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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第11章 大監獄と紅白の姫

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第178話 研究開始

 

「点呼っ!」

「98!」「164!」「191!」「300!」

「6号異常なし! 食堂に移動!」

「「「はいっ!」」」

 はい、今日の仕事終わり。

 
 いきなり何だって話だけど、看守生活2日目です。
 今日から僕、本格的に薬の研究を開始します。

 なので、看守の仕事は最小限にして、残りの時間を全部研究に当てるようにする……というわけで、今日の僕の仕事は朝の点呼と開房確認だけなのだ。

 それならいっそ看守の仕事しなくていいじゃんって思うんだけど、なんかそのへん、国の機関ゆえの、そして僕の滞在目的の特殊さゆえの色んな事情があるらしいのだ。

 以前、僕が山村『トロン』でノエル姉さん達に鍛えてもらってた時の事件で、奴隷が新薬開発のための人体実験に使われてる……って事件があった。
 そしてそれが摘発されたことからもわかるように、この剣と魔法の異世界でも、人体実験に生きた人間を使うのは基本的に違法である。奴隷だろうと、犯罪者だろうと。

 しかし現実問題、僕が作ろうとしてる薬は、人体実験無しには作成は不可能。ましてや今回僕は、超のつく短期間でそれを作ろうとしてるんだから、それこそ湯水のように……とは言わないまでも、切らさずに実験台の人間を使い続けられるような環境が必要だ。

 で、用意されたのが……ラグナドラスの『看守』の地位ってわけだ。
 第二王女が入っているこの監獄のシステムと特殊な規則を利用して、第一王女様他は僕の研究のための環境を整えてくれた。

 昨日僕も監視その他を体験した、『懲罰』と『労役』……囚人たちに課される、もしくは囚人たちが進んで行う強制労働。

 この監獄の看守や職員のうち、監獄所長などが特に必要と認めた者は、事前に特別な許可を得て新しく自分で『労役』や『労役』を用意し、囚人を使うことができるのだ。

 例えば、監獄内で使う消耗品が足りなくなりそうだと思った場合、所定の課にそれを申請して認められれば、『労役』として囚人達にその作成作業をやらせることが出来る、など。
 その際、有志で囚人たちを集めるか、強制力を持たせて集めるかは、内容や緊急性による。

 僕の場合、このシステムを利用して『人体実験』を行う。
 薬物の治験を『労役』として申請し、バイトの要領で囚人を集めるか、実際に病気にかかっている囚人や、懲罰を課される囚人などに強制的に参加させて行うわけだ。そしてその際は、居住環境や食生活なんかの細かな条件指定なんかもこっちで行うことが出来る。

 しかし、コレはあくまで監獄所長に認められた看守ないし職員だけが行使できる権利……看守ないし職員の立場がないと使えない。
 だから僕は仮の身分として、その職員等のうち、手続きとかの関係で一番手っ取り早くなることが出来、かつ表向きの『依頼』としてギルドに届けても問題ない立場である『看守』になった。

 そして、看守の仕事はほとんどポーズだけ。短期間で研究・開発が済むならともかく、長期化するようなら、書類上にのみ勤務記録を残して自然消滅させることも考えるらしい。最終的には、看守の仕事なしで研究のみ行える環境にすると。

 また、看守にならずにこれらの権利を得ることは……王女様の協力があっても僕では難しい。
 できなくはないけど、時間がかかるので無理だったのだそうだ。

 王国において最高に近い権力を持っている王女様でもそうできないのにはもちろん理由がある。そして実の所、僕が形だけとは言え『看守』業務を遂行しなきゃいけない理由もそこにある。

 この『ラグナドラス』は大陸でもTOP3に入るほどの規模の監獄で、ネスティアのみならず他の国からも、何らかの理由で重要ないし凶悪な犯罪者が送られてくることがある。昨日見た資料の中にも、国外から移送されてきたっていう囚人が何人かいた。

 彼ら彼女らへの刑罰の執行・管理は、『ラグナドラス』に到着して手続きを終えた時点でネスティア行政府および司法当局に全面的に委託される。

 その代わりと言っていいのか、事前に多数の国との協議の末に決めた細かい規則みたいなものがいくつか存在しており、それらの多くは王女様でも捻じ曲げることはできない。
 なので、ただラグナドラスに来てしまえば囚人を使える、ってことはないのだ。

 その中には、薬品等の人体実験に囚人を使う場合の取り決めなんかもある。国とかの正規の研究機関であればそれに必要な手続きもさほど難しくないんだけど、部外者である僕にそれは無理。
 同じように、僕がここで研究・実験を行う上で邪魔なルールがいくつもあった。

 そこで、『外部の研究者による人体実験』でなく『内部の職員による労役・懲罰』という、ほとんど裏技と言っていい抜け道を使っているわけだ。さっき説明したルールを利用して。
 これなら、看守として業務をこなしてるっていう事実さえあれば、あと残りの問題は全部ネスティアの人事権だけでどうにでもすることが出来るから。秘密保持の面から見ても都合いいし。

 さて、そういうわけで『職員・看守』として囚人を弄くることを許されている僕は、これから研究に入ります。

 ☆☆☆

 20分後。
 僕は、必要な道具一式を持って……C棟、すなわち要隔離囚人用の収容房のところに来ていた。

 ここには、『白夜病』『蝕血病』『邪血疱瘡』の患者も収容されているのだ。ほぼ感染することはない病だとしても、一般の収容房に入れておくわけにはいかないということで。

 僕の目的は、ここにいるそれらの感染者達から、王女様からもらったのと同じように、血液や涙なんかのサンプルを採取することである。サンプルは多いほうがいい……っていうかそれ以前に、いくらなんでも王女様1人分じゃ研究材料として少なすぎる。

 なので、ここにいる感染者達には、薬が出来た際の実験台だけでなく、こうした基礎の段階からも協力してもらうことになるわけだ。治療行為の一環であると定義づけて、強制で。

 そのために、これから鍵を開けてもらってここに入るわけなんだけど……その重厚な扉の前で、僕とナナ、それに義姉さんは、あっけに取られていた。

 なぜかっていうと……見知った顔が2人ほど、扉の前で待っていたからだ。

「おっ、来たか……護衛のし甲斐のない『要人』が」

「お久しぶりです、ミナト殿! お勤めご苦労様です!」

 扉の前で待っていたのは、まさかの『青色』と『銀色』。
 少佐になったスウラさんと、騎士団所属のスーパールーキー・ギーナちゃん。

 『サンセスタ島』の一件以来、およそ3ヶ月ぶりの再会となる顔見知り2人だった。
 いや、こっちもびっくりだよ……まさか、君ら2人に護衛されることになるとは。

 
 このC棟では……囚人と面会ないし接触するに当たって、いくつかルールがある。

 その中の1つに、1人で囚人と接触してはいけない、っていうのがある。
 ここにいる囚人の中には、精神に異常があるせいで1対1で接するのが危険な者なんかもけっこう多くいて、面会中に襲ってきたりすることもある。

 看守でも最低2人1組、部外者の場合は2名以上の看守もしくは軍人の警備係と一緒でなければ囚人と接触できない。

 今回、一応僕は今『看守』なわけだけど……扱いとしては『部外者』になるそうだ。なぜか。
 手伝い役のナナに加え、さらに2人を伴って中にはいることになったわけなんだけど……その、同行する2人ってのが……まさかこの2人だったとは。

 イーサさんの話で、2人がここにいる、もしくは来てることは知ってたけど……配置とかは聞いてなかったし、僕ほぼ女子監獄や研究フロアから出ないだろうから、もしかしたら会えないかも……なんて思った矢先だった。

 しかも驚いたことに、2人は今日この場での、C棟でのサンプル採取のみならず……僕専属の護衛として、常に付き添っているらしいのだ。居室まで、僕らと同じフロアに設けられているらしい。

 これもまたしても『規則』で、外部の者が特別な許可を得て監獄内に中~長期滞在する場合、軍人の警備兵を護衛につける必要があるってもの。

 しかし、ここでどうやら第一王女様の横槍が入ったらしい。護衛の人選に関して。
 通常、数人でローテーションを組んで護衛にあたるはずの所を……この2人だけが選ばれた。

 もちろんコレには理由があり……2人はきちんとそれを聞かされていた。

「2つあってな。1つ目は……言ってしまえば当たり前な上に本末転倒なのだが、、そもそもミナト殿に護衛などいらんだろう、というメルディアナ殿下の見解によるものだ」

 うん、まあ、そりゃあね……言っちゃ悪いけど、僕、自衛できる程度には強いから。
 ぶっちゃけ、スウラさんとギーナちゃんじゃ、僕が護衛『する』側だ。

 けど、規則だから護衛は必要である……と、ここで出てくるのが、もう1つの方の理由らしい。

「どうせ誰かつけなければならんのなら、そばにいても気苦労の無い者がいいだろう、ということになったらしい。それで選ばれたのが、我ら2人というわけだ」

「ああ、なるほど……」

 原則、護衛は常に対象を守るため+その対象自体が監獄内における禁止行為をしないかどうか監視するために、いつも一緒にいなければいけない。
 自室で寝る時なんかはともかくとしても、日中はずっと。作業中なんかもだ。

 しかし見ず知らずの、しかも仕事ってことで緊張感バリバリの軍人がそばにいたんじゃ、リラックスできないこと間違いなし。出来る人はできるんだろうけど、僕は無理だ。

 ただでさえ激務になる可能性がある僕の『研究』という主目的に、それはあまりに不都合。

 そこで王女様は、さっきスウラさんが言ったように『そばにいてもストレスにならない人物』を護衛にしたわけだ。スウラさんとギーナちゃんっていう、僕の顔見知りを。

 2人は今後、寝る時以外はいつも僕らと一緒にいることになる。看守の仕事の時も、王女様に面会・診察する時も、食堂でご飯食べたり息抜きする時も、さらには……研究フロアにこもって研究する時まで一緒なんだそうだ。名前だけの護衛のために。

 また、看守の仕事とかで困った時とかのヘルプにも回ってくれるらしい。けどその辺は、こっちには義姉さんがいるから必要なさそうな気もするけど……。

「ていうか、研究フロアにまで一緒に入ってくるんですか? 結構、危険な薬品とかも扱うことになると思うんですけど……」

「もちろん、そういった場合はミナト殿の指示に従うように言われている。むしろ、我々がミナト殿の邪魔になるようなことは何としても避けろと厳命されているからな」

「どうしても必要だと感じた場合、各自の判断である程度融通を利かせてもよい、とも言われています。あくまで、形として警護する必要があるだけなので……」

「鉄の規律に守られたこのラグナドラスで、そこまで譲歩させるか……殿下、本気ねこりゃ」

 ため息混じりに義姉さんがそんなことを。よくわからないけど、これ結構な厚遇というか……第一王女様が色々と権力乱用して融通利かせてくれてるらしい。

 んー……まあ、第一王女様の指示通り、僕の邪魔にならないようにしてくれるなら、いいか。

「わかった。じゃあスウラさんにギーナちゃん、今日からよろしく。基本は普通にしててくれて大丈夫だけど……研究フロアでだけは、何にも触らないように。以上」

「「了解!」」

 びしっ、と敬礼。さすが軍人、見事に揃ってきれいだ。

 じゃ、話も終わった所で……行きますか、採取に。

 
 やることは決まってるので、用件はサッと済ませた。

 面会用の部屋に、対象の病気に感染してる囚人を1人ずつ呼び出す。
 そして、王女様と同じように、髪の毛と唾液、涙、それに血液を採取して終了。この繰り返し。

 ただし、『白夜病』の症状が進んで失明してる囚人だけは、動かすのが手間なのでこっちから出向いて採取した。まあ、大した労力じゃないし、気にするようなことじゃない。

 なお、その際に行うボディチェックは、つれてくる段階で看守さん達が事前にしておいてくれてたので、目の前で裸にむいて調べるようなことがなくてホッとした。
 そう言ったら、スウラさんに微笑ましいものを見る目で見られたけど。

 そんな感じで、1時間少々かけて十数人分のサンプルを採取し、研究フロアに戻った。

 聞いてた通り、スウラさんとギーナちゃんも中までついてきたけど、ここで下手に動き回られたり物に触れられたりするとガチで危ない。

 なので、別の部屋からテーブルとソファを持ち込んで、隅っこの方に『休憩室』みたいなのをつくり、そこでゆっくりお茶でも飲んでいてもらうことにした。
 ナナと義姉さん、アルバも基本そこ。用事があるときだけ、こっちから呼ぶ。

 ……よし、これで準備完了。さ、始めるか。

 まずは『白夜病』からだな。ダンテ兄さん達に用意してもらった過去の研究資料と見比べながら、症状ごとの特徴から見て異常の原因を……

 ☆☆☆

「それにしても……ミナト殿はまた、独特というか奇怪な格好で机に向かっているな」

「そ、それはたしかに……何なんですか、アレは?」

「ミナト自作の研究用ツールだってさ。えーと……名前なんだっけ? アシュラなんとか?」

「いえ、それは前までので……今のアレは『ヘカトンケイル』だそうです」

 4人の視線の先では……ミナトが、『アシュラデバイス』の後継機である研究用デバイスを身につけて、一度にいくつもの書類や書籍、薬品やサンプルや実験器具を持って作業をしていた。

 『アシュラデバイス』は3つの視点による360度の視界と、4本のメカニックアームによる合計6本の腕での作業を可能にするツールだったが、『ヘカトンケイル』はその上を行く。

 地球の神話に出てくる、50の頭と100の腕を持つ巨人の名を付けられたそのデバイスは、空中に浮遊する5対10個の手と、これまた空中に浮遊する5つの目玉からなる。
 ミナトはそれらを、頭に装着したヘッドホン型の制御装置によって自分の意思で動かし、一人で数人分の作業を同時に行える。

 浮遊する手は手首から先しかないために、腕という阻害物体なくスムーズにあちこち動ける。縦横無尽に飛び回り、書類のページをめくったり、薬品を混ぜたりペンを走らせたりする。

 目玉は1つずつ独立して動き、必要な時に必要な場所を同時に5つ見ることが出来る。くるくると自在に回転できるため、視界は360度どころではない。前後左右上下に死角なしだ。

 ちなみに、見た目はかなりメカメカしいものとなっているため、手首や目玉が浮いていてもグロテスクさは無いところは、ミナトのこだわりだったりする。

 合計12の手と6の視点を駆使して研究を進めるミナトを、彼の研究シーンを初めて目の当たりにするスウラとギーナは、唖然として見ている他なかった。

「単純計算で、少なくとも6人分の作業をこなせるわけか……いや、相互の情報伝達・共有の手間が無いことを考えれば、それ以上かもしれんな。混乱したりはしないのか?」

「最初は大変だったけど、使ってれば慣れるらしいわ。ホント化け物よね……それはそうと」

 お茶菓子を紅茶で流し込んだセレナは、一旦視線をミナトからはずし、座っているスウラとギーナに向ける。

「お2人さん……あんた達はどこまで知ってんの?」

 その質問に、スウラは目を細め……ギーナは僅かに身を強張らせる。
 スウラは更に、ギーナに『緊張しすぎるな』と目で合図を送り、

「一通り全て聞いております、セレナ殿。リンスレット殿下の存在はもちろん、そのご病気のことは2つ共です。ミナト殿が作っているのは、その『白夜病』と『邪血疱瘡』、それに、ジャスニアのエルビス第五王子とルビス王女の身を蝕む『蝕血病』の治療薬……こんなところですか」

「ジャスニアの方の事情まで聞かされているのですか!?」

 聞かされていても自国の事情だけだろうと当たりをつけていたナナは、さすがに驚きを隠せずに聞き返した。

「主にミナト殿の研究関連の注文などは、私とギーナを通じてオフィスへ申請されることになっていますので、必要なことは全て聞かされているのです。ジャスニア当局にも許可は取ったと」

「そこまで周知させた部下をそろえるなんて……破格に輪をかけて破格の待遇ね。こりゃ関わってるのはメルディアナ殿下だけじゃないわね。その上……国王クラスが一枚噛んでるのかも」

「そこまではさすがに……我々は任務内に許されている自由が多い分、命じられた任務だけは確実に達成せよと言われているのみですので」

「そうするのが賢明よ。わかっちゃいたけどこの一件、秘密裏ながらとんでもなくスケールの大きい、国レベルの一大プロジェクトになってるわ……取り組んでるのはたった1人だけなのにね」

「その『1人』が百人力を期待できる御仁ですからな……『夜王』の血を受け継ぎ、『冥王』の技術を受け継いでいるとなれば、期待も高まるでしょう」

 そこでスウラは、再びミナトの方に目を向ける。

 視線の先で、縦横無尽に手と目を動かして作業を進めるミナト。その作業内容は、1つとして何をしているのか、スウラのみならずそこにいる誰にも理解できはしない。

「形だけの『護衛』……それによって自由その他を保証するのが役目といえば聞こえはいいが……それくらいしか出来ない自分が、少し情けなく思えます。ミナト殿はその双肩に、1国の未来にも等しいものを背負っているというのに……」

「そりゃ筋違いの自責ってもんよ。そもそも一般人が立ち入れる領域の話じゃないんだし」

「……わかってはおりますが、な」

 細められた目に僅かな憂いを浮かべるスウラは、ぬるくなった紅茶を飲み干して、ため息をついた。その隣に座っているギーナも……言葉を発しはしなかったが、同じ思いのようだった。

 そして、それら全てのやり取りは……ミナトに聞こえていた。

 一大プロジェクトだの、国王クラスが関わっているだのと聞かされ、『いらんこと聞いた』と内心げんなりしているミナトだったが……だからといってやることが変わるわけではない、と振っ切り、自分が前にしている研究機材一式にあらためて向き直っていた。

 
 
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