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第183話 ナナとクロエの過去
「同期?」
「ええ。まだ私が軍人だった頃……騎士団の同期生だったんです。彼女は」
部屋に入って一息ついた所で……保留にされてたナナの説明は、そんな感じで始まった。
「クロエ・フランク……私とアリスの、親友です」
「あ、そっか。ナナとアリスさんが同期だから、必然的に……」
「ええ、3人共同期なんです。自慢になっちゃいますけど、私達その頃、『騎士団の三連星』なんて呼ばれてた、期待の星だったんですよ? もっとも……今となっては、そのうちの1人しか、現役の軍人続けてませんけど」
聞けば、3人は軍の訓練校にいた頃から仲がよくて、いつも一緒だったそうだ。
お互いに切磋琢磨して実力を高めあい、同期での成績は、実技・座学共にいつも3人でトップ3を独占していたという。
卒業し、3人共騎士団に配属されてからは、希望した配属先がそれぞれ違うこともあって、訓練校時代に比べて一緒にいることは少なくなったものの……相変わらず仲良しで、そろって休みがとれた日とかは、町に繰り出して遊んだりすることもあったらしい。
……しかし、その楽しい充実した時間も長くは続かなかった。
「私が退役したのと、実家の没落で奴隷に身を落としたのはご存知の通りですけど……ここに来てみて、驚きました。まさか、アリスがここの看守長をやってるなんて。てっきり、まだ中央司令部で辣腕を振るっているものだとばかり思ってましたから。それに……」
そこで、ナナの顔が……また少しだけうつむいたような気がした。
「……クロエが、あんなことになってるなんて」
「やっぱり……知らなかったんだ。知ったのはやっぱり、懲罰房を初めて見たあの日?」
小声で2人で話してた会話が、そしてその中で『クロエ』って個人名が出てきたのが聞こえてしまったことを話すと、ナナはちょっと驚いていた。
「……横領と、違法薬物の使用および密売。量刑は……19年だそうです。でも……」
「信じてないみたいだね」
「ええ。クロエは……そんなことをする娘じゃありません」
うつむき気味だったナナ。しかし顔を上げ、僕の目を見てはっきりとそう答えた。
……一目でわかる。親友のことを、微塵も疑っていない目だ。
……ま、多分そうだろうなと思うけどね……僕も。彼女……クロエちゃんは、無実だって。
と言っても、別にクロエちゃんがそのくらい誠実で真面目で信頼できる娘だから、っていう意味じゃない。そもそも僕、彼女のことほとんど何も知らないからね。
彼女よりだったら、何度か懲罰房での勤務の時に関わる機会があった、今日会ったもう1人の女囚……177番・ネリドラの方がよく知ってると言える。
僕が抱いている、クロエちゃんの罪が冤罪じゃないかという疑念は……こないだアリスさんにもらった資料の備考欄に書いてあった、ある記述によるものだ。
『備考:シルドル家私設調査隊による告発』
……すごく、聞き覚えのある家名。
うん、アレだ。王都に行った時……国王様自ら摘発して当主しょっ引いて、最終的に取り潰しになったあの家だ。
色々と問題ありまくりで、裏で汚い商売にも多々手を出してたっていうあの家だ。
大方、クロエちゃんが軍の仕事でその裏商売の邪魔をしたのを逆恨みして、無実の罪で騎士団から追い立てた……とか、そんな感じじゃなかろうか。
って聞いたら、まさにそんな感じらしい。ナナがアリスさんにそう聞いたって。
ナナが退役して王都を去った後のことだそうだ。クロエちゃんが捕まったのは。
「……そういえば、そんな話を前に聞いたことがあるような……」
と、黙って聞いていたギーナちゃんが、ふと思い出したようにつぶやいた。
「所属が全く別な部署で起こったことだったので、噂くらいにしか聞いたことは無いんですが……なんでも、将来有望だった騎士団員が、裏で行っていた犯罪の発覚で隊を追われたって。たしか、私が特別訓練生に選抜されてしばらくしてだから……1年半くらい前のことだったはずです」
「多分、それですよ。アリスに聴いた話なんですけど……当事、クロエがある裏組織の摘発の指揮を任されて、見事それを成功させたらしいんですが……その直後、クロエに疑惑が上がったって」
なるほど……逆恨みで、指揮官だったクロエちゃんを追い落とすために冤罪をふっかけたと。
かなり強引な罪のかぶせられ方したっぽいんだけど、証拠は(多分捏造だけど)そろってた上に、捜査機関そのものに圧力がかけられてしまったため、結局は有罪となり……クロエちゃんは軍と生家から除籍され、薬物関連の犯罪者が入る特殊な更正施設に入れられた。必要もないのに。
そしてそこで1年以上過ごした後、今度はこのラグナドラスに身柄を移されてきたらしい。
それが、ほんの1ヶ月半くらい前……つまりは、僕らが来るほんの半月くらい前だ。
「シルドル家が失脚した今となっては、当事の裁判の証拠も信憑性に欠けるものだっていうのは明らかなんですが……さすがに時間が経ちすぎてしまっていて、結局……クロエが自由になることはできなかったらしいんです」
「そんな……無実の罪かもしれないのにですか?」
と、ギーナちゃん。すると義姉さんがため息混じりに、
「当時の捜査機関が誤認逮捕したって認めることになるわけだから……そりゃ簡単には認めるわけにはいかないでしょうね。逮捕当初ならまだしも……今、もう1年分以上刑が執行されてるわけだし、無実だった『かもしれない』じゃ事態は動かないでしょうね」
「そういうもんなの?」
「そういうもんなの。けど……ちょっと気になるわね」
「? 何が?」
「クロエちゃんが、証拠が揃っていたとはいえ、あっさり逮捕されたことよ。シルドル家みたいな、色々と実績があるとはいえ胡散臭い家相手にさあ」
それは確かになあ……まあ、貴族家の出身とはいえいち騎士団員でしかなかったわけだから、震える力も大きくはなかったんだろうとはいえ、そんなに簡単に……。
それに今思い出したけど、シルドル家って『子爵家』で、クロエちゃんの実家のフランク家は『伯爵家』……彼女の家の方が格上である。貴族の家同士のトラブルって、そういう格式に結構比重が置かれてるって聞いたことあるんだけど……抗義とかしなかったんだろうか?
「いや、そういう意味じゃなくて……まあいいわ。ともかく仮に今、この状態から彼女……彼女を釈放させるとすれば、当時の逮捕が間違いだった明確な証拠が必要になる。そこに更に、軍の面子がある程度保たれるような補助になる証拠か何か添えて提出すれば上出来でしょうけど……」
「……1年半も前のことですから、おそらくないと思われますね……シルドル家の家宅捜索でも、それらしきものは出てこなかったと聞いてます」
「そこはまあ当然っていうか、むしろ率先してそんなもんは隠滅しちゃってるでしょうしね」
その結果、何も現状は改善されず、クロエちゃんの19年の量刑は変わらぬまま、ここに移送され……今に至るか。
「なるほどね……そしてその後、何の因果か『三連星』がここに揃ったわけだ」
「……再会できて、嬉しい気持ちも当然ありました。けど……それ以上に、悲しくて、悔しい気持ちの方が大きいんです……。友達がこうして苦しんでるのに、何もできないんですから」
方や囚人、方や看守と看守長……1つ屋根の下、って言っていいのかはわからないけど、同じ建物に暮らしているのに……立場は天と地ほど、いやそれより酷く違う。
手を差し伸べたくても許されず、それどころか彼女を規則によって縛りつけることを職務として求められるわけだから……そりゃ心中、複雑なんてもんじゃないだろう。
それでも、職務は職務……時に感情を押し殺して任務に当たるのは、軍人としての基本技能の一つでもあるからして、アリスさんもナナも、私情を押し殺して職務に当たっていたそうだけど……さっきの、傷ついたクロエちゃんを前にした場面では、その仮面が剥がれそうになっていた。
曰く、『今の職場があまりに幸せだから、鈍っちゃったのかもしれません』だってさ。
ちょっと……見てる方が辛くなる感じの、無理して作った笑顔を浮かべながら、そう言ってた。
「……すいません、何か……説明だけのつもりが、愚痴とかまで混ざってしまって……」
「いや、別に……気にしないで」
ある程度は予想してたけど……部屋の中の空気がすっかり重くなってしまったこの状況。
一旦会話が途切れて以降は、どちらも口を開くことなく……僕が研究機材をいじったり、書類をめくる音だけが部屋の中に響いていた。
☆☆☆
ちょうど同じ頃、医務室では……簡易的な事情聴取が行われていた。
「それでは……犯人の顔は見ていない、と言うのですね?」
「はい……暗かったので。人数もわかりません」
「そんな暗い部屋に、なぜあなたは1人で行っていたのですか?」
「中から話し声がした気がして……気になったので入ったら、襲われたんです」
ベッドの上で上体を起こしているクロエは、淡々と、取調べを行うアリスの質問に答えている。
しかし……話している内容は、真実とは異なるものだった。
バーバラのことも、その取り巻きのことも……そして、彼女達に協力している看守のことも、一切話していない。
暗くて何もわからなかった……ただそれだけ答えていた。
もちろん、それには理由がある。
しゃべれば後から報復を受ける危険がある、というのもあるが、それ以上に……
「……あの……聞いてもいいですか?」
「何ですか?」
「誰か……怪しい人物とかは、目撃されたり……見つかったりはしているんでしょうか?」
「……いえ、特に誰も。それらしき疑いがある囚人は、誰も確認できませんでした」
アリスが一見そっけなく言ったその言葉に隠された、クロエへのメッセージ。それこそが……クロエが取調べで、相手が信頼の置けるアリスであるにも関わらず……本当のことを話さない理由。
バーバラが容疑者として上がっていない、という状況を確認するためだった。
あの場にいて、確かに自分に危害を加えたバーバラとその手下は……焼印が変色していた。隠しようのない規則違反の証拠が、その腕に現れていた……はずだった。
にも関わらず、彼女らは『怪しい人物』として見つかっていない……つまりそれは、彼女達の焼印の変化が、やはり協力者の看守によって消されてしまったことを意味する。
その状況でバーバラの名前を出した所で、焼印という強力な証拠が消えてしまっていれば、聞き入れられないどころか、逆にこちらが偽証扱いされてしまう恐れがある。もっとも……後者については、担当がアリスであるからして、そこまで危惧する必要は無さそうだが。
それでも、言っても仕方がないことだし、言わなくてもある程度アリスなら予想もついているだろう、と判断したクロエは……そのまま口をつぐんでうつむき、それ以上何もしゃべらなかった。
……が、
「……!」
閉じられた口元がほんの僅かに動いたのを……アリスは見逃さなかった。
その唇の動きを読み取り……素早く頭の中で言葉に変換する。
(……『バーバラ』『手下』『7』『看守』……!)
数秒にも満たない、当人達以外気付くよしも無いやりとりで、アリスはクロエの言いたいことを全て汲み取り……そのまま取調べを終わらせた。最後まで、淡白な対応の看守長を演じ続けて。
……丁度同じ頃、部屋でミナトに過去の話をしていたナナと同じように……状況がわかっていても、有効な手を打つことが出来ない自分に歯噛みしながら……。
そして、医務室に残されたクロエは、還房時間まではここにいて休んでいていいと医務官に言われたため……素直にベッドに横になって、まだ少し痛む腹部をさすっていた。
特に何もすることが無く、寝ているだけでやや退屈なクロエは……気がつくと、今のふとよぎった思いを取っ掛かりに、昔のことを思い出していた。
まだ、未来が輝いて見えていた……一番楽しかったあの頃。アリスとナナと一緒に、夢に向かって邁進ていた、なつかしき軍人時代のことを。
今となっては、もう戻れない、自分が一番輝いていた時代。
しかし、あと18年近くこの監獄から外に出られない自分には、もう二度と手にすることも出来ないであろう……普通の幸せに満ちた日々。
粉骨砕身で軍務に取り組んでいたある日、突然突きつけられた、見に覚えの無い罪。
自分や、かばってくれる上官、手助けしてくれる友人達の手の届かない所で張り巡らされた策謀に絡め取られ……気付けば、全てを奪われてしまっていた。
(それに……随分体も鈍っちゃったし)
薬物犯罪者用の施設に入れられ、そこで自由の無い生活を強いられた。
それに加えて……貧しい食事と管理された生活のせいで、不自由なばかりか満足にトレーニングも出来ず……仕官学校時代から鍛えていた体は、どんどん衰えてしまった。
(あの頃ならあんな蹴り、痛くもかゆくもなかったはずなのに……これじゃ仮に今ここを出られても、軍に復帰なんて到底無理だなあ。まあ、居場所があるとも思えないけど)
すっかり体力が落ちてしまった頃になって、今度はここ……ラグナドラスに移された。
移されて早々、ちょっとした失敗から懲罰房に入れられたり、監獄内に存在する派閥によるいやがらせをこうして受けたり……前途は多難。
しかもこの生活が、あと十数年続くというのだ。
(……やめよう。考えても仕方ない)
はぁ、とため息がこぼれ出た。
気が滅入っているのか……どうも、こうして横になってじっとしていると、後ろ向きなことばかり思い浮かんでしまう。ますます気が滅入ってしまいそうだった。
いっそ、早めに雑居房に戻って、待ってくれているであろうネリドラと世間話でもした方が、気がまぎれるかもしれない。
そう考え、クロエが上体を起こした……その時、
「……痛っ……え……?」
腹筋に力を入れ、ふっと息を吐き出しながら起き上がった瞬間……ちくりとした痛みが、胸から腹にかけて走った気がした。
……バーバラに蹴られた痛みの残照とは、また違ったものだったような気がした。
痛んだ場所もそうだが、痛み方が……鈍痛といった感じではなく、鋭い感じのものだったのだ。
今まで感じたことのない痛みに、クロエは一瞬、何か言い知れぬ不安が頭をよぎった気がしたが……その痛みがすぐ消えてしまったこともあり、深く考えることはなかった。
苦しむ友を前に何も出来ない己の無力を嘆く、ナナとアリス。
希望を奪われた、苦しみに満ちた今と閉ざされた未来を嘆き、もう戻らない、楽しかった過去に思いをはせるクロエ。
彼女と同じ不遇の中を生き、互いに支えあえる新たな友となりつつある、ネリドラ。
そして、今のところ……関係性から見れば『部外者』であり、その境遇に同情しつつも、見守ること以外に何もできることの無い……ミナト。
5人はまだ、誰も知らない。
この翌日……彼ら彼女らを取り巻く環境が、激変することになるということを。
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