CULTURE
行動経済学は「運がいい人っているの?」という問いにこう答えた──話題の翻訳書、訳者が語る! 第3回『アリエリー教授の人生相談室』
Text by Yuko Sakurai
櫻井祐子 京都大学経済学部経済学科卒。大手都市銀行在籍中にオックスフォード大学大学院で経営学修士号を取得。訳書に『不合理だからうまくいく 行動経済学で「人を動かす」』『ずる 嘘とごまかしの行動経済学』『100年予測』『続・100年予測』『[エッセンシャル版]マイケル・ポーターの競争戦略』『Who Gets What マッチメイキングとマーケットデザインの新しい経済学』『0ベース思考 どんな難問もシンプルに解決できる』などがある。
ダン・アリエリー教授と不合理三部作(左から『予想どおりに不合理』『不合理だからうまくいく』『ずる』)
PHOTO:LOIC LE MEUR
「イチ押し」すべき話題の一冊について翻訳者自身が登場してエッセイを寄稿する好評シリーズ、第3回です。
今回の一冊は、「クーリエ・ジャポン」の記事でもおなじみ、デューク大学の行動経済学者ダン・アリエリー教授がおくる『アリエリー教授の人生相談室 行動経済学で解決する100の不合理』。アリエリーの教授を訳すのが今回で3冊目となる翻訳者、櫻井祐子氏が「アリエリー教授の何がすごいか」を教えてくれます。
訳者の心に響いた「とっておきの回答」
『アリエリー教授の人生相談室』は、「ウォールストリート・ジャーナル」紙に2012年から連載されている人気コラムを書籍化したものだ。
行動経済学者のアリエリー教授のところには、もともと読者からいろんな相談が寄せられていた。人の痛みのわかる苦労人で、しかもあの親しみやすいキャラクターときたら、相談したくなるのも当然だろう。
教授はそれに答えるうちに、誰にでも役立ちそうな質問が多くあることに気がついた。
そこで質問を広く募って紙上で答えを公開することにしたのが、このコラムの由来だ。
質問者は若い人を中心に、老若男女さまざま(教授のお父さんも!?)。まじめで深刻な悩みから、え、そんなこと聞いちゃう? という大胆な悩みまでが寄せられ、教授はときにジョークを交えながらも、真摯に答えている。
この本の魅力は、アリエリー教授のこれまでの著書、いわゆる不合理三部作(『予想どおりに不合理』『不合理だからうまくいく』『ずる』)の研究成果を、自分のために活かす方法を教えてくれることだろう。仕事の選びかた、子どもを諭す方法、謝罪の効用、習慣の大切さなど、訳者もさっそく実践している。
教授がイグ・ノーベル賞を受賞したのは有名だけれど、現実の問題に対して具体的な解決策を与えているという点で、本物のノーベル賞をあげたいくらいだ。
今日はこの本の中で訳者の心にとくに響いた、とっておきの回答を紹介させてほしい。
「運がいい人って本当にいる?」というエイミーさんの質問。
これに対して教授は、「運のいい人とは、人よりたくさんのことをしょっちゅう試している人だ」と返している。
試す回数が多いからこそ、成功することも多いのだ、と。
たとえばバスケットボールで、100%確実なときにだけシュートする選手と、成功率は50%だがシュートする回数が格段に多い選手がいたとする。この2人を比べたとき、全体としてのゴール数が多いのは、後者だ。
続けて教授は、人生はバスケットボールとは違って、シュートが入るか外すかの二択ではなく、何かの選択や決定に至るまでに、多くのステップがあるものだと指摘する。
だから小さな実験を繰り返し、有望でない道を切り捨て、細かく軌道修正していけば、必ずうまくいくのだと。
シリコンバレーでよくいわれる「Fail fast(すばやく失敗する)」の教えだが、こんなに心に刺さったのは、教授の生き様がこれ以上ないほど表れている回答だからだろう。
ご存じのようにアリエリー教授は、高校生のとき事故で瀕死の火傷を負い、3年間を病院で過ごした。そんな経験から、一風変わったものの見方を身につけ、認知心理学を学びはじめ、いまでは行動経済学の第一人者として活躍している──とプロフィールには書かれている。
でも現実はもちろん、そう簡単じゃなかったはずだ。人生を謳歌していた前途洋々のイケメン高校生が、突然の事故で壮絶な苦痛や心労を強いられ、将来についてもっていた夢や希望を完全に否定されたのだ。
教授自身、やけどをしてよかったなんてみじんも思っちゃいないと書いている。最初から行動経済学なんて道が目の前に開けていたはずもない。
どうやって新しい道を開いたのだろう?
教授はまったく違う環境に、半ば暴力的に投げ込まれたわけだが、凡人とちがうのは、自分はいま何をすべきかという目的意識を明確にもち、積極的に新しい経験をしながら、自分なりに実験を重ねた点だ。
そのなかで自分にできること、合っていること、やりたいと思えることを一つひとつ確かめ、見込みがないものは潔くあきらめ、どんどん目標に近づいていった。
まずは火傷を治して普通の生活に戻るために、痛みの少ない治療方法やリハビリの効果的な進めかたを考えた。薬の投与方法を工夫して、肝炎を完治させたのは本当にすごい。
退院後は理学系の学部に進学するも、長時間の実験が身体的に無理とわかるとすっぱりあきらめ、哲学と心理学に転向する。そこで似たような経験をした恩師に巡り会い、認知心理学の道に進む。
その後渡米し、(のちに)ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンの勧めで、斬新なデザインの実験という、彼の真骨頂が活かせる行動経済学の分野に行き着いたのだ(この辺は『不合理だからうまくいく』にくわしい)。
これがスティーブ・ジョブズのいう、「点と点をつなぐ」ということなんだろう。自分はどうあるべきかという鋭い問題意識のもと、「点」となる経験をたくさんした。
「点」を集めれば集めるほど、つなぐ線の数は飛躍的に増えるから、自分の納得できるストーリーで点をつなぎやすくなる。
そして実験を通して試行錯誤し、細かく軌道修正しながら点をつないでいったのだ。
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