参院選へ 社会保障と増税延期 「安心」への道筋を示せ
安倍晋三首相は記者会見で、世界経済の不透明感を引き合いに出しながら「今そこにあるリスクを正しく認識し、危機に陥ることを回避するため」消費税の10%への引き上げを延期すると説明した。
少子高齢化が進む中で、生活に苦しむ独居の高齢者は急速に増えている。消費税10%時には貧困の高齢者の救済など重要な施策が予定されていた。子育ての充実などへの財源確保もまだめどが立っていない。
今そこにある「暮らしの危機」はどう考えるのか。安倍首相も野党も財源を含めた具体的な政策を参院選で示すべきだ。
困窮の高齢者どうする
医療や福祉の現状に危機感を抱き、生活の安心を渇望する国民は多い。毎日新聞の5月の世論調査では参院選で最も重視するテーマは「年金・医療」が25%で突出して高い。
医療や福祉を充実させるには国民の負担(財源)を増やさざるを得ないが、消費増税に反対する国民感情は強い。政権にダメージを与えるために野党は負担増を批判し、与党は改革を先延ばしする。これが社会保障の充実を遅らせ、ますます国民の不安を高めてきた原因だ。
そうした泥仕合をやめようと、民主党・野田佳彦政権のときに民主・自民・公明の3党間で成立したのが税と社会保障の一体改革を行う「3党合意」だった。当時の世論調査では3党合意や消費増税に賛成する割合が半分を超えたことが何度もある。政治が決断すれば国民は負担増も支持する、成熟した判断力を持ち合わせていることを示したものと言えるのではないか。
ところが安倍首相は2度にわたって10%への引き上げを延期し、民進党など野党も消費増税に反対した。国民との間で生まれた信頼を再び政治が覆したと断じざるを得ない。
10%への引き上げ延期の影響は大きい。社会保障充実に充てられる財源のうち1兆4500億円のめどが立たなくなった。特に、生活の苦しい高齢者にとって重要な政策が軒並み先送りされる。
年金制度を持続可能にするため、年金財政の状況に応じて給付額を抑制する「マクロ経済スライド」という制度が実施されている。今後は基礎年金の目減りが著しくなる見込みで、低年金者の生活は苦しくなる一方だ。このため、保険料を納めた期間に応じて最大で1カ月5000円の給付金が高齢者500万人や障害者らに支払われることになっていた。この財源5600億円は消費税10%時に確保される予定だった。
また、現在の年金受給資格の期間は25年で、たとえ1年でも満たないと年金を受給できない。受給資格期間を10年に短縮して無年金者を救済するのも消費税10%時の公約だ。300億円の投入で、17万人の無年金者が救済されるはずだった。
現在、市町村民税非課税の高齢者のうち650万人は介護保険料が軽減されているが、1400億円を投じて新たに480万人が軽減措置を受けられることになっていた。これも先送りされる。
一方、「介護離職ゼロ」「希望出生率1・8」を掲げる安倍首相は、保育士や介護士の待遇改善は優先して実施すると表明している。毎年2000億円が必要となり、恒久財源として消費税に頼らざるを得なくなるとの見方は強い。
もうツケ回しできない
政府が閣議決定した「ニッポン1億総活躍プラン」では「すべての人が包摂される社会が実現できれば安心感が醸成され、将来の見通しが確かになり、消費の底上げ、投資の拡大にもつながる」と説明する。
しかし、財源が足りなくなれば、経済成長に貢献できそうにない高齢者の支援は後回しにされ、「すべての人の包摂」も「安心の醸成」も遠ざかる。
消費税を5%から8%へ引き上げた時期は、年金給付の抑制や高齢者医療の窓口負担増とも重なったことで庶民の負担感が増した。そのために、10%への引き上げに反発が強まったのは事実だ。
その年金給付の抑制などは10年近く前に制度化されながら、歴代政権が国民からの批判を恐れて実施できず、先送りしてきたものだ。少子高齢化はその間にも進んでおり、先延ばしすればするほどツケは大きくなっていく。そうした無責任な対応をまたもや政治は繰り返そうとしているのである。
2025年には人口が最も多い団塊世代が75歳以上になる。75歳以上の1人当たりの医療費は現役世代の4倍にも上る。15年には医療費39兆円、介護費10兆円だったのが、25年には医療費54兆円、介護費19兆円にまで膨れ上がると予想されている。
非正規雇用は全雇用労働者の4割を占めるまでになったが、早急に対策を講じないと無年金や低年金の人が激増していくことになる。
与野党は「危機」を共有し、実のある政策論を競い合うべきだ。どうやって国民が安心を実感できるのか、実現可能な政策を正直に示すことが政治に問われている。