アベノミクスをもっと加速するのか、後戻りするのか――。消費増税の先送りを表明した安倍首相は参院選の争点をそう位置づけ、国民に支持を呼びかける。「アベノミクスのエンジンを最大限にふかす」と言う首相。その選択は日本の未来にとって望ましいことなのか。

 ひと言でいえばアベノミクスは「前借り」の経済政策だ。空前の規模の金融緩和で消費や投資を刺激し、財政で需要を盛り上げる。カンフル剤の効果はあっても、新しい需要を掘り起こし経済をより強くするわけではない。いわば、将来の需要を先食いしているだけだ。

 「前借り」も右肩上がりの時代なら問題にならなかった。だが人口減少社会、低成長時代となれば話は違う。前借りすれば、それだけ将来の景気はさえないものになりかねない。

 いま必要なのはアベノミクスの加速ではなく見直しだ。深刻な財政、尋常でない金融政策。これらを早く正常化させなければ、国民は将来もっと重い負担を余儀なくされるだろう。それを避けるために、負担増を受け入れる覚悟が必要だ。

 そういう現実的な道を政治がどう切りひらくのか。本来はそれこそが参院選で問われるべきテーマではないか。

 ■日銀が支える財政

 3年半前に誕生した第2次安倍政権は、(1)大胆な金融緩和(2)機動的な財政出動(3)成長戦略というアベノミクス「3本の矢」を掲げた。最初から3本そろっていたわけではない。政権発足前の総選挙で安倍氏が強調したのは「国土強靱(きょうじん)化」のインフラ整備とそれを支えるために「日本銀行に輪転機をグルグル回して無制限にお札を刷ってもらう」ことだった。

 第2の矢を第1の矢で支え、日銀に財政資金を用立てさせる「財政ファイナンス」の構図である。第3の矢の成長戦略は歴代政権の政策と同工異曲で、後で付け足したのが実態だ。

 日銀依存は次第に強まった。首相が起用した黒田東彦総裁のもとで異次元緩和に乗り出した日銀は、長期金利を歴史的な低さに抑え、マイナス金利も導入した。大量の国債を買って、政府の借金を支えた。

 国の財政は1千兆円超の借金を抱え、先進国で最悪だ。返済と利払いで首が回らなくなってもおかしくなさそうだが、日銀のおかげで金利負担は軽く、新たな借金も楽にできている。

 問題は、そんな都合のよい財政運営をいつまでも続けられないのに、財政がそれに甘える構造ができてしまったことだ。

 ■高まらない成長率

 自民党の参院選公約で安倍氏は「まだ道半ばだが、アベノミクスは確実に結果を生みだしている」と自画自賛する。政権発足後に円安と株高が進み、輸出産業を中心に多くの企業の業績が好転した。ちょうど米欧経済の回復期と重なった幸運もあったが、アベノミクスが背中を押したのは事実だろう。

 しかし、肝心の日本の実質成長率はきわめて低いままだ。アベノミクスが人々のインフレ期待を生み、物価や賃金を引き上げて経済の好循環を作る――。政権が描くそんなシナリオは実現できていない。

 いまの日本には非正規雇用の増加や所得格差の拡大、将来の社会保障への不安といったさまざまな課題がある。それらを解決せずに経済の好転はない。そして、そうした問題を解決する財源は財政健全化なくして生みだせない。増税は景気がもっと良くなってから、という時間稼ぎ論は解にはならない。

 政府と日銀がこれだけ日本国債と通貨円をばらまけば、いずれその価値が急落しないと誰が言えよう。この先にどんなショックが待つのか、今や専門家でさえ予測不能なのである。

 ■大手行が国債離れ

 最大手の三菱東京UFJ銀行が、国債の安定的な引受先となる資格を国に返上しようとしていることが明らかになった。マイナス金利のもとでは国債を持ち続けても負担になるだけなのに加え、国債相場が急落する事態にも備えた動きと見られている。国債を支えているのは国内投資家だから大丈夫、という見方がいかにもろいものか、改めて思い知らされる出来事だ。

 アベノミクスが前借りで得た“時間”は本来、増税や社会保障改革を行って、持続可能な財政に立ち戻っていくために使うべきだった。政権はその時間を空費しただけでなく、一段と財政規律をゆるめてしまった。その象徴が消費増税の再延期だ。

 増税も歳出の抑制・削減も確かに不人気政策ではある。それでも子や孫の世代に健全な財政を引き継いでいくことは、国民の代表であるすべての国会議員に託された仕事ではないか。参院選で与野党がそろって消費増税の先送りや断念を主張しているのは、きわめて残念だ。

 とりわけ安倍政権の責任は大きい。これ以上将来世代の富を食いつぶすことは許されない。