アピタル・大野智
2016年6月14日06時00分
前回のコラムで、「マーガリン消費量」が「離婚」の原因かを見きわめる方法、すなわち、相関関係が因果関係であると説明(因果推論)するための情報の見極め方(視点)について、疫学者のAustin Bradford Hillが提唱した「Hillの9条件(基準)」を紹介しました。
■それは「離婚」の原因か? を見抜く9条件(http://www.asahi.com/articles/SDI201606038365.html)
念のため、「相関関係」と「因果関係」についておさらいします。
【相関関係】一方の変数が変化するにつれ、他方の変数が同時に変化する関係
【因果関係】一方の変数が他方の変数の変化を引き起こす原因と結果の関係
世の中には、「要因」と「事象」との間に、相関関係があっても因果関係はないということがよくあります。
そのため、統計的に相関関係が明らかとなったとき、その関係が「原因」と「結果」という因果関係なのかどうかを推測していく作業が重要になってきます。
そのための基準や条件の代表的なものとして「Hillの9条件(基準)」があります。
さらに、9つの項目について補足説明や注意点について追記します。
① 関連の強さ(Strength)
「要因のある・なしで起こる事象が何倍ぐらい違うのか?」といった関係の強さを示す指標である「オッズ比」「リスク比」などの数値が大きければ、因果関係の可能性が高くなってきます。本当に臨床的に意味のある差があるかどうかを確認するときに使う指標です。
【補足:「P値」について】
表にある「P値」とは、統計的な確率を示す値になります(詳細な解説は割愛します)。しかし、"統計的"に意味のある差(有意差)が認められても、その差は"臨床的"に極わずかなものであり、実際に患者にとってはあまり意味がないというようなことが、これまでの研究報告で問題となっていました。さらに今年の3月には、米国統計学会が、P値にこだわり過ぎることへの警告(戒め)を公開し話題となりました。
《参考》 米国統計学会が公開した声明「AMERICAN STATISTICAL ASSOCIATION RELEASES STATEMENT ON STATISTICAL SIGNIFICANCE AND P-VALUES」
(https://www.amstat.org/newsroom/pressreleases/P-ValueStatement.pdf)
② 一貫性(Consistency)
対象者、地域、環境、調査時期などを変えても同様の結果(相関関係)が得られていれば、その関係は因果関係の可能性が高くなることを意味しています。
③ 特異性(Specificity)
要因と事象が1対1の対応であれば、その関係は「原因と結果(因果関係)」の可能性が高くなります。しかし、病気の発症や予防などについて言えば、複数の要因が複雑に絡み合っているのが現状です。例えば、「喫煙」「飲酒」「年齢」などさまざまな要因が「がん」という事象に関連しているといった具合です。
④ 前後関係(Temporality)
「原因と結果」という関係では、当然、原因があって結果が起こるという時間的前後関係が必要です。ですから、相関関係が因果関係と説明できるためには、まず「要因」があって「事象」が確認されるという時間的な前後関係が必ず確認されなければなりません。したがって、この項目は因果関係を説明するために必須としている教科書もあります。
しかし、注意してもらいたいのは、「要因」があって「事象」が確認されたからといって、それが全て因果関係を意味しているわけではないということです。例えば、「神社にお参り(要因)したら宝くじにあたった(事象)」と言われても、原因と結果という関係ではないということはわかるかと思います。医療の分野でも、薬の効果や副作用を評価する際に、時間の前後関係は重要ですが「前後関係があるから因果関係といえる」というように短絡的に考えることは避けなければなりません。
⑤ 用量反応(Biological Gradient)
「要因」に多く暴露されればされるほど「事象」が多く確認されるような場合、その関係は因果関係の可能性が高くなります。
例えば、「タバコを多く吸う人ほど肺がんの発症率が高くなる」「アルコールを多く飲む人ほど食道がんの発症率が高くなる」といった具合です。
⑥ 尤(もっと)もらしさ(Plausibility)
⑦ 整合性(Coherence)
この二つについては、前述の表に記載したとおりで、これまでの研究結果などの知見に基づいて、要因と事象との関係が妥当であると説明できれば「原因と結果(因果関係)」の可能性が高くなることを意味しています。ただし、まったく新しい知見の場合は、必ずしも当てはまらないことがあります。
⑧ 実験的証拠(Experiment)
要因を取り除けば事象が軽減するのか、要因を加えれば事象が増加するのかといったことを立証できれば「原因と結果(因果関係)」の可能性が高くなります。「実験的」とありますので、ここでの証拠は動物実験などの結果も裏付けとして採用されることになります。なお、このコラムでしばしば登場する「ランダム化比較試験」も因果関係を立証するのに理想的な研究デザインとなります。
⑨ 類似性(Analogy)
新たに確認された要因と事象との関係が、既に原因と結果としての関係が明らかになっている関係と類似している場合は、新たに確認された関係も「原因と結果(因果関係)」の可能性が高くなります。
例えば、妊娠中にある薬を服用することが先天奇形の原因である、と既に因果関係が明らかになっているような場合、別の似たような薬を服用して先天奇形が起これば、因果関係の可能性が高くなります。
ここまで、相関関係が因果関係であると説明(因果推論)するための「Hillの9条件(基準)」について説明をしてきましたが、実際に相関関係が因果関係かどうかを説明する際に、9項目を全て満たす必要はなく、また各項目の重要度が全て等しいというわけでもありません。
あくまで、相関関係から因果関係を類推するための「視点」あるいは「指針」として役立つツールとして考えてもらえたらと思います。
さいごに、身も蓋もないようなアドバイスになってしまいますが、病気の原因あるいは予防など医療や健康に関して、厳密な意味での因果関係を立証することは非常に難しいということを是非知っておいてください。
ですから、逆説的に考えると、「◯◯は××の原因である!」と断定しているような情報に出会ったら、鵜呑みにはせずに「ちょっと怪しいな」と疑う姿勢を忘れないでもらえたらと思います。
<アピタル:これって効きますか?>
大阪大学大学院医学系研究科統合医療学寄附講座 准教授/早稲田大学ナノ・ライフ創新研究機構 客員准教授。1971年浜松市生まれ。98年島根医科大学(現・島根大医学部)卒。主な研究テーマは腫瘍免疫学、がん免疫療法。補完代替医療や健康食品にも詳しく、厚労省『「統合医療」情報発信サイト』の作成に取り組む。
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