“Stay hungry, stay foolish”――スティーブ・ジョブズの有名な演説に影響された富山県生まれの起業家が取り組むのは、印刷業界の革命だ。
A4サイズのフルカラー印刷のチラシが1枚1.1円~、両面フルカラーの名刺が1箱税込み500円など、従来の10分の1という格安の価格を実現している、ネット印刷の「ラクスル」。
ラクスル社長の松本恭攝(やすかね)氏は、富山県出身。スティーブ・ジョブズの演説に感銘を受けてシリコンバレーに行き、「仕組みを変えれば世界はもっとよくなる」という“宗教”の信奉者となったという。
外資系コンサルタント会社を辞めた松本氏が目を付けたのは、15世紀からある“古い”業界、印刷業界だった。シリコンバレーの洗礼を受けた若者が、印刷業界の革新に乗り出した理由とは? 松本恭攝氏と田原総一朗氏の対談、完全版を掲載します。
■寺&公務員一族から、ベンチャー起業家が生まれた
【田原】松本さんのお名前は難しい字を使ってますね。「攝」ってどういう意味ですか。
【松本】「摂」の旧字体で、優しさという意味です。実家の本家が寺の家系で、祖父や父、そして兄と私も、代々引き継いでいる字だそうです。
【田原】伝統的なことを大事にしている家系から、ベンチャー起業家が生まれるのはおもしろいですね。
【松本】私は富山出身で、父と母は富山県庁で、兄は高岡市役所。おじとおばは学校の先生という公務員一族。とてもコンサバティブな家庭でしたから、大学を卒業して外資系のコンサルティング会社に就職したときは、「松本家から民間人が出た」と親戚一同から驚かれました(笑)。
【田原】どうして民間に行こうと考えたのですか。
【松本】学生のころに、国際ビジネスコンテストの企画運営をするサークルに入ったことが大きかったですね。
■日中関係が悪化する中、北京の大学でコンテストを実施
【田原】国際ビジネスコンテスト?
【松本】日本と中国と韓国の大学生と院生によるビジネスコンテストです。コンテストは1週間の合宿形式。日本人、中国人、韓国人が3人1組になって、あらかじめ出されていた課題に関してチームでビジネスプランを練っていきます。日中韓で30人ずつ参加していたので、30チームで競うことになります。
【田原】そういうコンテストを企画しているサークルがあるんですね。
【松本】私が大学生になった2004年はコンテストを始める前で、中国や韓国側にまだ組織がない状態でした。そこから組織を立ち上げて、企業を回ってお金も集めました。何もないゼロのところからつくっていくプロセスがとても楽しくて、その経験がいまの起業にもつながっています。
【田原】開催場所はどこですか。東京?
【松本】第1回は、2005年2月に代々木のオリンピックセンターで開催されました。その半年後に北京の清華大学でもやりました。ところが、これが反対されまして。
【田原】反対? どうして?
【松本】当時は日中関係が悪化していて、日系のGMSが投石を受けていました。それで政府から、政治的に不安定なので控えてほしいという話があったのです。ただ、実際に北京に行って話をしてみると、日本のメディアが伝えていることと乖離がある。たしかに政治的に不安定な要素はあるのですが、学生同士はやろうとしていることが一緒で、日中関係にも悲観はしていない。これなら大丈夫だと考え、反対を押し切って開催しました。
【田原】そうした経験が、民間に行く理由になったのですか?
【松本】そうですね。じつは私は大学受験に失敗して、1年目は浪人、2年目も第一志望に入れませんでした。そのことをコンプレックスに感じていたのは、私自身、偏差値によって人生が決まるという価値観に縛られていたからだと思います。しかし、官僚やそのほかの頭のいい方たちから「やめたほうがいい」「できっこない」と批判されていたコンテストも、実際に実現できてしまった。そのとき世界観が変わったんです。人の限界を決めるのは能力じゃなくて、想像力です。どんなに頭が良くても、想像できない人には可能性がない。そのことに気づいて、自分の選択肢が大きく広がった気がしました。
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