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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第11章 大監獄と紅白の姫

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第177話 今日から看守

 ……何か説明回っぽくなった上に滅茶苦茶に長くなりました……どうしてこうなったっ
 

 ――――!! ――――!!

「……ふぁ……ん、朝か……」

 早朝、午前5時30分、僕、起床。

 普通の人には聞こえない(が、僕は聞き取れる)可聴域外の超音波を出す僕専用目覚まし時計から流れた音楽により、問題なく目覚めた。

 さて……早起きにも成功したし、仕度しなきゃな。
 これから仕事なんだから。看守としての。

 
 僕がこの大監獄ラグナドラスに来るにあたっての、表向きの理由は『臨時看守』だ。
 そのため、形だけでも看守の業務をこなす必要がある。

 まあ、実際には手は足りてるわけだから、あくまでポーズで少しやって見せるだけでOKであり、中身は適当でいいらしいんだけど。

 ただ、適当だろうと形だけだろうと、ある程度は看守の仕事や監獄の仕組み、1日の流れ、囚人への接し方、扱い方ってものを学ぶ必要が在るようで……今日1日はまず、看守のお仕事を勉強する日になった。

 もちろん空いた時間で研究もするけど……その『研究』のためにも、この監獄の仕組みはきちんと理解しておいた方がいいとのこと。
 ともあれ今日1日、この1回の指導できちんと覚えられるように頑張ろう。

 そう考えながら、肌着の上から『黒帯』を巻き……

「『装着』……っと」

 いつもの黒メインの私服……ではなく、昨日の夜のうちに着て『収納』しておいた、この監獄の制服を出現させて身にまとった。

 
 部屋から出て、同じく看守の任務につくために制服を身にまとっているナナと義姉さん、そして今日一日僕の教育係になってくれるアリスさんと合流した。

 男用と女用の違いが少ない軍服。それを、本職もしくは前職の3人に混じって僕も身にまとってるってのは、何だか変な感覚である。
 ちなみにアルバは留守番。

 ともあれ、これからアリスさんに指導されながら僕とナナは職務に当たる。

 見学じゃなくて、実際に職務を遂行するそうだ。やる直前に、アリスさんが簡単にやることを説明してくれるから、その通りにやれと。

 ちなみに義姉さんは以前、ここでの勤務経験があるからいいんだって。
 ……なら、わからないことがあったら義姉さんに聞いてもいいかな。

「では本日はまず、看守としての仕事を一通り体験していただきます。今日は初日ということで全スケジュールを案内いたしますが、明日以降はシフトにしたがって一部のみ勤務していただき、他の時間で研究を行っていただくことになります。それと……最後に1つ」

 そこでアリスさん、目を細めて真剣な顔になり、僕とナナを見る。

「ミナト殿、それにナナ。ここにいる者達は『囚人』……犯罪ないしその他の問題を抱え、社会に出ることを認められていない問題人物達です。冷酷非情になれとまでは言いませんが、過度な優しさや気遣いは相手に舐められることにつながります。2人の性格は聞いていますから、難しいでしょうとは思いますが、看守長としてあえて言います。私情・感情は不要。自分は今、彼らを管理するシステムの1つであるとだけ認識してください」

 それ以外は何も要りません、ときっぱり言い切って、アリスさんは僕らを先導すべく、背を向けて歩き出した。

 今垣間見えた、彼女の気迫というか貫禄みたいなものにちょっと驚きつつ……僕らはその後に続いた。

 ☆☆☆

 6時30分。
 アリスさんに連れられ、昨日も見たA1棟へ来た瞬間、ジリリリリ……と、非常ベルみたいなやかましい音が響き渡り、囚人達に起床時間を告げた。
 同時に、通路や部屋の中の明かりがいっせいにつき始める。

 起床した囚人達は、この時間で身支度と簡単な掃除を行う。

 各部屋のドアには、独房・雑居房を問わず小さな窓がついていて、中をのぞけるようになっている。そこから、きちんと仕度にかかっているか、何か妙なことをしていないか、目視で1部屋1部屋調べる。

 中には、今正に着替えの最中で下着姿や裸の囚人たちもいたけど、職務なので気にしない(ように務める)。
 いつものことだからだろう、彼女らもほとんど気にしてない。

 
 15分後、6時45分。開房点検。

 今回の僕の担当……A1棟、第6号房。
 外から鍵のかかる扉を、支給された鍵で開けて開く。ノックは不要。

 中では、女性囚人5名が正座して横1列に並んでいる。

「点呼っ!」

「298!」「437!」「510!」「601!」「848!」

「6号異常なし、外に整列!」

「「「はいっ!」」」

 手元の名簿と照らし合わせて、囚人の番号を確認。全員いるのを確認して遠くまでよく聞こえるように腹から声を出す。

 軍隊みたいに規律正しく整列する囚人たち。それを見届けてから……同じようにして、他の房を点検。これを繰り返す。

 廊下に一定人数並ぶ&担当エリア全部屋の異常なしを確認したところで……さりげなく合流し、僕の隣に立ったアリスさんが声を張った。

「食堂に移動!」

「「「はいっ!」」」

 その号令でいっせいに歩き出す囚人たち。2列で行進して『食堂』へ向かう。
 私語は厳禁のため、全員、一様に無言。

 後ろには、義姉さんがナナと一緒にいて、アリスさんみたく声を張っているのがチラッと見えた。さすが経験者、義姉さんは慣れてるっぽいし……ナナも緊張してるそぶりなくそれについていってる。

 
 7時00分。朝食。
 場所は、A1棟を出て連絡通路を通った先の別な棟……『共用スペース』。
 そこにある食堂で、大人数で朝食を取る。その間、看守は囚人を監視。

 学校給食みたいに、お盆の上の皿や器に盛り付けてもらいながら進み、席に座る。

 ちらっと見た今日のメニューは……やっぱり質素なそれだ。
 小さめの食パン2枚と目玉焼き、そして野菜スープ。飲み物は水。

 そしてアリスさんによると、基本的に私語は禁止だけど、この食堂を含む『共用スペース』ではある程度容認してるらしい。周囲に迷惑な大声とか大笑いでなければ。

 とはいえ、この食堂でもきちんと守るべきルールはある。

 代表的なのは、囚人同士の食事のやりとりは、同意の有無を問わず全面的に禁止だってこと。力関係の差から、強い者が弱い者の食事を奪ってしまうような事態を防ぐためで、破ると懲罰の対象になるそうだ。

 また、当然時間制限もある。15分以内。私語禁止が緩和されてても、満足におしゃべりを楽しむ時間も与えられないわけだ。
 ま、監獄だしそのへんはしゃーないだろう。

 
 朝食の後は、また集合して房へ戻るんだけど……この後、囚人たちの1日は2パターンに別れる。『労役』があるか、ないかだ。

 現代日本で言う『懲役』にあたる、投獄と同時に労役そのものを刑罰として言い渡された囚人はもちろんのこと、ただ単に閉じ込められるだけの『禁固』にあたる囚人も、希望すれば働くことが出来る。

 で、実情はどうなのかというと、ほとんどの囚人が労働を希望する。
 理由はいくつかあるが……それはまた後で。

 そんなわけで、労役そのものが刑罰、もしくは望んで労役を行う囚人は、房で準備を整えた後、看守による監視のもと『作業用区画』に向かう。

 
 8時45分。

「作業、開始!」

 アリスさんの一喝とともに、一斉に囚人が作業に取り掛かる。

 ここは、『作業用区画』の一室……最も基本的な労働内容の1つである、『文房具作り』が行われる部屋。囚人達はそれぞれ座席について、机の上にある道具を使って、封筒や瓶入りインクなどの文房具を作っていく。

 小学校の教室くらいの広さの室内の決められた場所に看守が立ち、監視。僕も壁際に立って、見える範囲の囚人達の作業を監視する。
 怪しい行為をしている者はいないか、私語をしていないか、等。

 作業中は私語は厳禁。無言で黙々と手を動かす女囚たち。
 用がある時は挙手。トイレの申し出や、作業用道具の目減りなんかも。

 ……なんか、現代の刑務所で行われる刑務作業みたいだな、と思う。

 しかし聞くところによると、労役には種類があり……囚人は量刑などに応じて内容を決められ、それにしたがって働くことになるらしい。

 簡単なものは、今目の前で行われてる感じの『文房具作り』なんかだけど、囚人によっては金属加工とか家具作りとかをさせられる者もいるとか。やはり普通に刑務作業である。

 が、重罪犯になってくると……鉱山労働なんかの重労働や、危険な薬品を使ったり、粉塵や悪臭が立ち込めてたりするような環境での労働などにあてられたりもするそうだ。
 そういう労働では、怪我人・病人も結構な頻度で出るらしく、緩やかな死刑と言っても過言では無いんだそうだ……やっぱ怖いな、剣と魔法の世界。

 聞けば、そもそもこのラグナドラス、もともとはこの辺が何とかって鉱物の採掘場で、囚人や奴隷を使ってその採掘を行っていた施設を再利用しているらしい。

 まだ今でもたまに鉱洞を掘っているとそれらが出るらしく、重罪犯はそこでの労働に当てられることもあるんだとか。換気設備も何もなく、熱気と粉塵、悪臭の中での過酷な労働に。

 ちなみにこの労役だけど……ある程度のランクを持つ囚人は、従事する労役を選ぶことが出来る。そしてその種類によって、内容はもちろん、様々な違いがあるのだそうだ。

 そのへんは、『囚人のランクって何だ』という疑問とあわせて、後で。

 労役は1日8時間。2時間×4コマという構成。
 午前と午後で2コマ、すなわち4時間ずつ。それぞれ間に15分間の休憩があり、午前と午後の間には昼食を兼ねた30分間の休憩がある。

 つまり、2時間働いて15分休憩、その後また2時間働くと30分昼休み、そしてまた2時間働いて15分休憩し、最後にまた2時間働くわけ。
 午後4時45分、作業終了となる。

 なお休み時間は、作業の内容によっては普通より長かったり、逆に全くなかったりする。

 ちなみに昼食は、スペース移動する手間を考えて、大抵弁当が出る。作業用区画内に設営されてる休憩室に移動して食べる形だ。

 
 さて、その合計8時間を、看守達は交代交代で監視し続けるわけだけど、今日は始まってまもなく僕は他の看守と交代し、ナナ、義姉さん、アリスさんと一緒にその部屋を後にした。

 ここからしばらくは、単純な監視と応対の繰り返し。わざわざ密着して見学・体験するほどの複雑さはないからだ。
 それに僕ら、まだ朝ごはん食べてない。

 看守の食事や、必要な日用雑貨なんかの購入その他は、看守・職員等用の『居住区画』にある施設で行える。食堂もあり、高校や大学の学食みたいな感じで、メニューも意外と充実してた。

 そこで少し遅めの朝食をとりながら……僕らはまず、一息ついていた。

「はー……何か疲れるね、看守って」

「疲れるってあんた、指示出して監視してるだけだったじゃない。あれのどこに疲れる要素があったのよ?」

 と、義姉さんは呆れたように言う。

 しかし、その隣で座ってるナナは、僕のこの朝からの疲労の理由を、なんとなくだが察してくれたらしく、

「いえ、無理もないと思いますよ。ミナトさんが普段やらないって言うか、あんまりやりたくないような作業のオンパレードでしたし」

「と、言いますと?」

 と、アリスさん、少し不思議そうに同期のナナに問いかける。

「囚人とはいえ見ず知らずの、しかも女性に対して、高圧的とも言える口調で命令して従わせたり注意したり、自由を奪うわけでしょう? 普段ミナトさん、口調や内容以前に他者に対して命令したりするってことをしませんから、苦痛に感じるのも仕方がないかと」

「? 『邪香猫』のリーダーはミナト殿だと聞いていますが?」

「それ、名前だけ。実際僕らってさ、リーダーなんて地位、あってないようなもんじゃない?」

 重要なことは皆で話し合って決めるし、僕が独断で決めるなんてことはほぼない。せいぜい、珍しい食材が入った時の晩御飯の献立くらい……いや、それだってシェーンの話を聴いて決めてるしな。

 事務作業や経理作業なんか、ほぼナナやエルクに任せちゃってる。場合によっては、後で事後報告とか貰うだけみたいな感じになってるし。

 戦闘の時の作戦やらフォーメーションなんかも、事前に皆で話し合って決めるし、いざって時には各自に丸投げしてる。『現場の判断を信じる』と言えば聞こえはいいけど、僕がリーダーっぽく指示・命令出す場面なんてほとんどないと言っていいと思う。

「それは言いすぎですよミナトさん。私達ちゃんと、何か事案を処理したり決定したりする時はミナトさんに許可とってますし、作戦や人事だって最終的に決定権を持ってるのはミナトさんじゃないですか」

「いや、だからその決定も結局は皆で話し合った結論であって……っていか、人事って何のこと?」

「ターニャちゃん達の雇用ですよ。ミナトさんの鶴の一声だったでしょ?」

 ああ、あれね。確かにそうだったかも。
 でもホラ、別に反対意見出なかったじゃん。前から話題には上がってたことだったし。

「やれやれ……このコはあいも変わらず自覚に乏しいこと」

「……何やら、大変そうですね」

 アリスさん、僕らのやり取りに微妙に笑みを引きつらせていた。なんか、額にマンガ汗が見える気がする。

「まあでも、あんたにはあんまし向いてないっていうか、得意分野じゃないってのは確かにそうかもね。『邪香猫』だって、リーダーがチームを引っ張ってく感じじゃなくて、皆一緒に並んで歩いていく感じのチームだし」

 あーそうそう、そんな感じ。僕のチームの理想像。

 皆仲良く気兼ねなく、上司と部下って言うより、家族や友達みたいな感じの付き合い方で。緊張感とか極力無い感じの関係性で付き合っていきたい、ってのが、僕が仲間達に求めてるチームのあり方だ。

 ……監獄なんていう、誰かが誰かを厳しく律するような場所とは真逆なのである。今更ながら、直接の依頼内容と関係ない部分が前途多難だ……。

「ま、まあ……明日以降は正式にシフトを組んで、研究に大部分の時間を取れるようにしますので、そこまで大変に感じることもないかと思いますよ? ああ、それとミナト殿、今日これからのことなのですが」

 と、ふと思い出したようにアリスさん、別な話題を提起。

「? 今日これからって?」

「先程申し上げましたように、日中の『労役』の最中における看守の仕事はただ監視するだけで、特別何か技術を要するものではありません。もともとミナト殿の仕事はポーズである部分もありますからね。ですので、次のスケジュールとしては夕方以降の囚人の誘導等を考えていますが……それまでどうしようかと」

「? 何か予定とか、特に入ってないんですか?」

「ええ。なので、夕方まで早速『研究』を始めていただいても構わないのですが……もし可能であれば、今日のうちに他の場所の説明等も済ませてしまえればと思いまして」

「え? 他の場所ってーと……」

 すると、それを横で聞いていた義姉さんが、視線を空中にさまよわせながら、何か思い出すように考え始めた。

「……ひょっとしてアリス、それ、『B』と『C』と『D』?」

「はい、それらに加え、朝見れなかったA2からA4も軽く、と予定しています。いずれも、ここで勤めていただく上では避けて通ることが出来ない場所ですから……」

「いや、別にシフトに入れなきゃいいだけじゃ……あーそうか、実験台を選ぶとなると、筆頭は志願者や発病者と並んで……」

「ええ、ですのでなるべく早くにと」

「なるほどね。しかし……あそこかぁ……」

(……何この会話? 誰か解説プリーズ……)

 置いてけぼりにされてた僕に、横からナナが説明してくれた。

 それによると、つまりアリスさん、これから僕に他の収容房を案内するつもりだとのこと。ああ、そういや『A2』とか『B』とか『C』とか、昨日軽く説明貰ったっけな。んで、昨日も今日も僕が見たのは『A1』の収容房だけだから、他の所も、ってか。

 が、それには理由があった。そしてそれは。看守として仕事する以上は、形だけだとしても全部の収容房のことを知っておかなきゃいけない……とかではない。

 僕がここで行う『研究』……それに使う『実験台モルモット』の選別の際に必要になる知識でもあるからだった。

 それを理解した僕は、午前の後半から午後の時間を使って、今日のうちに房を全種類案内してもらうことにしたんだけど……

 ☆☆☆

 まず、さっき行った『A1』の隣の『A2』……無期刑の囚人が収容されてる房。

 大きくはA1の房と変わらない。A1よりも労役に行かずに部屋に残ってる囚人が多いように感じるけど、やっぱり結構な人数が行ってるみたいだ。強制的にか、自主的にかはわからないけども。

 アリスさんの話だと、無期刑ってのは期限を定めずに収監する罰であって、生活大度が真面目でトラブルお起こさず、反省した様子が見られるようなら出られる。
 逆に態度が悪かったり、トラブルが多かったりすると出られない。

 その性質から、この房に入れられた囚人は2タイプに別れるそうだ。

 1つは、労役にも出て熱心に働き、生活態度も真面目にして看守達への印象をよくし、早く外の世界に出られるように頑張る者。目指せ模範囚、早く来い仮釈放、って感じだろうか。イメージ雑だけど。

 そしてもう1つは、諦めて好きなように生きる者。もう一生ここから出られないんだと悲観的になり、真面目に生きることを放棄し、懲罰にならない程度にだらけたり、トラブルも起こしたりする生活を送るそうだ。

 
 続いて、A3。『終身刑』……つまりは一生監獄から出られないと宣告された囚人が収監される場所だ。

 そのせいだろう、囚人たちが醸し出してる空気というか雰囲気が、先に見た2つに比べて重い。まあ、無理ないだろうけどね……恩赦か何かでもない限りは、一生ここから出られないって確定してるわけだから。

 それでも、ポジティブな囚人は、労役を希望したりして、この監獄生活をも精一杯楽しもうとしてるらしいんだけど。たくましいな。

 
 そしてA4……終身刑の中でも特に悪質と判断された者に加え、『死刑囚』が入っている房。この監獄においても最悪の連中の収容施設。

 暗くて重い感じがさらに濃密になった上に、何かいらいらしたというか、荒々しい気配もその辺にあるような気がする。

 やっぱ、死刑囚や超悪質囚人の収容場所ともなるとこうなのか……ひょっとしたら、今までの3つに比べて独房が多くて、ほとんどの囚人が1人部屋に入れられてるのも、そのあたりが関係してるのかも。

 ……あまり長くいたいところじゃないな。

 
 しかし……当たり前だけど、囚人って皆けっこう、見た目は普通の女の人なんだなあ。

 そりゃ、見た目一発いかにも悪そうな感じのもいないわけじゃなかったけど、中には普通のかわいい女の子にしか見えない娘や、むしろ気弱で大人しそうで、周りの囚人たちにビビッて泣きそうになってる娘とかいたし。

 まあ、見た目なんて当てにしても仕方ないってのはわかるけどさ。彼女達全員が罪人である事実に代わりはなく、何かしらの罪を背負ってここにきたわけなんだから…………けど……

 ……冤罪とか、ないのかな?

 ……ありそうだな。この異世界、結構貴族とか権力者が好き勝手やってるし……無実の罪で投獄された娘とか、いてもおかしくない気が……

 ま、考えた所で僕に何が出来るわけでもないんだけどね……。

 さて、これで半分見終わった……残り半分だ。
 これなら、昼食前に全部終わりそうだ。午後、夕方までの数時間、研究に費やせるかもしれないな。

 ☆☆☆

 ……数分前の僕、甘かった。
 今、それを痛感している。

 いや、あの、ちゃんと予想してた時間通りに終わりそうではあるんだけど……何と言うか、さっきまでに見た3つより、あらゆる意味で桁違いにきっついのが、残り3つ残ってたんだよ……。

 やばい、この調子だと、精神的ダメージの回復で午後つぶれるかもしんない……。

 
 次の見学場所は、『B』棟。
 A1~A4の房から連絡通路をいくつか通った先、かなり離れた所にある収容房。

 そして、収容されている囚人は……『特殊罪状』。
 様々な事情から、犯した罪の内容を、もしくは存在そのものを表に出すことが出来ない囚人が入る場所。

 表ざたになると機密事項が漏洩する可能性があったりする囚人とか、外交上厄介なことになる囚人とか、ここに入るらしい。

 そんなかなり機密・秘匿事項の多い房だから、さっと見た程度でさあ次行こう……って話になった正にその時だった。
 房の奥のほうから……大きな布をかぶせられた担架が運ばれてきたのは。

 それを見て、即座に状況を理解したアリスさんと義姉さんが眉間にしわを寄せ……次いで、僕も苦い表情になる。

 いや、臭ってくるんだ……死臭が。あの担架から。

 アリスさんは一歩前に出て、担架を運んでいる職員に聞く。

「……番号は?」

「B57です。死因は服毒のようで……」

「毒……隠し持っていたと? 身体検査は徹底的に行ったのでは?」

「したはずなのですが、わかりません……申し訳ありません」

「……そうですか。解剖して詳細の調査を」

「はっ」

 短く返事をすると、職員さんは担架を運んで向こうへ歩いていった。

「……あの、あれやっぱ……死体ですか?」

「ええ。獄中で自害したようです……尋問前だったのですが」

「尋問って……身元は?」

「名前は不明ですが……チラノースの工作員です。ネスティアに潜入して機密情報等の持ち出しを狙っていたようで」

 ……あの国かい。

 どうやら、ひっとらえて幽閉してた工作員が、尋問前に自害したらしい。……いきなり寝覚めの悪くなるもん見せられたな……。

 なるほど……そういう感じで、果てしなくわけありで厄介な連中が入れられてるのね、ここには……あーやだやだ。

 

 続いて、C棟。
 さっきのB棟で地獄の底を見た気になってたんだけど……うん、どうやら甘かったみたいだ。ここ、もっときつい。

 ここに収容されてるのは『要隔離者』。
 様々な形で周囲に悪影響を与える問題のある囚人や、あまりに問題が多いため通常の房に入れられないような囚人、

 それに……凶悪な病気にかかっており、感染拡大その他を防ぐ必要のある重病人なんかが入れられている。

 その意味で言えば、僕が最も用のある房だ。何せここには……

「……例の病気の感染者も入ってるんですよね?」

「ええ……『蝕血病』と『白夜病』、それに『邪血疱瘡』の患者もおります。また、国内の他の監獄から、同様の病気により隔離されている囚人を何人か呼び寄せる予定で降りますので、実験台はそれなりの数集まるかと」

 あ、そう……そりゃ頼もしい。

 しかし、そういう風に病気の囚人がいるのはまあいいんだけど……他の理由でここに入ってる囚人たちが、なんというかきつい……。

 何か意味わかんないこと叫んでたり、明らかに何かキマっちゃってるようなヤバい目で睨んできたり笑ってたり……居心地悪い……。

 なんか見てるこっちが心を病みそうなんで、もうそろそろ出ない? ってアリスさんに提案しようとして前を見て……絶句した。

(……なんか、また来た……)

 つい十数分前に見た覚えのある担架が運ばれてきた……。
 しかも、今度は2つ……つまり、2人分……。

「……報告しなさい」

「はっ。囚人番号はC22とC40。死因はそれぞれ、精神崩壊による発狂死と、病死です」

 ……ちなみに、病死した方の病名は、『蝕血病』でも『白夜病』でも『邪血疱瘡』でもなかったです。
 だからって何がマシってわけでもないけど。

 

 そして最後……D棟。
 いわゆる『懲罰房』。規律違反を犯した囚人を収容する房。

 向かっている最中……早くもアリスさんと義姉さんから『覚悟しとけ』ってアドバイスが飛んできた。

「何ていうか……そういう趣味の奴以外にはひたすら痛々しくて、目を覆いたくなる感じの場所だからね……」

「……どんなとこなの、それ?」

「ざっくり言えば……女の子が酷い目に合わされてる部屋ね」

「本当にざっくりですね……まあ、間違ってはいませんが」

 義姉さんとアリスさん曰く、最初の最初に見たあの身体検査その他――全裸にされて穴という穴を調べられて消毒液かけられて最後には焼印押されて――で目を背けそうになってたことを考えると、これから行く『懲罰房』もまた、僕には視覚的・感覚的にきつそうだとのこと。

 男女問わず、看守の中にはああいう行為に抵抗および苦手意識がある者、そしてそうでないものがいるとのことであり……前者の場合、懲罰房で行われてることについては『これは囚人への罰であり必要なことなんだから仕方がない』って自分を納得させるしかないんだそうだ。

 とりあえず覚悟だけしておいてくれ、と入る前に何度も言われた上で……僕らは、重厚な扉の向こうの『D』に足を踏み入れた。

 D棟は全室が独房で、1部屋に1人、問題囚人が入れられてる。
 部屋は極端に狭く……見た感じ2畳くらいしかない暗い部屋に、ベッドとか便器、洗面台なんかが設置されている。

 ドアの穴から見える、その部屋の真ん中で……懲罰を受けている女囚たちは、正座ないし安座でただ座っていた。無言のまま、ただドアの方を向いて、視線も固定して座っている。ただそれだけ。

 しかし、それがきついんだろう……1日中、座っているだけ。それ以外何もできない、何もすることを許されない。
 小刻みに震えていたり、滝のように汗を流してたり、頬に涙の痕が見える者もいた。

 確かに、けっこうコレは痛々しいかも……でも、思ったほどじゃないか。
 これくらいなら、罰だってことで納得するのもそう難しくな……い……

「うぅ……うぅぅうっ……!!」

「うぐっ……ひっぐ、ぐすっ……!」

 あ、前言撤回。
 曲がり角をいくつか曲がった先で……事情が変わった。

「お願いします……もう、許してください……」

「もう違反なんてしません、反省してますっ! ここから出してぇっ!!」

「お腹、すいた……み、す……一杯でいいから……下さぃ……」

「何でもする、から……コレを、コレをはずして……!」

 そこらじゅうの房から聞こえてくる、痛々しい声。
 そのどれもが、喉の奥から搾り出したような、酷く弱ってるようなそれで……しかもそのほとんどが、しゃくりあげるような嗚咽を伴っていた。

 しかし、僕がぎょっとしたのは……声にじゃない。
 ……いや、声にもぎょっとしたけど、それ以上に……

 ドアの穴の向こうに見える、懲罰の内容が……さっきまでは、部屋で座っているだけだったのに、ここに来て別な種類のものが様々混じり始めたからだ。

 反射的に……また僕は、顔に『金縛り』をかけて表情その他を固定し、ぎょっとして噴き出して叫びそうになったのをどうにかこらえた。

 な、なんか……戦争映画の拷問みたいなのされてるけど!?

 座るんじゃなく直立不動で立たされてたり、鎖で壁につながれてたり、立たされてる上に一糸纏わぬ裸にされてたり……挙句の果てに、セリフからして食事削られてるらしい娘とかいたけど!?

 さ、さすがは『剣と魔法の世界』ってことなのか……!? 過激通り越して凄惨な……コレは確かに精神衛生上きっつい。そこらじゅうから悲鳴や鳴き声や苦痛のうめき声が聞こえて来るんだもん……ゆ、夢に出そうだ……。

「あの……アリスさん。正直なこと言っていいですか?」

「言わなくてもわかります。早く帰りたいのでしょう?」

 正解。

 しかし、わかってくれてることとそれを汲み取ってくれるか否かはまた別のようで……アリスさんは申し訳無さそうな視線をこっちに向ける。

「気持ちはわかります……私も、最初はつらかったですから。ですが……」

 と、その時……アリスさんの言葉をさえぎる形で、ベルがなった。起床の時間の時と同じ、やかましいベルが。え、何?

「……ちょうどいいですね。ミナト殿、仕事です」

「へ、仕事?」

 
 数分後。
 アリスさんから職務内容の説明を受けて、僕は『仕事』にとりかかった。
 朝と同じでノックは不要。鍵を開けて独房の中に入る。

 中には、この部屋の主である女囚が。……よかった、服は着てる。
 しかし……状態はやっぱり見てて痛々しい。

 短めの、赤色がかった桃色の髪の少女だった。年齢は……僕と同じくらいか。

 衣服は部屋着と思しき薄手の上下のみ。手は体の後ろで手錠で拘束された上、そこから伸びた鎖が、自由に動かせないギリギリの長さで天井につながっていた。足にも、両足首を固定する足枷がついていて、左右に広く開けないようにされている。
 その状態で、直立不動の姿勢で立たされている。

「……食事の時間だ」

 僕が入ってきたことに気付いて視線をこっちに向ける女囚に対し、それだけ告げる。
 なお、さっきから顔面金縛りはかけっぱなしである。

 こくりとうなずいたのを確認して、僕は一度廊下に出て、運搬用の台車から食事の乗ったトレーを取って、中に戻る。
 メニューは、サンドイッチとカップスープ、それに小ぶりのイチゴ2粒。

 そして、サンドイッチを手に取り、彼女の前に差し出す……彼女は少しだけ前のめりになって、それにかぶりついた。

「あ、ん……んぐ、んぐ……んむ……」

 ……懲罰房での仕事って、監視や懲罰の執行以外に、拘束されてる囚人に食事を取らせるっていうのもあるんだってさ。その実践。
 拘束されてる女の子への『あーん』……恥ずかしい上に痛々しい。

 サンドイッチが噛み砕かれて飲み込まれ、喉の奥に消えたタイミングで、今度はカップスープ、またサンドイッチ……ってな感じで食べさせていく。なるべく無心で。何も考えないようにして。

 最後にデザートのイチゴを食べさせ、ようやく終わりか……と思って部屋から出ようとしたその時、

「……あの……すいません」

「……何だ、177番」

 急に僕を呼び止めた女囚――177番にそう問い返すと、彼女はちらっと自分の胸元を見る。……かなり大きい。シェリーさんといい勝負なサイズ。

「……食事中に、サンドイッチの具とスープが少しこぼれて、服の中に入ってしまって……拭いていただけないでしょうか?」

(……はいいぃぃぃいい!?)

 ……金縛りかけといて本気でよかった。
 素の顔だったら確実にリアクションしちゃってたし……噴き出してたかもしれない。

 スタイルに目が向いたこのタイミングでなんちゅーことを言うのか……ふ、服の中を拭いてほしいって……

 確かによく見ると、何かしらをこぼした跡っぽいしみが服に……中に入っちゃったんなら、そりゃ気持ち悪いだろう。

 うん、わかってる。彼女はただ気持ち悪いのが嫌だから、拭いてほしくて言っただけだ。
 他意なんて無い、しどろもどろになるのは僕が勝手に色んな理由で動揺してるだけだ。

 …………けど、

「……だめだ。夕方まで我慢しなさい」

 ごめん。規則で決まってるから……。

 アリスさんとセレナ義姉さんに事前に聞いてたから。頼まれても汗を拭いたり、こぼした食事を拭いたりするのはダメだって。そういうのをどうにも出来ない不自由さ、不快感なんかも含めて罰なんだって。

 夕方、拘束とかれて体拭く時まで我慢して……。

「……わかりました」

 少ししゅんとして、もとの立つ姿勢に戻った177番の彼女を残し、僕はトレーを持って房を出る。
 ……心が痛い。犯罪者だとわかっててもきっつい。

「はぁ……」

「しゃきっとしなさい、囚人に聞こえるわよ」

 隣の房で同じ作業をしていて、同時に終えて出てきた義姉さんから小声で叱咤された。

「……あれ? アリスさんとナナは?」

「あの2人は向こう側の房をやるそうよ。こっち側は私達」

「あ、そうなんだ……ん?」

 ……こっち側が、僕達? ってことは……

「……まだ、やるの? この羞恥プレイ」

「あんた、ここからそっち側の残り3部屋お願いね。私こっちやるから」

 ……はぁ……

 ☆☆☆

 その頃、ミナトとセレナが担当している房から少し離れたところにある、同じく懲罰房の一室の前に、ナナとアリスはいた。

 2人とも表情は真剣そのものであり、周囲にまで緊張感が漂う。

 ナナの方は、それに更に不安さもにじみ出た表情をしていて……部屋の鍵を開けようとするアリスに、小声でたずねた。

「……本当に、ここに?」

「ええ……書類は読んだのでしょう? あれの通りです」

「…………」

 ガチャリ、と音を立てて……扉が開く。
 中には……およそ、ミナトが担当した部屋と同じような光景が広がっていた。拘束具を付けられ、部屋の真ん中に立たされている女囚。

 立っているのは、背中の真ん中あたりまである長いこげ茶色の髪に、大きな目が特徴の少女。年のころは、2人と同じくらいか。
 部屋は暗く、本人が目を閉じているためややわかりづらいが……顔立ちは整っていて、美少女と呼べるそれだ。それも、かなり高水準の。

 その顔を目にした瞬間……アリスは務めて表情を変えなかったが、ナナはこらえきれなかったように手を口に当て、驚愕を浮かべる。息を呑む音もした。

「…………クロエ……」

 その言葉に、ぴくっと反応した女囚は、目を開いた。大きな目の奥から、こげ茶色の瞳が現れ……直後、その目は驚愕に見開かれる。

「……あ、アリス……ナナ……!」

「……私語はつつしみなさい、629番」

 女囚の口からもれ出た、蚊のなくような声を……アリスはぴしゃりと制した。
 あわてて、女囚は口をつぐみ……しかしこらえきれないように、目の前にいる2人の看守に、視線を交互に向けている。

 その目は……驚愕、不安、悲しみ、悔しさ、喜び、絶望……数多の感情が混在しているのが、不思議と傍から見てわかる目だった。
 ナナも、そしてよく見ると……無表情を保っているアリスもまた、メガネの奥で同じ目になっていた。

 しばしの沈黙の後、アリスは入り口付近に立ち……ナナは外に出て食事を持ってきた。そして、ミナトと同じように、女囚629番に食べさせる。

 単純な作業だが……不思議とその仕草1つ1つに、いつくしむような優しさが感じられる、そんな数分間だった。

 そして最後にナナは、食べ終えた女囚の口まわりを、自前のハンカチで優しく拭いてきれいにしてやる……本来ならば許されていない行為ではあるが、アリスは余所見をして、見ないふりをしていた。

 黙ってされるがままの女囚……その頬に、一筋だけ涙が伝う。ナナはそれも、ハンカチの別な面でふき取った。

 そして、アリスとナナは部屋を後にし……部屋には、元通り女囚629番だけが残され、同じように立ち続けるのだった。
 先程までよりも……少しだけ赤くなった目をして。

 
「……アリス。クロエは……」

「わかってる。でも……どうにもならないわ、もう決まってしまったことなのだもの……」

 外の通路で小声で話す2人の会話は、629番はもちろん、同じフロアにいた看守達の耳にも届かなかった。

 
 …………例外1名をのぞいて。

 
(…………クロエ?)

 
 通路の向こうで、ミナトが首をかしげた。

 ☆☆☆

 時は過ぎ、夕方。
 看守業務、再開。

 午後4時45分、労役を行っていた囚人たちの作業が終了。

 この時、作業の内容によっては、作業開始の準備の時と同様に身体検査をしたり、汚れた体を洗浄するためにシャワーを浴びたりする。

 そしてそれが終わると、また団体行動で『共有スペース』の食堂へ。

 午後5時、夕食。
 メニューは、固めの黒パンとコンソメスープ。ベーコンと生野菜のサラダ。

 朝と同じように、僕の仕事は監視。

 さて、この夕食……朝食と同じように15分で終わるんだけど……この後囚人達は、ひと時の安らぎ、監獄生活最大の楽しみとも呼べる時間を過ごす。

 およそ30分間だけ使用が許される、『娯楽エリア』で。

「娯楽エリアなんてあるんだ? 監獄にも」

「ええ、適度な息抜きは作業効率や精神衛生上必要だってことで認められてんの。もっとも、使用するにしたって色々と制約し、そもそも使えるのは一部の囚人だけだけどね」

 と、義姉さん。
 今、食堂での監視を交代して、ナナと義姉さんと3人でそこに向かってる。

 アリスさんは急に仕事が入ったらしく、ここからちょっとの間ではあるけど、説明役が義姉さんにバトンタッチしたのだ。

 
 共用スペースの娯楽エリアは、いくつかの施設が設置されてて……代表的なものを上げれば、『運動場』や『売店』なんかがある。
 なお、この時間この場所は、私語禁止が解禁されて自由に雑談なんかもできる。

 ただし、各施設は囚人のランク等によって使用できるできないがあり、さらには何日に一回の利用とかって頻度も決まってるそうなんだけど。

 どれも房に帰るまでの30分間だけだけど、特に売店は人気だそうだ。囚人たちには貴重な息抜きの時間であると共に、娯楽・嗜好品を購入できるショッピングタイムでもある。ここで買ったものは房に持ち帰り出来て、そこで読んだり食べたり出来るんだとか。

 さて、今僕らはその売店スペースにいるんだけど……結構種類あるね。
 なんか夏祭りの露店みたいに店が並んでて、囚人達は自分がほしい品物がある店に寄って行って買ってるみたい。

「でも姉さん、囚人たちが買い物って……どうやるの? お金あるの?」

「買う様子見てりゃわかるわよ? ほら、あのへん」

 義姉さんが指差す先では、ちょうど日用品っぽい売り場で囚人が買い物をしてた。
 ちなみに、売る側も囚人だ。係とかあるのかな?

 そしてそこでは、銅貨とかのコインをやり取りしてる様子は無い。
 何列かに並んだ囚人が、手帳みたいなものを差し出して、それに売り子が何かして、それを返してもらうと同時に商品を受け取ってる。何だアレ?

「あれがここでの買い物のシステムなのよ。囚人にお金を持たせるわけにはいかないからね……『点数』でやり取りするの」

「点数?」

「そ、手帳のページに印字された『点数』よ。資料にあったでしょ?」

 ああ、それは知ってる。事前の資料で読んだから。

 囚人達は、最初に全員がバインダー式の『手帳』を貰う。地球で言うところの、学生手帳みたいなもんだ。

 中には、これまた学生手帳みたいに、監獄内での規則が書かれている他、自分がいつどんな労役をどのくらいこなしたかを看守が記載して記録するページや、懲罰を受けた履歴なんかを記載しておくページもある。

 その中に、買い物に使う『点数』のページもあるんだそうだ。

「労役をこなした囚人には、週に一度、その労働に対する報酬が支払われるのよ。ま、もっともそれも微々たる額なんだけどね」

「それが『点数』」

「そう。ほら、アレ見てみ」

 姉さんが指差す先では、1人の女囚が今正に買い物をする所だった。
 自分の手帳を売り子に渡し、希望の品物を言う。

「ビスケット、1袋」

「3枚入り1袋ね……20点よ。……はい、どうぞ」

 売り子は、商品の入った籠からビスケットの袋を取ると、一旦それを脇に置いて、購入の意思を再度客に確認。
 客が頷くと、手帳を開き……その中の1ページの、さらに一部をびりっと破り取った。

 目を凝らしてよく見ると……『10点』っていう文字が何個も印字されてて、それら1つ1つを分けるようにミシン目みたいな切れ込みが入って切り取りやすくなっている。クーポン券が印刷された雑誌のページみたいだ。

「あれが点数ページ。1週間に一度、その週にこなした労役の報酬として、その内容から点数を印字・発行してもらえるチケット。使う時はああやって、売店の売り子が必要分の点数を切り取って商品に変えるの」

「へー……両替とか出来るの? お釣りとか出た時は?」

「両替は事前に申請すれば出来る。お釣りは、その場でページや券を発行することはできないから……あれ」

 さらに何かを指差す義姉さん。
 その先では、今度は売り子が何か……切手か収入印紙みたいなものを、手帳の空きページに貼ってた。

「点数の余り……つまりはお釣りが出たことを証明する印紙よ。アレを元に別にページを発行してもらえるの。ただし、10点未満のお釣りは切り捨てになっちゃうけどね」

 あらま。10点単位でしかおつり出ないんだ。微妙に厳しいな。

「手帳そのものやそのページはもちろん、インクや、印紙を貼る糊なんかも魔力措置が施された特別製だから、偽造は不可能。そもそも、ページを閉じるバインダーも、担当係が専用の器具を使わないと開かないようになってるしね」

「ふーん……」

 ちなみに、このエリアを使えるのは、罪状・量刑・生活態度などで一定の条件を満たした囚人のみで、その一部の囚人の中でさらに使える範囲や頻度が決まっているそうだ。
 一番下のランクだと、利用は1ヶ月に1回、一番上だと毎日使えるらしい。

 なんかこのへんも、さっきの『労役』も、過酷だったり甘かったりちぐはぐな気がするなと思ってたら……こういう場面で囚人ごとに待遇に差をつけたりするのも、囚人達に苦痛を与えるため、あるいは上の待遇を目指して態度を正させるための方策の一つなんだとか。

 なるほど……下のランクの囚人や、重罪犯なんかは、自分達よりも軽い労役で、さらに買い物して嗜好品を楽しめる囚人達の存在に苦痛を感じる一方、その中の一部の囚人は、自分もああなりたいと思って生活態度を真面目にしたりする原動力にもなると。

 色々と考えられてる……のかな?

 

 そして、楽しい買い物・娯楽タイムが終わり……囚人達は、朝と同じように一列に並んでの還房……すなわち、収容房に帰る。

 午後6時、閉房点検。
 朝と同じように点呼して、全員が揃ってるのを確かめて……房のドアに鍵をかける。

 これから消灯の午後9時まで3時間、基本的に房内では自由時間。今買った嗜好品や書籍なんかで時間を潰す。
 そして9時になったら消灯。部屋の多段ベッドで寝る。

 その監視は担当の看守さんたちに任せて……本日の僕の業務は終了。

 ☆☆☆

 割り当てられた居室に戻った僕は、とりあえず売店(看守・職員用の売店。普通に銅貨や銀貨が使える)で買ってきたジュースを飲んで一息つきながら……部屋に備え付けのデスクについた。

 ここで『研究』するわけじゃない。するにはこの部屋はせまいし……そのためのフロアを別に借りれてる。機材なんかもそこに運んである。

 今夜からもう研究は始めようと思ったけど……ちょっと今日は予想外に疲れた。
 書類整理だけにして、明日からやろう。早起きして。

 その書類だけども……研究データや日程表なんかに混じって、今日、アリスさんから受け取ったものが混じっている。囚人達のリストが。

 昼過ぎ……懲罰房での業務の後に受け取ったコレは、僕が新薬の人体実験に使っても問題ない囚人がリストアップされたもの。男女合わせて数百名分ある。

 有期の囚人もいれば、無期や終身刑、死刑囚もいる。そしてそれとは別に、C棟の隔離房に入れられている、各種の病気に感染している者もリストアップされている。

 彼ら彼女らには、労役もしくは懲罰として投与を受けてもらうことになる。

 懲罰としての場合はこっちで一方的に実施を決められる。参加も強制。
 懲罰でなくても、そういう扱いをして問題ない部類の囚人であれば、同様に出来る。

 けど、労役として実験台になってもらう場合だけは別だ。事前に内容を説明した上で、合意の上で薬を投与させてもらうわけだ。地球で言う『治験』みたいなもんか。
 そして、それに応じて報酬の『点数』を与える形になる。

 もっとも……人体実験なんて胡散臭いバイト内容、危険視して誰も来ないかもしれないけど。
 でも、『点数』欲しさに受ける人はいるだろうから大丈夫だ、って義姉さんは言ってたな。なんなら、参加強制の囚人を使わなくても、必要な数が集まるだろうって。

 通常の労役だけじゃ、よっぽど囚人としてのランクが上がらない限り満足な点数は稼げず、売店で満足の行く買い物はできないから――もっとも、囚人にそんな満足のいく買い物をさせてあげようって意図自体がここには無いんだと思うけど――こういうバイト的な労役は人気らしい。

 内容が特殊でも、通常の労役より支払いがいい場合が多く、稼げるから。
 稼げばその分、売店で色々買ったりして、ささやかな贅沢ができるから。

 まあいいや、そういうのは準備が整ってから考えれば。

 とりあえず明日以降の研究の準備だけしてから、今日はもう休もうかな……とか考えながら、衆人リストを見てた僕は……ふとそこに、2人ほど気になる囚人を見つけた。

 ぱらぱらとリストをめくってた途中で目に止まった名前ないし番号。
 今日の昼、目にして、もしくは耳にして……それゆえに印象に残った2名。

 何の気なしに眺めてみたその2人の囚人の個人情報に……読み終わった頃には、余計に気になってしまっていた。

「ん~……」

 バインダー式になっているリストから、その2名のページをはずし、机の上に並べてみる。

 ……いやまあ、気になったからって何をするってわけでも、何が出来るわけでもないんだけどね……僕の仕事は、あくまで3つの病気の治療薬を作ることだし……。
 そもそも『気になった』きっかけの理由だって、ほぼ気まぐれその他に近いものだ。

 少々素性が気になる囚人がいた所で、いたずらに踏み入ることも出来ないし……できてもしないほうがいいだろう。

 ……それでも、今更忘れるのは、ちょっと無理そうなものを見ちゃったかな……(ちらっ)。

 
 名前 クロエ・フランク(19)
 囚人番号629番
 出身 ネスティア王国王都 ネフリム
 生家 フランク伯爵家(除籍済)
 職業 元ネスティア王国騎士団所属(除籍済)
 罪状 業務上横領、違法薬物使用および売買
 量刑 投獄刑19年(残り18年)
 備考 シルドル家私設調査隊による告発
    王都郊外・薬犯更正収容所より身柄を移送

 
 名前 ネリドラ・プエロトニコワ(21)
 囚人番号177番
 出身 フロギュリア連邦首都 シィルセウス
 生家 プエロトニコワ伯爵家(没落)
 職業 シィルセウス医術学院4階生(除籍済)
 罪状 殺人未遂、姦通、贈収賄、他
 量刑 投獄労役刑48年(残り43年)
 備考 コルダバリ監獄より身柄を移送(特例)


監獄のルール、作りこみすぎてわけわかんなくならないようにしないと、と思い始めてたりします。
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