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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第11章 大監獄と紅白の姫

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第189話 ネリドラの過去

 

 びゅおん、と空を切る音を立て、ギーナちゃんの右足が横一文字に振るわれる。

 僕が半歩引いてそれをかわした所に、それを読んでいたスウラさんの矢が飛んできて……しかしそれは、左手でキャッチ。

「ち……相変わらずデタラメな」

 悪態をつきつつも、大していらだってもいなさそうなスウラさん。すぐさま次の矢に手を伸ばし……その隙を埋める形で飛び込んできたギーナちゃんがインファイトを仕掛けてくる。

「――ッ、シャァッ!!」

 ダンッ、とすごい音を響かせて地を蹴り、その勢いをそのまま拳に伝えさせたギーナちゃんの拳は、腕の筋力と合わさって砲弾のような威力になって飛んでくる。
 しかも攻撃の瞬間、肩から先を金属に変化させてた。こりゃ中々凶悪な技だ。

 大岩をも粉砕するであろう威力のストレートパンチに、僕も同じように拳をぶつけて相殺する。

 一瞬の拮抗の後……僕の拳がギーナちゃんの拳を押し返した。

 驚愕に目を見開くギーナちゃんだが、すぐに体勢を立て直して跳び退る。
 そこに絶妙のタイミングで飛んでくる、スウラさんの矢。おっと、今度は3本同時か。

 かがんで避けると同時に僕は、スウラさんの方に駆け出す……と、それを察知したギーナちゃんが僕の進路上に素早く割り込んできた。スライディングの要領で、蹴りつつ足を払う形で。

 ……が、狙い通りである。

 僕の足を引っ掛けるように飛び込んできたギーナちゃんの足に、僕は下から足を引っ掛けて、そのまま救い上げるように上に振りぬいた。

 「なっ……えぇぇええっ!?」

 真上に蹴りを放っているかのように天地逆の姿勢になっているギーナちゃんの足をつかみ――これでスカートはいてたらえらいことになってるとこだけど、幸いにして騎士団の制服はズボンである――そのままぶぅん、と勢いをつけて振り回す。

 そして……

「ああああぁぁぁ―――!!」

「なっ!?」

 そのまま人間手裏剣のごとく、横回転させながらスウラさんに投げつける。

 とっさにかがんでよけたものの、次の瞬間、そのスウラさんの眼前には僕の足があって――そのままサッカーキックの要領で蹴り上げる直前で、寸止めされていた。

「はい、スウラさん撃破」

「……お見事、さすがミナト殿だ」

「まだ私がいますよッ!!」

 と、気合の入った声と共に……今しがた投擲アイテムとして僕に投げ飛ばされたギーナちゃんが、クラウチングスタートみたいな姿勢になっていた。
 今の僅か一瞬で着地・受身・立て直しを終えていたらしい。さすがだ。

 床を蹴って跳んだギーナちゃんは、その瞬間全身を金属に変化させて、肩から突っ込んできた。硬さと速さの組み合わさった体当たりか……また凶悪な攻撃だな。

 僕はあえて避けず、防御もせず、腹筋と胸筋で彼女の渾身の体当たりを受け止めた。

 結果、すごい音がしたものの……僕は立っている場所から一歩も後退せずにそれを受けきり、そのままギーナちゃんの体に手を回して抱きしめるようにする。

 ギーナちゃんは『え゛!?』って感じの驚いた表情になって顔を赤くしたけど、そのさらに次の瞬間、僕がもう片方の手で彼女の頭をガシッとつかんでちょっと揺らすと、はっとしたような表情になり、同時に顔の赤みも引いた。
 実戦だったら、今……首をへし折られていた、と悟ったからだろう。

「……参りました」

「ん、お疲れ様」

 ☆☆☆

 ……とまあ、最近は運動不足防止のため、こんな感じで模擬戦をやったりしている。

 もちろん、僕やギーナちゃんとスウラさんだけでなく、ナナや義姉さんも訓練に使ってる。同様に模擬戦の相手をしたりすることもある。

 さらに、基礎体力を取り戻すために頑張っているクロエに、監獄業務では中々体を動かす機会のないアリスなんかもここでよく汗を流している。あとは、今述べた7人ほどじゃないけど、ネリドラもトレーニングルームは割と積極的に利用している。

 ……自分で作っといてなんだけど、人間、一旦慣れちゃえばこんなもんである。
 あれだけ呆れていたクロエもアリスも、今やここで汗を流し、それを大浴場で洗い流し、疲れたら仮眠室で横になり……というフィットネス充実ライフを満喫している。

 もっとも、アリスさんは仕事あるからここ来るのたまにだけど。

 また、クロエは徐々に昔の調子を取り戻してきたらしい。筋力や瞬発力等、ここ数日で目に見えてキレが増してきているように見えた。

 たった数日のトレーニングでそんな変わるもんなのか、と思ってたけど、もともと彼女は筋力が落ちないように自前で腕立て伏せとかしていたみたいなので、言ってみればこれは『カンを取り戻した』とかそういう感じなのかも。体の動かし方を思い出してきた、みたいな感じ。

 今も、ランニングマシンの砂地バージョンで足腰を鍛えている最中で……もうかれこれ1時間ほど、けっこうなペースで走り続けている。さすが元軍人、持久力あるらしい。

 ちなみに、クロエは運動の時は髪を束ねてポニーテールにするようで、なんか青春真っ盛りのスポ魂少女っぽくてかわいいな、とか思ったのは内緒である。

 
 さて、そんなクロエだけども……サナトリウム生活も2週間近くになったこの頃、色々と変化が見られるようになった。

 『蝕血病』の感染者であるクロエには、『薬湯』と『治療薬』の両方を使って治療に当たっている。効果はてきめんで、血中の毒素はほぼ0%であり、原虫もかなり弱ってきていて……血中培養で調べた寿命を待たずして死ぬ個体も多い。

 その際に毒素が出るわけだけど、治療薬で緩和されている上にクロエの体の抵抗力が強まっているので、症状が出ないのだ。ほぼ完全に『蝕血病』を押さえ込むことに成功している。

 そのおかげで、継続して投薬を受けているとはいえほぼ健康体と言っていいクロエは、何の問題もなく日々の生活を送れており……最近では、ナナやアリスを相手に模擬戦なんかもするようになっていた。

 もっとも、うちで訓練をつんでるナナや現役軍人であるアリス相手では、ブランクの大きいクロエはやはり不利なので、手加減してもらってるらしく……それがちょっと不満そうだったけど。

 ちなみに、模擬戦を見てて知ったんだけど、アリスさんの武器はサーベルで、戦闘スタイルは接近戦だった。

 そしてクロエは……ナイフで戦っている。

 が、コレが彼女本来の武器なのかというと、そうとも言えるしそうでないとも言えるらしい。
 どうやら彼女、使える武器は結構多くて色々あるらしいんだけど、中でも一番使う機会が多い&汎用性があるのがナイフだから、今こうして使ってるらしい。

 ある程度体力が元に戻ってきたら、他の武器の訓練も始めるそうだ。

 そんな感じで、クロエはどんどん健康体へ近づき、それどころかかつての磨きぬかれた軍人としての体を取り戻しつつある。

 ……しかしもう片方、ネリドラの方は未だに……

 ☆☆☆

 今、僕の目の前には……目を閉じて寝台に横になっているネリドラがいる。
 その格好は上下の下着だけで、半裸と言っていい。かなり扇情的な光景だ。

 しかし僕は、多少それに興奮と興味関心を覚えつつも……いたって真面目に作業にあたる。

 指先をネリドラの目の上に持ってきて、発光魔法でパッと光らせる。

「今のはわかる?」

「はい、少し眩しいのを感じます」

 光はさほど問題なく感じるらしいな。
 次は……小さな小瓶を持ってきて蓋を開け、鼻先にもっていく。

「……ラベンダーの匂い」

 正解。嗅覚もOK。

 そんな感じで、何かをかがせたり、見せたり、口を開けさせて味わわせたり、体のどこかに触ったりして……彼女の『感覚』の程度を見ていく。
 五感がなくなっていく『白夜病』……それがどの程度進んでいるのか、確認するために。

 それから十数分ほどかけ、検査は終了。ネリドラに服を着るように言う。

「もう終わりですか?」

「ん、簡単な確認とかで済んだからね……君のおかげで」

「お役に立ててよかったです」

 軽く会釈し、ネリドラは言われたとおりに服を着始めた。
 僕の『君のおかげで』っていう、傍から聞いて不思議な部分に疑問をいだくこともなく。

(……まあ、あるはずもないだろうけどね……わかっててこんなレポート書いてんだろうし)

 ちなみにコレ、ほぼ毎日僕が抱いている感想である。1日1回、クロエとネリドラに書かせている……この『レポート』に対しての。

 ネリドラ・プエロトニコワという囚人について、その『能力』を僕が最初に知ったのは……彼女をここ『サナトリウム』に招いたその日だった。

 夜9時前に2人とも提出してくれた、その日の『体調』に関するレポート。先にまずクロエのそれを読んだ後、ネリドラが提出した方に目を通して……唖然とした。

 僕としては、本人にしかわからない体調の変化を、なるたけわかりやすく詳細に書いてくれればそれでいいと思っていた。いつどんな症状が出たとか、何をしたらどうなったとか。

 実際クロエのはそんな感じだったし、それも軍人時代に報告書とか纏める際に培われた文書作成スキルのお陰か、相当詳しくわかりやすくまとめてあった。

 が……それを踏まえてなお、ネリドラのレポートは次元が違った。

 何せ……体調とか症状の変化だけでいいって最初に言ったのに、それらに加えて独自の考察が述べられていたことに始まり、食事の際に食べたものの内容や量、その栄養素、体温、呼吸、脈拍、さらには汗の量やトイレに行った際の排泄物の状態に至るまで事細かに書かれていたのである。
 その量実に、レポート用紙4枚半分。どんだけ詳しい報告だって開いた口がふさがらなかった。

 しかも、こちらが気にしてるというか、後で問診ででも聞こうと思っていた事柄なんかも全て網羅されている上、研究中にふと気になって知りたいと思うようなことも、先回りするかのように全部記されているのだ、コレに。

 ……まあ、納得できないわけじゃない。彼女の経歴を見れば。
 彼女はここに来る前、大陸北東の大国『フロギュリア連邦』の医術学院とやらに通う学生……わりやすく言えば、医大生だった。

 すなわち、検査とか医療関連に関して言えば……彼女はおそらく、専門家なのだ。
 それなら、このかゆい所に手が届く詳細さのレポートも一応納得が行く……けど……

「それにしたって、これはやっぱりすごいんじゃ……」

「? 何がですか?」

「ん? ああごめん、口に出てたか」

 兄さん達からもらった資料なんかで、この世界の医療関係の研究資料や報告書、論文なんかの書き方は一応知ってるけど……高名な研究者が書いたって言うそれらと比べてもそん色ないくらいの詳細さだった。コレのおかげで、研究が随分助かってる。

 ……それでもはかどってるとは決していえないのが、現状なわけだけど。

 クロエとルビス王女、そしてエルビス王子が発症している『蝕血病』については、順調であるということが出来る。血中の原虫達はほぼ駆逐できる薬もいくつも出来上がったし、体そのものに耐性をつけることにも成功している。

 こないだ、かなり症状の進んだ隔離房の感染囚人に投与した所、それまで1日中ベッドの上で苦しむことしか出来なかった彼女は、次の日には何と痛みもなく歩けるまでに回復していた。

 症状改善や、病の進行を抑えることについてはもう完成と言っていい。あとは体内の病原の根絶だけだ。殺しても殺してもいなくならないんだよなあ……あの虫共。駆逐しつくしたと思っても、どこからか卵が出てきて、また増え始める。どこかに『巣』でもあるんだろうか?

 それと特定するため、今ちょっとした実験を何人かの囚人を使って行っている。うまくすれば……これで完成が見えてくるだろう。

 それに対して……『白夜病』と『邪血疱瘡』の方は、暗礁に乗り上げていた。
 相変わらずで……原因がわからないのだ。

 『白夜病』は、感染者に共通点と呼べるようなものがほとんどない。
 身分も平民から貴族まであり、職業も多種多様、身の上や家族構成なんかにも統一性は無い。食べ物も、住んでいる場所の環境なんかも全然違う。のどかな田舎で野菜中心の食生活を送っていた農民も、大都市の豪邸で肉中心の食生活を送っていた貴族も、同じように病にかかっている。

 『邪血疱瘡』の方も、遺伝以外の原因は不明のままだ。
 後付で取り寄せた資料を見るに、こちらも『白夜病』と同様に、生活環境その他諸々がどれだけ違っても発症者は出ている。親に感染者がいてもいなくても同じのようだ。

 首をひねっていると……視界の端で、『あの…』と、ネリドラがおずおずと挙手したのが見えた。

「ん? 何?」

「実は……レポートには書かなかったんですけど、昨日もう1つ、気になった身体の変化があって」

「え?」

 聞けば、レポートを書いた後に気付いたため、書けなかったらしいんだけど……明らかに身体的・感覚的な『異常』と呼べる事柄であるため、今日の診察で言おうと思ってたらしい。

 どうしたんだろう? さっきの検査では、五感は異常なし(悪化していないっていう意味で)だったと思ったんだけど……。

「『白夜病』と関係があるかどうかはわからないんですけど……実は……」

「うん、実は?」

「……実は昨日、部屋で《放送禁止用語》したら……」

 ――ガシャァン!!

 ……ひっくり返った。

 あまりにも唐突に、目の前の美少女の口から予想もしなかった卑猥な単語が出てきて、驚いて椅子から転げ落ちた。

 その元凶が、いつものおっとりした感じの、しかしちょっとだけ赤みがさした顔で、『大丈夫ですか?』って覗き込んでくる。

 いや、大丈夫かじゃなくて……ちょっと!? いきなり何!?

「何って、昨日あった変化の報告を……確かに、あまり人前で話したくない内容ですけど、話さないわけにはいかないと思ったので……」

 彼女に手を貸してもらって立ち上がりつつ、残った右手を伸ばしてさっきまで見ていたレポートの挟まってるバインダーを拾い上げる。

「い、いや、変化って……え、もしかしてそれ関係あるの?」

「はい。っていうか、関係どころかモロに核心なんですけど……」

 そう言ってネリドラははずかしがるそぶりを見せるものの、目は真っ直ぐこっちを見ていて……真剣と言っていいそれだ。
 どうやら本当に……さっき度肝を抜かれた猥談が、『異常』が何なのかの報告であるらしい。

「……わ、わかった……続けて」

 とりあえず覚悟を決めて、彼女に続きを促すことに。
 ネリドラは『わかりました』と頷くと、自分も深呼吸して精神を落ち着けて……

 
「私実は、普段から《放送禁止用語》なんです。昨日の夜、お風呂で《放送禁止用語》で《放送禁止用語》したんですけど、以前に《放送禁止用語》した時と違って《放送禁止用語》で……。おかしいなと思って続けてみたんですけど、全然《放送禁止用語》なんです。それで、ためしに《放送禁止用語》でも《放送禁止用語》してみたんですけど今度は《放送禁止用語》だったけど一応《放送禁止用語》で、もしかしたら《放送禁止用語》が《放送禁止用語》で《放送禁止用語》なのかもしれないって気になって……あの、大丈夫ですか?」

 
 大丈夫じゃないです……。

 
 《しばらくお待ちください》

 
 確実に年齢制限のかかるレベルのノンフィクション猥談を10分ほど聞かされ、その全てをカルテに纏めてみたら……エロ小説かコレは、って感じのとんでもない文章が出来上がった。

 そしてその過程で、僕の精神力はガリガリ削られていっていた。
 それでもなんとか最後まで聞き終えた。

 確かにコレは『白夜病』の症状の1つ……『触覚』の異常である可能性がなくもない。
 把握する際にあまりに精神的なアレが大きかったけども、それでも……

「それと……」

 え、まだあるの?

「はい。この症状なんですけど……てっきり私今まで、別な理由だとばかり思ってて……それで、今まで報告できていなかったんです。白夜病とは、関係ないと思ってたから……」

「……? どういうこと?」

 あんまり聴きたくない話だとは思いつつも、ちょっと気になってそう聞き返す。

 すると、ネリドラの顔から赤みが消えて……代わりに、わずかに影がさした気がした。

「……コレを話すには……私の昔のこととか、このラグナドラスに来てからのことも話さなきゃいけないんですけど……長くなってもいいですか?」

 話されることは、多分18禁分野の内容だろう。
 しかし、ネリドラの表情は……何と言うか、つらそうなそれだった。話したくない、思い出したくない、って何も言わなくてもこっちに伝わってくるような。

「……ネリドラ。君がそれを、『白夜病』の症状とかと関係があるかもしれないと思うなら、申し訳ないけど……話してくれる?」

「……はい」

 ☆☆☆

 アルマンド大陸北東の大国『フロギュリア連邦』。
 その首都『シィルセウス』……そこの伯爵家の令嬢として、ネリドラは生まれた。

 ネリドラの生家はただの貴族ではなく、国内でも有数の規模の大病院を経営する一族であり、さらに、治療はもちろん研究分野等で目覚ましい成果をいくつも出していた。
 貴族でも平民でも分け隔てなく診療する病院とその経営者一族として、古くから国に大きく貢献してきた、上からも下からも賞賛を受ける大貴族だったそうだ。

 しかし、そんな立派な貴族家に、さらには病院には……裏の顔があった。
 そしてネリドラは、その被害者だった。

 そこの病院は、腕のいい医者が揃っている上に、経営者が大貴族で信頼できるということもあり、貴族や大商人が得意先として利用していたらしいんだけど……その裏で、様々なあくどい商売や違法なサービスその他を行っていたらしい。

 違法薬物の売買や、平民の患者を使った人体実験、検査結果の偽造や人身売買etc……そしてその1つに、貴族や有力者相手への、看護婦を使った性的な接待があったそうだ。

 地球では『看護婦』って呼び方はよくないとして『看護師』っていう呼び方が広まってきてた記憶がぼんやりあるけど、この世界ではそんな感じのことは無いらしいのでおいといて、

 その病院のご令嬢だったネリドラにも、ある時、その魔の手が伸びた。

 当時まだ15歳だった彼女は、医術学院に通っていた。
 しかも、飛び級でだ。100年に1人の天才とまで言われ、注目されていたらしい。

 ネリドラは、学院に通いながらも医者見習い兼看護婦として病院を手伝ってたんだけど……ある時、自分の家より立場が上のある貴族の接待のために、彼女の親……当時のプエロトニコワ伯爵は、その貴族の望みのままに、自分の娘を差し出した。

 事情も聞かされず――自分の実家が裏でやっていたことも、ネリドラはその日、その時まで知らなかったらしい――呼び出されたネリドラは、その貴族に手篭めにされそうになり、無我夢中で抵抗し……はっと気がつくと、目の前の貴族が変わり果てた姿になっていたそうだ。

 彼女自身はよく覚えていないそうだけど……彼女を襲った貴族は、どうやらネリドラが手にとって叩きつけた劇薬か何かを浴びたらしく、全身が焼け爛れたようになっていたという。
 そしてネリドラは、殺人未遂その他の罪で逮捕された。

 しかしその事件をきっかけに捜査のメスが入った結果、それまで行ってきた悪行が次々と明らかになり、プエロトニコワ家は病院ごと摘発され、関わった者ほぼ全員が処刑されることになった。

 ネリドラ本人は、情状酌量その他によって死刑を免れたそうだけど……科せられた罰は、48年の投獄労役刑という重いものだった。

 非は一方的に相手貴族にあり、情状酌量も認められるとはいえ、過剰防衛と言っていい傷を相手に負わせたことや、犯罪を行っていた一族としての連帯責任なんかがのしかかった結果だという。

 出てくる頃には彼女は60歳を超えている。純粋な人間である彼女は、人生をほぼ丸ごと償いに費やさなければいけない。
 悔しく思いつつも、ネリドラはそれを受け入れたそうだ。

 そしてその際、フロギュリアにある『コルダバリ監獄』ではなく、このラグナドラスにつれてこられたのは……コルダバリには、色々とあくどい商売をやっていた『プエロトニコワ家』の被害者が多く、そのまま入れれば彼女が監獄内で報復に遭うと思われることからだった。
 情状酌量から彼女に与えられた、ほんのわずかな温情措置だったようだ。

 しかしここラグナドラスでも彼女は、『闇』の部分の被害にあうことになる。
 バーバラ・ヒーストンが取り仕切ってた、看守を抱きこむためのアレである。

 クロエ以上に豊満な体を持っているネリドラは当然のように目を付けられ、『貢ぎ者』にされそうになったらしいんだけど……幸か不幸か、そうはならなかったそうだ。

 どうやら彼女、故郷での一件で強烈なトラウマができてしまったらしく、襲われそうになると、体が猛烈に拒否反応を起こすそうだ。

 抵抗するだけじゃなく、全身がガクガクと痙攣したり、過呼吸みたいに呼吸が不安定になったりして……その凄惨さたるや、悪徳看守や悪女囚たちが引くほど酷いという。
 誰も彼も興をそがれてしまい、ほどなくして相手にされなくなったそうだ。

 その結果として無事でいられてるんだから、人生何がどう転ぶかわからない、とネリドラは自虐気味に笑っていた。

 そしてそれに加え、どうやらネリドラは事件の後、快感を何も感じない体になってしまったらしい。おそらくはそれも、トラウマによって。

 心と体がそんなことになってもう5年になるそうだけど……昨晩、異変が起きた。

 5年間なかったその感覚が、彼女の体に戻ってきたというのだ。
 これが……さっき僕が精神的ダメージと引き換えに彼女から聞かされた事実であり、そのバックグラウンド(かもしれない)として話してくれたのが、彼女の過去である。

「私のこれは、てっきりあの時のアレが原因だと思ってたんですけど……今思うと、もしかして『白夜病』の症状の1つだったんじゃないか、とも思って……報告が送れてごめんなさい」

「いや、いいよ……でも、仮にそうだとしたらコレは……」

 もし、それが本当に『白夜病』の症状の1つだったとしたら……『失った』ではなく『戻ってきた』事例と言うことになる。これは大きい……!

「ネリドラ……つらいことを思い出させるようで悪いんだけど、もう少し詳しくいい?」

「はい。何から話せば?」

「んっとね、じゃあまず……」

 ネリドラから更に詳しく情報を聞き出しつつ……僕は、今日得られた情報をとっかかりにして、どうこの『白夜病』という病に切り込んでいくかを考えていた。

 ☆☆☆

 その夜、僕はネリドラから聞き取りした情報と、王女様を含む他の『白夜病』の患者のデータを見比べ、分析していた。

 その結果……1つの可能性が浮かび上がってきた。

 考えなかった可能性じゃない。ただ、根拠も何もなかったから、重要視できなかった。
 が、ネリドラの話を聴いて、こいつが『白夜病』の病原であり正体、あるいはそのどちらかの一端か何かである可能性が出てきた。

 けど、もしそうだとすると……相当厄介だな。
 何せ……

「……心的外傷トラウマによる、心の病、とか……?」

 ……どうやって治しゃいいんだ、こんなの……?

 
 
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