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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第12章 鬼ヶ島の恋物語

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第209話 動き出す悪意、潜んでいた脅威

すいません、ちょっと諸事情で投降済の話の内容を一部変えました。
といっても……ザリーん家の次男の名前だけですが。この話でも出てきます。
ご承知おきください。
 

 それから数日間、僕は兄さんから受けた『依頼』をこなしていた。

 当初、『琥珀』と『黒真珠』の対価として、きっちり仕事としてまじめにこなすつもりだったこの『依頼』なわけだけど……実の所、これが結構楽しんでやれてる。

 贅沢というか、異質な悩みなのはわかってるんだけど……最近、手ごたえのある依頼がなかなかないから、ちょっと物足りない感じだったんだよね。

 前にもちらっと言った気がするけど、Sランク向けの依頼なんて、ギルドにもそうそう舞いこんでくるもんじゃないし。というか、AAとかAAAとかでも同様だ。

 ギルド加入者のノルマ的には得に問題ないんだけど、暇すぎるのもそれはそれで嫌だ。

 『ウォルカ』には、ギルドの『本部』ってことで余所よりランク高い依頼が来やすいし、他の『支部』で手に負えなかった依頼が回ってくることもあるから、比較的そういう依頼に恵まれてるんだろうけど……それでも多くは無い。色んな理由で。

 通常、AAやAAA以上くらいのランクの冒険者になると、それなりに知名度も上がる。

 そうなると自然に、ギルドの依頼だけでなく、指名の依頼やギルドを介さない依頼が直接来る、なんてこともある。

 人によっては、貴族や大商人のお抱え冒険者――傭兵みたいな感じで、期間で契約して商隊の護衛したり、素材の採取・納品を定期的に行ったりするそうだ――になったりするらしい。

 しかし僕はそういう権力関係に関わったり、自由がきかなくなりそうな『お抱え』ってのが嫌で、基本断っていた。受けてたのはノエル姉さん筋の依頼くらいだ。

 要はけっこう仕事を選んでいたため、結果、仕事はそう多くなかったってこと。
 それでも、繰り返すけどノルマ的には問題ないし、特許料?とかあるから生活に困ったりすることはなかったから、別に気にしなかった。現状に不満はなかった。

 ただやっぱり、ひさびさに難易度的な意味で手ごたえのある『依頼』をこうしてやれてるってのは、刺激になると言うか……冒険者になりたての頃の初心を思い出すような感じで、なかなか楽しい時間を過ごせていることは確かだ。

 ちなみに、イオ兄さんの他の『依頼』がどんなものかっていうとね……ここ数日間でこなしたのは、ざっとこんな感じだ。

 
 ①『ビッグロースター』10羽の捕獲

 巨大鶏『ロースター』の上位種で、四足歩行で体長約7mほどにもなる鳥の魔物『ビッグロースター』。養鶏用のを10羽ほど生け捕りにするクエスト。

 この魔物、肉も美味いが、それ以上に卵が絶品らしい。しかも、食料が十分なら、1日に10個以上産むんだそうだ。体の大きさに見合った、巨大なサイズのを。

 ただ、ランクはAAに近いAで、かなり凶暴だってことで……熟練の冒険者でも危ない相手。肉食の魔物が相手でも、逃げるどころか突貫してくるほど好戦的。
 膂力はかなりのもんだが……鶏同様、羽は飾り。飛べない。

 生息地はわかってるので、カチコミかけて見つけた端からとっ捕まえてきた。
 『コォォケェコッッコォォオ――ァッ!!』って耳を劈き腹に響く大音量で叫びながら、結構な馬力で、羽とか撒き散らしながら暴れたので、大変だったけど。

 なんか、前世で小学校の頃、鶏の飼育小屋の当番が回ってきた時のこと思い出した。
 いっぺん逃げ出されそうになって、必死で捕まえた覚えがある。羽根まみれになって。

 
 ②『キラーホエール亜種』1匹の討伐

 『ホエール』……つっても鯨じゃない。見た目はまんま……『シャチ』だ。

 シャチにしては大きい。大きさだけなら確かに鯨だ。
 でも、あのパンダ模様はどう見てもどう考えてもシャチだ。牙も。

 というか、『シャチ』の英訳の1つが『Killer Whale』だったはず。豆知識。

 通常は海に住む魔物なんだけど、この種族の『亜種』は……見た目に差はないものの、なんと、短時間だが空中を泳ぐ=飛ぶことが出来るというデタラメな能力を持つ。
 加えて凶暴かつ好戦的。そしてもちろん肉食。よって非常に危険。

 『ディアボロス』同様、特定の縄張りを持たない魔物で、最近このあたりに迷い込んできたらしい。領域内のある湖に居座り、周囲の獲物を食い荒らしまくってるんだそうだ。

 おまけに戦闘能力はAAAランク。危険のAAのこのへん一帯の魔物すら普通に食い殺す。

 僕が遭遇した時は、丁度お食事の最中だった。

 獲物は……初日に仕留めたあの巨鳥『シムルグ』。見事なまでに八つ裂きにして食い散らかしていた。食べやすいようにあらかじめバラバラにしたんじゃないか、アレ。
 水の中に引きずり込んで食べてたので、周囲の水は真っ赤……ちょっと怖かった。

 で、こっちに気付いてた瞬間、凄まじい速さで襲いかかってきた。空飛んで。
 小型の鯨クラスの巨体が、魚雷みたいな速さで、牙をむいて襲いかかってくるって言うのはなかなかに迫力があったんだけども……どうにか応戦。

 大型で素早いからちょっと苦労したけど……背骨を圧し折って仕留めた。

 なお、その戦いの際に『キラーホエール』が、興味深い特殊能力を使って攻撃してきて……ちょっとそれについて後日研究してみようと思ってるんだけど……それはまたの機会に。

 
 ③『マンドラゴラ希少種』の討伐・納品

 『マンドラゴラ』。ファンタジー植物の中でもかなり有名な1つじゃないだろうか。

 魔法薬の優秀な材料であるものの、根っこが人型になっていて、外見がかなりキモイ。マンガとかによっては美少女になってる場合もあるが。

 そして、地面から引っこ抜く際に上げる声を聞いたものは死に至るという。

 おおむね間違ってないんだけど、実態としては、その『声』はある種の呪いというか精神攻撃のようなものなので、死ぬかどうかは個人個人の耐性による。普通に死ぬ人もいれば、頭が痛くなったり気分が悪くなる程度の人もいる。
 ちなみに僕の場合は、全然効かない。ただうるさいだけだ。

 ただし、その『声』云々は今回、任務においてほぼ全く関係ない。
 なぜなら、僕がここで相手にする『マンドラゴラ希少種』ってのは……『ホントに同種かコレ?』ってくらいに、普通の『マンドラゴラ』とは何もかもが違っているからだ。

 根っこは一応おなじ『人型』なんだけど……『原種』のマンドラゴラがせいぜい大きさ20~30cmあるかないかなのに対し、『希少種』は3mを超える無骨な植物の巨人と化していて、しかも普通に地表に出て歩いている。体つきは、筋骨隆々(に見える。根っこだけど)。

 以前戦ったあの『トロピカルタイラント』の人型版、って感じだ。

 呪いの効果のある声も上げるが、その効果は原種には大きく劣り、せいぜい相手を萎縮させたり寒気が走る程度のもの……代わりに、普通に殴る蹴るの肉弾戦を仕掛けてくる。

 ……やっぱコイツ種族違うだろ、とか内心で考えつつ、とりあえず必要数をしとめ、その死体(……って言うべきなのか? 植物だけど)から薬効のある部分を剥ぎ取った。

 
 ④『鋼の穴』内部での貴金属の採掘および納品

 集落部から南西にある洞窟……その名もズバリ『鋼の穴』での、採取・納品依頼。
 採取してくる『貴金属』は何種類かあって、それは別にリストでついてきた。

 納品ノルマの量を超えて採取できたら、その分は別口で買い取ってもいいし、僕のものにしちゃってもいいとのこと。太っ腹だなあ、イオ兄さん。

 ……ただまあ、例によって簡単じゃないんだけどね。コレも。
 『鋼の穴』は、その内部が凄まじく過酷な環境なのだ。

 この内部の見た目を簡潔に言うと……『鉛色の岩肌の鍾乳洞』って感じ。

 どうも、周囲を地下水脈が通っているようで……中に大小の水路がいくつもあったり、天井から雨漏りみたいにポタポタと垂れてきたりする。

 しかも、それにある種の金属成分が混じっているせいで、長い年月をかけてその成分が凝固したものが洞窟表面を覆っている。

 つまり何を言いたいかというと、洞窟の壁・足場・天井その他のほとんどが、純度の粗末な金属でコーティングされているわけで……滑りやすいのだ。どこもかしこも。

 加えて、洞窟内は気温が低いため……壁や床は滅茶苦茶冷たい。氷みたいに。

 更に最悪なことに……さっき言ったように、ここは見た目が『鍾乳洞』。
 尖った岩とかがそこらじゅうにあって、しかも表面が金属という極悪使用。
 うっかり足でも滑らせて突っ込もうもんなら……お察しください。

 さらに、コーティングされている『岩肌』は黒に近い鉛色。日光の届かない暗さもあって、明かりを使っても見えづらく、注意が必要。

 挙句の果てに、魔物もきっちり出るときたもんだ。

 冗談抜きに危険で過酷な環境なので、ここは僕と姉さん、そしてナナの3人だけで行った。2人は元軍人で、極地任務を想定した訓練もつんでいるので。
 エルクとアルバに外で『サテライト』を使っての管制とマッピングを頼み、ザリーにその護衛と周囲の警戒に当たってもらっている。

 内部が完全に迷路になってる上、時折暗闇から魔物が奇襲かけてくるせいで、探索しながらお目当ての金属を探して……結局全種類そろえるのに丸2日かかった。
 何気に一番苦労したな……恐るべし採取クエスト。

 ☆☆☆

 で、今僕は……最後の『依頼』をこなしている所。

 内容は……『魔物の生息域の変動原因の調査』

「……なんか僕、冒険者になってから……こういう状況に縁がある気がする」

「思い出させないでよ……割とまだトラウマ残ってるんだから」

 隣を歩くエルクが、僕のセリフから、過去の記憶を思い出してげんなりしていた。

 おそらくは……僕と彼女が出会った当初にあった、あの事件。
 古代の大蛇『ナーガ』が冬眠から目覚めたことで、『ナーガの迷宮』内部の魔物のテリトリーが滅茶苦茶になり、その階層では本来出てくるはずの無い魔物が出てきた、あれを。

 そしてその1ヶ月くらい後には、『真紅の森』でも同じような目にあったんだっけ。

 こっちは土砂崩れが原因で、森の中で魔物の縄張りが滅茶苦茶になってて……結果的に、同じようなテリトリー狂いが起きた。

 その他、他の依頼で探索中にもいくつかそういうことがあったりする。前情報によれば『ここにこいつはいないはずなのに!』っていう魔物が出てきたことが、何度か。

 それが……どうやら、『ローザンパーク』近くのある地域でも起こっているらしい。

 幸い、狩り以外で人が立ち入るような地域じゃないらしいんだけど、放っておいていいことでもないので、近々調べることになってたらしく……その前準備、あるいは代役にってことで、僕らに依頼が回ってきたのだ。

 その地域の地図と、本来――異常が起こる前の魔物のテリトリーの略図を一緒に渡され、現在、地道に歩いてそれらの確認に動いている。

 『オルトヘイム号』で飛びながら……って手は使えない。
 殺気立っている魔物もいて、それらを刺激しないためだ。戦力的に不安、って意味ではなく……さらに地上を混乱させて騒ぎを大きくする可能性があるってことで。

 ただまあ、地道な作業も別に嫌いじゃない。

 未開地域の調査みたいなもんだ。自分の足で歩いて、そのエリアの情報を1つ1つ調べ、記録して報告する……『サンセスタ島』でも同じようなことやったっけな。あの時は、調査してたのはネスティアの専門の人達で、僕らは護衛役だったけど。

「しっかし……見事に資料と違うね。これイチから作り直した方がいいんじゃない?」

「かもしれないわね……所々地形も違ってる。やっぱり……地震のせいかしら」

 およそ半日。対象エリア内の調査をしてみての……率直な感想。
 現状は……事前に渡された『縄張り簡易図面』と、全然違う。

 途中まではその通りだったんだけど、ある程度奥に進んでみてからというもの、森の中での勢力図がガラリと変わっていた。
 エルクが逐一チェックして、図面に書き込んでくれている。それを見るに……

「全体的に……麓に向かって縄張りそのものが降りてきてる、みたいに見えるね」

「そうね。予想しないじゃなかったけど……こうであって欲しくなかった変わり方だわ」

 はぁ、とため息をつくエルク。
 それを斜め後ろで見ていた義姉さんが、

「何よ? 何かあんた達2人だけでわかったような会話しちゃって……調査依頼に何か嫌な思い出でもあるの?」

「いや、調査依頼がどうこうじゃなくて……魔物の縄張り云々でちょっとさ」

「ああ……そういえば、ありましたね。魔物のテリトリーが変化して、いるはずのない魔物が襲ってきた……ってこと、何度か。王都の『狩場』でも、『オーク』やら『ガルーダ』やら出てきましたし」

 と、ナナ。ああ、そういやそれもあったね……。

 ああ、ちなみに……今回一緒に来ているのは、僕とエルク、ナナに義姉さん、アルバ、そしてザリーの5人と1羽だけだ。なお、アルバは今上空にいて、エルクの『サテライト』をサポートしてくれている。

 そして、残るザリーは……

「…………」

 ただ今、なんか遠くの空を見てたそがれている。
 ここ最近……ザリーはこんな感じで、ぼーっとすることが多くなった。同時に、僕らの会話に加わってくることが少なくなった……気がする。

 いつからかっていうと……オリビアちゃんが僕らと一緒に来た、あの日以降だ。

 いつもなら、休憩時間になると、何かしら話題を振ってきたりして、暇な時間の僕らの中心になってくれる、ムードメーカー的なザリーが……最近では、とんと大人しい。
 遠くの空を見て、ぼーっとしている。チャラ男からは程遠い、憂いを帯びた表情で。

 ただし、周囲への注意がおろそかになっているわけではないようで、呼べばすぐに反応するし、物音や気配もきちっと感じ取るから……そこまで深刻でもないんだけど。

 ただ……

「オリビア」

「っ!?」

 よく見てないとわからない程度ではあるものの……びくっ、と肩を震わせるザリー。

 このワードには、きっちり反応するんだよなあ……リアクション込みで。
 未練があるのか、はたまた、丁度考えてたことをいわれてドキッとしただけか……いずれにせよ、なんか調子狂ってるように見えるんだよなあ……明らかに。

 戦闘その他冒険者活動には、今のところ支障は無いとはいえ……ラブコメでヒロインと喧嘩した主人公の背中に漂う類の哀愁が垣間見える今のザリーは、見ていてちょっと不安だ。このままのコンディションで……いつか、何かが起こらないとも限らない。

 不調を押して何かをしようとした結果が取り返しのつかない悲劇を……とか、マンガやアニメでよくあるパターンだからなあ……。下手すると死亡フラグだ。

(……けど、解決しようにも、こうなった『原因』が……もうどうにもならない類のものだからなあ……オリビアちゃんの方も、もうきっぱり諦めちゃったみたいだし……)

 オリビアちゃんはあの日以来、僕らの宿を訪ねてくることはなくなった。

 同じ集落ローザンパークにいるので、町でばったり会うこともある。その時は挨拶するし、ちょっと世間話程度ならしたりもする。
 けど……それだけだ。互いに、あまり関わろうとしない。

 ……当たり前だ。別れた元彼と積極的に関わろうとする元カノなんていないだろう。
 よっぽどさっぱり割り切れるような人ならまだわからなくもないけど、でも……

(あの日、別れる時のオリビアちゃんの目……黄昏れ中のザリーと同じだったからなあ……)

 多分、だけど……未練、ないわけじゃないんだろう。押し殺してるだけなんだろう。
 だから、関わろうとしない。ぶり返してくるといけないから。

(……って考えた所で、僕に何が出来るってわけでもないんだよなあ……)

 前世では、彼女いない歴=年齢。問題外。

 転生してからは、エルクっていう嫁に恵まれ、シェリー、ナナ、ネリドラっていう愛人までできるというとんでもない状況を引き起こしてる僕だけど……恋愛関係のスキルで言えば、実は前世の頃とさして変わりない。

 何せ、3人共……告白して付き合い始めたとか、何がきっかけで好きになったとか、そういうラブコメにありがちな過程がほぼないうちに今の関係になったからなあ……。

 特にエルクなんかはその最たるもんだ。

 気付いたら一緒にいるようになって、気付いたら仲良くなってて、
 気付いたら信頼していて、気付いたら気を許せる仲間になってて、
 気付いたら恋人同士になってて、気付いたら『嫁』になってて……

 気付いたら……一緒にいることが当たり前の仲になってた。そんな感じ。

 もっとも、僕としては実は、こういう関係の出来方は理想の恋人ないし夫婦像だと思ってるし……今の彼女達との関係に何ら不満があるわけでもない。

 ただ、こういうやり方で仲良くなったことが、今のザリーに何もアドバイスしたり役に立てる事がない原因の1つなのも確かだ。

「……ホンット、僕って力技でなんとか出来ない問題が相手だと、役立たずなんだな……」

「仕方ないんじゃない? どの道コレは、当人達以外にはどうにもできない問題よ」

 と、エルク。それはわかってるんだけどさ……
 そんなことを考えて、ふと思い至る。

「……当人、って言えばさ」

「うん?」

「いや、僕ら、ザリーとオリビアちゃんの2人だけの問題として考えてたけど……一応、あの人も『当人』だよね?」

「? あの人って?」

「ホラ……ザリーのお兄さんだよ」

 あの、ザリーに似てるけど……やっぱ何か雰囲気が違う感じのお兄さん。
 名前はたしか……ええと、オブラート、じゃなくて……

「ギルバートだよ。ギルバート・トリスタン」

 やっぱりきちんと聞いてたらしいザリーの訂正が入った。そうそう、ギルバート。

 あの人、今回の騒動にほとんど絡んでこなかったせいで、つい抜きにして考えちゃうんだよなあ……関わってきたの、最初に顔合わせた時くらいじゃないかな? 向こうの宿で。

 ……というか、あの人どういう人なんだろう……?
 しつこいようだが、今までほぼ完全に蚊帳の外だったせいで、ザリーのお兄さんで、オリビアちゃんの現婚約者だってことくらいしかわからないな。

 歩きながらの話題代わりにザリーに聞いてみたら、暇つぶしがでてら教えてくれた。

 ☆☆☆

 ギルバート・トリスタン。26歳。トリスタン候爵家長男。

 良家に生まれ、英才教育を受けて育った彼は、トリスタン家のみならず、家ぐるみで仕えているウィレンスタット家、さらにはフロギュリア連邦という国のためにその生涯をささげるべし、という家の方針に身を置いてきた。

 それに従い、結婚の相手もまた、自分の家やフロギュリアの貴族社会にとってプラスになる縁談を……という形で、家の意向をそのまま呑む形で決まった。それが、10年ほど前のこと。

 当初、彼の結婚相手は、家格は劣るものの、領内に豊富な資源を有し、歴史も古い伝統ある伯爵家の令嬢だった。家同士の繋がりを強くするために結ばれる予定だった。

 しかしその後、出奔したザリーに代わり……当初の婚約を破棄し、オリビアの婚約者となった。

 もっとも、色々な理由から、正式に外部へ向けて発表はせず、あくまで『内々に』ということになった。結婚も、早くとも彼女が成人するのを待つこととなった。

 そんな生涯を歩んできた彼、ギルバートがどんな人物なのか……一言で言えば、別段、特筆するような所がある人物ではない、というのが周囲の評価だった。
 貴族社会では、という前置きがつくが。

 英才教育を受けただけあり、文武両道。王都シィルセウスの学問所を優秀な成績で卒業し、運動神経もいい。顔も悪くなく、社交会での評判も上々。

 しかし、それだけである。貴族社会では、さして珍しくもない。
 そもそも、王立学問所に通う貴族の子女は、家格にもよるとはいえ、皆似たような『英才教育』を受けた上で来るのだから。よほど甘やかされて育ったわけでもない限り、教養はある程度備えているものだし、それよりは珍しいとはいえ、運動が出来る者も決して少なくは無い。

 そこにおいて注目されるほどの者というのは、並外れた才能を持っているか、その環境の中で人一倍努力して実力を身につけた者……オリビアのような者のことを言うのだ。
 ギルバートは……それには当てはまらなかった。

 結論を言ってしまえば……だからこそ、なのだろう。彼が、長男であるにも関わらず、婿養子に行くという形で身を固めることになったのは。

 貴族として『平凡』であった長男・ギルバートと違い、次男・ドナルドは、とある分野に置いて『非凡』といっていい才覚を持っていた。そしてそれはこの先、貴族社会を渡り歩き、高級貴族として国政に携わるにおいて確実に武器となるものだった。

 ゆえに、トリスタン家の次期党首はドナルドに任せ、ギルバートは婿にいかせて家の力を務める一助とする……それが、トリスタン家の決定だった。
 そして、ギルバートもそれに従った。途中で相手が代わりなどもしたが。

 ……しかし、そのようにギルバートの身の上を決めた、トリスタン家とウィレンスタット家の者達は……1つの事実を見落としていた。
 それは……彼、ギルバートが、表には出さなかった……彼の本当の顔。

 野心家である、ということ。

 

「……今、何と言ったのですか? ギルバート?」

 場所は、オリビアたちがとっている貴賓用の宿屋。
 そこの談話室。窓は閉められ、カーテンは閉じられ……明かりは卓上のロウソクのみ。

 それを挟んで話し合うは、フロギュリア使節団の核たる2人……オリビアとギルバート。
 しかし、表情にも浮かぶ彼らの心中には、全く異なる感情が渦巻いていた。

 ギルバートが落ち着いて、同道としているのに対し……オリビアは、驚愕と動揺、そして怒りが入り混じったような表情になっている。

 この状況は……今しがたギルバートの口から出た、ある『提案』に起因する。

「今言ったとおりだ。俺達は……」

 一拍、

「この『ローザンパーク』を制圧する。お前もそれに協力するんだ、オリビア」

 ☆☆☆

「……おいおい、こりゃえらいことになってるんじゃないの……?」

「……ちょっと、長くいたくはないわね……これは……」

 ザリーからギルバートさんの話を聴きながらも歩き続け、エリア内のとある山の山頂にまで来た僕らは……そこで、絶句するような光景を目の当たりにしていた。

 彼らの目の前に転がっているのは……魔物の死体だった。

 見た目は……熊。巨大な熊の魔物だ。
 体は7m近くあろうかという巨体であり、見るからに強靭そうな筋肉に四肢を覆われている。
 真紅の目は……もしそこに生命の光が宿っていたなら、睨みつけるだけで気の弱い者なら失神してしまうであろう迫力を醸し出していた。

 資料によれば……この魔物の名は『ヘルズベア』。鋼よりも固い体毛で身を守り、岩をも砕く怪力と鋭い爪、そして口から吐く灼熱の炎で敵を蹂躙する、このエリアの生態系の頂点に君臨する魔物。

 そして、この山頂一体はこの獣たちの縄張りであるという。その群れのリーダーは……片目に傷を持つ、老齢ゆえに成長しきった巨大な体をもつ個体だそうだ。

 ……今、目の前にしてるこの死体、損傷が酷くていまいちわかりにくいけど、その特徴に一致するな……。片方の目が古傷的な潰れ方してるし、バラバラになってる五体をつなぎ合わせたら、今までに見かけた普通の『ヘルズベア』よりも大きそうだ。

(予感はしてたけど……こりゃ、決まりだな……これが、テリトリーの変動の原因だ)

 ……おかしいと思ってたんだ……山頂付近に近づく前から、ちらほら『ヘルズベア』を、しかも、群れを成していない単独の固体を見かけてたから。

 資料によれば、『ヘルズベア』は、ボスの下に統率された縦社会で群れを構成する。
 そして、彼らは自分たちが決めた縄張りの外には出ようとしないし、群れで動く彼らは、単独行動はほとんどしない。

 しかし、そのボスがこうして死んだ……というか、殺されたから、他の『ヘルズベア』達は散り散りになって、山の下の方へ生活の場を移していった……。
 そしてその結果、行った先を縄張りにしていた他の魔物が追い出された。当然だろう、『ヘルズベア』はもともと、この山の生態系の頂点だったんだ。他の魔物じゃ適うまい。

 連鎖的に同じことが起こり、その影響はついに山麓付近にまで及んだ。これが、今回このエリアで起こったテリトリー異常の真実だ。

 ……しかし、調査の結果が意外と早く出せたのはいいものの……もう1つ問題が残ってる。

 こいつを殺したのが何者か……ってことだ。
 このエリア最強の『ヘルズベア』……その群れのボスを、こんな風に惨殺した存在……それが何かがわかっていない………………と、いうわけではない。

「「「え!?」」」

 意外そうな声を返してくる、僕以外のメンバー。
 皆、コレを誰がやったのかわからないのが問題だと思ってたんだろう。

 しかし、僕には……もう、下手人が誰かわかっている。
 『誰』っていうべきか『何』っていうべきかはわからないけど、わかっている。

 けど……その犯人自体が問題なんだ。『奴』がこの付近にいる、という、今の状況が。

(『ヘルズベア』のボスの死体……すでに腐敗が始まってるし、所々獣か何かに食われてるせいで、傷跡の判別は出来ないな……けど、この『匂い』……間違いない……)

 獣臭や死臭、あと……すでに乾いている血の匂いに邪魔されてわかりにくい。
 けど……間違いない。これは……

 
「……どこにでも出てくるな……あの、黒トカゲ……!」

 
 
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