東京新聞のニュースサイトです。ナビゲーションリンクをとばして、ページの本文へ移動します。
世界遺産・ポンペイ展開催中

トップ > 社説・コラム > 筆洗 > 記事

ここから本文

【コラム】

筆洗

 「荒野の用心棒」などの映画音楽の巨匠、エンニオ・モリコーネさんの元に一本の仕事が舞い込んだ▼当時、大物女優に頼まれていた仕事があったので、断ると脚本を読んでくれとしつこい。一応読んだ。断ることにした。断ったのは大物の仕事の方だった。こうしてイタリア映画「ニュー・シネマ・パラダイス」(一九八八年)の音楽を担当することになった▼脚本を読んだだけで作品の良さが分かったという。<素晴らしいのはキスを通して映画の歴史を語ろうというアイデアだった>。筋は明かさないが、ラストは過去の映画作品のあまたのキスシーンによって編集されている。キスに次ぐキス。またキス。見ているだけで温かい物のおすそ分けにあずかり、人間の営みとは必ずしも悪いことばかりではないと信じたくなる▼キスシーンが引き金になった可能性があると聞き、沈黙する。四十九人が死亡した米フロリダ州の乱射事件である。同性愛者に人気のクラブが標的になった▼容疑者は数カ月前、男性同士がキスをする光景を見て激怒していたという証言がある。「偏見」という歪(ゆが)んだ眼鏡で見れば、情愛あふれる光景にさえ憎悪をかき立てられるのか▼銃を置く。当然とはいえ、その前にできるのはその眼鏡を捨てることであろう。人がキスしている。そのまま見る。尊く、温かく、切ない姿しか映らぬはずである。

 

この記事を印刷する

PR情報