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ノーベル賞経済学者提言「経済ルール」の大転換で世界を変える

プレジデント 6月12日(日)18時15分配信

■短期主義の蔓延が国の成長力を奪う

 当初は泡沫候補とも目されていた共和党のトランプ氏が、米大統領選で旋風を巻き起こしている。選挙の帰趨はさておき、この動きはアメリカの人々が抱えている閉塞感の裏返しともいえるのではないだろうか。

 アメリカでは極端な富の偏在化、社会的不平等が進行しており、自由社会の象徴でもあったアメリカンドリームの消失すら指摘されている。こうした現状に対する不満が、変化をもたらすかもしれないリーダーを求めるエネルギーに転化している側面は否定できないからだ。

 著者は2001年にノーベル経済学賞を受賞した、精力的に問題提起を行っている人物。米財務省やIMFと対立したこともある硬骨漢であり、今年3月、安倍政権が初めて実施した国際金融経済分析会合に招かれたことは記憶に新しい。社会格差の解消をテーマにした著作が多く、この本は現在の米国経済が抱える問題点を抽出し、それらの問題点を解決するための具体策を提案している。

 構造的な問題を解決する上で肝心なのは、建設的かつ現実的な方向性を示すこと。スティグリッツ氏が示す数々の提案は、現在の日本社会にも通じる示唆に富んだ内容といえる。

 米国では、金融セクターを中心に短期主義が支配しており、短期的利潤の確保、株主の利益を優先する風潮が蔓延している。その裏腹で長期的な投資が十分に行われていない。また、労働市場では労働交渉における労働者の発言力が低下し続けており、これが賃金の低下圧力を招いている。

 資産家や企業のCEOの富は増え続け、その一方で低所得層は満足な教育を受ける機会がなく、厳しい経済状況から抜け出すチャンスが与えられない、負の連鎖が絶ちきれない状況にある。短期主義の代償として機会の不平等が構造問題となり、米国経済の長期成長力が損なわれているのだ。

■トリクルアップ経済へのシフトを提唱

 現在への流れのルーツとなっているのは、1980年代のレーガン政権が採用したサプライサイド経済学。規制緩和と減税を推し進め、社会保障と公共投資を削減するというサプライ(供給)を重視したスタンスをとったが、アベノミクスがそうだったようにトリクルダウンが生じることはなかった。その後35年の間に、米国経済の不平等は深刻な状況に進んでいる。

 多くの人が中流層の生活を実現することも難しい状況に置かれている米国経済の現状を受け、スティグリッツ氏は極めてシンプルな提案をする。「アメリカ経済がうまく機能するように、ルールを書き換えればいい。富裕層だけではなく、あらゆる人のために」と。

 このように、中間層の復活で成長を共有するトリクルアップ経済へのシフトを提唱するスティグリッツ氏は、ルールの変更には政治の考え方が大きく作用するため、将来に向けた青写真を描くこと、政治的意志が不可欠、という指摘も忘れない。

 日本経済も、かつての高度成長期の仕組みをいまだ引きずる一方で雇用の流動化が加速度的に進展している。中流層が急速にやせ細りつつある姿を見る限り、現在の米国経済に向けた道を突き進んでいると危惧される。

 経済学は役に立つのかという議論はかねてからされてきたが、昨今の日本では何らかのバイアスがかかった経済学説が少なくないように見受けられる。経済のプロが真摯な姿勢で世直しのための政策を提唱し、為政者が虚心坦懐にプロの意見を受け止める。こうした取り組みは、いまの日本ではないものねだりに過ぎないのだろうか。

ジャーナリスト 山口邦夫=文

最終更新:6月12日(日)18時15分

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