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第173話 第二王女
ある晴れた日のこと。
ネスティア王国王都の国営墓地。
墓地中心部にある、王族およびその関係者専用にスペースが設けられた霊場の一角に……国王アーバレオン・ネストラクタスは足を運んでいた。
目立つのを嫌ってだろうか、つれている護衛は僅か数名。
しかし、傍らに控えている騎士団総帥ドレークを筆頭に、数の少なさをまるで不利としない精鋭たちであった。
そんな国王が今、墓標の前で花束を手に、会釈程度にではあるが頭を垂れて、そこに眠る死者の冥福を祈っている。
そこに刻まれている名は……『アンジェリーナ・ネストラクタス』。
9年前の今日、この世を去った……ネスティア王国王妃である。
「……もう9年か……早いものだな、アンジェリーナ。私の中では、お前と初めて出会ったあの日が、昨日のことのように鮮明にあるというのに」
その名の向こうに妻がいるかのように、物言わぬ碑石に、ネスティア王は語りかける。
「お前が好きだった中庭の花壇……今年も花が一杯に咲いたぞ。ささやかだが、少し摘んで持ってきてみた。私はこういうことに疎いから、他に気の効きいた贈り物が思いつかなかったのだが……喜んでもらえるだろうか」
言いながらしゃがんで、手にしていた花束を墓に供えるアーバレオン王。
瑞々しく咲き誇るその花が、眠る妻によく見えるように。
そして目を閉じ、両の手を合わせて組み、しばしそのまま祈りを捧げる。
護衛の兵士達も、帽子やヘルムなどをはずし、王にならって黙祷を行った。
数秒の後、目を開けた王は……後ろを見ずに、言った。
「早かったな、レナリア」
「家庭教師の先生が気を回してくださいましたので」
喪服を思わせる、黒を貴調としたドレスに身を包んだ、三女……レナリアが、そこに立っていた。父と同じように、花束を持って。
そして、同じように墓に花を供え、同じように祈る。
「……あんなに小さかったレナリアも、こんなに大きくなったよ。お前に似て、美しく育ってくれた」
「もう、お父様……」
少し恥ずかしそうにしつつも、レナリア自身も嬉しそうではある。
レナリアの桃色の髪は、王妃アンジェリーナゆずりの色だった。生前彼女のことを慕っていたレナリアは、髪の色を褒められたり、母親に似てきた、といわれたりすると嬉しくなる自分を自覚していた。
「それとお母様、ごめんなさい……お姉さまも本当は、今日一緒に挨拶にうかがう予定だったのですが……出先での仕事が長引いてしまって、到着は明後日以降になってしまうそうです……ご挨拶には、その後来るとのことでした」
目を伏せ、申し訳無さそうに、墓前でそう報告するレナリア。数日前、『オルトヘイム号』での会議の決定を受けて帰還が間に合わないと判断したメルディアナが書いた手紙に、そう書いてあったのだ。
娘のそんな様子を横目でちらりと見た王は、視線を墓標に戻すと、
「……すまん、アンジェリーナ……もう1つ謝らなければならん。リンスレットの病……まだ、いい知らせを持って来れそうにない」
横で響いた父の言葉に、胸がちくりと痛むレナリア。
同時に脳裏によぎるのは……自分のもう1人の姉。
母・アンジェリーナとはまた違った意味で憧れの対象となっている、しかし今はとある場所で病と戦っている……上から2番目の姉を思っていた。
自由に会うことすらかなわない、日陰に生きる王女のことを……。
☆☆☆
以前、思い出した時にちょっと気になって、ナナに聞いてみたことがある。
まだ会ったことのない……ネスティア王国の『第二王女』について。
名前はリンスレット・ネストラクタス。年齢は丁度、今年17歳だそうだ。
会ったこと無いだけでなく、話題にも上がらないから、どういう人なのか聞いたら……現在、病気で長期療養してるんだって聞いた。もうそろそろ3年になると。
子供の頃から患ってる病気で、最近悪化してきているらしい。急を要する状態じゃないそうなんだけど、大事を取って安静にしてるとか。
そのせいで、ほとんど公の場に姿を現すことは無いそうだ。
たまに、それこそ1年に1度か2度、かなり大きい行事にならちらっと姿を見せることもあるんだけど、ここ1年はそれもないらしい。
面会も謝絶なので噂だけが飛び交い、実は大病だとか不治の病だとか、心を患ってるとか言われてるそうなんだけど……そのうちの1つが真実だったとは。
「公式発表は基本的に真実だ。不治の病を患っているという点と、王都にはいないという点以外はな……」
「その……不治の病、っていうのは?」
「……『白夜病』。聞いたことはあるか?」
あー、ある。
聞いたっていうかコレも、本で読んだことがある程度だけど……確かに『不治の病』だ。
『白夜病』
主な症状は……『五感の喪失』。
すなわち、視覚・味覚・触覚・聴覚・嗅覚が失われてしまうというものだ。
ある日突然、今述べた感覚のいずれかに、程度に差はあるが症状が現れる。
視界がくすんだり、耳が聞こえづらくなったり、何を食べても味がしなくなったり……そして、それ以降二度と回復することがないのだ。
発病する原因は全くの不明。
治療法はもちろんなし。それどころか、完治どころか僅かにでも症状が改善した事例すらなしという悪夢のような病気。
ネスティアの第二王女・リンスレット殿下は……それを患っているそうだ。
「最初は、単なる疲れ目か何かだと思われていた……リンスレットはもともと、視力がいい方ではなく、読み物をする時にはメガネも使っていたからな。実際、医者に見せた時もそういう診断だった……」
「医者、って?」
「ん? ああ、言っておくがダンテ・アンキラスではないぞ? もっとも……発覚以後、ダンテや他の高名な医師に見てもらいはしたが……誰一人治せんかったがな」
ダンテ兄さんでもダメだったのか。ブルース兄さんやノエル姉さんも太鼓判の、知りうる限り最高の名医だっていう話だったのに。
まあ……そうでもなきゃ『不治の病』なんて呼ばれたりしないないか。
「幸いというか何と言うか、今のところ二次感染は無い。というか、そもそも感染する病なのかどうかもわかっていないのだがな」
「……その病気の治療薬を、僕に作れと?」
「無論、私の手の及ぶ範囲で全ての援助はさせてもらう。研究資金や資材、過去の症例などの必要な情報は何でも揃えさせてもらう」
そう、こちらの目を見てきっぱり宣言される。
なんだかその目には、真剣さや情熱のほかに、必死さなんかも見て取れた。
「……専門家でもない、いち冒険者でしかないお前に対して、無理を言っているのは百も承知だが……この上もう1つ、恥は承知で余計なことを言わせて貰いたい」
「……何を?」
「……時間がないのだ。すでに、リンスレットが発病して3年近くが経っている。病状の進行は、私が知る限り『白夜病』においては比較的ゆるやかなペースだが……確実に進行している。むしろ、それが余計にあやつを苦しめていると言ってもいい」
聞けば、既に味覚・視覚は完全になくなり、嗅覚ももうほとんどないそうだ。
その3つに比べるとまだマシだが、聴覚と触覚もだんだんと弱まってきているらしい。
……猶予は決して長くないってわけか。
このままだとそう遠くない未来、残りの感覚も病魔に奪われる。そうなればリンスレット王女は、音も光もない暗闇の世界に閉じ込められる。
あ、いや、ちょっと違うな。
感染者の自己申告によると『白夜病』は、その名の通り真っ白な世界に閉じ込められるらしい。視覚が奪われると、『真っ暗』『真っ黒』じゃなくて『真っ白』になるそうだ。
……いやまあ、黒だろうと白だろうと、地獄には変わりないんだけども。
何も見えず、聞こえず、触っても嗅いでも食べても何も感じない。何をしても、自分以外のいかなる存在も感じ取ることが出来ない……いや、鏡を見たり自分の声を聞いたりすることすら出来ないから、自分の存在すらあいまいになってしまう。
ゆえに、この病そのものに致死性は無いものの……発症者はほぼ例外なく、病気が進行する過程で心を病む。
最後には精神を崩壊させて発狂死したり、恐怖のあまり自ら死を選んでしまうそうだ。
「リンスレットは芯の強い娘だ……今は、気丈に耐えている。しかし、このままではそう遠くない未来……数ヵ月後にはそうなってもおかしくない所まで、病は進行している」
「急がなきゃいけない、ってことですか」
「ああ……さて、ではそろそろ依頼そのものに関する説明に移るぞ」
そう言って、メルディアナ王女は伏せ目がちになっていた視線を、真っ直ぐ僕を見るものに戻した。
「私はこれから王都に戻り、関係各所に事情を説明して認可をかき集めた上で、冒険者ギルドに依頼を出す。その準備には数日かかるだろうが、その間に準備を整えて、依頼が届いた段階で即時受領してほしい」
なるほど……あ、そういえば、
「依頼って薬の作成じゃなくするんですよね? どういう内容にするんですか?」
「それを話す前に、まず、今リンスレットがどこにいるのかを明らかにしておく必要があるな」
と、王女様。
? 王都にはいないのかな? てっきり、王族専用の病棟とかにいるのかと。
どこにいるんだろう、と次の句を待つと……
「リンスレットは今、感染拡大の防止のため……『ラグナドラス』にいる」
「「「は!!?」」」
がたんっ ×3
うぉ、びっくりした!
王女様の説明を聞いた途端、突然僕以外の『邪香猫』側の3人……エルク、ナナ、セレナ義姉さんが椅子を蹴っ飛ばす勢いで立ち上がった。
ちょ、何!? 何なの!?
「めめめメルディアナ殿下!? そ、それは本当なのですか?」
「な、なぜあのような場所にわざわざ……」
テンパるナナとセレナ義姉さん。
……やっぱりというか、どうやら王女様が隔離(?)されてる場所が問題らしい。
『ラグナドラス』って何だろ? 地名? そんな、3人が3人とも飛び上がるほどおかしな場所なんだろうか?
1秒後、僕の様子がおかしいことに我が嫁が気付いた。
「ミナト、あんたもしかして知らない?」
「う、うん……ごめん、ラグナドラスって何?」
「……そうか、あんた興味ないことには一般常識でも疎かったわね」
はい、ごめんなさい。興味ないと勉強しないタチです。
はぁ、と額に手を当て、ゆっくりと椅子に腰掛けるエルク。
そして僕のほうに体を寄せ、『耳かせ』とジェスチャー。
「ラグナドラスってのはね……監獄なの」
「監……獄!?」
「そ。ネスティア王国最大規模のね。まあ私も詳しく知ってるわけじゃないんだけど、王国中から犯罪者が集められてきて収容されるんだって。ただ、犯罪者以外にも、何らかの事情がある者が隔離とかのために入れられることもあるって聞いたことあるわ」
『むしろそういう裏事情系はナナやザリーの方が詳しいかもね』とのこと。
なるほど……ザリーは言わずもがな、ナナも以前軍の中枢近くにいたわけだから、それなりに密接な関係があるであろう監獄の知識も多少はあるかもね。
そのナナはというと、まださっきのびっくりした表情のまま、セレナ姉さんと一緒に、勢いのままにまくしたてていた。
……相手が王女ってこと忘れてんじゃないかってくらいに。
しかし、動揺も当然だろう……何せ監獄だ。
つまりは今しがた、リンスレット王女は監獄に入っている、って聞かされたわけなんだ。他ならぬ、姉のメルディアナ王女から。
隔離のため、って言ってたけど……そこまでするのか?
「ラグナドラスは二千人を越える犯罪者が収容されている大監獄ですよ!? なぜその様な所に、しかもご病気で体の自由が利かないリンスレット殿下を……」
「問題ない。そもそも極秘であるし、リンスレットの周囲には信頼に足り、実力にも不安のない者をつけて常時警護している。身の安全は確保されている」
「だとしても、よりによって……王都郊外に、貴人用の難病患者等隔離用施設があるでしょう、そちらをお使いになれば……」
「……まあ、色々とあるのだ。詳しくは話せん、聞くな」
一瞬言いよどんだかと思うと、メルディアナ王女からはそんな回答が。
……なんか、他にも色々事情とかあるのかな? 含みを持たせた感じというか……。
ともかく、まずそこについては納得することにしよう。第二王女・リンスレット殿下は、今その大監獄『ラグナドラス』とやらにいると。
つか、二千人以上も入ってんのか……マジですごい規模なんだな。
それでたしか……その前に、僕は何の依頼で動くことになるんですか、っていう話だったと思うんだけども。
そう考えてたら、口に出す前にメルディアナ王女が話題を元に戻した。
「なぜこれを教えたかと言うとだな、今述べた理由の他色々な事情から、リンスレットはラグナドラスから外に出ることは出来ん。しかし普通に考えて、薬を作るのに本人への問診や診察なしでは、いくら私が情報をそろえても厳しいだろう」
それはまあ、そうだな……って、まさか……
「そのまさか、だ。薬の研究・開発は、ラグナドラスでやってもらうことになる」
「え゛!?」
それってつまりまさか……僕がその『ラグナドラス』とやらに入るってこと? 囚人として? 潜入捜査みたいに!? 潜入研究!?
「阿呆、そんなわけあるか」
あ、違うんだ、ちょっと安心。
いやあ、強制労働作業や看守獄卒の囚人いびりに耐えながら、目的を果たすために四苦八苦しつつ奔走するような、海外ドラマみたいな展開になるかと思ったよ。
「……いつものことながら、やはり貴様時々わけのわからん思考をするようになるな」
「いえ、割といつものことです」
嫁に酷いフォローをされ、王女様に呆れられる。
まあ、いつものことだし気にしないけどね。面子が違うだけだ。
いつもはザリーやシェーンあたりが呆れる役やるか、エルクがツッコミと兼業するから。
……考えた瞬間に、机の下でエルクに足を蹴られた。
あのさエルク、最近やっぱ僕の心読んでない? 口にも顔にも出してないよ僕。
「まあいい……さて、では疑問を一気に解決するためにも、本題……依頼内容の説明に移る」
やっぱり僕のことわかってくれてるんだなー、と情けなくも嫁の優秀さと気立てのよさ(?)に1人嬉しく思っていると、メルディアナ王女が『おっほん』と咳払いをしたので、僕もエルクも背筋を正して向き直る。
「ミナト・キャドリーユ。お前への依頼は……『ラグナドラス』の臨時看守だ」
「看守、ですか?」
つまり、囚人を取り締まったり命令する方の立場に立て、と。臨時で。
「そうだ。地位などは後で詳しく決めて伝えるが、その立場であればほとんどの懸念事項が一気に解決される上に、色々と好都合な点も多くある」
「というと……具体的には?」
「これも後で纏めるが……まあよいか。例を上げれば、まずは患者の近くにいられる点だな。いつでも何かしら理由をつけて、必要な時にリンスレットに問診できる」
なるほど。たしかに好都合。
「加えて、外部から商人や貴族に接触されることなく研究を進められる。物理的にはもちろん、立場的にもな。監獄という場所の特性上、内外の交流は資材や食料、あとは新規の囚人の搬入以外は基本的にないからな」
なるほど……あれ、それってつまり面会とかもないのかな? やっぱ日本の刑務所とか拘置所とはまた違う感じなんだろうか。
「そして主な利点として最も大きいのは……」
一拍。
「……一部ではあるが、囚人を人体実験に使える点だ」
………………何ですと?
えらいとんでもない言葉が出てきたな……現実的だけど非人道的というか、何と言うか。
囚人をモルモットに、か……
「無論、全員をそうして言い訳ではないがな。それについては、また今度詳しく説明するとする……ここに要点をまとめておいた。読んでおいてくれ」
言いながら、すっと手元に置いてあった書類の1つをこっちによこしてくる。
見るとそれは、依頼に関する要点が色々とまとめられた紙だった。議事録っぽい。
「それにも書いてあるが、表向きの依頼は看守。ただしその合間には何をやってもいいことになっているため、そこを利用して真の依頼である『白夜病』と『蝕血病』の特効薬の作成をしてもらうことになる…………頼んだぞ、ミナト」
顔の前で手を組み、そこに顎を乗せ……何と言うか、威厳のある感じのポーズで、しかし声にはわずかに必死さを滲ませて、メルディアナ王女はそう言った。
……あの、まだ受けるとは言ってませんが……いやでも、さすがにこうなるとなあ……
うーん、どうしたもんか……
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