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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第11章 大監獄と紅白の姫

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第193話 違和感の正体

 

 リンスレット王女を強制的に眠らせたのが、昨日のこと。

 僕は今日にかけて、徹夜で『白夜病』の研究を続けていた。
 王女様を幻想世界に入れた時に見た、あの『幽霊(仮)』を手がかりにして。

 あの後、急遽アリスに頼んで用意してもらった、隔離房の『白夜病』の囚人たちを使って色々と実験を行った。

 その結果、次の2つのことが明らかになった。

 1つは……『白夜病』の感染者は、師匠に教わったやり方で幻想世界に精神を引きずり込むと、必ずその隣にあの『幽霊』が見えること。

 そしてもう1つ。これは、現時点で聴覚を失ってる者限定ではあるんだけども……やはり、僕の『骨伝導』を使うと、声が聞こえる場合があるということだ。全員じゃないみたいだけど。

 前者は相変わらず意味がわからないけど、後者は……なんとなく意味することがわかった。

 というのも、僕の『骨伝導』は、通常の骨伝導と同じように、ただ骨の振動によって音を伝えているわけではなく……『魔粒子』を音に乗せて発している。
 それにより、ちょっとややこしいプロセスで音声データを相手に届けているのだ。

 通常、人は耳から普通に音を聞く場合も、骨伝導で音を聞く場合も、最終的には振動を電気信号に変えて神経に伝え、脳の聴覚をつかさどる部分がそれを受け取って音として情報化する。
 ……そんな感じだったはず。

 しかし僕の『骨伝導』は、ちとシステムが違う。

 『魔粒子』の乗った音は、声帯から僕の体を伝わっていく。そして触れ合っている部分を通じて相手の体の中に流れ込み、魔力の補助を受けて骨その他に振動を伝え、音波刺激になる。

 ここまでは、振動で音を伝えるんだから、普通の骨伝導と同じだ。

 問題は、この時放った魔粒子だ。
 この魔粒子、ごくごく微弱な魔力量しかなく、『他者強化』が起こるほどの量も無い。そのため、相手の体に音が届いた後はすぐに霧散してなくなってしまう。

 しかしこの『魔粒子』そのものにも、実は音がデータとして残っており……聴覚とは別なプロセスで音声データが脳に伝わるようなのだ。

 この世界だけでなく、地球にも存在した知覚現象……『共感覚』によって。

 人は、何かを見ると同時に別の何かをイメージし、感じ取ることがある。
 例えば、音を聞くと同時に何かの色が見えたり、舌先に味を感じたり……ある刺激から、本来起こる感覚だけでなく他の感覚が引き起こされるという現象。それを『共感覚』と呼ぶ。

 『骨伝導』はどうやら、魔力によってその『共感覚』を引き起こしているらしい。

 つまり王女様は、僕の『骨伝導』によって、『聴覚』ではなく『魔力感知能力』で音を感じ取っていたということだ。そういう音が届いた、と脳が認識していたということだ。
 『聞いた』という表現は……使いづらいな。『聞』いてはいない、『感じた』わけだから。

 このことに僕が気付いたのは、以前、『邪香猫』のメンバーに『骨伝導』を使って音を届けた時、受け取るのが誰かによって音量に違いがあったことからだ。

 ためしに全員に対して、同じ魔力量、同じ発声音量で音を届けてみたんだけども、エルクやシェリー、ミュウやセレナ義姉さんにはちょっとうるさく聞こえたらしい。
 が、ザリーやナナ、ターニャちゃんやシェーンには丁度よかったという。

 とまあこんな風に、魔力感知能力が高いか低いかできっぱり別れたわけだ。
 魔力感知能力が高い者は、『共感覚』によってそっちでも結構な音量で音を拾うため、振動によって通常通りとどいた音とあいまってちょっとうるさいってわけだ。

 そして王女様は、僕の『骨伝導』の音量について聞いたところ、ちょっと聞こえづらいけどちゃんと聞こえる、と言っていた。こっちは、『共感覚』だけで音を感じていたからだろう。

「つまり『白夜病』によって聴覚が失われていても、魔力刺激やその他の感覚の『誤動作』によって、『聞こえた』と勘違いすることで音は届けられるってことか。『念話』では『共感覚』が起こらなかったから音は届かなかった。そして魔力感知能力が低いとこの方法は使えない……隔離房の囚人達の中には『骨伝導』でも声が聞こえなかった人がいたのはそのせいってわけだ」

 この結果を踏まえれば……ある程度の対処方法は形に出来る。
 『骨伝導』と似た魔力伝達現象を起こす『補聴器』のようなマジックアイテムを作ればいい。外界の音声を魔力にのせて体内に届け、それを感じ取った感覚器官の『誤動作』で音を届ける。

 それに、術式をちょっと工夫すれば、視覚や味覚で同じことが出来るかもしれない。
 少し大変そうだけど、僕なら1~2週間もあれば実用レベルで作れるだろう。

 ……とはいえ、これじゃできることは限られてくるな……。
 魔力刺激、しかも『誤動作』に他の感覚を任せるんじゃ、ないよりマシとはいえあまりにも不安定だ。刺激に慣れたりして『誤動作』が起こらなくなったりしたら、そこで終わりだし。

 僕は介護用品を作りたいんじゃなく、特効薬を作りたいんだから……そのためにはやっぱり、もう1つの方の謎もどうにかしないとダメなんだろうな。

 あの、幻想世界の『幽霊』……実験の結果、あれらについてわかったことは3つ。

 1つ目、『白夜病』の感染者全員に見られる。

 2つ目、幽霊は……感染者が失った感覚を持っている。

 音が聞こえなくなった人の幽霊は、僕が精神世界で話しかけると反応した。目が見えなくなった人の幽霊は、その目の前で手をプラプラと振ると目で追っていた。

 そして逆に、感染者が失っていない感覚は持っていないらしかった。
 まだ目が見える感染者の幽霊は、目の前で手を振っても反応はなく、耳がまだ聞こえる人の幽霊は、声をかけても反応しない。

 このことから、まさか怨霊か何かが取り付いて感覚を奪ってるんじゃないのか、とも思ったけど、そんな様子は無いし、呪いや毒薬なんかの痕跡ももちろんない。

 そして3つ目、姿かたちは似ているものの、年齢や体の大きさ、仕草などが人によって違う。

 例えば、王女様みたいに本人と幽霊の年齢が同じケースもあれば、妙齢の女性の感染者の幽霊が、その人が若かったころと思しき少女の姿だったりした。
 しかし、実年齢より若い人はいたけど、実年齢より老けた幽霊を持ってた人はいなかったな。

 そして、この特徴について最も興味深い実験結果が出たのは……なんとネリドラだった。

 彼女もまた傍らに幽霊を傍らに置いていたんだけど……その幽霊、明らかに他の感染者のそれとは違ったのである。

(……まるで、自我があるみたいだった……)

 王女様含め、他の感染者の幽霊は、目の前で何かしたり声をかけても、せいぜい振り向くか目で追うか程度の反射的な反応(?)しかしなかった。

 しかし、ネリドラのそれは違った。

 年齢、容姿共にネリドラと同じくらいだけど……髪の毛と目が水色だった。
 この時点ですでに僕は『他と違うな』とか思いつつ、近づいていくと……さらに予想外のことが起こった。

 ネリドラの姿をした幽霊が、こっちを見て僕に気付くと……驚いたような表情を見せたのだ。

 しかもその後、ちょっと戸惑ったような感じになったかと思うと、にっこり笑った。

 僕は驚きつつも、他の人達にしたようにしてみると……ネリドラの幽霊だけは、目も見えるし音も聞こえるようだった。ネリドラ本人にきちんと感覚が残っているにも関わらず、だ。

 会話こそできなかったものの、明らかに『自分の意思』と呼べるものを持っていた。

 一体、アレは何なんだろう……?

 ☆☆☆

 結局答えが出ないまま夜になり、僕は食堂にやってきた。

 皆とっくにもう食べ終わっちゃってるだろうな、と思いながらドアを開けると、

「あれ?」

「あ……お疲れ様です」

 丁度、自分の食器を片付ける所だったネリドラがそこにいた。

「今食事? 随分遅いね……もうすぐ消灯時間だよ?」

「あ、はい……本読むのに夢中になってて……ごめんなさい」

 いや、別に謝らなくてもいいんだけど、と言おうとしたら、ネリドラの視線がちらっとテーーブルの方へ向いた。
 そこには、10冊くらい纏めて積まれた本が置かれていた。ああ、借りてきたのか。

 『サナトリウム』に来てまもなく、かなりの本好き+勉強家であることが判明したネリドラには、図書室の本を借りて持ち出せるよう許可を出している。部屋でも読みたいらしいので。

 借りる際には僕ら看守サイドの誰かに許可貰う必要があるけどね。コンビニとかレンタルビデオ店とかにある、万引き防止装置的なの置いてあって音なるから。
 もっとも彼女、貸し出しの決まりはきちんと守ってるけど。

 どうやら彼女、図書室で読書してたら時間がたつのを忘れてしまったらしい。

 気付けば消灯時間ギリギリになってて、急いでご飯食べに来たんだそうだ。
 慌てて外に出たら、貸し出し処理前の本もって出たせいでアラームなっちゃったらしく、何事かと思って駆けつけてきたギーナちゃんに事情話して謝って貸し出しの許可貰ったそうな。

 ちなみに、ネリドラがこんな時間に夕食を食べてるのは、リラックス方策の一環として『自由な時間に食事をとれる』ようにしてみたから。
 どうせセルフサービスだし、って思ってたんだけど……やっぱやめた方がいいかなコレ?

 この勉強家の読書娘の生活リズムを崩す要因になりそうだ。

 そうなんだー、あははは、と笑ってると……ふとネリドラは何かに気付いたような顔をして、

「でも、ミナトさんは私とクロエをずっと監視してるはずじゃ……知らなかったんですか?」

「え? あ! あー……うん、ちょっと昨日一昨日って忙しくてさ」

 言われて思い出した。そういや、王女様の容態が急変してから、アルバに頼んで『サテライト』切ってもらってたネリドラ達の監視、すっかり忘れて放っぽってたな……こりゃ失敗。

「何でかは言えないんだけど、ちょっと理由があってね? あ、せっかくだし聞いときたいんだけど……何か変わったことなんてなかったよね?」

「はい、レポートに書いたこと以外は何も」

「そっか……あ、じゃあさ、ついでに変なこと聞くけど……」

 そこで僕は、何の気なしに……ふと思いついたことを聞いてみた。

「ネリドラさあ、ネリドラにそっくりで、髪と目だけ水色の女の子……って言われて、何か心当たりとか、ない?」

「…………え?」

 その瞬間、食器を片付けていたネリドラの手が、いや、体全体がキレイにフリーズした。

 うん? 何その反応?
 きょとんとしてるっぽいけど……なぜ固まる?

 そのまま数秒経過。ようやく時は動き出した。

 何事もなかったかのように、ネリドラは再起動。手に持っていた皿を置いた。

「いえ……すいません、何も心当たりないです」

「……ホントに?」

「本当ですよ。あ……すいません、もう時間ないので……失礼しますね」

 ネリドラは、心なしか少し早口になってそう言うと……机の上に置かれていた本を全部拾い、脇に抱えてすたすたと歩き去っていった。

 …………何今の、めっちゃ怪しいんですけど。

 ☆☆☆

 怪しいとは思いつつも、多分聞いても答えてくれなそうだな、と思ったので、その後僕は普通に夕食を済ませて部屋に戻る。
 すると、デスクについたタイミングで、

 ~~♪ ~~♪

「うん?」

 帯の中に収納していたスマホに着信。
 出してみると、かけてきた相手は……我が嫁だった。無論、出る。

「(ピッ)よーっす、エルク。どしたの?」

『どしたのって……いやホラ、あんた今まで毎日この、テレビ電話?ってのかけてきてたのに、昨日も一昨日も音沙汰ないからちょっと気になっただけよ。何かあったの?』

 お、もしかして心配してくれた? 嬉しいな。

『べ、別に心配したとかさびしかったわけじゃなくて、その……ちょっとだけ気になっただけなんだから、勘違いしないでよね!』

「………………」

『ちょっと、何で泣く!?』

「いや、何ていうかその……癒されるなあ、と思って」

『……よくわかんないけどバカにされてる気がするわね』

 画面に映るエルクのジト目。よし、元気出てきた。

『……それより、あんたどーしたのよ、その顔?』

「? 顔って……何が?」

『疲れてそうっていうか……徹夜でもしたの? てか、隈みたいなのできてない?』

 そういわれて鏡で自分の顔を見てみると……え? 別にそんなのできてないよ?
 まあ、確かに二日ほど完徹してるから、よ~く見ると若干顔色が悪いような気がしなくもないけど、そこまでわかりやすく体に不調は現れていない。少なくとも、僕の目にはそう映る。

「徹夜は正解だけど……そんなに疲れてそうに見える?」

『まあね』

「んー……全然わかんないんだけど」

『自分ではわかんなくても無理ないかもね。けどあんた、研究に没頭するとラボにこもってちょいちょい徹夜しちゃうでしょ? そういうの私わかんのよ。その感じだと……二徹ってとこね』

「すごいな……正解」

 はぁ、とため息をつくエルク。

 てか……ホントにすごいな、パッと見ただけでそこまでわかるなんて。

「やっぱエルクが一番僕のことわかってくれてるなー、なんかすごく嬉しいや」

『わかりきった上にこっ恥ずかしいこというなっつの、全く。そう思うならもうちょっと嫁に心配させないように普段から心がけなさいな。主に生活態度』

「ごめんねー、ダメな亭主で……っと、そうだ。そんな僕のことを一番よくわかってくれてるエルクにちょっと聞きたいんだけどさ」

『? 何よ』

「聞くのが遅くなったんだけど……ナナに何か吹き込んだよね?」

 たったそれだけで、僕が何を言いたいのか察したエルクは、『あー』と思い出したように、

『そっか……ついに言ったのね、ナナ』

「……うん」

『で、あんたはそれを受けたのね?』

「!……うん。お見通しか」

『まあね……最初に言っとくと、私もシェリーも承知・同意の上だから、あんたが負い目に感じるものは何もないわよ?』

 画面の向こうのエルクの顔は、『やれやれ』といった感じの、出来の悪い子供の面倒を見るお姉さん的なものになっていた。

『戸惑ってる? また女が増えて』

「そりゃまあ、ね……まさか自分が3人もの女の子と、そういう意味で仲良くなるなんて……想像もしてなかったもん。超びっくりしたよ、まさかナナが……って」

『ったく……あんた以外には多分丸わかりだったっていうのに、ホント周りが見えてないのね。どーしてこう、自分に向けられる好意に鈍感なんだか』

「……そうだね」

 ホント、そう思うよ。相変わらず、見えてるつもりで全然周りが見えてない。
 ギャルゲーの鈍感系主人公じゃあるまいし、女の子の好意に気付かないなんて現実にはないだろう、まあ僕がもてるわけないけど……なんて考えが木っ端微塵にされたのが、もう9ヶ月も前か。

 師匠に気付かせてもらってから実にそんだけの間、僕はナナの思いに気付けなかった。
 ナナ自身それを自覚したのは最近だったとはいえ、まるで改善されてないな、僕。

 嬉しいけど、それ以上に……情けないし、申し訳ない。
 考えれば考えるほど、僕にはそんな、女の子何人も囲うような甲斐性ないって思えてくる。

『全く、普段ハチャメチャなくせに変なとこで繊細なんだから……ところでさっきから気になってたんだけどさ、ミナト』

「? 何」

「いや、その机の上なんだけど……ペン何でそんなにあんの? しかも左右に」

 『社長椅子』でくるくると回りながら話していた僕が、エルクのその言葉でふと後ろを向くと……ああ、確かにそう言われてみれば、何というか妙な感じで置いてあるよね。

 デスクの上には、真ん中にある作業用の開けたスペースの両脇にそれぞれペンが置いてある。
 右手で取れるように置いてあるペンが2本、左手用に同じく2本。合計4本。

 普通に考えりゃ『利き腕どっちだよ、てか何で4本もあるんだよ』って話になるんだけど、僕って両利きだし、『ヘカトンケイル』使うこと前提だからね、4本同時どころか、タブレットとか使って複数同時に文書入力とかも普通に………………まてよ?

「………………」

 あることに気付き、フリーズする僕。
 画面越しにそれを見て、異変に気付くエルク。

『……何か考え出した顔ね』

「……エルク、ごめん、切っていい? ちょっと気になることが出来た」

『いいわよー、でも……ちゃんと寝なさいよ、ちょっとでもいいからさ』

「うん、わかった、努力するよ、ありがとう」

 じゃあね、と言って通話を終わる。

 そして、机に詰まれている資料の山の中に手を突っ込み、あるものを探す。

「これじゃない、これじゃない、これでもない……あった!」

 それを手に取り、その文書の中のある一部分を確認。
 そこには……やっぱりだ。

「他の部分は特に何もないのに、ここだけ……」

 その書類のある箇所から違和感をバリバリ感じ取りつつ、僕は記憶を掘り起こしていた。

 今まで、ふとした瞬間に『ん?』と感じていた。

 酷い目に遭いそうになっていた2人を助けた時、『サテライト』を通して監視していた時、レポートを読んでいた時、そして……ついさっきもだ。

 ネリドラを相手に、僕がちょくちょく感じていた違和感。
 その正体が……ようやくわかった。

 けどまさか……そんなことが……?

 
 
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