれを突き刺す。埋まってる亡骸にぶつからないように。
 それを見て、ゼットがぴくっと反応してたけど、よからぬことをやろうとしてるわけじゃないというのはわかったらしい。それ以上何もしてこなかった。

 そして、その前にしゃがみ……合掌。しばし黙祷。
 王都に引き続き……前世日本人なので、日本人らしいやり方でご冥福をお祈り。

 その間、アルバは僕の肩でおとなしくしていた。

 しばしの間そうしていた後……すっくと立ち上がる。
 そして、黙ってこっちを見ていたゼットに向き直り……

「さて……じゃ、やるかい?」

 そうたずねると、ゼットはそれを待っていたように、くい、と顎で向こうの方を指し示し……そっちに向けて駆けていった。

 それを追いかけて僕も駆け出しながら……僕は、昼間、去り際にエータちゃんから伝えられた、こいつからの『伝言』を思い出していた。

 

『えっと、ゼットが……『奴は死に際に、次の山の王は俺だと言い残した。ゆえに熊達は俺にしか従わない。あの熊達を御し、あの山を治めたければ、俺に打ち勝ってみせろ。今日の真夜中に、奴がいた山の頂上で待つ』って……』

 

(『ぐるる』の一声に随分と長い意味が詰まってたもんだ)

 エータちゃんの通訳で伝えられた、こいつからの挑戦状。

 三度目となる、こいつとの戦いを前にして……僕は、そんな緊張感の無いことを考えていた。

 
 
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