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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第11章 大監獄と紅白の姫

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第180話 暗礁と視線

 

 僕がここ、ラグナドラスに赴任してきて……もうすぐ半月。
 3種類の不治の病の治療薬。その研究は……ここに来て、暗礁に乗り上げていた。

 最初からいきなり完治させる薬を作るなんてのは無理なので、症状ごとの薬効を薬に精製して実験……ってのを現在、繰り返し行っている。例えば、目がかすんだり見えなくなるという症状がある『白夜病』の対策として、視力を改善する薬効を試したり、とか。

 そういった薬効の抽出・投与・確認の実験は、初日の目薬みたいな感じで囚人を募集して行っている。もちろん、『白夜病』だけでなく、他の2種類の病でもだ。

 そして、それ自体は上手く行っているのだ。

 『白夜病』なら、視力改善に始まり、涙腺の活性化、視神経のリラックス、老廃物の除去なんかに加えて、視覚以外の感覚へのアプローチも進めてきている。

 弱った『嗅覚』や『味覚』を刺激して改善させたり、リラックスさせて脳や神経系を十分休めさせたり、反対に気付け薬で意識をはっきりさせたり、

 『邪血疱瘡』なら、皮膚の炎症を抑えたり、皮膚の再生を促したり、それに必要な栄養素を効率よく摂取できるように調合したり、って感じだ。

 ただ、『蝕血病』だけはやることがすでに定まってるので、最初からそれに絞って研究を続けている。体内に救う原虫の根絶および再発の防止、という目的に。

 ただし、人間の肉体の強度も考えて薬の強力さや副作用の大きさを調整しなきゃならず、しかも効き目を確認するのに時間がかかる。なので、結果的に他2つと足並みが揃っているのだ。

 問題は……残りの2つ。
 第二王女様を蝕んでいる2つの病……『白夜病』と『邪血疱瘡』だ。

「やはり……難しいんですか?」

 と、食堂で一緒にご飯を食べてるギーナちゃんが聞いてくる。テーブルの向かいから。
 両隣にはナナとスウラさん、斜め前には義姉さんがいる。

 ただいま休憩中。ついさっき、また別な薬効の実験を終えたところなのだ。

 ギーナちゃんの問いに「まあね」と返す僕に、隣からスウラさんが、

「まあ……仮にも『不治の病』とまで言われているものだからな……今まで何人もの、歴史に名を残すほどの名医が挑み、しかしその甲斐なく敗れてきた病魔……甘くは無いだろう」

「そうね……むしろ、『蝕血病』は何とかなりそうってだけで医学会ひっくり返るレベルよね。何せ実質の研究期間、まだ3ヶ月とかかってないんだからさ」

 と、今度はセレナ義姉さん。
 いや、さっきも行ったけど『蝕血病』はすでにわかってる原因をどーにかするだけだから、比較的ましなんだよ。強力かつ人体にはなるべく無害な殺虫剤を作るのが難しいだけ。

 けど……他の2つは違う。原因がわかってないからだ。

 まず、『邪血疱瘡』は一応、対症療法的な治療はできなくもない。炎症を抑えるだけなら、隔離囚人を使った実験で成功してるし。これに限ればある意味完成してる。

 ただ、再発防止と発症原因の究明ができてない。なので、完治させることが出来ない。

 そう言うと、スウラさんとナナが不思議そうに聞いてきた。

「? 『邪血疱瘡』は別に不治の病ではないはずだが……過去に完治した例もあるだろう?」

「実験でも、炎症の鎮静には成功してましたよね? あれは?」

「うん。でもさ、あー……2人とも、『邪血疱瘡』の従来の治療方法は知ってるよね?」

 頷く2人。まあ、前にちらっと話した気がするしね、研究中に。

 これまでは、邪血疱瘡は『血清療法』に類する方法で作られた薬剤で治療されてきた。そしてそれは実際ある程度効果があり、完治に至った例も少なくない。

 ただこの方法には、過去に『邪血疱瘡』にかかった血筋の親の血液がいる。そこから血清――厳密には微妙に違うんだけど――を作り出し、更にそれを加工して薬効を高めることで、治療薬になるのだ。

 しかしこれには、大きな欠点がある。それは……

「……発症した血筋がはっきりとわからないと、使えない……ってところですね」

 ナナ、正解。ゆえに、今回は使えないのだ。
 国王様と故・王妃様はもちろん……そしてその血筋の誰も、コレを発症した記録が無いから。

 そしてこれこそが、第二王女様がこの病にかかっていることが公にできない理由。

 『邪血疱瘡』は遺伝する病。にも関わらず、父方と母方、いずれも家系図をさかのぼっても発症した例が無い。それはつまり、3つの可能性を示唆している。第二王女様は……

 ①王様が他の女に産ませた子。
 ②王妃様が不倫して生んだ他の男性の子。
 ③どちらとも血の繋がりのない養女

 とまあ、昼ドラまっしぐらな予測が立つ。絶対に他言できない。
 あ、ちなみに今僕ら、きちんと防音結界作って会話してるんで、漏洩の心配は無い。近くに人もいないし。いても聞こえないけど。

 が、昼ドラは置いといて、ここで問題になるのは……こういう場合、血清の元になる血液の持ち主……すなわち、本当の父親or母親を見つけるのが極めて困難な点にある。

 治療薬作るには不倫相手ないし生みの親の血が必要。
 が、言うまでもなく、そんな相手は探し出すのも難しければ協力してもらうのも難しい。

 いやまあ、子供を愛してくれる人だったり責任を取るって言ってくれる誠実な(不倫の時点で誠実も何もないか)人だったらまだいいんだけど、中には雲隠れしたり逆切れする奴もいるわけで。

 そして今回の場合、王室の記録から間違いなく第二王女様は故・王妃様が生んだ子ってことがわかってるんだけど、王妃様には不倫相手もいなかった……らしい。
 その真贋はともかく、誰の血を使えば薬が作れるのか不明だってことに変わりは無い。

 大穴の可能性としては……発症は血縁によらない場合もあるとか、前提条件を全く反故にした考え方もできなくはないけど……それはそれで厄介だ。何せ、過去のデータの大部分がまるで役に立たなくなってしまう。

 そのへんを整理するためにも、第一王女様からの依頼には『邪血疱瘡』の発症の理由の解明も目的の中に入ってるわけなんだけどね。

 ちなみに、感染者の血液を用いない治療法もあるが、これはさらに効く確率が下がる。
 そして……王女様は『自前』でこの治療方法を継続しているものの、効果は出ていないのだ。

 とまあ、『邪血疱瘡』が厄介な理由はこのくらい。
 これよりも厄介なのが……『白夜病』だ。

「確か、隔離囚人に対して使ってみても、まるで症状が改善しないんでしたっけ?」

「うん。対症療法的にやってみてるだけの薬でさえ、全然効かない。別な実験で薬効は確かだってことはわかってるんだけど、症状の進行を抑えるのが精一杯みたいでさ……」

 視覚、嗅覚、触覚、聴覚、味覚……5つ全ての感覚それぞれに、弱ったそれを改善するのに効果がある薬効を確立させて、それを使って試薬を作ったにも関わらず……効果なし。

 いったいどうすりゃいいのか……てんでわからない。
 さすがは不治の病。今まで幾多の治療を跳ね除けてきた怪病……ってとこか。

「元も子もないこと言うけど、結局2つとも『原因』がわかってないのが厳しいんだよね……」

「それがわかればどうにかなるのか?」

「少なくとも今よりは進むと思います」

 スウラさんの質問にそう答えつつも、とっかかりすらつかめない現状を打破するために何をするべきか……考える。しかし、やっぱり答えは出ない。

 ダンテ兄さんや第一王女様経由で手に入れた研究資料は全部読んだけど、その中で推察されてる原因とか色々、どれも違う気がするんだよなあ……かといって、それ以外に手がかりないし……。

 ……もう1度、第二王女様と感染囚人を問診&診察してみるしかないかな……失礼かもしれないけど、今度は前より根掘り葉掘り徹底的に。

「ところでナナ、今日この後って確か……」

「あ、はい。今日はこれから、男子監獄で人体実験ですね」

 そうそう、男性囚人相手に投薬実験だ。
 女性ばっかり被験者にしててもいいわけじゃないからね、データそのものは必要に応じて、男女から平等に取らないと。

「じゃ、コレ食べたら一回研究フロアに帰って準備するよ。それとスウラさん、リンスレット王女への面会と診察の申し込み出しといてもらえませんか? もっとデータがほしいです」

「はい、ミナトさん」

「心得た。なら私は早速手続きにかからせてもらう。ここからはギーナ、しばらく1人で頼むぞ」

「はっ!」

 ギーナちゃんの気持ちのいい返事を聞きながら、僕はパンの最後のひとかけらを口に放り込み……カフェオレで一気に飲み下した。ふぅ、ごちそうさまでした。

 ☆☆☆

「そういえばミナト殿、最近どうやらこの監獄で、あなたのことが噂になり始めているようですよ?」

 男子監獄での実験(投薬)を終えての移動中、ギーナちゃんがふいにそんなことを告げてきた。

 え、何それどういうこと?

「噂……って、具体的には?」

「はい、大きく分けて2つです。1つは……これは先に出てきた方で、ミナト殿がここの囚人を使って人体実験を行う、モグリの危ない研究者であると」

「大体あってる……」

 モグリかどうかはわかんないけど(たしかに研究者としては表立って名乗っちゃいないな)、実際に囚人を人体実験に使ってるしね。

「いえ、そうは言えませんよ。その噂の中では、ミナト殿は権力を盾に無理矢理この監獄へ自分の身をねじ込み、人を人と思わない危険な薬を試す非道な人物……だそうですし」

 いや、それでも半分はあってるよ。僕がここに来たの、完全に第一王女様の権力だもん。

 ところで……もう1つの噂は?

「ああ、こちらは最近になって出てきた噂で……もっとも、最近ではこちらの方が主流になっていますね。ミナト殿は実は、この監獄で病や体の不調に苦しむ囚人たちを救ってくれる救世主ではないのか、と」

 ……いい噂かもしれないけど、こっちはほぼデマだな。僕別に囚人達を助けるために薬の実験を繰り返してるわけじゃないからな。

 まあ、実験の過程で色々といい効果が体に起こった囚人達はいたみたいだけども。

「……喜んでいいのか微妙だね、囚人に好かれても……それに、僕の目的は結局は彼ら彼女らの救済なんかじゃ全然ないわけだし……」

「用が済めばここを去る身ですしね、私達」

 と、反対側を歩いてるナナ。
 まあそういうことだから、噂なんてそもそも気にしても仕方ないか……とか思いながら歩いていたその時、

 曲がり角を曲がった僕らは、その向こう側にいた何人かの男たちと目が会った。
 囚人……もいるけど、それ以外のも混じってる。

 服が真新しくて汚れが見当たらないことから考えて……僕がここに来た時みたいな感じで、今日新たにつれてこられた連中らしい。腕を見ると……焼印はすでに処理済みか。

 そいつらを左右から囲んでいるのは、十数人の看守。男子監獄だけあって、全員男だ。

 そしてその先頭に……この場の責任者らしい人が歩いている。
 制服のデザインは同じだけど……胸のバッジが普通のよりも豪華だ。

 20代前半くらいに見える、若い男だ。短めの黒灰色の髪で、瞳は青く……なんか目つき悪い。
 というよりも、顔色が悪い。目の下に隈みたいなのあるし。徹夜明け? 顔、蒼白って言っていいくらいに血の気ないし、ぶっちゃけ不健康そうに見えるんだけど……。

 そんなことを思ってたら……向こうもこっちに視線を向けてきていた。目が会った。
 その瞬間……

「…………」

「……?」

 ……なんか、睨まれた。
 気のせいじゃない。確かにこっちに視線を向けて、その瞬間眉間にしわを寄せて……ぎろりと。

 その視線に乗っていたのは、好機の視線でも尊敬の意志でもなく……明確な敵意や苛立ち。
 ナナやギーナちゃん他の『関係者』を除けば、敵でも味方でもない『他人』ばかりのこの監獄に来てからは……久しく感じていなかった感覚だ。

 それも……身の回りに美女・美少女が多かったって理由で、同業者や町のゴロツキ連中にちょくちょく向けられていたようなそれとは違う……何というか、鋭い敵意だった。

 そこまで詳しく感じたかはわからないけど、隣を歩いているナナとギーナちゃんもその視線には気付いたみたいだ。

 しかし、だからって何か言い返したりするわけでもなく……僕らは次の瞬間、普通に会釈をして道を譲った。

 その瞬間にも、先頭を歩いていた男の人の眉間が『ぴくっ』と動き……しかし何もいわず、足も止めず、僕らが脇に数歩移動して出来た分のスペースを通り抜けていく。

 囚人たちもそれに続き……数秒後には、曲がり角の向こうに消えて見えなくなった。

 そのさらに十数秒後、その曲がり角の向こうにあり、僕達もさっき通った重厚な扉の向こうに足音が消えて……何も聞こえなくなった。

 それを待って僕は、僕ら3人以外は無人になった連絡通路で口を開いた。

「……今の誰?」

「男子監獄の看守長です。名前は、ゾルダー・ヘルメス。王国軍の大佐です」

 へー、あの人なのか……アリスさんの他の、もう1人の看守長って。

 ……でも、何か今僕、めっちゃガンくれられた気がしたんだけど……何で?
 挨拶とかした方がよかったのかな? いやでも、護送中みたいだったし、それは違うか。

 わからん、何で僕睨まれたんだろう……と思ってたら、

「気にしなくてもいいと思うっすよ?」

「! あ、ミーシャさん」

 前の方からふわふわと、副所長のミーシャさんが飛んでくるところだった。

 微妙に久しぶり……っていうか、今のどういう意味?

「ゾルダーは年中あんな感じっすからね、目つきや顔色が悪いのはもともとですし、性格もとっつきにくいというか……新入りには大体怖がられるタイプなんすよ」

「へー……でも、それにしたって僕、初対面ですごい睨まれたんですけど……」

「気のせいじゃないっすか? 今言いましたけど、アレ、素の目つきっすよ?」

 さらりと酷い感じのことを連発して言うミーシャさん。
 ……いや、アレは目つきどうこうじゃなくて――たしかにホントに目つきは悪いけども――はっきりこっちを見て睨んできた気がしたけどなあ……敵意だって感じたし。

 まあ、僕の気のせいならそれが一番いいんだけど……。

 すると、ふとギーナちゃんが思いついたように、

「ところで、副所長はなぜここに? 確か今は、オフィスの方でお仕事中では……」

「ああ、ミナトさんたちを探してたんすよ。面会と診察が必要なんでしょ?」

「え? もう許可降りたんですか?」

 王女様への面会? スウラさんに頼んだの、つい1~2時間くらい前の話なのに。
 てか……僕らを探してたってことは、今から?

「ええ、ちょうど仕事一段楽した所だったんで。不都合がなければこのまま真っ直ぐ行ってもOKっすけど……どうするっすか?」

 とのこと。

 正直驚いたけど……それならそれでありがたい。
 幸い、さっきまで『実験』してたから、道具もここに揃ってるし……あ、でも……

「じゃあ、一回部屋に戻って荷物取って来ます。ちょっと必要なものがあるんで」

「了解っす。じゃ、中央オフィスんとこの入り口で待ってるっすよ」

 そう言ってミーシャさんは、王女様の特別室への通路がある方へ飛んでいった。
 さて……じゃ、さっさと戻って仕度し直さなきゃ。

 もうすぐ日暮れだし……王女様の夕食の時間にかぶっちゃいけないしね。

 
 ……ところで、副所長のミーシャさんって『中佐』だよね? で、立場上その部下のはずのあのゾルダーって人が……『大佐』……

 …………???

 
 
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