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第175話 大監獄ラグナドラス
今回、長いです。
そして、いつもよりシリアス(?)要素多めです。
オルトヘイム号での会議から約3週間後。
僕は今、ギルドで受諾した依頼に則って、いよいよ『ラグナドラス』へと向かっていた。
ただし今回の依頼、いつもと違う点がいくつかある。
まず1つ目……乗り物。
いつもは僕ら『邪香猫』は、オルトヘイム号に乗って依頼の場所へ向かう。速いし空飛べるし、アレそのまま家だから、行った先で宿取る必要ないからね。
町とかで滞在してやる依頼とかだったら宿取るけど。
しかし今回僕らは、依頼人……すなわちメルディアナ王女が手配してくれた『竜車』に乗っている。あの馬車みたいな、けど馬じゃなくて4足歩行の龍が引っ張る乗り物。
それも、王都に行った時に乗ったものとは違う、『超大型竜車』と呼ばれるもの。王都にも数台しかないらしい。
読んで字のごとく、全長数十mもの途轍もなく大きい4つ足龍によって牽引される、同じくらい大きな超巨大馬車である。ただし見た目は重視してないのか、資材等運搬用だと言うそれは……巨大な直方体のコンテナに車輪がついただけ、といった見た目だった。
それが2台、同じ方向へズシンズシンと歩いている。
と言ってもコレ、別に僕らのためだけにわざわざ動かしたりしてるわけじゃない。
もともとこの超大型竜車は、監獄内部への資材の搬入と、新しく送られる囚人の護送用のものなのだ。それを間借りしてるだけ。
加えて、物資保管庫の1つを間借りして、研究用の道具や資材、薬品を入れさせてもらっている。ラボから持ってきたものに加え、ここ数日で買い揃えた必要そうなものや、王都のダンテ兄さんとウィル兄さんに頼んで調達してもらった超専門的な医学書や薬品を。
ちなみに買ったものは全部経費で落ちる。王室持ちだそうだ。太っ腹。
そしてこれに乗って移動している理由は、ラグナドラスに私的な乗り物では近づけないから。オルトヘイム号、アウトね。浮遊戦艦、いくらなんでも怪しいってさ。
そして違う点、もう1つは……メンバーだ。
いつもは僕は、実務に全員参加するかどうかは別として、基本的に『邪香猫』全員で依頼に行くことにしている。
都合つかない場合は別だけど。たまーに、この前みたくザリーが副業で留守にしたり、商会の都合でナナが休んだりする。
しかし今回の場合は、行く先が監獄。
王国の行政府直轄の施設であり、依頼とはいえ外部の人間を多く入れるわけには行かないらしい。仮に、同じチームのメンバーであってもだ。
今回、メルディアナ王女から依頼への同行の許可が出たのは、僕以外には、以前王国軍にいた経歴のあるナナとセレナ義姉さんのたった2人だけ。あと、アルバも一緒。
それ以外のメンバーは留守番、ということになってしまった。
さすがにこれは……ってちょっとごねたんだけど、どうにもならないそうで。
これでも王女様が手を尽くしてくれた方で、元関係者とはいえ、現部外者である2人分の許可が出ただけでも上等らしい。
監獄内部には、色々な機密に関わるものもあったり居たりするらしいので。
しょぼんとしてたら、エルクが『たまにはあんたに頼らずに修業とか依頼とかしてみるのもいいし、心配するな。行って来い』って送り出してくれた。
……まあ、心配はあんまししてない。皆強いし……船には師匠もいる。
それに、王女様には『必要な手伝いとかはその分こっちで手配するから』って言われてるけど……それら以前に、単に僕がさびしいし心細いからいて欲しいんだけどな……。
うん、これは毎晩寝る前にテレビ電話でも何でもするしかない、と思って予備のタブレットを部屋に置いてきた。
……笑うな。
そんなわけで、今回の僕のクエスト。同行者はナナ、セレナ義姉さん、そしてアルバの合計3人と1羽で挑む……んだけど、現地で何人かさらに加わるらしい。
さっき言った手伝い(家政婦的な意味の)とは別に。誰だろ?
聞いても『まだ決まってない』って教えてくれなかったからなあ……現地で確認するしかないか。
「しかし、貴重な体験ですね……私、竜車の超大型なんて初めて乗りました」
「しかも最上級の貴賓用居住房。王侯貴族でもそう乗れないスイートルームよ。いやあ、持つべきものは出世頭の弟ってことかしらねー」
「はいはい……ってか姉さん、軍にいたとき『中将』だったんでしょ? なのに乗ったことないの?」
「上級の居住スペースには泊まってたけど、軍人じゃせいぜいそんくらいが限界なのよ。それに私がコレに乗ったのは戦争の時だからね。ここを使うのは本来、王族とかそれによっぽど近しい最高位貴族くらいね」
「へー……じゃ、その時この部屋って誰が乗ってたの?」
「交渉役の貴族とか外交関係者よ。それに軍人の場合、上官だからってあまり贅沢しすぎると部下のヒンシュク買ったりするから、自重しなきゃいけないってのも理由ね」
「大変だねー軍人は。じゃ、今回の旅路は存分に堪能してよ」
「そうさせてもらうわ。もう部下に遠慮しなくてもいい立場だしね~」
『やれやれよく言う。現役の頃から部下に対して遠慮などなかったくせに』
「い!?」
「ん?」
突如、頭の中に響き渡った誰かの声。何だ今の?
感じからして多分、念話か何かだけど……。
その声に、僕だけでなく義姉さんも反応。なんかびっくりというか、ぎょっとした様子で周囲をキョロキョロ見回している。
そしてナナは……あれ、気付いてない?
むしろ、僕らがいきなり何してるのか気になってこっち見たりしてる?
すると3秒後、義姉さんがはっと何かに気付いた様子で、
「この声……イーサか!」
直後、部屋のドアの所にどどどど……と走って行き、勢いよく開けた。
するとそこには、
「はっはっは……ご無沙汰ですな、セレナ元中将。少々ご挨拶に、と思ったのですが、お邪魔でしたかな?」
「ちょっと見ない間に……いい趣味見つけたじゃないの、この小娘が……」
ドア前に立って腕を組み、からからと笑っていたのは……非公式会議の時にもいた、褐色の肌に薄いパープルブロンドの髪の女の人。
王国軍『大将』イーサ・コールガインさんだった。
そのまま『入っても?』とたずねる彼女を、義姉さんは体育会系のノリっぽく、肩にがっしと腕を回して引っ張り込んだ。
まるで、部活の先輩後輩……ああ、そうだこの2人、元・上司と元・部下だっけ。
「さて、挨拶が遅れてしまってすまなんだ……と言っても、必要そうなのは実質ミナト殿くらいのものじゃが」
義姉さんに引っ張り込まれたイーサさんは、羽織っていた外套を脱いでたたんで、ソファの背にかけてから腰掛けた。
今現在、僕の正面になる位置に座っている。
コートの下には、スウラさんがいつも着ているのと同じ軍服を着ていた。
ただ一点だけ、階級章を示すバッジは、スウラさんのとは色も形も違う。
まあ、当然だけど。この人『大将』だし。
真正面から見ると……こないだの会議では、緊張感MAXな空気も邪魔して気付かなかったことに色々と気付かされる。
見た感じ、セレナ義姉さんよりも年上に見える。妙齢というか……20代後半から30代前半、って感じだ。
落ち着きと堂々とした感じもあいまって、かわいさ、みたいなものよりも……大人の色気、って奴を強く感じる。
体つきも女性らしい豊満なそれで、出るとこ出て締まるとこ締まってる。バスト部分のサイズなんか……たぶん、シェリーと同等かそれ以上ありそうだし。軍服が正直ちょっと窮屈そうに見えるくらいだ。
「ったくもう、あんたはホントに地獄耳なんだから……つか、貴賓室の壁って防音じゃなかったっけ?」
「ははは、すいませんな。血筋ゆえか耳がよすぎまして。扉の前に立ったらば中からやや聞きのがしがたい傲慢が聞こえてきましたゆえ、ついイタズラを」
「イタズラってあんたねえ、あんなあることないこと……おかげで恥かいたじゃない!」
「おやぁ? あることあることしか……ん? 恥?」
と、再度からかおうとして、義姉さんの言葉の中に不自然な響を見つけたらしいイーサさん。少し不思議そうな表情になって問い返した。
「恥、とは? ワシは念話をセレナ殿にしか送っておりませぬが」
「え、そうなんですか?」
「ん? なんじゃ、ミナト殿にも聞こえたのか?」
「あんたの念話、昔っから雑だからねー、ミナトの耳が拾っちゃったんでしょ」
「む、雑とは失礼な。確かに昔は少々稚拙でしたが、今はきちんと対象にのみ送れるように研鑽を怠っておりませんぞ?」
「それでも拾っちゃうのよ。ミナトの地獄耳はエルフ系と比較してなお別次元だから」
なんかえらい言われようだな……まあ、間違ってないけど。
最近僕、エルクみたいに、本来は聞こえないはずの念話や、他人が他人へ向けて放った念話もある程度拾えるようになったんだよね。
つまり、『花の谷』のドライアドちゃんたちの念話なんかも拾えるんだ、これが。
「それほどとは、つくづく……と、脱線してしもうたな。失敗失敗」
あらためて、とこっちに向き直るイーサさん。
「名前は前に一度名乗ったが、イーサ・コールガインじゃ。王国軍の『大将』を務めておる。そこにいるセレナ元中将の元部下じゃ」
「あ、はい、どうも」
こっちも簡単に自己紹介した後……ずっと言いたかったことを言わせて貰うことに。
「あの、何ていうか……代々うちの姉がその、すいません、毎度ご迷惑を……」
「うむ? 代々…………ああ、アクィラか……」
若干額にマンガ汗が見えるような、ちょっとだけ無理してそうな笑顔になるイーサさん。
一瞬きょとんとしてたが、割とすぐ思い当たったようだ。あの独特なうちの長女に。
前々からちょくちょくツッコミ関係で困らされてるって話聞いてたから、一度きちんと言っときたいなと思ってたんだよね、うん。
「いや、まあ、何と言うか……気にするな。あの小娘のことは……もう慣れじゃ、慣れ」
「そう言ってもらえるとありがたいです…………ん?」
そこで、今度はこっちが気になったというか、引っかかった。
(あれ? 今、呼び方……)
えっと、イーサさん確か……
①セレナ義姉さんのことを『セレナ殿』。微妙に敬語。元上司。
②アクィラ姉さんのことを呼び捨てor『小娘』。タメ口。現上司。
③アクィラ姉さんはセレナ義姉さんより年上。階級も上。
……あれ? 何かおかしいような……??
「そういやイーサ、あんた何でコレに乗ってんの?」
ふと気になったような様子で、セレナ姉さんがそう尋ねていた。
「『大将』の職場は会議室か戦場でしょ? 監獄に何か用事でもあんの?」
「……間違ってはおらんとはいえ、仮にも軍人に対して身も蓋もないことを……。ワシはラグナドラスには、ちと寄り道するだけです。このところかわいがっている部下が此度、あの監獄の警備業務に着くらしく、激励でも、と思いましてな」
何でも、この竜車2台のうち、1台は王都に戻るが、もう1台は作戦行動の関係で別の場所に行くんだそうだ。
イーサさんの行き先はそっちで、ラグナドラスにはついでに立ち寄るらしい。
どっち道、2台とも今積んでる資材はそこに搬入するらしいから。
そして、予談的に付け足された情報として……今度、ラグナドラスの警備のために、今イーサさんが注目して世話してあげてる部下さんが来るみたいだ。その激励ってことね。
「あら、あんた自ら目ェかけてんの? そりゃ期待できそうね……どんなコ?」
珍しいことなのか、興味を持った様子で身を乗り出す義姉さん。
大将自ら育てる有望株だもんね……そりゃ気にもなるか。
それにイーサさんの弟子ってことは……セレナ姉さんにとっては弟子の弟子だしね。
孫弟子、とか言うんだったかな? こういうの。
「2人おりましてな。1人は今一番勢いのある、新進気鋭の前線指揮官。見事武勲を上げて、今度階級を少佐に上げるはずです。もう1人は騎士団の出世頭でしてな、今後の評価次第では『直属』入りも見込まれているほどの大型新人ですぞ。ああ、それと……」
すると、そこで突然イーサさん、僕の方を見た。
「その2人、偶然にも……ミナト殿の知り合いのようで」
「え?」
そうなの? 僕の知り合い?
知り合いって言われても、僕、軍に知り合いなんてそう多くは……まてよ?
新進気鋭の前線指揮官……階級がもうすぐ『少佐』ってことは、今は『大尉』……
騎士団の出世頭、ってことはやっぱ強いんだろうな……そして大型『新人』……
……まさか……
そして、疑問が確信に変わる一言を……イーサさんがにやりと笑って口にした。
まず僕を、そしてナナを見て……見た目から連想したのであろう、その2人の例えを。
「『青色』と『銀色』……とでも言えばよろしいか」
……やっぱり、あの2人か。
☆☆☆
そのまま数日が経過し、ようやく僕らは到着した。
ネスティア王国北東部、『暗黒山脈』から伸びる渓谷地帯『常夜の谷』。
グランドキャニオンもかくやってくらいに大きくて長くて広くて深いこの谷は、当然、山脈や周辺の荒野の魔物が跋扈する危険地帯なんだけども、その中にぽつんと、魔物同士の縄張りの関係でほとんど魔物が出現しない、一種の『安全地帯』がある。
もっとも、そこにたどり着くまでが全然安全じゃないけどね。
そして……そこにあるのだ、『ラグナドラス』は。
この『超大型竜車』を引く巨大龍くらいの戦闘能力の魔物(もしくは護衛)に守られながら出ないとたどり着けないし外に出られない、そんな環境に。
囚人の逃走防止に一役買ってるんだろうけど、よくもまあ昔の人はこんな危険な場所に監獄なんぞ建てる気になったもんだ。純粋に尊敬できる。
今日未明、2台の竜車は『常夜の谷』にさしかかり……今、昼過ぎ。
昼食を食べ終わってちょうど一息ついた今、目的地に到着した。
竜車を降りた僕らが見たのは……色々と予想外の光景。
「……すっご……」
「これが、ラグナドラス……ですか……」
驚かされる、僕とナナ。
セレナ義姉さんは前に何度か来たことがあるからか、驚きは無いようだ。
しかし、これは初見なら確実に驚く。
最初僕は、谷底に建っている巨大な刑務所みたいなものを想像していた。
地球の刑務所も見たことないんだから、形なんてあまり想像はつかなかったけど、多分いくつもの高い塀に囲まれてて、有刺鉄線なんかが張り巡らされてるのかも、と思ってた。重厚な壁に囲まれて、囚人が絶対に逃げ出せないような警備体制があって……etc
しかし、やはりそこは剣と魔法の世界……色々と想像の斜め上だった。
まず『谷底に建ってる』っていう予想がすでに違った。
竜車を降りて、それを見て驚かされた……『ラグナドラス』の立地に。
ラグナドラスの建物は、谷底とかの地面ではなく……谷の壁、断崖絶壁に、ツバメの巣か何かみたいに張り付いていたのだ。
『谷底』部分を竜車で数時間かけて到達したそこは、上を見上げればはるか上方に、空の裂け目のような形に見える谷の上端部があり、下を見下ろせばクレバスのような巨大な地面の裂け目があり、底が暗くて見えないほど深くまで続いている。
その丁度中間、階段の踊り場みたいな位置に僕らは今駐車している。
そして、谷とその下のクレバスの両側の壁に、建物がついているのだ。いくつも。
いや、ついてるというか……生えてるとか、めり込んでるって言ってもよさそうだ。
形状は、ビルみたいな感じ。直方体で、窓とかはそんなに多くない。
1つ1つがけっこう大きく、何十、何百人も収容できそうなのがいくつもついてて、それらが急傾斜の連絡通路みたいなのでつながってる。
材質は特殊な金属か何かみたいだけど、見た目よりもかなり頑丈にできてるみたいで、しっかり収容施設としての機能を持っているように見える。
クレバスを覗き込むと……やっぱりこっちにも張り付いてる。おそらく、深くて見えない下の方まできっちりと。
そうこうしているうちに、降りる人員は囚人を含めて全員降りたらしく、竜車は残りの積荷……物資の搬入口に向けてずしんずしんと再び歩き出した。
向こうでは囚人たちが整列させられ、軍人さん達に点呼確認みたいなのをされている。
そして、それらに関わらない立場のメンバー……僕、ナナ、義姉さん、そしてイーサさんが少し離れた所で待っている。
僕らの目の前には、地下へ続く真っ直ぐで巨大な階段が。
横幅はかなり大きく、大型トラックが2台並んで通れそうなくらいで……降りた先にはこれまた巨大な観音開きの扉がある。多分あれが正面玄関か何かだろう。
するとその扉が開き、中から看守だか軍人だか、よくわからない似たような制服を着た人たちが何十人も出てきた。
出てきたその人達は、これから収容する囚人達の方へとかけていき……そしてその後に、扉からさらにもう3人、軍人さんが出てきた。
両隣の2人の男は、見た感じ、部下兼護衛だろう。
その2人を従えて真ん中を歩いているのは……いや、違うな表現。歩いてない。
浮いてる。ていうか、飛んでる。ふわふわと、背中の羽で。
何だアレ……小人? 妖精?
身長……20cmちょっとくらい。見た感じ、着せ替え人形みたいな小さな女の子。
それが、丁度今イーサさんが着てるのと同じ軍服を着て、ふわふわと飛んでいる。なんていうか、悪いけども……果てしなくミスマッチである。
と、そこで気付いたんだけども……彼女たちラグナドラス関係者(多分)の制服と、イーサさん達軍関係者が着てる制服って、微妙に違うんだな。
デザインはほぼ同じだけど、細部が違う。
そして色。軍が青色、寒色系メインなのに対し、ラグナドラスは黒と灰色だ。
そんな暗色系の制服に身を包んだ妖精さんは、男兵士2人を従えて僕らの前まで来ると、そこで止まった(滞空)。
「あー、ミナト・キャドリーユさんとそのお仲間さん、それに王国軍のイーサ大将っすね、お話はうかがってるっす!」
……なんか、しゃべり方が見た目のイメージと違った。
目の前のフィギュア的見た目の少女は、女の子っぽくない、って言ったら失礼かもしれないけど、随分とボーイッシュで元気のいい感じの雰囲気を醸し出している。
腰まである長い金髪をポニーテールにしていて、目も大きく顔立ちも整っていて美少女と言っていいそれだけど……口調が『~っす』か。
昆虫を思わせる半透明の薄羽で滞空しながら、軍人っぽくビシッと敬礼。
意外にも、その姿は割と様になっていた。
とりあえず、肯定を返しておくとともに、簡単に自己紹介した。
「自分はミーシャ・ドミニク中佐っす。このラグナドラスで副所長を務めてますんで、以後、よろしくっす。では皆様、こちらへ。早速ラグナドラスを案内させてもらうっす!」
そう言ってもう一度敬礼すると、小さな副所長さんはくるりと空中で踵を返し、僕らを先導して移動し始めた。
その時ついでに『こいつも一緒で大丈夫ですか?』って、肩に止まってるアルバを指差して聞いたけど、問題ないとのことだったので、一緒に行くことに。
地下へと続く階段を下り、巨大な扉を抜けた先にある、僕らの今回の職場……ネスティア最大の監獄へと。
☆☆☆
中に入ると、そこは……なんというか、予想とはちょっと違った空間になっていた。
監獄なんて言うくらいだから、多少なり閉塞感や圧迫感のある空間をイメージしてたんだけど、あまりそういったものは感じない。むしろ、迎賓館か何かみたいに、割と荘厳さすら感じることができる。
なんていうか……遊園地のアトラクションなんかで用意されてる、石造りの神殿とかそういうセットを髣髴とさせた。若干暗いけど、十分周囲も見えるし。
まあ、単にここがまだ入り口だからかもしれないけどね。
階段を下りた先にあった、真っ直ぐな、横にすごく広い通路?は3つに区分されていて、真ん中の通路が一番広い。両脇の通路の2倍くらいの広さがあって、人が20人以上横に並んで通れそうだ。
そして更に進むと、なんか駅の改札口みたいなのがあった。
カウンターっぽい部分に制服を着た職員らしき人がいて、各通路を監視してる。
「ここは、ラグナドラスの『受付』っす。外部からの来訪者はまず、囚人か否かを問わず最初はここに来るっす。ちなみに、真ん中の広い通路が囚人護送用で、両脇が職員・来客用になってるっすよ」
と、副所長のミーシャさん。僕らはその『職員用』の通路のうち、左側を歩いている。
その『受付』にさしかかると、ミーシャさんはそこの職員に何かの書類を見せて二言三言話すと、僕達を引き連れてそこを通過した。
「囚人はここで、事前に届けられた書類との照合なんかを行い、いくつかの項目を確認した上で……あ、ここ、ここ。ここでまず2組に分かれるっす」
ミーシャさんが指差した先には、大きな十字路になってる分かれ道があった。
入り口側であるこっちから見て、3方向どの通路も、分厚い金属の扉で閉ざされているようだけど……ここは?
「向かって右が、男子用の監獄、左が女子用っす。各種チェックをすませた後でここで左右の監獄……あ、外の巨大な割れ目から、下とかは覗いて見たっすか?」
「あ、はい、ちらっとですけど……」
「この左右の扉の先は、あの絶壁に張り付いた各施設につながってるっす。ここを過ぎたらもう、囚人達はシャバとは本格的にお別れっすね。まあ、まだ色々手続きあるんすけど」
でも、とミーシャさんは続ける。
「自分らがまず行くのは、この正面の扉の先にあるオフィスの、監獄所長室っす。まずそこで、形式的なものではあるっすけど、所長に一度お目通りをお願いして……その席で、ミナトさんたちがここにいる間の指導係みたいな人も紹介するっす」
そう言ってミーシャさんはまた先に飛んで行き、扉の両脇に立っている兵士に声をかけると……大きな扉が『ゴゴゴ……』と音を立てて開いていった。
その先の通路へ、また僕らは歩みを進める。
ここも同じような感じで、遊園地のアトラクションみたいな内装の場所もあれば、王都で呼ばれて入った王宮みたいなつくりの場所もある中を進む。
階段をいくつか降りつつ、数分くらい歩いた先に、お目当ての部屋があった。
扉の所のプレートには……『所長室』。
その扉についているノッカーを鳴らし、ミーシャさんが僕らの到着を告げる。
「所長~、ミーシャっす。例の件で、ミナト・キャドリーユさんご一行がお見えっすよ~」
『……入りなさい』
「うぃっす」
目上の人間に対してちょいと問題ありそうなやり取りだった気がしないでもないけど、まあ本人たちが気にしてないんなら……うん、いいか。
中に入ると、そこには……またいちいちびっくりする光景が待っていた。
丁度机から立ち上がった所だった、『所長』と思しきその人は……壮年の男性だった。
よく見るとわかる程度に浅黒い肌。髪は割と長くて白い……白髪かな?
顔には年季を感じさせるしわがよっているが、しかしそれがかえって威厳を高めている。目は割と大きいが眼光は鋭く、真一文字に結ばれた口元は生真面目さを感じさせた。
そして彼は……直立すると身長が3mは確実にありそうな巨大な体躯をしていた。
何だこの人、でかすぎじゃね? 今まで見た人間・亜人含めた最高身長の……ブルース兄さんより確実に大きい。手足も長いし、巨人か何かみたいだ。
軍服(灰色)のせいで余計に威圧感が増してる感じがする彼は、僕らの真正面に立つと、さっき聞こえたのと同じ、低くてよく通る声で自己紹介をした。
「私はジャック・エイジス……王国軍中将だ。ここの所長を務めている。よろしく」
「あ、はい、どうも……」
大きさが違いすぎる手を差し出してきたので、とりあえず指の付け根辺りを持って握手する。
……こんな、巨人相手のコミュニケーションみたいなファンタジー展開をここでするとは思わなかったなー、なんて思っていると、僕らの隣をふわふわと飛んでいたミーシャさんが、所長さんの隣に移動した。
身長3m超と20cm前後が並ぶ。
……すごい光景だなオイ。お互いがより一層引き立つ。
すると今度は所長さんは、僕の隣に並んでいる3人……ナナ、セレナ義姉さん、そしてイーサさんを見て、
「そちらのお三方には、自己紹介は必要ないかもしれませんが……」
「ま、確かにそうじゃな」
「久しぶりね、ジャック。あんたまた背伸びた?」
と、義姉さんとイーサさん。あれ、例によって知り合い?
「ええ。前に私が軍人だった頃に担当してた部下だったの。あの時はまだ大佐だったけど……そっか、昇進したのね」
「セレナ中将のご指導あってのことです。イーサ大将ともども、ご健勝のようで何よりです……そして、こちらが例の?」
「ええ、元直属騎士団のナナちゃん。あなたの妹弟子よ」
「お、お会いできて光栄です、ジャック中将……ナナ・シェリンクスと申します。以後、お見知りおきの程を……」
と、ナナ。緊張丸出しだけど、僕と同じようにして所長さんと握手する。
所長さんは、よく見るとわかる程度に微笑んでいるのが見えた。同じセレナ義姉さんの元弟子同士、思うところがあるのかもしれない。
「……いい目をしているな。セレナ元中将やドレーク総帥が一目おくだけのことはある……短い間だが、よろしく頼む」
「恐縮です。しばしの間、よろしくお願いします」
と、ナナが再び頭を下げると、こんこん、と後ろから扉を叩く音がした。
「む、来たか、早いな……入りなさい」
「失礼します」
ドアを開けて入ってきたのは、監獄職員の制服に身を包んだ1人の女性だった。
多分僕と同い年くらいだろう。黒髪で、髪型はショートボブ。
メガネと細い切れ目が理知的な印象を与えている。体格はスレンダーで、僕より身長は少し低いくらいだ。色白で、瞳の色は……鮮やかなエメラルドグリーン。
所長さんに促され、こっちを向いて自己紹介をしてきた。
「始めまして、ミナト・キャドリーユ殿。ラグナドラス女子看守長、アリス・カラドールと申します。王国軍中央司令部・騎士団所属です」
そう言って、一礼。
こっちを見た瞬間、何かに驚いたように一瞬だけ目を見開いたような気がしたんだけど……気のせいかな?
「アリスには、ここにいる間のミナト殿の手助けを頼んである。何か必要なものや疑問がある時は、彼女を頼ってくれ」
「よろしくお願いします」
とのことだった。
「さて……あわただしくなってしまってすまないが、ミナト殿、この後私は業務があるので、簡単に必要事項の確認だけさせてもらいたい。どうぞ、かけて楽にしてくれ」
所長さんにそう促され、応接用のソファに腰掛ける僕ら4人。
対面になる側に所長さんが腰掛け、アリスさんはその両方から直角になる位置のソファに座った。
その理由はすぐにわかった……所長さんが座ったソファ、体格のせいで1人用の椅子みたいに全部スペース占領されちゃってるんだもん。こりゃ後は子供1人も座れない。
「まず、今回の君の来訪目的について。リンスレット王女の治療薬の作成のためだということは、我々も聞き及んでいるが……基本的に、王女殿下がここにいるということは内外問わず機密事項。わかっているとは思うが、他言はしないように頼む」
「はい。この監獄内で、この事実……僕の目的が治療薬の作成だっていうことも含めてですが、認識しているのはどのくらいですか?」
「私と、このミーシャとアリス。それに、事務総長のルドルフと男子看守長のゾルダー。他は、警備等に携わる一部職員にのみ知らされている。後でリストを渡そう。多くは殿下の存在も知らないゆえ、いずれにせよ名前を出すのも極力控えてくれ」
「わかりました」
「うむ。名目上、君にはここの臨時の看守として赴任してもらうことになっているため、ある程度で構わないが、看守としての業務も一部こなしてもらわなければいけない。だが無論、治療薬作成のために時間が必要な時はその限りではない、こちらで便宜を図らせてもらうゆえ、申し出てくれ。なお、その業務内容の指導係も主にアリスになる」
「はい、よろしくお願いします」
アリスさんと相互に一礼。
「よし……確認事項はこれで以上だ。ではアリス、ミーシャ、後は頼むぞ」
「はっ!」
「了解っす。それじゃミナトさんとそのお連れさん方、行きましょう」
所長さんへの挨拶はコレで終わりみたいだ。
ミーシャさんとアリスさんが立ち上がったので、僕らもそれについて移動することに。最後に軽く一礼して、外に出る。
が、イーサさんだけは部屋に残るようだ。
「ワシはまだやることがあるのでな。その後であの2人に挨拶したらそのままここを出るゆえ、ここでお別れだ。健闘を祈るぞ、ミナト殿」
「あ、はい。どうもありがとうございます……じゃあ、これで」
彼女を残して所長室を出た僕らは、今度はミーシャさんとアリスさん、2人の案内で監獄をめぐっていくことになった。
しかし、所長さんは業務とかあって忙しいみたいだったけど、ミーシャさんはそういうの大丈夫なんだろうか? アリスさんだけじゃダメなのかな?
「大丈夫っすよ? もともと予定は午前中にあらかた片付けましたし……これから行く所はそもそも、原則、自分か所長の付き添いが必要っすからね」
「あ、そうなんですか」
「はいっす。それはそうと……」
するとミーシャさん、アリスさんの方を向いて言った。
「アリス、もう肩の力を抜いてもいいっすよ? 色々話したいことあるっしょ?」
すると、アリスさんは『はい』とミーシャさんに軽く会釈をして……ナナに向き直った。
「お久しぶりですね……ナナ」
「ええ、そうですね……アリス」
……んん?
☆☆☆
ミナト達が去った後の所長室。
そこには……先程までとは違う、張り詰めた空気が漂っていた。
ソファに腰掛けているイーサと、執務机についているジャック。
その両名ともに、砕けた様子の一切感じられない真面目な顔になっている。
「……ジャック……ワシがここを訪れた理由、わかっておるな?」
「もちろんです。手続きは全て終わっておりますので、必要ならばすぐにでも……」
「うむ、よろしく頼む。じゃが、すぐは無理じゃ……護送は夜半に行う。先程言った通り、ワシは一足先にここを後にしたことにするゆえ、それまでに用意を整えてくれ」
「かしこまりました……」
それを聞き届けると、イーサはソファから立ち上がり、触れれば切れそうな鋭い覇気を意図して抑えると、所長室を後にした。
外の職員に……何も悟られないように。
☆☆☆
意外な事実が発覚。
なんと、ナナとアリスさんは……知り合いっていうか、軍人時代の友人だった。
2人とも『直属騎士団』所属の超エリートで、ナナが現役の軍人だったころは、日々互いに切磋琢磨して実力を高めていたそうだ。
もっとも、それもある日突然、ナナの家の没落と、それに伴うナナの退役で終わりを告げちゃうんだけど……にも関わらず、この二人普通に仲いいみたい。
久しぶりの再会に、はしゃぐ……とまでは行かなくとも、互いに息災そうであることを喜んでいる様子だった。
アリスさん、ナナのことを色々と心配してたみたいだし。
「没落後、冒険者になったと聞いて、色々と心配していたのですが……杞憂だったようですね。元気そうな顔を見れて安心しましたよ、ナナ」
「そんなアリス、お母さんじゃないんですから……それと、私が就職したのは冒険者じゃなくて、商会ですよ? まあ、ゆえあってミナトさんのチームに身を寄せてはいますが」
パッと見はクールそうな雰囲気のアリスさんだけども、見た目ほどでもないみたいで、結構フランクそうな感じでナナと話している。そしてそれは、ナナほどではないにせよ、僕らに対しても同様だった。
『ナナがお世話になっております』ってことで僕にも丁寧に挨拶してくれたし。セレナ義姉さんに対しても、引退したとはいえ師匠ってことで以下略。
しかし義姉さん、ホント人脈広いな……元が中将+長生きしてるだけあって、弟子が多い。現役の王国軍に何人くらい居るのやら。
そして、さっきアリスさんが驚いたように目を見開いたのは、ナナが視界に入ったからだったってわけだ。
聞くと、ナナも同じように驚いてたみたいだったけど……立ってる位置が僕の後ろだから、気付かなかったんだな。
そんな話をしながら、今僕らは……もと来た道を逆戻りしている。
少し歩くと、だんだんと建物のつくりが変わってきて……『監獄』の名にふさわしい重厚な部分が目立つ構造になり始めた。
それに気付いてだろう。ナナとアリスの口数が急に少なくなり、ついにはなくなった。
アリスさんにいたっては、表情もきりっとして真面目なものになり、視線は真っ直ぐ前に固定されてぶれなくなる。
見た目の印象もえらく変わったな……数秒前までの『利発そうだけど優しそうなお姉さん』から、瞬く間に『知的で冷静なクールビューティー』になった。
わかりにくい? 知らん。
眼光も鋭さと冷たさを帯びてて……軍服が手伝って凄みが増している。
その雰囲気に当てられて、こっちも自然と背筋が伸びる。
ナナと義姉さんも同様のようだ。もっともこの2人は、別に戸惑ったりしてないようだけど。もしかして、2人とも元軍人だからかな?
と、いうことは……これってやっぱり、お仕事モード? まもなく部下達、もしくは囚人達の前に出るから、軽く見られないように気を引き締めてるとかそんな感じ?
ナナもセレナ義姉さんも見たことあるどころか経験あるから、動じないのか。
やっぱり看守長とか、上に立つ立場の人は、そういう態度を取ることも能力の1つとして求められ……るん……
「……? 何っすか、ミナトさん?」
「え? あ、いや……何でも」
目の前をふわふわと漂っているのは、副所長のミーシャさんである。副所長である。
大事なことなので二回言いました。
数十秒後、僕らはさっき見たばかりの十字路まで戻ってきた。
空気はすでに、何というか……嫌な緊張感を孕んだものが充満している。
正直言って、僕は苦手としている感じのそれだ。
十字路の部屋には、さっきまで外に整列させられていた囚人たちが、同じように部屋の中心に2組に分かれて整列させられている。男と、女に。
僕らが扉から出てくると、何人かの囚人がこちらに好奇心混じりの視線を向けて……しかし次の瞬間『余所見をするな』と看守に注意されていた。
それらに構わず進むアリスさんとミーシャさん。僕らもそれに習う。
看守長である彼女は途中、何人かの職員に『お疲れ様です』と声をかけられていた。
アリスさんはつかつかと割と大股で歩き、僕らが出てきた扉から向かって右……すなわち正面入り口から見て左の、女子囚人用の監獄の扉に手をかけた。
「ではこれより、ラグナドラスの収容スペース等をご案内いたします。ミナト殿の勤務先はこのさきの女子エリアになります。何かわからないことがあればその都度ご質問いただいて結構ですが、職員の邪魔にだけはならないようにご注意ください」
「あ、はい、わかりました……ていうか、僕の担当、女子監獄なんですか?」
「そりゃまあ、ほら……」
するとミーシャさん、僕の耳元に寄ってきて、
「ミナトさんが作る薬を誰に使う予定なのか、って考えれば、同じ性別の方がいいっしょ? ここに来た目的は、囚人を人体実験に使うことなんだし……」
ああ、そりゃそうか……王女様に使う薬だもんね。同じ女性を実験台にする必要がある。
「もちろん、必要であれば男性の実験台も手配できますが、基本はこちらになります。後で居住エリアや実験・研究用のスペースもご案内いたします。では、どうぞ」
言いながら扉を開けるアリスさん。
その後に続いて扉をくぐり、最後の義姉さんがそれをしめて通路を進む。
すると歩きながらアリスさんが、思いついたように言った。
「……丁度、囚人がこれから収容処理にかけられるところですから、彼らについていきながら一通り案内する方が、わかりやすいかもしれません。そうしてもよろしいですか?」
「え? ええ、大丈夫ですけど……」
わかりやすいならそっちの方がありがたいし、と思ってそう答えたら、後ろから『大丈夫なの?』と心配するような声が飛んできた。
「そりゃ実際に何が行われてるのか見た方が早いっちゃそうだけどさあ……ちょっと刺激強すぎない? ミナトはもちろん、ナナちゃんだってここは初めてなんだし」
「え? 義姉さんそれどういう意味?」
刺激が強い、って何だろう?
横にいるナナにちらっと目をやるけど、やはり彼女も知らないようで、首を横に振っている。
義姉さんがそれに答えるより先に、口を開いたのはアリスさんだった。
「かもしれませんが……看守として任務につく以上、多少なり触れることです。ここに滞在する期間も短くありませんし、ならば早いうちに、と思ったのですが……」
「……そうかもね……でも、最初にきちんと言っといた方がいいわよ? 割とショッキングというか、いわゆる『闇の部分』でもあるしね」
何だか微妙に物騒というか怖そうな話がされたかと思うと、アリスさんはこっちを見て、少し申し訳無さそうにしつつ、
「承知いたしました。ミナト殿……説明が後になってしまって申し訳ありません。今申し上げたとおり、少々過激というか、刺激が強い場面もございますので、その点をご承知おきいただけますでしょうか?」
「え、あ、はい、それはその……大丈夫ですけど……具体的には?」
「何分、ここは監獄。犯罪者を収容しておく場ですので……女性相手とはいえ、必要分に応じて厳しく叱責したり、行動を律したり、時には外界の常識に照らして少々非人道的ともとれる対応をすることもあります。そこをご理解いただければと」
とのこと。その後アリスさんは、目線でナナにも同じことを伝えていた。
まあ……そのへんも多少は仕方ないだろう。
日本とかの刑務所もそんな感じだって聞くし……犯罪者が普通の学校とかと同じように扱われるって言うのも無理がある話だ。それに、彼ら……あ、『彼女ら』か……彼女らがそうなっても仕方のない罪を犯したのもまた事実なわけだから。
この辺は、僕ら部外者が何か言うべきことじゃないと思う。多分ね。
それに、僕がこれからしようとしてることだって、その彼女らを使った『人体実験』……十分非人道的な範囲の話なんだから。
それらを踏まえた上で、僕はアリスさんの申し出を肯定し……それにお礼を言うと、アリスさんは再び、僕らを先導して歩き始めた。
そして、通路の終わりにはまた重厚な扉があった。
「では……まずこの向こうが、女子監獄の職員オフィス、ならびに、囚人達の登録作業用スペースになります。どうぞお入りください」
そう言って、アリスさんは扉を開けた。
案内されたオフィスは、割と普通の場所だった。
前に王都とかで、軍人その他の人たちが仕事をする様子をちらっと見たことがあるけど、それと変わらない普通の事務作業に見える。
さらに言えば、現代日本の市役所とか会社のオフィスとかで行われてそうな事務作業とも、パソコンその他の電子機器がないくらいで、さほど大きな違いは見受けられない。部下が上司に決済を貰ってたり、何に使うのかわからない道具を持ってすたすたと歩いて運んでたりしてた。
そして、オフィス部分にはほとんど囚人の姿は見られなかった。やっぱり用事が特に無い限りは、ここのエリアに囚人は来ないんだろう。
そうして、なまじ『普通』の光景しか見られなかったことで、そんなことを考えて油断していた僕は……この直後、さっきアリスさんが指摘していた『刺激が強いですから』ってのが、何も誇張とか大げさな物言いでなかったことを知ることになる。
☆☆☆
それは、さっき十字路で整列していた囚人たちがこっちに到着したらしいので、その収監作業を見学するために棟の入り口に戻ってきた時のこと。
ある者は反抗的な睨むような目をして、ある者は悲壮感漂う表情をして歩いてくる囚人達は、何人かずつに分けられてタイル張りの部屋に入れられている。
これから何が始まるんだろうか、とか思いつつ見ていると……部屋の中にいる女性看守の1人が、
「全員、着衣を全て脱ぎなさい」
そう、厳しい声音と口調で鋭く言い放ったってちょっと待った。
え……何、今何て……全部脱げって? 全部脱げって言わなかった?
「言ってたわね」
「何で? 身体検査、とか?」
「ええ……体内に凶器などの異物を隠し持って入ろうとする者もいますので、必要な処置です」
そう言うアリスさんの視線の先では、囚人たちが『ぐずぐずするなッ!』と一喝されて、慌てて、しかし嫌々という様子がわかる動作で、着ている服を脱いでいた。
程なくして全員が一糸まとわぬ全裸になり……中には、チラチラとこちらを気にするように視線を送る人もいる。服装からして看守でない僕らを……特に、男の僕を気にして。
その後、余所見をするなって一喝されてだけど。
てかコレ、僕男なんだから見ない方がいいんじゃ……? 作業も全部女性看守がやってるし、あきらかに僕場違いだし、さっきも言ったようにこっち見てるし……
「……あの……僕」
「目を逸らしてはいけませんよ、ミナト殿」
何か言う前に、ぴしゃりと言われた。鉄面皮状態のアリスさんに。
「目を逸らしたり、表情を崩してはいけません。看守としてここで働く以上、囚人になめられるようなことがあってはなりません。女相手だろうと情けを見せるようなことのないようにお願いします」
「……頑張ります」
一旦見始めた以上は途中退出もよくないということで、きちんと見届けてから……というか、この今処理してるグループについて一連の施設を回るようだ。
そんな僕らの目の前で、囚人達は女性看守の手によって、色んな……ちょっと口に出しては言えないような場所まで、1人ずつ徹底的に調べられていた。
しかも、
「っ……触んないでよ、この変態「口答えするなッ!」きゃぁああっ!!」
時折そんな風に、羞恥心から抵抗しようとする娘が出ると……容赦なく女性看守に警棒みたいなので叩かれてたりして……痛々しい……
しまいには、羞恥心とかで泣き出したりする娘もいて……
「…………あの」
「ダメです」
「………………」
仕方ないので、自分で自分に、こないだ習得した新技能である『金縛り』をかけて、直立姿勢から表情筋ごと体を固定する。
とんでもない力技だけど……こうでもしないと絶対目逸らしちゃうし。
……隣で、義姉さんがため息をつくのが聞こえたけど、気にしてはいられない。
結局、囚人の女の子達が消毒液と思しき液体を霧状にして吹き付けられ、体を拭くタオルと、この監獄での彼女らの部屋着となる服を手渡された所で、ようやく開放された。
い、一発目から予想外に刺激が強すぎるんですけど……
「……つらそうですね、ミナト殿」
「え、ええ、まあ……はっきり言って予想外で……」
彼女達が犯罪者だとわかってても……見た目見目麗しい美少女なだけに、あんな目にあってるってのはちょっと見ててきついもんがある。
そういう趣味の人ならまた違うのかもだけど……あいにく僕はノーマルだ。
ああいうのは、興奮するより先に……引く。
「……こんな時に追い討ちをかけるようで心苦しいのですが……この程度で取り乱されていては、この先少々きついかと思われます」
……マジですか?
するとアリスさん、歩きながら、黙って前の方を指差す。
そこでは、一応全裸からは脱出したものの、黒のタンクトップに七部丈のズボンと言う少々露出の大きい服装になった囚人たちが……
――バシュッ!!
「ぅぁあああぁっ!!」
「よし、次!」
よくわからない装置を、左腕に押し付けられていた。
そして次の瞬間、その部分から火花と煙が……何アレ?
「あの……あれ、何やってんですか?」
「焼印です」
「……や……き、いん……!?」
「はい。囚人番号を刻印しています。魔法的な処理ですので、居場所の特定や規定違反者に対しての処罰や抵抗防止、魔法封印など、様々な効力があります」
……なんか、早くも監獄来たの後悔し始めてる。
その後、いくつかのプロセスを経た後、囚人達は収容された。
そしてそれについて回りつつ、アリスさんから監獄内部を案内された。
消毒と焼印の処理を終えた囚人達をまた整列させたところに、『少し失礼します』と断って一旦僕らの元を離れたアリスさんが彼女らの前に立ち、ここで生活する上での注意点なんかを、決して優しくは無い口調で説明。
具体的には、『看守の指示には逆らわないこと』『私語や独断行動は禁止』『規則違反は容赦なく懲罰対象』などなど。冷徹と言ってもいい感じの冷めた声は、聞いてて妙に心に突き刺さるものがあった。
囚人からしたら……その一言一言で、これからの自分の人生がいかに自由がなく束縛されたものになるかをじくじく感じるんだろうな。
そしてその後、おそらくは罪状や量刑ごとにさらにグループ分けされた囚人たちが、その先のエリア……収容房へと、長い連絡通路を並んで歩く。
僕らがついていったグループは、ほどなくして『A1』と書かれた収容房に連れて行かれ、それぞれ独房や雑居房に入れられ、外から鍵をかけられていた。
「ここラグナドラスには、全部で14棟の収容房があります。ここはA1収容房……有期で投獄された者が収監される房です」
「何年入れられるかが決まってる、ってことですか?」
「ええ。最も囚人によってその長さは違い、それによってどこに入れられるかなども色々と異なってきますが」
「ただ、ここは重罪その他大きな問題を抱えた人物を入れておく場所っすからね……短ければ数年っすけど、長いと数百年以上の量刑判決を受けてる囚人もいるっすよ」
す、数百年……あ、そっか、亜人だとそのくらいでも入ってるかもしんないな。
……でも、アメリカとかだと、150年とかどう考えても生きてられない年数じゃない量刑受けてる囚人もいるって聞いたことあるし……この世界にもいてもおかしくないかも。
「『A』はこの他に3種類、A2、A3、A4棟があるっす。つくりそのものはこの棟と大きくは違わないっすけど、それぞれ違ったランクの囚人がいるっす」
「A2棟は無期刑……期限を定めず、更正・反省および贖罪の完了を持って刑期満了とすると判決を下された囚人が入ります。A3棟は終身刑用、囚人は一生をここで過ごします。そしてA4棟は、特に問題のある終身刑受刑者および……死刑囚の収容場所です」
今日はそこまでは見ませんが、と言って踵を返すアリスさんとミーシャさん。
見学はここまでらしいので、元来た道を戻り、オフィスへ向かうらしい。
「なお……同様に今日は見ませんが、今説明したものの他に、『B』『C』『D』の収容房が別な場所にあります。どれも、通常とは違う囚人を収監しておく房になります」
「……というと、具体的には?」
「B棟は、罪状や立場が特殊なため他の者たちとは一緒にできない囚人を、C棟は他の囚人や看守に悪影響を与えるという懸念から、隔離を要する囚人をそれぞれ収容しています。そしてD棟は……懲罰房です」
ああ……規則違反して罰を受ける囚人が入れられるっていう、アレか。
映画とかドラマだと、非人道的な罰――食事や睡眠を削られたり、体罰を与えられたり――もあるみたいだったけど、ここはどうなんだろ……?
……普通にありそうで怖いな。
「明日以降案内しますが、ミナト殿が実験に使う囚人は主にAの囚人ですから、あまり気にする必要は無いと思いますよ……っと、つきましたね」
話している間に、最初に来たオフィスに戻ってきた僕らは……今度はそこから別な連絡通路で、僕らの住処となる『居住区画』に案内された。
『居住区画』は読んで字のごとく、職員が居住するためのエリア。
言ってみれば寮みたいな感じで、どの部屋も1人用でそこまで広くは無い。しかし、住居として基本的に必要なものは全て揃っている。新築のアパートっぽい。
風呂・トイレ付き2LDK。結構な有料物件である。
……もし僕が前世で死ななかったら、こんな感じのアパートに住んで大学に通ってたのかもな……なんてちょっとしんみりしつつ、荷物を運び込む。
ただ、ナナと義姉さんはともかく、僕の主目的である『研究』は、こんな程度の広さの部屋ではとても出来ない。
それは監獄側も承知してくれていたらしく、多用途に使える特別フロアをいくつか貸し出してもらえることになった。僕の部屋も、そこに近い位置を取ってもらった。
……むしろ、そっちで寝起きすることの方が多くなるかもしれない。
しかし、いくら広くても……僕の船のラボみたいな研究設備や防犯設備、施設自体の強度は無いだろうし、実験その他は慎重に進めないとな。
とりあえず荷物を運んでおいて鍵をかけ――普通の鍵だけじゃ心配なので、他にもいくつかセキュリティ関係のアイテムを取り付け――再び集合。
そして、今日最後の仕事に赴く。
今回の患者にしてキーパーソン……ネスティア王国第二王女・リンスレット殿下との面会に。
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