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第210話 毒の使い道
「……それ、マジ?」
「マジもマジ、大マジだよ……まさかこんな所にまで来てるとは思わなかったけど」
宿に戻った僕は、シェリーをはじめとした、留守番をしてくれていた面々に、今日の『調査』で何がわかったのかを、テーブルを囲んでの簡単な会議の中で報告していた。
エルクやナナが記録してくれていた、エリア内の縄張りがどう変動しているかの大まかな略図はもちろん……その原因も。
山頂で見つけた、あのエリアの生態系の頂点……『ヘルズベア』の無残な死体。それも、殺されてからそれなりに時間が経っているであろうもの。
そして、それをやったと思しき者……僕ら『邪香猫』とも因縁深い、あの黒トカゲ……『ディアボロス亜種』――『ゼット』の存在。
「……このへんの魔物を手当たり次第殺してる、ってわけじゃないみたいなのは幸いだけどね。大方、さすらってるうちにあの『ヘルズベア』の縄張りに入っちゃって、襲われたから反撃して殺した、って所だと思う」
あの後周辺を探し回ったものの、その姿を確認することは出来なかった。
けど、幾度となく死闘を繰り広げたあいつの匂いを間違えることなんてない。あいつ、この近くに必ずいる。あの場に残ってた匂いはかなり新しかったし、間違いないだろう。
となると……早いとこイオ兄さんに報告する必要があるだろうな。
あいつは、襲いかかってきた者以外は基本相手にしない。しかし、一旦戦いになればもう容赦はしないタイプだ。そんな奴あんまりいないとは思うけど……あいつを見て普通の魔物だと勘違いして刃を向けようものなら、次の瞬間真っ二つ……なんてことになってもおかしくない。
まあ、逆に言えば、手を出しさえしなければそこまで怖がる必要がある魔物でもないんだけどね……知能高いから、話しかけても人語も普通に通じるし。
それにあいつは基本的に縄張りを持たない魔物だから、あの熊を倒したからってあそこに居つくことは無いだろう……すでにあのエリアにはいないかもしれない。
そうなれば、他のエリアであいつに出くわす可能性もある。
この報告を受けて、イオ兄さんがどういう判断を下すかはわからないけど……避けるにせよ狩るにせよ、相応に注意しておかなきゃいけないことに変わりは無いだろう。
まあ、匂いからすると、ごく最近……昨日くらいまではあのへんにいたみたいだし、そこまであのエリアから離れては……いや、あいつそういえば飛べるんだった。だとしたら相当離れた所にいてもおかしくない……いっそそのまま『ローザンパーク』から出てれば楽……
(…………ん? 今、何か引っかかる部分があったような……)
と、思った直後、部屋の戸が『こんこん』とノックされた。ん、誰だろ?
「はいー?」
「失礼します。お茶とお菓子をお持ちしましたが、いかがですか?」
と、言いながら入ってきたのは……宿の従業員の制服を着たお姉さん。
手には大きなトレーを抱えていて、その上には、お菓子と思しき包みと、人数分のティーカップ、そして注ぎ口から湯気を吐き出しているティーポットが乗っていた。
「あれ? 誰か頼んだ?」
そう言って見回してみても、誰も手を上げたりする様子、なし。むしろ、皆揃ってきょとんとしているようだった。
「えっと、何かの間違いじゃあ……?」
「いえ、実はですね……このお菓子なんですが、先程、フロギュリア使節団のオリビア様から届けられたものでして……」
「オリビアから?」
「はい。足が早いものなので、早めに召し上がっていただくようにとのことでした。それに、ちょうど皆様、外出からお戻りになられた所のようでしたので……お疲れだろうと、お茶を一緒にご用意させていただいたのですが……あ、ご迷惑でしたか?」
と、ちょっと困ったような顔になるお姉さん。
なるほど…………そういうことね、大体わかった。
「いや、別に迷惑とかじゃないよ。ちょうど喉が渇いてたんだ、貰おうかな」
「かしこまりました……では」
そう言って一礼し、僕らにお茶を配っていくお姉さん。ちょうど僕の横から身を乗り出し、都を伸ばした所で……香水の匂いがふわっと漂ってくる。
その時に一瞬目があって、にこっと微笑んでくれた。
そんな調子でお姉さんは全員にお茶とお菓子を配り、トレーを抱えて戸口に戻る。
「では、どうぞごゆるりとおくつろぎください」
「うん……あ、ちょっと待っておねーさん?」
「? はい、何でしょうか?」
「えっとさ……アレ、何?」
言いながら、僕はテーブルの上の一角を指差す。
お姉さんの視線が、僕の指の先の方を追ってそっちにそれた……その瞬間。
――ダッ、ガタンッ!!
「きゃっ!?」
僕が目で合図を出したと同時に、素早く席を立ってお姉さんの背後と取ったナナが、彼女の腕をとり、関節技を決めて床に組み伏せた。
捕縛された当人は、驚きのあまり言葉が出ず、目を白黒、口をぱくぱくさせていた。
「安い手に引っかかってくれてどうも。さて……と」
「な、な……何をなさいます!? い、一体私が何を……」
悲鳴に近い声を上げるお姉さんを無視して、僕とネリドラ、そして義姉さんで全員の目の前に置いてあるカップをあつめ、湯気が立ち上るその中身をさっさとお茶っ葉入れに捨てていく。
お菓子は……大丈夫そうだけど、念のため手はつけないでおこう。
「……全く、お茶の葉自体はいいものみたいなのに……もったいない」
「あ、あの……私、何か置きに召さないことをしましたでしょうか? それとも、やはりさしでがましい、迷惑なことをしてしまいましたか? でしたらお詫びを……」
「お茶に毒を入れたのを『差し出がましい』で済ませられると思うわけ?」
「…………!」
一瞬表情が強張るも、『わけがわからない』って感じの顔色までは変えないお姉さん。
……あくまで『自分は何も知らない』を貫きますかそうですか。
けど、どうやら……のんびり時間を使っていられる状況じゃあ無さそうなんだよね。
悪い、とも思わないけど……それならこっちで勝手に話を進めさせてもらおうか。
「ネリドラ、アレ用意して。あと義姉さん、外をお願い」
「うん、ちょっと待ってて」
「おーけー、任せなさいな」
それだけで察してくれる優秀な助手と頼れる義姉は、扉を開けて外に出て行った。
じゃ、僕はその間に……と、
「さて……それにしても、『絹蛇』の毒を使うのはちょ~っと迂闊だったんじゃないの? 結構最近嗅いだ覚えのある匂いだったから、すぐわかっちゃったよ」
「え、絹蛇ですか!? それってたしか……」
そう、『ラグナドラス』で……第二王女様の誘拐が企てられたあの一件で使われた毒だ。無色無味無臭とされてるけど……僕ならそのごくわずかな匂いで察知できる。
しかし、気になった『匂い』はそれだけじゃないんだなーこれが。
「わ、私は何も……本当です、信じてください!」
「まだ言い逃れするの? ……囚人番号185番、バーバラ・ヒーストン?」
「……っ……!?」
「「え!?」」
その僕の質問に……ナナとクロエがぎょっとして、さらに組み伏せられているお姉さんが、目を大きく見開き、息を呑んで絶句していた。
今までは割と見事に演技してたけど……さすがにコレは驚きを隠すのにも失敗するか。
直後、はっとしたように取り繕うも……
「……な、何を言っていらっしゃるのですか? 私はそんな……」
「どうやったのかは知らないけど、顔も、髪型も髪色も髪質も……瞳の色や声すら違う。けど……体臭まではごまかしきれなかったみたいだね、すぐわかったよ」
「なっ……!?」
クロエとネリドラにひどいことしてくれた奴ってことで、こいつの匂いは覚えていた。それが、扉を開けて『お姉さん』が入ってきて少しして嗅ぎ取れたのである。
一応用心はしていたのか、結構な香水か何かの匂いが邪魔してたけどね。
それと、相当よく見ないとわからないけど……骨格や身長、顔の形なんかもほぼ変わってない。若干手は入れたのか、顔の輪郭あたりが微妙に違うけど。
けど……それ以外はまるで違う、別人になっていたのは驚きだ。
幻術の類は使ってないようだし……整形手術? この世界にそんな技術あるのか?
それに、仮に顔はそれで変えられたとしても、声とか瞳の色は……まあいいや。
「覚えてない? あの時君に目ぇ付けられそうになってた新人の看守だよ? まあ、お眼鏡には適わなかったみたいだけど……その節はうちのクロエとネリドラが世話になったね」
「……っ! ……へっ、何だ、やっぱりあんたワケありだったってことかい」
お、本性出したな。
どことなく見覚えのある気がする(顔が違うのであくまで『気がする』止まり)、悪い感じの笑みをその顔に浮かべるお姉さん……もとい、バーバラ。
言い逃れはムダだと悟ったようだ。演技をやめたらしい。
「運がないね、あたしも……あんたらに関わっちまったのがそもそもの失敗だったってことか」
「知らないよ、んなこと……そっちから絡んできたんだから、それでどうにかなろうが僕に文句言われても困る。こないだも……今回もね」
「はっ……見破られない自信はあったんだけどね。少なくとも、演技に関してはさ」
と、バーバラ。それは確かに……演技は見事なもんだったと思うよ、割と。
「あんたがラグナドラスにぶち込まれた罪状……たしか、詐欺だったっけ? しかも、資産家ばかりを狙った結婚詐欺。通常なら死罪になってもおかしくない額をかすめとりながらも、その当時未だに虜にしていた何人かの資産家達からの陳情や、金と一緒に仕入れた裏情報の提供で減刑を勝ち取ったって聞いてるけど」
「おや、詳しいじゃないか……なら、交渉の余地はあったりするのかい? 一応私、話の通じる男には従順になる程度の利口さはあるよ? あんた達の欲しがってる情報も、いくつか提示できると思うし……中古品でよけりゃ、体くらいなら自由に使ってもらってもいいけど」
「遠慮しとくよ。僕は仲良くなれれば、それこそ元奴隷だろうが犯罪者だろうが気にしないけど……どうしても仲良くなれそうにない奴とは、ビジネスでも付き合いたくない人間だから」
「はっ……そうかい。じゃ、私はもう用済みかい?」
「いや、残念ながらまだ用はある……っと、来たか」
話してる間に、ネリドラと義姉さんが帰ってきた。
「ただいま、ミナト。いたわよ、このくらい」
言いながら、姉さんは指を立てる。右手の親指以外を4本……ぴっ、と。
義姉さんはこの宿の周辺を見回って、おそらくは待機しているであろう、こいつの仲間を確保してくれていた。それが……4人、か。
少ないけど……毒で無力化してから僕らを運ぶなり始末するなりするつもりだったんだと考えれば、不自然でもないか。
そして、ネリドラは……
「これ」
「うん、OK」
僕は、ネリドラから差し出された薬のビンを開け、中の液体をハンカチに染み込ませる。
そしてそれを……バーバラの口に押し付けた。
「むぐっ!? ぐ、む……んぅ…………」
「何してんの?」
「ちょっとね……ところで、師匠どこ?」
「それが、今朝からいないのよ。何か、出かけちゃったみたいで……」
と、クロエ。
ネリドラに頼んでラボの中も確認してもらったけど、いなかったそうだ。
むぅ……残念。となると……やっぱ僕が『やる』しかないか。
今、僕がバーバラに嗅がせているコレは……自白剤、というわけじゃない。
ただ意識をボーッとさせて、精神を無防備にさせる薬だ。寝ぼけてるみたいな感じでふらふらになって……しかし、会話もろくに成立しなくなってしまう。効果は1時間ほど。
ただし、副作用も特に無い。時間がたてば意識はきちんとはっきりする。
そんな薬をかがせてどうするのかと聞かれれば……こうするのだ。
「さて……じゃ、記憶を見せてもらいますかね、っと……」
目がうつろで焦点が合わなくなり、ふらふらと首の据わっていない赤ん坊のようになっているバーバラ。その頭を両側からつかみ、僕は彼女におでこを合わせる。
そして……『夢魔』の固有能力の1つであり、最近ようやくある程度使いこなせるようになってきた『記憶の読み取り』を使って……彼女の頭の中を探し始めた。
……やっぱ難しいな。けど、急がないと……多分、あまり時間はないはずだ。
暗殺、あるいはそれに類する目的で、僕らの所に使わされたのであろう、このバーバラ。
こいつの体に、あの男……ザリーの兄、ギルバート・トリスタンの匂いが付いていた、ということは……そういう意味のはずだからだ。
☆☆☆
時は、少しさかのぼり……とある宿の、とある部屋。
「ちっ……いらん手間をかけさせやがって。やはり最初から薬で眠らせて拘束してしまった方がよかったな。おいクロム、しっかり抑えておけよ」
「……クロム……まさか、あなたまで……っ!」
暗い部屋の中で……紫の髪の少女・オリビアは、背中側で両腕を縛られ、そこをさらに、先日まで自分の忠実な護衛だったはずの少年……クロムによって抑えられていた。
その、悲しみや憎しみ、怒りその他色々な感情が乗った視線の先にいるギルバートは……心底迷惑で不機嫌そうな顔をして、ソファに座りなおしていた。
自分の『計画』を話した直後、剣を抜いて斬りかかってきたオリビアから、首を飛ばされる直前でクロムに救われたからだろう……息が荒い。まだ落ち着けてはいない様子だ。
「ふん、素直に俺に従っていれば、まだこの先を生きる価値を見出してやったものを……ザリュードなんぞに惚れるだけある。お前もとことんバカな女だな、オリビア」
「……それがあなたの本性ですか……ギルバート・トリスタン!」
ぎり、と歯を鳴らすオリビアは、怒気を孕んだ声で続ける。
「チラノース帝国の部隊と共謀し、ローザンパークを内と外から同時に攻撃して陥落させる……その後そのままあの北の国に寝返り、その手柄によって爵位を得るなど……!」
「少し違うな……陥落じゃない、殲滅だ。ここにいる連中は奴隷にするにも難がある奴ばかりだからな、労力を割かれるくらいなら、キレイに掃除してしまう方がいいのさ。その後、ゆっくりここの再整備を始めるんだ……チラノースの手で、軍事拠点としてな」
「そのために、此度の表敬訪問の大使という立場を利用するなんて……祖国フロギュリアに、あなたの家に恥をかかせるつもりですか! そうまでして力が欲しいと言うのですかあなたは! 候爵家の長男という、責任ある立場にありながら! 恥を知りなさい!」
そのオリビアの怒声に、いらだった表情を見せるギルバート。
「はっ! 候爵家の長男だ? それがどうした、この俺を正しく評価することも出来ないボンクラ共だろうが! しかもその家の家督すら、弟のドナルドに継がせるときたもんだ……そんな家にこれ以上いたら、俺の未来も閉ざされちまう……。ずっと前から決めてたことさ。俺は、自分の未来は自分で決めるんだ」
「……っ……ザリーと同じことを言っているのに、こうまで受ける印象が違うとは……つくづく思いますわ、あなたは彼の足元にも及ばない、矮小な人間だと」
「……何だと?」
オリビアの口から出た末の弟の名前に、ギルバートの表情は、先ほどから募っていた苛立ちをさらに倍ほどにもしたようなものとなった。
「貴族の責任だの何だのと……あなたのような人がザリーにあのように説教をしていたのかと思うと、怒りを通り越して呆れてしまいますわね。こんな人がザリーの代わりに私の婿になる予定だったなんて……お父様に文句を言わなくてはなりませ――っっ!?」
ぱしっ、と乾いた音が部屋に響いた。
立ち上がったギルバートの平手はオリビアの左のほほを捉え、その勢いに、後ろから支えられているにも関わらず、オリビアの小さな体は一瞬ぐらついた。
張られた頬は徐々に赤くなっている。今ので切ったのか、その口の端には血がにじんでいた。
しかし、それでオリビアが怯えたり萎縮する様子はなかった。キッ、と、かわいらしい顔ながら、強い意志を宿していることがわかる強い視線をギルバートに向ける。
「……おまけにレディに暴力を振るうなんて……信じられないほど野蛮な男ですわ」
「何も知らない小娘が、生意気な口を……」
「そうね……あなたみたいな害虫が身内にいたことに気付けないなんて、私としたことが飛んだ無能をさらしてしまいましたわ……。挙句にその男を婿として迎えるところだったなんて……これは猛省しなくてはなりませんわね」
「……それなら、もう1つか2つ、いいことを教えてやろうか? 小娘」
にやり、と笑いながら、ギルバートは頬が赤く色づいたオリビアを見下ろして言う。
「さっさと拘束してしまうつもりだったが……気が変わった。お前にその腹の立つ笑顔、二度と浮かべられんようにしてやる」
「あら……それは怖いわ。私、どうなるのかしら」
「……お前、ザリュードがなぜ家を出て逃げたか知っているか?」
「……?」
唐突に変わった話題に、オリビアは不意を突かれたように不思議そうな顔をする。
「大方、貴族の退屈な生活に嫌気がさして、自由に生きたくなった……とかなんとか言われてるんだろう? あの卑怯者の言いそうなことだ」
「……違う、というのですか?」
「ああ。教えてやろう……オリビア、ザリュードはな……」
そこでわざとらしく一拍置いて、ギルバートはオリビアをぴっと指差すと、
「……お前が怖くて逃げ出したのさ」
「……!?」
「わけがわからない、って顔だな? まあ待て、ちゃんと説明してやるさ。そのためには……まずお前には、なぜお前とザリュードが婚約させられたのか、から教えないとな」
そこまで言って、ギルバートは再びソファに腰掛ける。
「さて、表向きにはお前とザリュードは、ウィレンスタット家とトリスタン家の繋がりを強めるために組まれたってことになってるが……実際は違う。ザリュードはいわば……生贄だ」
「!?」
「……覚えてないわけじゃないだろう? オリビア……お前は今でこそ完全に魔力を制御できているが……お前がまだガキの頃は、そりゃ酷いもんだったよなあ?」
その言葉を聴いて……オリビアは、否応無しに思い出させられた。
ザリーとの、幸せな時間……その記憶によって、都合よく記憶の片隅に追いやられていた、自分の過去の……つらく悲しい記憶を。
ウィレンスタット家に代々伝わる『毒』の魔力。オリビアに宿ったそれは、歴代の使い手たちの中でも一際強いものだった。
……しかし……それは、あまりにも強すぎた。
通常、『毒』の魔力は年齢を重ねるごとに徐々に強力になっていく。そして、まだ子供の頃はほとんど表に出てくることはなく、十代も半ばになってから、ようやく訓練で使えるようになってくるようなものだ。
だが、オリビアはまだ3つか4つの頃から、何もしなくても外に漏れ出してしまうような、強力な『毒』の力を持っていた。
まだ幼い彼女は、その魔力を自分で制御することが出来ず、ふとした拍子に周囲に向けてもらしてしまい、それに触れた物に、あるいは『者』に被害を出していた。
しかも都合の悪いことに、漏れ出ようとする魔力を無理矢理押さえ込むことはオリビア自身への害になるため、マジックアイテムなどで封印することも出来なかった。
ゆえに、小さいころから行われた教育の成果として、オリビアが魔力をある程度コントロールできるようになるまでに……両手両足の指の数に余る使用人がその被害に遭った。
死者こそ出なかったものの、強力な『毒』によって手足がただれたり、何週間も動けなくなる怪我を負ったりする者が後を絶たなかったのだ。
「最終的にはお前はコントロールを身につけはしたが、考えなくてもわかる……そんな危ない娘に、結婚相手なんぞ見つかるはずもないだろう? 名の知れた貴族は皆、公爵家のネームバリュー以上のリスクに自分の家の子を出すのを良しとせず、かといってあまり辺境の適当な貴族から婿を取ったり、嫁に出すわけにもいかない……となれば……」
わかるな、とでも言いたげなギルバートの視線を受け……オリビアの顔から血の気が引いた。
「そう……ウィレンスタット家に、婿という名の生贄がトリスタン家から選ばれた。それが、丁度その頃、トリスタン家でも邪魔者扱いされていた……ザリュードだ」
「そんなっ……嘘……!」
「事実さ……知らなかったかも知れんが、アイツは妾腹の子なんだよ」
言いながらギルバートは立ち上がり、オリビアに顔を近づける。
あと半歩も近づけばキスすらできそうな所まで来て……真正面から顔を見据えた。
「俺とあいつは……言っちゃなんだが、あまり似てないだろう? 顔のつくりは親父に似てるから、面影ぐらいは感じ取れるだろうが……逆に目元や髪の毛はお袋に似たからな」
ギルバートの言葉を受け、オリビアは、そういえば、と思い至っていた。
ザリーの髪は、そこまで明るくは無いものの、オレンジ色と言っていいそれだ。対してギルバートの髪は茶色。大雑把に見ても……オレンジには見えない。
「ウィレンスタット家は面目を保てるし、トリスタン家はウィレンスタット家への忠誠を示すと同時に、厄介払いが出来る。そしてもしいつか『不幸な事故』でザリーが死ねば、その喪に服する形でお前は結婚しなくてもよくなるからな……それをあいつはッ!」
何かを思い出したのか、途端に再び、忌々しげになるギルバート。
「こともあろうに、俺達に何も言わずに逃げやがった! 周りの使用人やら何やらを騙くらかしてな! おかげでトリスタン家は忠誠を示すどころか大恥だ……火消しに無駄な労力を食った上に、その穴埋めに、俺がお前の許嫁にならなくちゃならなくなったんだ、くそっ!」
「……ザリーは、私が怖くなって……逃げた……? 私と結婚するのが、嫌だから……」
「ああそうさ! 貴族である以上、家の意向に逆らって生きるなんてことはできないからな……さもなければ、貴族としての地位を捨てることになる。アイツはそれを選んだのさ! どこかで野垂れ死にでもしてるかと思ってたが……中々どうしてアイツ生き生きしてたじゃねえか、なあ!」
そんな言葉に、オリビアは脳裏に思い浮かべてしまう。
『ジェムスライム』の狩りに同行した時に目にした、砂を操って勇ましく、華麗に戦ってみせるザリーの姿を……その、冒険者としての戦いを。
それに連鎖して、いくつもの思い出が脳内を駆け巡るも……その全てが、自分とザリーの仲を否定しているような気がしてきてしまっていた。冷や汗が頬を伝い、体は小刻みに震えている。
「ザリーは……私が、嫌で……」
「そうだって言ってんだろ! 言っとくが俺も同じだぞ……お前みたいな、いつ爆発するかもしれない毒袋の隣にならなきゃいけねえって、そんなおぞましいことってねえだろ! だから俺は決めてたよ、ずっと前から……お前を殺してでも、絶対に自由に生きてやるってな!」
暴言をぶつけられながらも、反応しなくなっているオリビア。
先ほどからわなわなと震えるままで、言葉が出てこない様子である。
「……それと、もう1つ教えてやるよ……お前は今回の作戦で、その忌々しい『毒』の力を役立ててもらう。こいつを使ってな」
言いながら、ギルバートは懐から腕輪のようなものを取り出し……オリビアの後ろに回ると、カチッ、と音をさせて彼女の左腕につけた。
「こいつは言ってみれば、お前を毒袋として有効活用するためのアイテムだ。この後の戦いのために……せいぜい最後に俺の役に立ってもらうぞ、毒女」
そんなギルバートの言葉も、聞こえていたかどうかは……定かでは無い。
☆☆☆
………………なるほど、ね。
「……ふぅ」
解析完了。とりあえずバーバラはそのへんに寝かせといて……こりゃ、思ったより厄介なことになってるな。
「ミナト、どう?」
「……全員集合。ちょっと大急ぎで対処しなきゃいけないことが起こってる」
……まさか、あのザリーの兄ちゃんが北のあの国とつながってるとは……しかも、オリビアちゃんを外道な手で利用して、この『ローザンパーク』を制圧するつもりだとは……
これは……急いで動かないと、色々手遅れに……
―――カンカンカンカンカンカンカンカンカン!!!
……宿の外から聞こえてくる、甲高い鐘の音。
一発で、何かヤバいことが起こったとわかる合図が、ローザンパーク中に響き渡った。
……まずい、まさか……もう始まったか!?
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