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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第11章 大監獄と紅白の姫

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第192話 迫る限界

感想は後ほど返させてください……すいません。
 

 知らせは、突然だった。
 もう1週間かそこらで『蝕血病』の、2週間もすれば『邪血疱瘡』の特効薬も作れるだろう、って見通しが立った、そんなある夜のことだった。

 研究データをまとめていた僕のところに、血相を変えたアリスさんが飛び込んできたのは。

 そしてその数分後、アリスさんに加えてミーシャさん、それにナナも一緒になって、僕らは深夜の監獄の連絡通路を疾駆していた。
 緊急事態だということで、途中にいくつもあるチェックポイントのほとんどを顔パスしながら、全速力で下へ下へと走り降りていく。

 そして行き着いた先、そこにある重厚な扉を開けた先では……

 
「嫌……嫌……!! ビク! エル! どこなの……返事をして、お願い!!」

「殿下、殿下、お気を確かに!」

「私達はここにおります、殿下!」

 
 ベッドの上で、いつもの落ち着いた穏やかな雰囲気が欠片も見て取れない……髪を振り乱し、目を見開き、両手をあちこち振り回してパニックになっている、リンスレット王女の姿があった。

 そのそばでは、エルタージャさんとビクーニャさんが懸命に声をかけて、彼女を落ち着かせようとしているものの……声が届いている様子は無い。

 しかし、それも当然のこと。
 どうやら彼女……聴覚を失ったらしいのだ。

 先程突然起こったことで、まだそうなったばかりらしいんだけど……これで王女様は完全に外界との交信手段を失い、光も音も無い世界に閉じ込められてしまったことになる。

 いずれそうなるかもしれない、ってのはわかってはいただろうけど、それでもやはり、目には何も映らず、耳には何も聞こえないっていう状態は想像を絶する恐怖を与えているらしく、先ほどからずっとこの錯乱状態なんだそうだ。

 その報告をアリスさんからもたらされ、大慌てで駆けつけた。念のため、鎮静剤と睡眠薬その他を詰め込んだ医療用バックを持って。

 で、来てみたはいいけど……

「王女様!? 聞こえます!? ……聞こえませんよね」

「嫌、嫌! お願い、誰か……誰か何とか言ってください! 誰か!!」

 普通に話しかけても聞こえていないらしい。
 それなら……と思った所で、ビクーニャさんがこっちに飛んできて、

「お願いミナト、このままじゃ殿下は気がふれてしまうわ! ひとまず薬か何かで眠らせて!」

「それはいいけど、その前に……ビクーニャさん、念話とかは試してみた?」

「当然試したわよ! でもダメだった、肉声はもちろん、念話でも聞こえてないの!」

 っ……やっぱりダメだったか……。

 これもまた、この『白夜病』の恐ろしい所だ。失われている視力や聴力を補うため、念話や、『サテライト』を応用した『視覚共有』などを使っても、何も見えないし聞こえない。

 理屈も何も全くわからないけれど、『白夜病』で感覚を失うと、医学的、魔法的……どんな手段を使ってみてもそれらを補填できないのだ。
 ゆえに、こうなってしまうと、薬で強制的に眠らせでもしない限り……狂ってしまう。

 ともあれこうなった以上、猶予はもうないと言っていい……まずは王女様を落ち着かせないと。

 バックから清潔な布を取り出し、それに睡眠薬をしみこませる。
 こないだの採血でも注射器とか使うのに難色を示されたので、今回はこういうサスペンスドラマの誘拐犯的な眠らせ方にしたわけだけど……その前にちょっと試してみるか。

 2人にことわって王女様のそばにより、その手を取ると……触覚は残っているためだろう、王女様は『ひっ!?』とおびえたような声を上げた。

「だ、誰……誰なの!? エル!? ビク!? お願い答えて!」

 心苦しいけどもそれを無視して、手早く眠ってもらおうと布を口元に押し付け……る前に、ふとあることを思いついた。
 ……そうだ、肉声も念話もダメなら……これならどうだろう?

「えっと……王女様、聞こえますか?」

「ちょっ、だから何も聞こえないんだってば! 早く薬で……」

 
「……! その声……もしかして、ミナト様ですか!?」

 
「「「!!?」」」

 聞こえた!? ってことは……もしかして……

 はっとして、手にとっている王女様の手を見る。今もまだ、恐怖と困惑で細かく震える手を。

(『骨伝導』は通じるのか……!?)

「み、ミナトさん!? 今、殿下が返事を……一体何を!?」

「すいません後で説明します。『王女様、夜分にすいませんミナトです、聞こえますか?』」

「や、やっぱりミナト様……この手はミナト様なのですね!?」

 叫ぶように言うと、王女様はもう片方の手も使って両手で僕の手をぎゅっと握り締め……そのままぐいっと引っ張ってきた。火事場の何とやらなのか、結構すごい力で。

「おわっ、ちょ!?」

 ふいのことだったので踏ん張れず、王女様に向かって倒れこみそうになってしまうのをすんでの所でこらえると、王女様はベッドから体を乗り出して僕に抱きついてきた。

「よかった……私、私、何も見えなくて、聞こえなくて……どうなってしまうのかと……! よかった、ミナト様が来てくれて……ありがとうございます、ありがとうございます……!!」

 そして、僕に抱きついたまま……ぼろぼろと大粒の涙を流し始める。
 今までは泣く余裕すらなかったみたいだけど、僕の声が聞こえて安心したみたいだ。

 視界の端では、ビクーニャさんとエルタージャさんが戸惑いつつ何か言いたそうにしているけど、僕はひとまずこのまま、気の済むまで王女様には泣かせてあげることにした。

 ☆☆☆

 そのまましばらくすると……王女様もどうにか落ち着きを取り戻した。
 涙も震えも止まり、過呼吸一歩手前って感じだった呼吸も普通に戻り……今は、いつもとほとんど変わらない様子でベッドに座っている。

「……申し訳ありません、ミナト様……大変お見苦しい所をお見せしました」

 少し恥ずかしそうにそう言う王女様は……落ち着きはしたものの、僕に抱きついたままだ。
 腹の辺りにじゃなく、腕にだけど。

 王女様に断って僕もベッドに腰掛け、その僕の腕を取って抱え込むような形で、王女様が抱きしめている。傍から見れば、寄り添う恋人同士か何かに見えなくも無い、かも。

 ただしこれはあくまで、接触していないと『骨伝導』が使えないからで……その他の意味は無い。

 まあ、王女様が人肌が恋しいというか、誰かに触れていないと心細い、っていうのもあるのかもしれないけど。腕ごととって抱きしめてきたの、王女様の方だし。

 そのせいで、二の腕の辺りにその……やわらかいものがぷにゅん、と当たってちょっとばかり刺激的に感じたりしてるんだけども……務めて気にしないようにしている。

「でも……本当に助かりました……。ミナト様が来てくれて。あのままでは私、本当におかしくなってしまっていたでしょうから……。何せ、自分の声すらも聞こえない始末で……」

(……? 自分の声も?)

 あり? それっておかしくない?

 骨伝導って確か、人が普通に声を出すときでも起こってて……人は自分自身の声は、耳と骨伝導の両方で聞いてるはずだ。
 だから録音した自分の声は、いつも自分で聞いてる声と違って聞こえる。

 でも、くぐもってる程度ならともかく、自分の声も全く聞こえないってことは……理屈上、骨伝導でも彼女に声を届けることは出来ないってことになるんだけど……?

 いやまて、僕の骨伝導は厳密には振動だけじゃなくて……とか考えてたら、

「あの……ミナト様、お願いがあるのですが……」

「えっ? あ、ハイ、何でしょう?」

「その……」

 すると王女様、僅かに顔を赤くそめてもじもじと照れるような仕草を見せ……

「……その、今日だけ、今夜一晩だけ……一緒にいてくださいませんか?」

 
 …………え゛!?

 
 ☆☆☆

「念のために聞くけど、手は出してないでしょうね?」

「出すわけないでしょうが。きちんとエルタージャさん達にも一緒にいてもらったし」

 念押ししておくと、ホントに手とか出してませんのでご安心を。
 ていうか何なら、一緒に寝たりとかしてないので。

 寝ないで起きてたとかそういう意味じゃなく――いやまあ確かに寝てないけど――王女様はベッドに寝させたけど、僕はベッドのそばに椅子を持ってきてそこに座り、その手を取ってずっと握っていただけ。そんで、時々王女様の呼びかけに返事を返したりしてただけ。
 だから、同じベッドに同衾とかはしていないのである。

 それでもまあ、一晩中寝室に一緒にいたことは確かなんだけど……何も起きてないことについては、エルタージャさんとビクーニャさんが証明してくれるだろう。

「……ま、それならいいわ。けど……」

 そこで一旦言葉を切って、ジト目になる義姉さん。
 視線を僕に向け、その後すーっと横にずらしていき……

「……あんた何でまだそうしてるの?」

「……その……離すと心細いらしくて……」

「…………っ……(ぎゅっ)」

 今なお、僕の左手をぎゅっとつかんで話してくれない、第二王女様。
 小刻みに震える彼女と、彼女に寄り添う僕を一度に視界に捕らえ、義姉さんははぁ、とため息をついた。

「殿下……お気持ちはお察しいたしますが、これでは義弟も……っと、聞こえないんだっけ」

「うん、聞こえるのは僕の、しかも『骨伝導』を使ったときの声だけでさ……それ以外に声を届ける手段がないもんだから、僕ここを離れられなくて……」

「あの……ミナト様? いらっしゃいますよね?」

「『あ、はい、いますよ王女様』……とまあ、こんな感じなわけで……」

「『わけで……』じゃないでしょうが。どうすんのよ……ずっとここにいたんじゃ研究できないでしょうが。つか、今日これから実験じゃなかったの?」

「そうなんだけど……」

 僕がここを離れると、王女様と意思疎通できる人が誰もいなくなって、王女様がまた1人真っ白な空間に取り残されることになるわけで……

 実はさっき、『一晩一緒にいてもらえたからもう大丈夫です、研究頑張ってください』って一旦送り出されたんだけど、嫌な予感がしたから立ち去らずにそのまま扉の所で待っててみたら……ものの数分でまた王女様、わなわなと震え出し、嗚咽を漏らして泣き出した。
 完全にトラウマになってしまったようだ。真っ白な何もない世界が。

 コレはダメだな……と思って、戻ってきてまた手をつないで語りかけ……今に至る。

 かといって、ずっとここにいるという選択肢は無い。今義姉さんが言ってたように、研究できなくなっちゃうし。それじゃ元も子もない。

 骨伝導を応用したマジックアイテムを作って装着してもらえば、僕がいなくても周囲との会話は出来るようになる……と、一度は思ったんだけど、それもどうやら無理そうなのだ。

 昨日の夜さっと検証してみたんだけど、どうも王女様が僕の『骨伝導』の声を聞き取れるメカニズムはちょいと特殊なようで……単に振動を使えば声が届くわけではないみたいなのだ。

 一応メカニズムはわかってるんだけど、わかっていてもどうしようもないんだよね……。

 となれば……残る手段は1つ。

「王女様……申し訳ないですけど、先程話したとおり……」

「はい、わかっています……これ以上、ミナト様に迷惑をおかけするわけにはいきませんから……よろしくお願いします」

 王女様には事前に話しておいた方法。
 昨日の夜、当初予定していた通り……いくつかの薬で強制的に眠らせることで苦しみから一時的に逃れさせるという、強攻策である。

 睡眠薬は、昨日使おうとしたハンカチにしみこませるアレじゃなく、もう1つのを使う。
 僕と師匠が共同開発したオリジナルで、3日は余裕で眠らせることが可能な強力さでありながら、体への悪影響は全く無い安全仕様の薬だ。ただし液薬のため、飲んでもらう必要がある。

 さらに、その間に影響失調になったりしないように数日分の必要カロリーや栄養素を無駄なく摂取できるドリンク剤も事前に飲んでもらう。

 さらには、悪夢にうなされたりすることのないように、師匠印の夢も見ないほどにに深くぐっすり眠れる睡眠補助剤をあわせて飲ませれば完璧だろう。

 筋力は多少低下するかもしれないけど、これなら無理矢理とはいえ、孤独の苦しみから解放させてあげられるはず。

 それを再度説明しながら、僕は空いている方の手でカバンから必要な薬を出して準備していく。
 王女様は説明をしっかり全部聞いて、覚悟したようにこくりと頷いた。

「……最初は、大丈夫だと思っていたんです。もしも、何も聞こえなくなっても……じっと我慢すれば、心を落ち着けて耐えていれば、大丈夫だと……」

 待っている間、王女様は弱弱しい声で、ぽつりぽつりとそんなことを言い出した。

「何も見えず、何も聞こえなくなっても、じっと耐えていれば……いつかは終わる。その時までじっと我慢しているつもりでいたんです。でも……」

 声を詰まらせる王女様。
 その手に、僕は一声かけて、最初に飲んでもらう薬……栄養剤を入れたコップを……

「……でも、だめでした……耐えられなかった……。何も見えず、何も聞こえない、たった一人だけの世界が……あんなに恐ろしいものだったなんて、思わなかった……っ!」

 コップを……持たせるのは無理そうなので、代わりにエルタージャさんを呼んで、王女様に飲ませてもらう。王女様は、ほんのり甘い味がする栄養剤を、エルタージャさんの補助で、ごくん、ごくん、とゆっくり飲み下していく。

 その後、何も言わずに次の薬……睡眠補助剤を同じように飲ませてもらう。こちらは無味無臭。

 最後に、睡眠薬。これも無味無臭。

 全部を飲み終えると、早速王女様を強烈な睡魔が襲ってきたようで、こくり、こくりと船を漕ぎ出したので……ゆっくりとベッドに横にならせる。まだ、手は握ったままだ。

「……今、いつかは終わるからそれまで我慢するつもりだった、って言いましたけど……どうしても恐怖に負けそうになった時は……私、自ら命を絶つことも考えていました」

「そんなっ……ダメです殿下!」

「お気を確かにお持ちください! きっと、きっと快方へ向かわれます!」

 驚いて必死に声をかける2人。しかし、その声も届いてはいない。
 王女様の独白だけが続く。

「でも昨夜、あの白い世界に閉じ込められた時……とても死ぬことなんて考えられませんでした……。一瞬だけ頭をよぎって、でも……そんなことできないって……!」

「…………」

「結局私、真剣に考えてなんかいられていなかったんです。苦しむくらいならとか、尊厳を守るためとか、そんなことで簡単に死ぬだなんて考えていて……なんて甘かったのかしら……! あの純白の世界で、あのまま1人で死んでいくのかって考えた瞬間……私、おかしくなってしまいそうだった……! きっと、あの直後にミナト様のお声が聞こえなかったら……私、本当に……!!」

 だんだんと、音量が下がっていく。
 一度大きく、強くなった手の震えも収まっていく。王女様の意識の低下と共に。

「ミナト様……こうして体を横にして、頼りすがることしかできない身で、これ以上を望むことを恥ずかしく思いますが……お願いします…………助けて、下さい……!」

「…………っ……」

「助けて……私、まだ生きたい……。メルディアナお姉さまやレナリア、お父様と一緒に過ごしたい……お母様のお墓参りにも行きたい……お友達を作って、王族の務めも果たして、そして……っ……まだ、まだ私、何一つやりたい……こと…………」

 最後の方、閉じられたままの目に涙を浮かべて、嗚咽を混じらせながら搾り出した王女様は……それっきり何も言わなくなり、代わりに、すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてきた。

 その様子を、涙を流しながら見下ろしていたエルタージャさんとビクーニャさんは、王女様が寝入ったのを確認すると、掛け布団を開けてあげた後、こっちに向き直った。

「後のことは私達にお任せください」

「治療薬……どうかよろしくお願いします」

 最近は砕けた口調が常になっていたビクーニャさんも一緒になって、空中で腰を90度曲げたお辞儀で送り出され……僕は寝室を後にした。

 ☆☆☆

「……で、どうなのよミナト? 目処はあるの」

 『サナトリウム』に戻りながら、義姉さんが小声で聞いてくる。

「素人目にもわかるくらいに、リンスレット殿下、完全に末期だけど……薬でごまかし続けてもどれだけ持つかわからないわよ? 栄養は補給できるとはいえ……」

「それに確か、『白夜病』に関しては、何も原因がわかってないんですよね……? それじゃあやっぱり、手のつけようが……」

 心配そうにナナもそう言う……が、

「……いや、手がかりなら、なくはないよ」

「「「!?」」」

 驚いて全員の視線が僕に集中する。

 そう……手がかりはある。つい数時間前に手に入れたばかりの、特大の手がかりが。

 実は昨日、世間話がてら王女様にいくつか質問させてもらって、その回答から色々と考えてみた僕は……王女様が寝ている間に、ちょいと頭の中を見せてもらったのである。
 師匠直伝の、幻想空間を利用した多用途解析魔法で。

 ほら、師匠が僕の体を調べた時に使ったアレ。術式の組み方次第で、体の仕組みを調べるだけでなく、精神の状態もある程度解析することができたり、記憶を除いたりすることもできる魔法なのである。

 師匠に直接教えてもらったのに加え、ディア姉さんとシエラ姉さんから稽古付けてもらったことで『夢魔』の能力をかなり使えるようになってきている僕は、その魔法もある程度使えるようになっていた。

 ただしあまり深くは潜れないし、師匠みたいに幻想空間の中で解剖なんて真似はできない。それに、細かいコントロールはまだ苦手だから下手なことできない。
 で、あんまり使う意味ないなと思って使ってなかったんだけど……今回それを試してみたのだ。

 眠っている王女様を起こさないように、意識を幻術の要領でとらえ、幻想空間に引き込む。
 そしてそこで……僕は、王女様の精神状態を反映させた結果として、興味深いものを見ることができた。

 ……できたんだけど……その正体の解明その他には、まだ労力が要りそうなんだよなあ。

(……何だったんだろう、アレ……?)

 幻想空間で見たもの。それは……あまりにも意味がわからない『何か』だった。
 王女様の精神状態を確実に掬い取るため、精神世界の構成の大部分を王女様の深層意識に委託しちゃったのがまずかったのかもしれない。けど、あんまりこっちが干渉しすぎると、今度は情報が表に出てこなくなっちゃう可能性もあったし……。

 ともかく、そこで僕が何を見たのかと言うと。

 現実の世界と同様に、王女様がベッドに横になり、上半身だけを起こしていた。

 そして、その隣……ベッドの横に……もう1人リンスレット王女が立っていた。
 体が半透明で、能面みたいな無表情で……生気の感じられない目で、じっと『自分』を見下ろしていたのである。

 見た感じ、どう見ても幽霊か何かにしか見えない半透明のリンスレット王女がいるその光景は、不謹慎は承知で『死期が近いのか!?』なんて一瞬思っちゃったんだけど……その直後、ためしにその2人(って言っていいんだろうか?)に話しかけてみた時、おかしなことが起こった。

 ベッドの上にいる王女様は、やはりというか呼びかけても何の反応もなかった。まあ、現実世界でもそうだし、幻術でも念話でも応答なかったんだから、これには驚かなかった。

 ところが、隣にいた幽霊の方は、明らかに僕の声に反応してこっちを見たのである。
 光の灯っていない目で見つめられるのが軽くホラーに思えてちょっとぎょっとしたんだけど、直後に違和感がそれに勝った。
 何でこいつは僕の呼びかけを認識してるんだろう……と。

 というか、アレはそもそも何だったのか……予想はいくつかできるけど、確信は無い。

 だから、それを考えつつ、あの幻想空間が王女様の精神状態について何を意味していたのか、それは白夜病とどんな繋がりがあるのか、そしてどうすればそれを改善できるのか、それらをこれから大急ぎで調べて薬を完成に持っていかなきゃいけない。

 そのためには……

 ……仕方ない、覚悟決めるか。色々と。

「……アリス、頼みがあるんだけど」

「? 何でしょうか?」

「実験台の囚人がほしい。隔離房にいる『白夜病』の囚人達を数人と……死刑囚を10人くらい」

「……! ……わかりました、明日にはそろえます」

「……よろしく」

 ……まあ、最初から予想はしてたことだ。危険な実験も必要になるかもしれないって。
 だったら……今ここで二の足を踏む理由も無い。一刻も早く研究を前に進めないと。

 
 
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