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第208話 闇夜にうごめく謀略
『ジェムスライム』……体の中で、捕食の際に取り込んだ金属成分その他を凝固させ、宝石を生み出すスライム。また、自身の『核』もまた、上質な宝石であり、親魔力性の高い、マジックアイテム作りの優秀な素材であることで知られる。
その『核』を納品するという依頼も完遂したミナト達は、暗くなる前に『ローザンパーク』に戻って来ていた。
そこで、ミナト一行は一旦宿に戻り、後から『核』を納品することとなったのだが……そこでオリビアらはミナト達と別れ、自分たちが泊まっている宿に帰ることとなった。
――その、途中。
「……あら、どうなさったの? ギルバート」
宿の前で、従者達を後ろに従え、腕組みして立っている、自分の『内々に』『予定』の婚約者であり、ザリーの兄……ギルバート・トリスタンと出くわした。
「このような所で、そのように横に人を広げて……通行の迷惑ですわよ?」
「……少し調子に乗りすぎているんじゃあないのかい、オリビア?」
昨日ミナト達と会った時には顔に張り付いていた、キザったらしい愛想笑いはそこにはなく……露骨に不機嫌そうな顔をしている。
オリビアは、先程まで彼女が目にしていた、彼の弟にして、今なお自分にとって最愛の人である青年とは、程遠い印象を受けていた。
「あら、許嫁に向かって、随分と粗暴なお言葉……高貴な殿方のお言葉とは思えませんわ」
「自覚も無く、従うつもりもなく、そしてその許嫁を放っておいて他の男の所に行くような君がそんなことを言うのかい?」
「何も用がないならそこをどいてくださらない? 私、疲れておりますの」
「貴族たる分もわきまえず、冒険者などという野蛮な輩についていくからだろう」
つかつか、とオリビアに歩み寄るギルバート。
「昨日は大目に見ていたけど、やはりきちんと忠告しておいた方がいいと思ってね。若気の至りですませるにも限度というものはある……いい加減にフラフラと、下賎な輩と仲良くするようなことはやめたまえ。君や、君の家の品位が疑われる」
「……二度目ですわよ、ギルバート。彼……いえ、彼らのことを下賎だなんて言わないで」
「すでにザリュードはトリスタンの家を除籍され、無位無官の身だ。奴自身、昔の名は捨てているようだし……そもそも昨日、自分で君と一緒になるつもりは無いと言っていただろう。それに、昨日はいなかったから気付かなかったが……あの桃色の髪の女のこともある」
「……ネリドラ・プエロトニコワ……ですわね」
「……風の噂で、ラグナドラスから出たとは聞いていたが……本当だったとは。驚いた。没落どころかお家断絶になり……あまつさえ罪人となった女と一緒にいるなど、汚点以外の何だというんだ。繰り返しになるが、いいかげんに自覚を持ちたまえ! 君は公爵令嬢なんだぞ!」
「あら……ご心配なさらずとも、私の家の権威は、その程度の醜聞とも呼べない醜聞で揺らぐようなことはありませんわよ?」
「そういうことを言っているのでは……」
「いいえ、あなたはそういうことを言っているのですわ」
いつの間にか、両者の間に漂う空気はより剣呑なものとなっていた。良家の御曹司と令嬢の会話には少々似つかわしくない、とげとげしいものに。
「誰にも言われなくても知っていますもの。あなたが私の家の権威を目当てに許嫁になったということくらいは」
「っ……!? 何を言うんだ!?」
「あら、違いますの? 覚えていますわよ? ザリーが出奔して一番喜んでいたのはあなたでしたわね……弟が行方知れずになったと言うのに悲しむこともなく、私を口説きにきましたもの」
「……奴をどう呼ぶかという所にまで興味はないが……それについては否定させてもらおう。僕は君の家の権威を目当てに婚約したつもりはないよ」
「なら、私を愛してくださっていると?」
「もちろんだ」
「信じられませんわ。あなたからは幾度となく甘い愛のお言葉を頂きましたが、心がこもっていたことなど一度もありませんでした。そのどれもが、かつてザリーに言われた何気ない一言にも劣るものでしたわ……箱入りのお嬢様なら、その程度もわからないとお思いでしたか?」
真剣な目で睨みつけながら反論するオリビア。
対するギルバートは、何も言わない。
「ザリーとは、一緒にいられるだけで幸せだった。このままの時間がずっと続くだけで、私は他に何も要らないとさえ思えるほどに……しかし、あなたが許嫁になってから……いいえ、彼がいなくなってから、私は1度もそのように思えたことはありませんわ」
「それはただの恋愛感情などという、若さゆえの心の迷いだろう」
「迷いですって? いいえ、それこそ私の……」
「どうやら取り繕っても仕方ないようだ。なら、俺も遠慮なく言わせて貰う」
ふいに、一人称を荒々しいものにしたギルバートが、その言葉をさえぎった。
「先程の言葉に偽りは無い。俺は君を愛している」
「っ……まだそのような「だが」……?」
「貴族と貴族の婚姻は、君が憧れ望んでいるような、庶民の『恋愛』とは意味が違う。よもや君に、こんな基本的なことを説いて聞かせることになろうとはな……」
「……?」
「……こんな所で立ち話もなんだ、まずは中に入ろう」
宿の談話室に場所を移した2人は、ソファに腰掛け、テーブルの上に用意された紅茶とケーキをたしなみながら話を再開した。
「貴族の結婚は『個人』と『個人』じゃない……『家』と『家』で行われるものだ。まれに例外もあるがな」
そんな、無感情にも思えるギルバートの言葉。険しい表情で、オリビアは聞きに入る。
「そもそも、王族および貴族は強大な権力を持つ代わりに、その人生の『全て』をもって国に尽くすことが求められる……これは俺の持論というだけでなく、君のお父上も常々言っておられることだ」
「ええ……いつも父から言われていますわ」
「そしてそれには当然、『結婚』も含まれる。貴族にとって結婚とは、時に国内の情勢を鑑み、時に国家すら超えて、他の家や国との関係を持つための『手段』だ」
「……」
「当初、君とザリュードの間に組まれていた婚約もその例外ではない。トリスタン家は代々、ウィレンスタット家に仕え、時に結婚相手として息子や娘を差し出してきた。両家の繋がりを強めるためであったり、他に事情があったためでもある。結果的に君達はその後両思いになったがゆえに、君はアレを幸せな『恋愛結婚』だと勘違いしている節があるがな」
聞きながら、なぜかオリビアは『他に事情が』のところで少し表情を強張らせたが……気付いた様子もないギルバートは、続ける。
「ザリュードの出奔後、面倒を避けるために後処理を済ませた段階で、俺が君の新たな許嫁になったわけだが……さて、先程俺は君を愛していると言った。何度も言うが、それにいつわりは無い。ただ……」
「ザリーに私が求め、ザリーが私に言ってくれる『愛』とは……『意味』が違う」
「そうだ。貴族である以上、恋愛を間に挟まない結婚はむしろ当然のことだ。だが、結婚した後から育む愛もある。結果的に幸せであれば何も問題は生まれない……だから俺が君に『愛している』と言ったのは、『家同士で決められた『結婚』を行い、その上でお互い努力して、時に我慢してでも、最後には幸せな家庭を作れるよう努力したい』という意味だ」
「…………」
「君が求めている『愛』とは全く異なるものであることは認めよう。同情を覚えないでもない。だが、貴族という立場を考えれば、これはおかしくも何ともない形だ……互いが互いの家のためになる選択をした結果として今がある。これについては、納得してもらう他無い」
「……私は……そんなあなたをこの先愛せるだろうとは思えません」
「それでもだ」
「でも!」
「話は終わりだ。これ以上はただの幼稚な口喧嘩になる」
そう言い残し、ギルバートは部屋を去った。
残されたオリビアは、その背中を睨みながら見送りつつも……先程ギルバートに言われたセリフをかみ締めていた。
☆☆☆
その数時間後、
場所は……同じ宿の、ギルバートの部屋。
夜も更け、家々の明かりも消え始めた頃……ギルバートは、ろうそくの明かりだけの薄暗い部屋で、ワインを飲みながら……何かの書類に目を通していた。
「……そうか。では、奴が我々の邪魔をするようなことはないのだな?」
「は。ただ、もし『計画』を遂行する段階で、彼らに被害が及ぶようなことがあれば別かと……」
「自衛、か……。遂行前に彼らが帰ってくれることを願うばかりだが、それが適わなければ、それもやむなし、だろうな……一応、時間稼ぎくらいはできるように手を回しておけ。『発動』さえすれば、あとはどうとでもなる。誰が相手だろうとな……」
「承知しました……では、あの女を使います」
「他の『準備』はどうだ?」
「抜かりなく。数日中には準備も全て整う予定です。消耗もやや激しいようですが……もとより使い捨てる予定のものなれば。小さなトラブルはいくつかありますが、全て対処可能です」
「そうか……ならいい。お前は時が来るまで、今までどおりに任務をこなせ……クロム」
「はっ……」
昼間……オリビアの隣に控えていた剣士の少年は、ギルバートに一礼すると、部屋を出た。
1人、室内に残されたギルバートは、空になったワイングラスをテーブルの隅に押しやり、空いた部分に、今まで見ていた書類を無造作に置く。
「……ようやくだ……。もうすぐ、下らん茶番が終わる……」
誰にともなく、呟く。にやり、と笑みを浮かべて。
「……それにしても……くくっ」
ふと、思い出したように、ギルバートは視線を空中にさまよわせた。
脳裏に浮かんでいたのは……夕方、あの少女が自分に言い放った言葉。
『私は……そんなあなたをこの先愛せるだろうとは思えません』
「……ふっ……なあオリビア。案外俺達は……気が合うのかもしれんぞ?」
そんな呟きを聞いたものは……口にした当人以外にはいなかった。
☆☆☆
今日の夕食……久しぶりに、食事が美味しくなかった。
いや、宿の食事が舌に合わなかったわけじゃない。味はいつも通り、大変美味しかった。
……けど、食べた時の気分がちと、あれだったのである。
理由は2つ。
1つは……オリビアちゃんに『ザリーのいいところ』を見せた……見せてしまったことに対する、罪悪感的なモノ。
宿に帰ってから、エルク他にみっちり説教されたのも効いてたり。
そしてもう1つは……機嫌が悪かったからだ。帰ってきてから、留守番組の話を聴いて。
なんでも、僕らが出かけた後……ザリーの兄・ギルバートさんとやらが従者達を連れて、しかも酷く機嫌が悪そうな様子で訪ねてきたそうだ。『オリビアはどこだ』と。
留守番組のうち、元貴族で一番礼儀作法に明るいクロエが応対したそうだけど……こっちが無位無官だからか、終始態度がよろしくなかったとか。オリビアさんはここにはいない、って聞いて、舌打ちしたり、『勝手に連れ出さないでもらいたい』って文句言ったり。
それだけならまだよかった。難癖つけてくる同業者その他の対応はたまにあるし、今回も大体それに近い。
が、問題はその後で……どうやら向こうさん、こっちのメンバーにネリドラがいることを知っていたらしく、そのことについて何やら二言三言、侮蔑に近いことを言ったらしい。
元フロギュリア貴族令嬢でありながら、罪を犯し、監獄に入り、実家が取り潰しになった、という過去をもつネリドラに対し、本人がいないのをいいことに――いても言ったかもしれないが――『犯罪者が表社会を云々』『フロギュリア貴族としてどうこう』ってな感じの、心無いことを。よりにもよって、彼女の親友であるクロエの目の前で。
ぷんすか怒りながら報告してきたクロエの話を聴いて、『気にしてないから』と言いつつも、しゅんとしているネリドラを見て……僕も機嫌が悪くなったというわけ。
ザリーとオリビアちゃんのことも、本人曰く『区切りはつけたつもりです』らしいし…今後、基本的にフロギュリア勢とは関わらない方がいい、かな?
何か、色々引っかかる感じがするというか、不完全燃焼だけど……。
……それに、考えようによっちゃ……オリビアちゃんがザリーを諦めてくれたということは、僕らにとっても……言い方が悪いが、都合がいい面もある。
万が一、ザリーがオリビアちゃんについていってフロギュリアに戻る、なんてことになれば……それはすなわち、彼が『邪香猫』を抜ける、冒険者も辞める、ってことになるからだ。
ザリーとは、何だかんだで結構長い付き合いである。エルクを除けば、僕の仲間としては最古参だし……船で唯一の男性である点も大きい。女の子相手にはちょっと遠慮するような話題や相談ごとも、気軽に話せる相手がいるっていうのは。
昨日の夜、オリビアちゃんのことを話してくれたザリーは……冒険者としての自由云々はともかく、今でもオリビアちゃんのことが好きなように見えたから……余計に不安だった。
恋愛感情かどうかはわかんないけど、大切に思っているように見えた。
そんなザリーが、チームから離れていくかもしれない、っていう懸念がなくなったのは……正直、僕はホッとしていたりするのだ。繰り返すが、オリビアちゃんには悪いけど。
(……これからは、フロギュリアでの依頼とかたまに受けて、2人が会える機会を作ったほうがいいのかな……? いやでも、その方が余計2人にとってつらかったらまずいし……あー、ダメだ。僕、女心だけはいくら勉強しても理解できる気がしないよ……)
何かやったら全部それが裏目に出ちゃいそうな気がする……はぁ……鬱だ。
この時はまだ、僕は……この『ザリー許嫁事件』が、そして『フロギュリア使節団』との関わりが……不完全燃焼ではあるが、もうすでに終わった……と、思っていた。
+注意+
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