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第179話 実験開始
今回少し短いです。
あと感想ですが、時間見つけて返信させていただきます。
今しばしご容赦いただければと……
ある日の夕方のことだった。
囚人達が夕食から戻った後……各部屋に『回覧』が回った。
その名の通り囚人たちへの連絡・通知用に使われるもので、1つのエリアに1つ、回し読みする形で使う連絡用紙だ。定期的に配られるこの紙には、囚人に通知すべき規則や注意事項などが記されている。
また、一部の囚人にしかかかわりのある者ではないが、ランクごとに応募できる労役の内容や、新規ないし臨時に募集するバイト型の労役についても記されている。
当然、配られたその紙に囚人たちは我先に目を走らせるわけだが……その中の一点に、どの部屋でも同じように、目にした囚人たちが目を留めていた。
人員を募集する臨時労役のリストの中にいくつか紛れ込んだ……ある労役内容に。
その数時間後、雑居房で、あるいは許可を取って出た先の『共有スペース』で……あちこちでその労役は、女囚達の話題の中心になっていた。
「ちょっと、今日の通知、見た?」
「労役のところのアレでしょ? 見た見た……どういうことかしらね、あれ……」
共有スペースの掲示板にも掲示されている『通知』。
そこに載っている労役の1つに、『治験』があったのだ。ミナトが作った薬の人体実験を行うための被験者を募集している項目が。
通知を見た女囚達の反応は様々だった。
無理もない。何せ、薬品の人体実験だ。
ただつらいだけの単純作業や肉体労働よりもよほど得体が知れず、警戒心をかき立てられる。普通に考えて、受けたいなどと思えるものではない。
しかし、そこに書き添えられている、報酬となる『点数』が……一部の囚人の心の中で、警戒心に従った決断に待ったをかけていた。
そこに書かれていたのは、通常の労役とは比べ物にならない……普通に週休1日で労役をこなしていったとして、数か月分にもなろう数字だった。
これだけあれば、売店でかなり贅沢をすることができるのでは……そんな思いが、囚人たちの心を引きとめていたのだ。
しかもあろうことか、その労役は……健康面などにやや細かい応募要項が規定されていたものの、本来なら規定されていてしかるべき、囚人としての等級による制限がなかった。
つまりは、体の用件さえ満たせば、ランクに関係なく誰でも応募できるということだ。
ある者は『絶対嫌だ』『怪しすぎる』『報酬が高額ってところが余計に危険そう』などと言って、鼻で笑って歯牙にもかけず、全く労役に応募する気も無い様子を見せている。
しかし別のある者は『これだけもらえるなら多少危険でも』『どうせ今のままじゃいくら働いたってろくなものを買えない』などと、やや心を動かされていた。
女子監獄のあちこちで、そんな会話が繰り広げられたり、おのおのが心の中で迷ったりしているその頃……独房でも、囚人たちは同じ通知を目にしていた。
そのうちの2部屋……懲罰房から戻ってきた囚人が、生活リズムを元に戻し、体を回復させるために必要に応じて短期間だけ入れられる房。
そこで、今朝懲罰房から開放された2人の女囚が、入り口の扉についているポストのような穴から投げ込まれた通知に、それぞれ目を通していた。
「……? これって、つまり……」
囚人番号629番。本名、クロエ・フランク。
「何かの新薬の、人体実験……?」
囚人番号177番。本名、ネリドラ・プエロトニコワ。
偶然にも、2人は同時にその労役内容を目に留めていた。
そして、翌日の夕方に応募を締め切ったその『治験』には……最終的に、5人の応募者がいた。
その5名は次の日、労役の時間になると同時に、いつも行く作業用区画とは違う場所に案内されていった……彼女達が応募した『労役』が行われる、特別な場所に。
そう……ミナトに与えられた、特設実験用フロアに。
☆☆☆
(5人か……思ったより集まったな……)
『実験用フロア』の控え室に1列に並ばされている、5人の女囚達を眺めながら……僕は、そんな感想を抱いていた。
例によって身体検査は僕が来る前に終わらせておいてくれた。よくわかってるな、うん。
さて、この5人にこれから、僕が作った新薬を試してもらうわけだ……まあもっとも、直接的な不治の病の治療薬を、ってわけじゃないんだけども。
時は2日前にさかのぼる。
研究開始から2日目にあたるその日、僕はさっそく『白夜病』の症状改善のためのピースの1つを、薬の形で試すことになった。
そしてそのために、スウラさん達経由でアリスさんに申請を出してもらい、『労役』で実験台用の女囚を募集してもらうことになったんだけど……対象者数百人いる内、集まったのは5人。
しかし、僕としてはよく5人も集まったもんだと思っていたりする。正直、1人も集まらなくて、結局強制・懲罰方式にせざるを得なくなるんじゃないか、って思ってた。
だって……今回試すの、『目薬』だからなあ。
目。人体で最もデリケートかつ重要な部分の1つ。
ここが機能不全になること、それすなわち『失明』……何も見えなくなることを意味する。
外部の情報のほとんどを視界に依存している人間にとって、これは死活問題も同然。
目に使う薬ともなれば、そういう危険もあるだろうと、パッと見てわかる。だから、そんな危ない橋を渡るような人、いないんじゃないかと思ってたんだけど……意外といた。
実験には5人くらいはほしいな、でも集まらなかったら強制的に集めるしかないな、とか思ってたら……任意の募集だけで足りてしまった。募集期間、たった1日なのに。
まあ、好都合っちゃあそうなので、ありがたく実験に協力してもらうことにしよう。
ちなみに、強制での参加なら1日すら待たずに集められたんだけど、今回はどのみち薬の微調整に1日必要だったので変わりないし、納得して自分から集まってくれた囚人が相手なら、こっちも幾分気が楽である。今後はケースバイケースで使い分けていこうと思う。
今日はここんとこいつも着ている看守の服じゃなく、研究用の白衣(自作のマジックアイテムである)に身を包み、控え室に待っている5人の囚人を1人ずつ呼び出す。
そして、呼び出した1人1人に簡単な問診を行った後……問題の目薬を左右に1滴ずつ点眼。
後は、各自特別に用意した独房に入ってもらい、その中で数日過ごしてもらう。
この実験、1日だけじゃなく何日分かデータ集めて様子見るので。
なお独房は、普通の独房よりはけっこう快適に過ごせるようなつくりになっている。歩ける部分の広さは四畳半くらいで、トイレも隠れていない備え付けのものだけど……ベッドは普通の房のそれより若干柔らかめで、食事も少し豪華。私物も事前に持ち込ませてる。
いつもより少しだけマシといえるこの環境で、今日から数日間過ごしてもらうことになる。
さて、一応自信はあるし、動物実験で安全性は極限まで高めた上で溜めさせてもらったけど……果たしてどういう結果になるやら?
☆☆☆
ある囚人は、不安になっていた。
いつもよりやわらかいベッドに横になり、持ち込んだ本を読みながら、不安になっていた。
その囚人は、新入りとは言わないまでも、入ってきてまだ日が浅い。
ゆえに、囚人としての『ランク』も低かった。
ラグナドラスの囚人には、ランクが設けられている。
収監されたばかりの囚人は、全員一様に『5級』。その上に『4級』『3級』『2級』そして1番上の『1級』があり、このランクは収監中の生活態度などによって上下する。
そしてこのランクによって、監獄内で出来ることが決まってくる。
この囚人はまだ『5級』。出来ることは一番少ない……自由の少ない等級だ。
幸い、彼女の罪状区分は『共有スペース』の利用が許可されるものではあったものの、『5級』の囚人が売店を利用できる頻度は、1ヶ月に1回。
労役の内容も自分で選ぶことは出来ず、報酬は当然最低ランクで雀の涙ほど。
もっとも、あるだけマシと言われればそれまでだが。
そんな彼女が、ある日の通知で目にした、バイト的な内容の『労役』の中に見つけたもの……それが、この『治験』。特別な分類として募集されているそれは、本来なら労役の内容を選べない自分でも申請・応募できるものだった。
現在やっている普通の労役数か月分という巨額の『点数』。使う機会が少ないとはいえ、魅力的だった。それに彼女は、何も問題を起こさなければ、そう遠くない未来『4級』以上になれる。
そうなった時、この金額があればかなり余裕を持って売店で買い物が出来、精神にゆとりが持てる……この閉ざされた空間での人生に、少しでも潤いを与えられる。
そう思った彼女は、それでも一晩じっくり考えた末に……参加を申請した。
しかし当日になり、やはり不安はこみ上げてくる。
事前に、目薬の実験であると説明は受けていたし、試作段階の薬なのだから危険もある、ということは聞かされ、それも考えて、その上で申請した。
それに見合うだけの報酬だと、自分の中で損得勘定は終えたはずだった。
だがそれは裏を返せば、その報酬額でなくては釣り合わないほどの危険がある、ということ。
今になってその現実が、妙に脳裏に響いてくる……しかし、もう遅い。
もう決まったこと、そう考え、極力何も考えないようにして、治験に望んだ。
持ち込みたい私物を引き渡した後、身体検査を受けた。
全て問題なしと確認されると、部屋へ案内され……薬を投与された。
部屋にいた依頼人が、どう見ても自身よりも若い少年であったことに驚きつつも、問診と投薬はすぐに済まされ……今日から数日を過ごす独房に案内される。
何をしていろ、という指示は特にない。何をしていても構わない……そんな、自由でもあり、退屈でもある時間を過ごし……消灯時間になり、寝床に入る。
何をするでもなく、ただ不安の中で1日が終わってしまっていた。
投薬を受けた両目には、どこか心地よさを覚えるような暖かさがが感じられる。しかし、同時にそれは目に確実に『何かが起こっている』ことを示すものでもあり……それが余計に不安を掻き立てる。
結局彼女はその日、ほとんど一睡も出来ずに朝を迎え……そしてその翌日、
起床時間になり、明かりのついた室内で……絶句した。
「え……? うそ……何、これ……?」
☆☆☆
さて、今回の実験結果はと……うん、おおむね予想通りっていうか、成功だな。
・60番……視力が改善。
・266番……視力が改善。ドライアイが治った。
・330番……変化なし。
・712番……視力が改善。メガネが要らなくなった。
・902番……視力は変化なし。が、疲れ目がすっきりした。
うん、順調順調。
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