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第212話 砂塵の騎士道
今回の主役は彼です。活躍してもらいましょう。
それと、書籍版『魔拳』6巻発売に伴っての差し替えですが、この週末で行う予定です。ご了承ください。
では、第212話、どうぞ。
「……っ、う……?」
自分の体を包む……というか、抱きしめているような、温かく、頼もしい感触の中で……朦朧としていたオリビアの意識は、徐々に覚醒していった。
頬に当たる風の冷たい感触、座らされていた椅子とは違う、妙にごつごつした『何か』に揺られている感触が感じられるようになり……そして、うつろだった目も焦点が合ってくる。
「……っ!」
そして、視力が戻った彼女の目に映ったのは……見間違おうはずも無い、想い人の顔。
「……ザリー……!」
「っ! よかった……目、覚めたんだね、オリビア」
彼女を抱きかかえて支えていたザリーは、『いつもにやにやと笑っている』というポーカーフェイスを使う彼には珍しく……感情そのままの安堵の笑みを見せた。
かつての昔……まだ自分たちが『許嫁』だった頃にも見せられたその笑みに、思い出の中のザリーの笑顔が被って見えたオリビアは、安堵と嬉しさに一瞬顔をほころばせるも……直後に、ギルバートから聞かされた、あの話が脳裏をよぎってしまう。
「ごめん、オリビア……助けるのが遅くなって。けどもう安心していいよ。事情は大方わかってるし、こんなことも――」
「……あの、ザリー……」
「うん?」
ザリーの言葉をさえぎって、オリビアは小さな……蚊の鳴くような声を、それすらも搾り出すようにして発した。まるで、一言一言をつむぐのが怖いかのように。
……いや、実際怖いのだろう。抱きかかえているザリーの腕の中で、小さな体が小刻みに震えていた。座っている場所自体が揺れているので、ややわかりにくいが。
しかし、触れているザリーはさすがに気付いたのだろう。どこか苦しいのだろうか、と聞こうとしたところに……勇気を振り絞って、オリビアが口を開いた。
「……私は、ザリーに嫌われていたのですか?」
「……は? えっと、何を……」
「ギルバートに……聞かされたのです。その……ザリーが、私の元を去ったのには、別に本当の理由があると……」
震える声で、オリビアは話す。
ギルバートから、『ザリーはオリビアの『毒』に殺されるのが怖くて逃げたのだ』と聞かされたことを始め……自分とザリーの婚約の裏に隠された両家の思惑、そして、それによって無理矢理思い出させられた、自分が幼少期、『毒』をもてあまして周囲に迷惑をかけていた思い出も。
普段の彼女からは想像もできないほどに弱弱しい声で語られるそれを、ザリーは何も途中で口を挟むこともなく、黙って聞いていた。
「……だから、だから私……怖くて……! ひょっとしたら私、そもそもあなたに愛される資格なんてなかったんじゃないかって……それでもう、何も考えたくなくなって……っ……!」
搾り出すようにしてそこまで言い切り、それっきり口をつぐんでしまったオリビア。
ザリーは、少しの間何かを考えるようにしたかと思うと……嗚咽をこらえるようにしている彼女を、黙ってぎゅっと抱き寄せると、耳元で囁くように話し始めた。
「……本当は、君には話さないでおこうと思ってたんだけどね……」
「……っ……!」
オリビアの耳の奥に染み込んでくる、ザリーの声。
その続きを聞くのが、オリビアは恐ろしかった。
ギルバートに聴かされた話……それが事実だと、肯定されてしまうのではないか。
自分のことが嫌いだと、怖いと、突き放されてしまうのではないか。もし、そんなことを聞かされたら……と、彼女の脳内が、恐怖と悲しみでいっぱいになる。
しかし、そんな彼女の悪い予感は……全く違う方向に裏切られることとなる。
「オリビア。僕が妾の子だ、ってこと……つまりだけど、トリスタン候爵婦人が、僕の実の母親じゃない、ってことも聞いたんだよね?」
「え? ええ……だから、屋敷内で冷遇されて、私と婚約させられた、って……」
「じゃあさ、僕の本当の母親が……『エネア』だったことは聞いた?」
「……えっ!?」
その言葉に、オリビアは驚いた。あまりにも聞き覚えのある名前だったために。
エネア……その名を持つ女性は、かつて、ザリーの実家……トリスタン候爵家にメイドとして仕えていた女性だったのだ。ザリーとオリビアが特に世話になっていた女性で、時に姉のように、時に母のように、自分達の世話を焼いてくれていた。
そして、彼女の髪色は確か……オレンジ色だった。
そういわれてみれば、優しそうな目元といい明るい髪色といい、目の前にいる青年にそっくりではないか……と、オリビアは思わず納得してしまった。
そして、同時に……聞くのがつらい名前でもあった。
彼女は、オリビアの未熟な『毒』の被害者になった1人でもあったからだ。
ある時エネアは、オリビアの暴発した魔力に当てられ、女の命とも言える顔に火傷のような傷を負った。治療により大事には至らなかったものの、シミのような大きな痕が残ってしまい……その痕を見るたびに、オリビアは自責の念にさいなまれたものだった。
ある時を境に、やめてしまったとかで、ぱったりと会うことがなくなってしまったのだが……と、そこまで思い出したところで、オリビアははっとした。
(そういえば、エネアが見られなくなったのは丁度、ザリーが出ぽ……! まさか!)
「気付いたみたいだね……そ、僕はエネアと……母さんと一緒に逃げたんだよ。だから、僕と母さんがいなくなった時期が同じなんだ。もっとも、会う相手である僕がいなくなったことで君もトリスタンの家に来ることが減っちゃったから、気付かなくても無理は無いけど」
「……エネアは……逃げるあなたについて出て行った、ということですか? 母親として、あなたを守るために……」
「いや、それが逆なんだよね……僕が、母さんを無理矢理連れて逃げ出したんだ……母さんを守るために、さ」
「え?」
全く予想外の言葉に驚くオリビア。てっきり彼女は、『オリビアから逃げるザリーにエネアが同行』したのだと思っていた。
しかし、事実は違った……というか、何やら先程までの話と繋がりが見えない方向にずれ込もうとしている。
いったいどういうことなのか、と困惑するオリビアの眼前で、ザリーは続けた。
「僕が言うのもなんだけど、僕の母さんはきれいだしよく気がきくし……割と、世の多くの男性にとって、理想の女性像だったと思うんだ。親父――トリスタン候もベタ惚れだったし」
「……ええ、そうですわね……実を言うと私も、エネアのように素敵なレディになりたい、と何度も思ったものですわ。でも、それが何か?」
「うん。そんな母さんが、顔に傷が出来ても魅力的だったんだろうね……変わらず、親父の一番のお気に入りであり続けた。多分、本妻――トリスタン婦人よりもね。けど、本妻からしてみれば、当然そんなの気に食わない。見えない所で、たびたび母さんは嫌がらせを受けてた」
少しつらそうに、当時を思い出しながら……ザリーは言葉をつむぐ。
「それに、ずっと母さんは耐えてたんだけど……ある時、偶然聞いちゃったんだよ、僕。本妻がとうとう、事故に見せかけて母さんを殺そうとしてるって」
「っ!?」
「だから、決めたんだ。絶対にそんなことさせないって。で、母さんを無理矢理引っ張ってこっそり家を出て……ってわけ。誰にも、何も言わずにね」
「そんな……では、ギルバートが言ってたことは……!?」
「大嘘だよそんなもんは! ……けど、結果的にはオリビア、君を一方的に、何も言わずに突き放して置いていくことになってしまった……。そこだけは、本当に悲しかったし、悔しかった。けど、本妻とウィレンスタット家は繋がりが強かったから、もしオリビアに相談したら本妻にも知られちゃうんじゃないかと思ったし……もう時間も無さそうだったんだ。だから……」
聞きながら……オリビアの目に、涙が溜まってきていた。
しかし、ザリーもオリビアも、それに気付かない。ザリーは、恥ずかしいのか気まずいのか、前を向いているために……オリビアは、その余裕がないほど話に聞き入っているために。
「では、ザリーは……私を嫌いには……怖くなったわけでは、なかったのですね……!」
「……もちろんさ。でも、今言った理由と……それに、聞き方によってはこの話、僕がオリビアよりも母さんをとって逃げた、って思われるかもしれないだろ? そう取られるのが怖かった、っていうのもあるかな……情けないことにさ、はははっ」
「……そんなこと、思うはずないじゃありませんか……! エネアはっ……私にとっても、母親同然だったん……っ!」
「……っ! 来たか!」
2人の話が終わるのを待たずして、状況が変わったのを、ザリーとオリビアは悟る。
ぱからっ、ぱからっ、ぱからっ……と、蹄の音が近寄ってくる。しかも、1つや2つではない……それなりの大人数だ。その上、同じ方向からだけではない。
「ったく、ただ偉そうなだけで無能ってわけでもないか、うちの兄は……弟としては喜ぶべきなのかもだけど、敵って立場じゃ迷惑なだけだな」
「純粋に迷惑に思って大丈夫ですわよ、ザリー……あんな愚物があなたの兄だなんて私認めませんわ……っていうか、その……ザリー、1つよろしくて?」
「うん? 何?」
「その……今更ですけど、私達が乗ってるコレ……何なんですの?」
「ああ、コレね……うちのリーダーの力作、かな」
「は?」
と、素っ頓狂な声を出しながら、オリビアは本当に今更ながら、自分が座っているもの……車輪が4つついていることから、荷車か馬車の類であろうと予想できるそれを見た。
しかし、荷車にしては誰かが押している様子もないし、馬が引いているわけでもないから馬車とも違う……自走するマジックアイテムだろうか? とオリビアは考えた。
「君を助ける作戦を実行するに当たって、万が一のことを考えて彼に相談したら……なんかやたら張り切っちゃってさ。色々貸してくれたんだ。コレは、その1つ」
ザリーもこの乗り物が何なのかはしらないが……借りる際にミナトから『ばぎー』という名前だけは聞いていた。オフロード……道らしくない道も進める自走車両だと。
なお、自動操縦らしく、ザリーは特に運転などはしていない。
「複数人数での移動用マジックアイテムですか? こんなものを作れるなんて……本当にあなたのリーダーさんは多芸なのですね」
「……あー、うん……」
「? どうかしましたの?」
(……マジックアイテム……ま、まあ、そうなんだろうけど……その一言で片付けていいのか、アレは……いやまあ、使わなければいいだけの話だ。コレは、うん、ただの移動用アイテムってことで……うん)
心の中で、なぜか葛藤?を繰り広げつつ冷や汗を流すザリー。
その理由、そして意味が明らかになるのは……もう少し後だった。
「……っ! 見つけたぞザリュード! 貴様、さっきはよくも邪魔をしてくれたな!」
「何だよ、生きてたのかギルバート、あの崩落で死んでりゃよかったのに。お友達大勢引き連れて……そんなに僕とオリビアの仲がうらやましいかい?」
馬に乗って斜め後方に姿を見せたギルバートに、ザリーは視線だけ向けてバギー(仮)の上から言い返す。
「黙れこの妾腹のクズが! さっさとオリビアを返せ!」
「『返せ』? 世迷言言ってんじゃないよバカ、僕の嫁がいつお前のものになったって?」
「――よメっ!?」
不意打ち気味のその言葉に、途端にボンッ、と顔が赤くなるオリビア。
それを見てザリーは『あ、いけね、ミナト君の口癖が移ったかも』などと呟きつつも……実の所本心でもあるため、特に訂正はしないことにして、ギルバートに睨みを向ける。
「っ……平民出の女の腹から出たクズにはやはり品性も利口さもないようだな! こっちにはまだ30人以上の手下がいるんだよ、逃げられると思うな! オリビアを渡せば、命だけは助けてやらんでもないぞ! どうせ怖がって捨てて逃げた女だ、惜しくは無いだろう!?」
「血統書だけで他に自慢する所がないくせに、口だけは回るもんだ……戯言言うなよカスが、渡すわけないだろ。信じる信じない以前に、そんな選択肢僕には最初からないね! ……ってかあいつ、ひょっとして僕が本気でオリビア怖がってると思ってんのかな?(ぼそっ)」
「……っ、どこまでも俺をバカにしやがって……そんなに死にたきゃ望みどおりにしてやる! やれお前ら、殺してかまわん! オリビアは……多少の怪我はさせて構わんが、殺すなよ! 生きてなきゃ毒袋として使えんからな!」
その一声に、どうやらあらかじめ実行部隊か何かとして街中に待機させていたらしい、ギルバートの手下たちが……馬上で一斉に剣を抜いた。
その様子に顔を青ざめさせるオリビアだが……直後、ぎゅっ、と自分を抱く腕に力が入ったのを感じる。
ふと見ると……ザリーの顔には、微塵も恐れなど浮かんでいなかった。
どころか、何やら決意を固めたような力強い光を、その双眸に感じ取ることが出来た。
思わず喉から出かかった『私に構わず逃げて』という言葉も引っ込んでしまったオリビア。
なぜかはわからないが……不思議と彼女は、『大丈夫』な気がし始めていた。
目の前にいる彼なら……御伽噺に出てくる白馬の王子様のように、ならず者達を退けて自分を助けてくれるのではないかと、そんな風に思えたのだった。
それが、ただの乙女の妄想によるものか、それとも、貴族の子女としての英才教育の中で培われた人物眼によるものかはわからない。
しかし、その結果は……すぐに現れる。
「さて……こんなこともあろうかと、うちのリーダーに取っておきもいくつか借りてきてあるし……僕だって以前とは違うってとこ、見せてあげないとね!」
「何を世迷言を……かかれェ!!」
その声と共に、ついに追いつかれてしまったバギー(仮の)の上のザリー達に、馬上から斬りかかろうとするギルバートの手下達……が、次の瞬間、
「死ね――ぇぇぁぁああぁああっ!?」
「な、何だぁぁあああ!?」
突如、周囲から間欠泉のように凄まじい勢いで噴き上がった大量の砂に吹き飛ばされ、あえなく墜落する。ごきっ、ばきっ、などと、嫌な音も聞こえた。
驚いたギルバートが、震える声で、
「き、貴様、今何を……!?」
「何って……見たまんまだよ。僕は砂関連の魔法が得意でね……こんな風にっ!!」
言いながら、ザリーは腰の短剣を抜き放つ。
それに反応して、他の手下達が剣を構えるが……ザリーはそのまま動かない。切りかかって来るそぶりは無い。
不審に思っていると、ザリーが持っている短剣が光を放ち……その周囲に大量の砂がいくつもの渦を巻いて収束し始め……次の瞬間、
「そら、行くよ……『サンドガトリング』!」
砂の弾丸が全方向に乱射され、手下本人や乗っている馬にそれらが当たったことで、馬に乗っている手下たちが次々と打ち落とされていく。
砂の直撃を受けた者はもちろん、そのダメージで、そうでないものも、かなりの速度で走っていた時に落馬したこともあり、いずれも動くことは出来なさそうだった。
「今のでざっと3分の1くらいか……っと」
戦果を確認した直後、ザリーは前方を確認。
見ると、市街地が迫ってきていた。チラノースが攻めてきているせいだろう、人気は無い。
その状況を見て、一瞬で戦術を頭の中で組み立てたザリーは……比較的大きな道を選んで、入り組んだ路地の中へ飛び込んで消えた。
「逃がすな! 追え!」
ギルバートの号令で、手下達も路地に飛び込んでいくが……せまい道のため、馬が使えず乗り捨てていくしかなかった。
しかしそれは向こうも同じ……飛び込んで行ってはいたが、あの速さで動く乗り物をこんな場所で使い続けられるはずもない、とギルバートが考えていたその時、
「ぐあっ!」
「ぎゃぁあ!?」
わき道から疾風のように飛び出してきたザリーのショートソードが閃き、手下を一気に2人斬り伏せる。
それに反応したギルバートたちが振り返るよりも早く、ザリーは再びわき道に消えた。
「っ……小ざかしい真似を! ひるむな、所詮は小細工無しでは何も出来ん奴だ……数はこちらの方が多いし、オリビアを抱えている以上派手には「あら、それはどうかしら?」っ!」
直後、また違うわき道から……今度は、先程までぐったりして動くことも出来なかったはずのオリビアが飛び出し、手下の1人に装飾剣を突き刺した。
次の瞬間、刃から浸透した『毒』がその男を体内から蝕み、一瞬で絶命させる。
オリビアは屍となった男から剣を抜き、血を払い……ギルバートをきっとにらむ。
それにひるんだギルバートだが、同時に彼は困惑していた。なぜ、マジックアイテムの効果で息も絶え絶えだったはずの彼女が、こうして戦場に立って剣を振るっているのか、と。本来であれば、体の中で暴れまわる大量の魔力で彼女は身動き一つ取れないはずだというのに。
腕輪は……まだ彼女の腕についたままだ。しかし、それが効果を発揮している様子はない。
「不思議そうですわね……簡単なことですわ。コレのお陰です」
言いながら、オリビアがすっともう一方の腕――右腕を前に突き出す。
そこには……また別の腕輪が嵌められていた。先程までなかったはずのものだ。
「簡単に言えば、コレはあなたに付けられたものとは真逆の効果――装着者の体内の余分な魔力を吸い取ってしまうと同時に、装着者の魔力の異常・暴走の類を押さえ込んで沈静化する効果を持つマジックアイテムなのです。ザリーが私を助けた後すぐにつけてくださいましたの。おかげでもうすっかり、体調は万全ですわ」
「なっ……なんだと!? どうしてそんなものを都合よく……」
「それは私も知りませんけど……あの『黒獅子』さんに関係ありそうでしたわね。この後聞いてみましょうか」
「っ、調子に乗るなよ……まだ人数はいるんだ、お前ら2人だけで「そうかい、じゃあこっちも人手を用意しようかな?」っ!?」
そんな声が聞こえたギルバートと手下達は、はっとして上を見……家の1つの屋根の上に乗っているザリーを発見する。
ザリーは、そこから飛び降りると同時に、周囲に魔力で砂を発生させ……直後、その場にいた全員にとって信じられないことが起こった。
「砂分身の術!(いつも思うんだけどこの『術』ってフレーズに何の意味があるんだろう?)」
空中で、砂の塊が4つ……ザリーと同じ姿に変化し、しかもその直後、それぞれ別々に動き出したのである。
ある分身は着地してそのまま正面から吶喊、別な分身は三角飛びの要領で壁を蹴って接近、またある分身は路地裏に姿を消し、またある分身はオリビアの隣で彼女を守る。
ギルバートと手下たちは、見たことも聞いたこともない魔法に困惑の只中にあるが……そんなことはお構い無しに、『分身』のザリー達は攻撃を加えていく。
突撃したザリーが斬撃で斬り伏せ、壁を走って跳んだザリーはすれ違いざまに頚動脈を掻き切り、一旦裏路地に消えた分身は背後から心臓を一突きにする。
「なっ、ななな……「がっ…」「ぐわっ!」「ぎゃぁああ!!」ひぃっ!? お、お前……何なんだそれは!? こんな魔法、聞いたことも……い、一体何なんだ!? お前、本当にザリュードか!?」
「じゃなきゃなんだってのさ……これでも家を出てから社会の荒波に随分もまれて、冒険者として色々経験積んできたんだ、そりゃあんたの知らない魔法の1つや2つ使えるさ……まあ、今のチームのリーダーの影響がかなり大きい部分もあるけどね(ぼそっ)」
そんなことを言いながら、ザリーは……その手に握った短剣に魔力を収束させ、オレンジ色の魔力を力の限り練り上げていた。
そして、濃密過ぎる魔力に限界が見え始めた瞬間、それを開放し……短剣の切っ先をギルバートたちに向けて突き出し、魔法を発動する。
「一気に決める……『シルトバインド』!!」
直後、短剣の切っ先から、砂……よりも小さな『粘度』が大量に噴出し、膨大な土埃となって通路一帯を席巻、ギルバートたちを覆いつくした。
かと思うと、今度はその体にまとわりつき……なんと、足元から急速に固まっていく。
「っ……な、何だ、これは……っ!?」
「粘土を使った拘束魔法『シルトバインド』……まとわりついた粘土が収束・凝固して対象を拘束する技さ。まあ、この大人数を止めるとなるとさすがに出力不足で、せいぜい足を動かなくさせるので精一杯だけど……それだけで十分だ」
ギルバートが驚き、ザリーが説明する間に、ギルバート――を除く手下達全員の膝から下は、完全に固結した『泥』に覆われ、身動きが取れなくなってしまっていた。
そしてそこに……分身ではない、本体のザリーが空を切って突っ込んでいく。
「……1人!」
「がぁっ!?」
風のように駆け抜け……すれ違いざまに、手下の1人をショートソードで袈裟懸けに斬り下ろし、絶命させる。
勢いを緩めないザリーは、剣を構えなおしつつ、横に真横に砂の弾丸をいくつも作り出し、
「2人、3人!」
1人を同じように剣で斬りつけ、別な1人を砂の弾丸で急所である首を吹き飛ばした。
そして手首を切り返し……さらに加速。一気に駆け抜け……
「4,5、6、7、8!」
ショートソードと短剣の二刀流で、直線上にいた3人を一気に切り捨て、横に広がっていた2名には……砂を収束させて作り出した、巨大な砂の手裏剣を投擲。急所に命中……絶命。
今ので残るは、ギルバートとその護衛数人……運よく『シルトバインド』による拘束を逃れた者たち。しかしその数は、護衛対象であるギルバートを含めてもようやく片手の指だ。
「ひ、ひぃぃいぃっ!?」
「こ、こんなの勝てるわけねぇよ!」
「逃げろォッ!!」
「!? お、おい待てお前ら! 俺を守れよ!」
が、どうやら金で雇われた傭兵か何かのようで、勝ち目がない、このままでは命はないと悟ると……その僅かな護衛たちは、一目散に雇い主を見捨てて逃げ出した……が、
(あ、そっちは……)
と、考えたザリーが何か言うより早く、傭兵達の先頭にいた男が……路地を抜け出たとたんに、横から伸びてきた巨大な『鋏』のようなものに捕まった。
「へっ、な、あ、ぎゃああああぁぁああああ!?」
自分をつかんでいるものが何なのか、それがどこから伸びてきているのかを見てしまった男は……そのまま、恐怖と絶望に絶叫しながら持ち上げられ、そして……じょきん、と両断された。
突然のことに驚いて硬直する残りの護衛たち。
その眼前に……今の惨劇の下手人が姿を現した。
「さ……サソリ、だと……!?」
路地の出口をふさぐようにして現れたのは……巨大なサソリだった。
大型車両並みに大きな体、人1人どころか2、3人まとめて真っ二つにしてしまえそうな鋏、鉄管のように力強く太い8本の足、哀れな獲物を見据える、光る4つの目。そして……体の後ろから伸びる長い尾と、その先端の、サソリの代名詞とも呼ぶべき、毒針。
口にするだけで恐ろしい特徴が並ぶが……護衛たちが萎縮している理由は、それだけではなかった。目の前のサソリが……ひどく『異質』だったからだ。
大きさもそうといえばそうだが……その甲殻や鋏は、黒光りする金属のような輝きと重厚さを放っている。足は鉄管のよう……というか、そのまま鉄管に甲殻がついているかのように見える。おまけに、動くたびに『ウィーン、ガシュン』などと音がするとなれば……
と、ここでギルバートが気付いた。
恐ろしい巨大な鋼のサソリの足の付け根に……丸い『何か』がついていることに。
どこかで見覚えのある物体だった。丸いそれは、まるで車輪か何かのように見える……と、そこまで考えた所で、ギルバートは愕然とする。
「まさか……アレは、さっきお前達が乗っていた……!」
「ご明察……あの『バギー』が変形した奴だよ。ま、正確にはこっちが本来の形態で、あの乗り物モードに変形できるっていう……うちのリーダー作の『人工モンスター』さ」
その名も……『アンタレス』。
ミナトが開発した『C.P.U.M』という発明品群の1つであり……今回の作戦にあたってザリーに貸し出された人工モンスター。主人――現在はザリーだ――の命令に忠実に動き、剣となり盾となり足となる、超合金の体と精霊式人工頭脳を搭載された魔物。
そして、バギー形態――『ビークルモード』への変形機構を持ち、悪路でも高速で移動することが出来る……が、実はとある理由でまだ一部機能が未完成であるため、馬に追いつかれる程度の速さしか出せない。それでも、持続性を考えれば割と速いのだが。
だが、戦闘能力自体は今でも十分高く、このとおり残りの護衛たちも瞬く間に肉塊にされてしまった。抵抗などできるはずもなかった。
鋏の餌食になった最初の1人に続き、別な1人が逃げ出そうと横に動いて……上から伸びてきた尻尾の毒針に串刺しにされた。
針といっても、どう見ても見た目は『ドリル』であり、毒以前に小突かれただけで普通に死ねるのだが。なお、毒も出せる設計だが、これもまだ未実装であったりする。
残りの2人は、その出口から出ることを諦めてUターンしたが……少し遅かった。
鋏の奥に搭載されていた機銃が火を噴き、体にいくつもの穴を開けられて絶命する。
『アンタレス』は、事前に受け取っていた『路地から出てくる者を殺せ。ただし、僕とオリビアは除く』というザリーからの指令を、見事に完遂してみせた。
そして残るは……顔を青くして正面に立つ、首謀者。
精一杯の虚勢を張って、形だけ武装して持ってきていた剣を構える、最早兄とも呼びたくない実の兄……ギルバート。
そしてザリーは、左手に持っていた短剣を腰の鞘におさめる。
「さて……お前もさっさと足を固めて斬っちゃうか、『アンタレス』にスライスさせてもよかったんだけど……腹違いとはいえ兄弟のよしみだ。最後ぐらい、1対1で相手してやるよ」
そう言って、右手に持っているショートソードを中断に構え、切っ先を突き出すようにしてギルバートに向けた。まるで、フェンシングの構えか何かのように。
「……は、ははっ、お前にしては殊勝というか、いい度胸じゃないか……褒めてやるぞ、ザリュード!」
引きつった笑みを浮かべるギルバートだが、その内心には安堵と希望が生まれていた。
目の前にいるこのバカな男は、わざわざ自分が死ぬきっかけを作ってくれた、と。
魔法も使わないし、オリビアと2対1でかかってくることもしない、後ろに控えているわけのわからない化け物をけしかけることもしない、と誓ってくれたのだから。
剣を持つ手の震えが止まり、精神は落ち着きを取り戻す。
足を引き、半身に構え……顔には笑みが浮かぶ。
ギルバートはこれでも、英才教育によって一通りの護身術は修めている。その中には剣術や対人格闘なども当然含まれていた。
シィルセウスの学院でも、同世代では屈指の実力者としてその名を知られていたギルバートは、自分の腕に自信を持っていた……降って湧いたこのチャンスで、目の前の男を返り討ちにするくらいは造作もないことだ、と。
加えてギルバートの剣はロングソード。ザリーの剣よりも射程は長い。
「ふっ……思えば、こうして刃を交えるのは久しぶりだな、ザリュード。覚えているか? 小さかったお前に、俺がよく剣の稽古をつけてやっていた時のことを……もっとも、お前は俺に一度も勝てたことがないどころか、ろくに攻撃を当てることもできていなかったがな」
「ああ、アレ? まだ習いたてで握り方もしらない僕が、あんたに無理矢理相手にされてボコボコにされた記憶しかないんだけど?」
「はっ! ああ、そうだったな。あれ以降の手ほどきをする前にお前が出て行ってしまって、面倒を見れなくなってしまったことは残念だったよ」
「そんなもん願い下げ……あ、そうそう」
ふと、ザリーはあることを思い出す。何か脈絡があったわけではないが。
「そういや、あんた勘違いしてたみたいだから今のうちに訂正しとくよ……僕さ、オリビアのこと怖がってなんかいないし、本気で好きだよ。昔も……今も」
「~~っ!!」
また赤くなるオリビア。
「ほぉ……それは驚きだ。なら、同じ日に同じ場所で死ねることを幸運に思うがいい。あの世で会えるといいなぁっ!!」
直後、ギルバートは地を蹴った。
今でも体が覚えている洗練された動きは、決して見掛け倒しのそれではなく……ならず者相手の実戦でも十分に通用するレベルのそれであった。
ザリーの肩口を狙う剣はしかし、わざと避けるか防ぐかしやすいように放たれた囮の一撃。
そこから鋭角な斬撃を起点に、休みなく敵を攻め立てて一方的に戦いを運び、一気に決めるコンビネーションにつなげるべく、ギルバートは剣を繰り出す。
並みの相手なら、その連続攻撃で簡単に勝負を決めることも出来るであろう、その剣は……
「……教科書どおり過ぎるんだよ、バカ」
間合いに入った瞬間、目にも留まらぬ速さで振るわれたザリーの剣によって横にはじかれ、ギルバートは体の軸ごと、僅かに横にぐらついた。
そこに突き出されるザリーの剣。
狙いは、ギルバートの胸……ではなく、彼が握っている剣の柄。
その、刀身と柄をつないでいる、留め金の部分。
ごくごく僅かな隙間に、鋭い切っ先をガチッ、と食い込ませた直後、ぐりん、とねじ回しの要領でひねられ……バキン、と音を立てて金具が見事に破損、刀身が柄と泣き別れになった。
「……は……?」
柄だけになってしまった手の中の剣を見て、理解できない、といった表情になるギルバート。
「剣1本対剣1本、一対一なら勝てるとでも思った? 僕が、お前が一方的に痛めつけて優越感に浸ってた頃のままだとでも? ……甘いんだよ」
「ま、待て……ザリー! 話せばわかる、俺はお前を……」
「問答……無用!」
次の瞬間、先程のギルバートを遥かに上回る勢いで地を蹴って飛び出したザリーは……すれ違いざまにコマのように回転し、ギルバートのうなじの部分に刃を走らせ、延髄を切り裂いた。
急所を見事に断ち切られたギルバートは、糸の切れた人形のように崩れ落ち、それきり動かなくなる。
ザリーはそれを一瞥すると……ショートソードをふるって刀身についた血をふるい落とし、黙ってそれを鞘におさめた。
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