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第172話 不治の病の治療薬
挙手したエルビス王子は、自分から見て斜め前に座っているルビス王女に一瞬だけ視線をやると、こっち側……僕ら『邪香猫』の方を見て話し始めた。
「ミナト殿、先ほど、会議が始まる前にルビスに聞いたのだが……私も同じものを患っているルビスの持病なのだが、ミナト殿のその『薬湯』とやらに浸かって以降、ルビスは発作を起こしていないらしいのだが……この点について何か心当たりは?」
「へ?」
何と言うか、予想外の質問だった。
いや、どんな話が出てくるのかそもそも何か予想できてたわけじゃないんだけど、何でここでいきなりルビス王女の持病の話? って感じだ。しかも、発作が起きてないとか何とか。
「えっと、それは自分としても初耳ですが……」
「ああ、言っていなかったし、最初の数日はその異変そのものに気付けなかったからな」
と、今度はルビス王女。
ルビス王女が女だって判明したその後、僕らはザリーに頼んで、ルビス王女の言うとおりの方法でエルビス王子達につなぎを取ってもらったわけだけど、その際、戻ってくる時にザリーがルビス王女用の持病の薬を十分な量持たされてきた。
今思い出してみれば、確かに初日のアレ以降、ルビス王女って発作起こしてなかった気がするけど……それって用は、きちんと毎朝薬飲んでたからじゃないの?
「いや、それだけでは説明がつかん。尋常ならざる早さで悪化する一方だった私の病は、時間通りに薬を飲んでも時には息苦しさや発作を起こすこともある状態にまでなっていたし……発作がないときでも、胸に何かつっかえるような張り詰めたような感じがあった。しかしここ数日、全くそれがなかった。油断すると、病そのものを忘れそうなほどだ」
「……つまり?」
「……にわかには信じがたいが……あの薬湯に浸かったことで、病状が劇的に改善したとしか思えん。長年、治療の術なしとまで言われていた難病が、一気に数か月分もだ」
「「「っっ!?」」」
直後、がたっと少々無作法な音を立てるほどの勢いで何人かが反応した。
見ると、音を立てたのが誰かはわからないけど、全員の視線が僕とルビス王女の間を行ったりきたりしている。おそらくは……今のセリフを受けて。
どうやら……相当に衝撃的だったらしい。今の、ルビス王女の推測が。
「それはつまり……その薬湯とやらが、2人を蝕む病魔を駆逐しうる効能をも秘めている、と?」
好奇心を抑えきれない、という感じで、身を乗り出してメルディアナ王女がたずねる。
気のせいか、いつもの王女様の厄介な瞳の輝きが戻ってるようにも……
色々気になったけど、とりあえず質問には答えておく。
「いや、それはさすがに無理だと思います。あの薬湯はつまるところ、体内の魔法・魔力がらみの毒素や不純物、老廃物を浄化したり、外に出すだけなんで……」
「それはつまり……どういう理屈で無理、と言うことになるのだ?」
「えっとですね……ちょっと長くなりますけど、いいですか?」
『構わん』という意味のそれであろう首肯が返ってきた。
それも、メルディアナ王女以外も含めた全員から。
「じゃあ、お言葉に甘えて……少々粗雑な言い方になりますが、エルビス王子やメルディアナ王女がこちらに到着なさるまで時間がありましたんで、僕なりにルビス王女の病について調べてみたんです。と言っても、ソースが手元にある文献の情報だけだったので、あんまり深くは調べられませんでしたけど」
このオルトヘイム号には、図書室みたいな蔵書スペースもあり、そこには師匠から『もう読まねーからやる』って感じでもらったものや、王都のダンテ兄さんやウィル兄さんのお古、もしくはお勧めのものを紹介してもらって自費で購入した大量の専門書が揃っている。研究の時とかに有用なので。
その中には医学書もある。それで調べた所、またえらく厄介な病気であることがわかった。発症例は少ないものの、不治の病としてはそこそこ有名であったために、ある程度の情報は手元の文献に揃っていたのだ。
簡単に言うと、2人がかかってる病気は、血液そのものがかかる奇病であり、その病毒に犯された血液が全身をめぐることから、全身各所に様々な症状が出る。
最もその影響が大きいのは、全身に血液を送るポンプの役目を果たす心臓や、その血液によって酸素やら二酸化炭素やらのやり取りがなされる肺がある胸部分。発作の時に胸が苦しくなるのは、おそらくこのせい。
症状が進行すると、やがては全身の筋力が低下したり、感覚がなくなっていったりしていき……最終的には臓器がいくつも機能不全を起こし、死に至る。
そしてその病気の血液とやらは、常時体に有害な毒性を持ってるわけじゃないらしい。
専門書によると、病毒に犯された血液は、数時間に一度怒る発作のたびに血中に毒素を作り出し、それが心臓や肺に取り込まれると、発作として苦しみが現れるとのこと。
2人も服用している、この病に一般的に用いられる薬は、血液中の病毒にかなり広く作用して浄化する働きを持っているもの。そのため、飲むと発作の時に毒だらけになった血液が浄化され、心臓とかにたまった毒にもある程度作用するから楽になる。
しかし根本的な部分の解毒までには至らず、心臓とかに取り込まれた毒素も完全には抜き取られずに蓄積していくため、病状は進行していく、というわけだ。
昔はもっと色々無茶な治療もされてたみたいだ。血液を抜き取って量を減らし、新しく体の中で作らせた血液の比率を高めることで改善させようとしたり、血中に水を混入させて血を物理的に薄めることで症状の改善を図ったり。
……血抜きはともかく、水は死ぬよねそれ。赤血球が破裂して。
さて、それらの情報をそろえた上で言えば、この病気の最も適切な治療法っていうのは、血液中の病魔に冒されたどこかの部分――必然的に、例の薬では届かないどこかに潜んでいることになる――を病気から開放することだ。
そのためには、どこが病魔に侵されているのかを正確に判別する必要があったから、まだ作れてなかったんだけど、そっか、気付かなかったなー……ある程度毒素を消すだけなら、薬湯でできないこともな「ちょ、ちょっと待てミナト・キャドリーユ!?」はい?
説明の途中、メルディアナ王女が初めて聞くようなテンパった声で割り込んできたので、何かと思ってそっちを見たら……さっきよりも更に血相を変えた感じの表情になって、目を見開いてこっちを凝視していた。……ちょっと怖い。
見渡してみると、ほぼ全員……程度に差はあれど、似たような表情になっている。
「あの……何でしょうか?」
「い、いやあの……私の聞き違いや早とちりだったらすまんのだが、貴様今、この病気を完治させる薬を作れる、的なことを言わんかったか?」
「あ、はい。多分作れます。もっとも……僕の見通しが正しければ、ですけど」
「……マジか?」
「マジです。繰り返しますけど、見通しが正しければ、ですよ?」
ここからは、専門書の内容その他から総合的に僕が推察したこととか、サンプルをもとに分析した結果も含めた内容になる。
今説明した所まで調べ終えた僕は、ふと、彼女を回収した日に、彼女が身につけていた服について思い出した。
大概は破れたりしてボロボロになってたものの、一応洗濯して取っておいたんだけど……その中に、もとは外套か何かだったと思しき、しかし明らかにも使い物にならないレベルにまでボロボロになった布切れがあったのを思い出した。
その布切れは、もうさすがに使えないだろうってことで洗濯もせずに捨ててあったんだけど、そこに付着していた血液を採取して分析した結果、試行錯誤の末に病原物質を発見することに成功した。
当初僕は、血液の病ってくらいだから、ウイルスが血液中で繁殖してるとか、赤血球や白血球に異常があるんだとばかり思っていた。ひょっとしたら白血病みたいに、血液じゃなくて骨髄とかに原因があるのかも、とも考えてた。
しかし、それらはいずれもはずれ。病原の正体は……
「「「寄生虫!?」」」
「はい。正確には、原虫、とか呼ぶ類の奴だったと思いますけど……」
地球でいう『マラリア』みたいに、血管内に住む極小サイズの虫が諸悪の根源だった。
どうやらこいつら血管内で、単為生殖を繰り返して増えていくらしい。雌雄が存在せず、ただひたすら卵を産んで孵化して成長してまた卵を産んで……を繰り返す。
そして寿命がきて死ぬと、その死骸は血中で分解されて毒素になる。それが発作の正体だ。こいつらどういうわけか、かなりの数まとまって死ぬのである。
「そういうわけなので、この病原虫を駆逐するのが一番、というか唯一の対処法なので、そのための殺虫剤ないし虫下し的な薬を作ればいい理屈になります。血中のこいつらを、卵も幼虫も成虫も全部纏めて駆除できるようなのを」
「見通しどころか原因も何もかもすべて判明しているじゃないか……」
「驚きましたわ……この短時間でそこまで調べ上げたのですか?」
唖然とした感じで、エルビス王子とドロシーさんが驚いていた。
ルビス王女にいたっては、同じ船の中でそんな研究が進んでいたのかと、声も出ない感じである。
そしてメルディアナ王女が、さらに僕に聞く。
「……その殺虫剤とやら、作れそうなのか?」
「もう半分くらい出来てます」
「「「は!?」」」
うぉ、ハモった。
師匠と僕以外の全員が驚きの声をあげ、そのほとんどが口をあんぐりと開けて驚いている。かろうじてドロシーさんとヴィットさんだけが、口元を手で隠していた。
……ここだけ見ると、何か悪いけど国の重役たちが集まった会議には見えないな。江連が何と言うか、コント的なそれになってしまってるし。
「は、半分……とは?」
「えっと、試験管内で培養して増やしてみた寄生虫に対して使った結果、一網打尽にできるような薬は何種類か作れたんですけど、いかんせん強力で……人体に投与できるレベルのものにまで調節するのには時間かかりそうだな、と」
抗がん剤みたいな感じで、副作用が深刻そうなんだよね。死ぬことは多分ないだろうけど……今のままじゃちょっと使えない。
動物実験とか繰り返して調節して、最終的に王都のダンテ兄さんとウィル兄さんに相談して認可もらってからじゃないと。流通させたり他人に使うような薬に関しては、かならずこの2人か師匠のチェックを通すようにしてる。
なお、師匠は気まぐれなので、興味がない薬は見てくれないことも多い。
「……そろそろ驚きすぎて何も言えなくなってきますわね……」
「全くだ。話に聞いてはいたが、これが『黒獅子』か……アクィラの奴が『母親に一番近い』とまで言うのもうなずけるわい……あやつ本人も大概じゃが(ぼそっ)」
と、ドロシーさんとイーサさん。
イーサさん、何気に今日初の発言である。
内容が愚痴だけど。うちの姉がすいません。
「し、してミナト殿!? その薬、あとどのくらいで完成する見込みか!?」
「え? えっと……いや、そこまではちょっとわかんないですけど……」
「そ、そうか……」と、具体的な期間までは知ることが出来ずにやや落胆し、前のめりになっていた体を元に戻すエルビス王子。
しかしそれも一瞬で、直後にはまた熱気のこもった視線をこっちにぶつけてくる。
彼だけじゃなく、ルビス王女とメルディアナ王女も一緒になって。
何と言うか、視線が口以上に雄弁というか、言わんとしてることがわかる……
と、その3人よりも先に、僕の隣の隣に座っている師匠が口を開いた。
「つーかよ、何かお前コレの薬作るの確定みたいな話になってっけど、作んのか?」
「え?」
「く、クローナ殿、何を!?」
慌てた様子のエルビス王子が上げた、悲鳴にも聞こえそうな素っ頓狂な声にも構わず、師匠は座っている椅子をくるくると回しながら続ける。
「普通の回復薬とかならともかくよ、病気の治療薬とかになるとそーとーメンドいぜ? 色々実験とかしないといけねーし、何か色んな所から権利やら何やらの話が来たりするし、そもそもぶっちゃけ途中で飽きることも多いんだよアレ。そもそも薬自体あんまり研究対象にしない俺としては、やりたくねーというか、好んではやらねー分野だ」
「……何か嫌な思い出でもあるんですか? 病気の治療薬の研究に」
「色々、な」
その瞬間、メルディアナ王女とエルビス王子がなぜかぴくっと反応した気がして気になったんだけど、2人も師匠も別に何も言わなかったのでスルーすることに。
そしてそんな中、何も言えずに、しかし真っ青な顔色と滝のような汗、そしてすがるような目が口ほどにものを言っているエルビス王子。視線はさっきから、僕時々師匠、って感じで揺れ動いてる。
あー、どうしよコレ?
空気的には作る、というか作って的な感じだったし、すでに興味本位で始めてたから、別に僕もそれで文句なかったんだけどなあ。メルディアナ王女やルビス王女とは、変な話だけど知らない仲じゃないわけだし、助けてもいいかな、と。
ただ……
「……ちなみに師匠、めんどくさいって、具体的には何があったんですか?」
気にならないと言えば嘘になるので、一応聞いておきたくもあり。
「ああ、前に俺も似たようなことが……どこの国とは言わねーけど、当時不治の病だ……」
「そこまでになさってください、クローナ様」
師匠の言葉を途中でさえぎる形でフレデリカ姉さんがぴしゃりと言い放った。
その一声に、僕含めたほぼ全員分の驚いた視線が姉さんに集中する。
いや、ホントちょっとびっくり……というか、ぎょっとした。
フレデリカ姉さん、随分と肝が据わってるというか、怖いもの知らずというか……師匠相手によくそこまではっきりと……
実際、師匠は途中でセリフを邪魔されてちょっと不機嫌そうに『あ?』って睨んでるし。
しかし、フレデリカ姉さんはそれに動じることもなく、さらに続ける。
「申し訳ありませんクローナ様。先ほどまでは『蝕血病』に関する知識・見解についてであれば、本件の議題にかかり参考になりうるものとして黙認いたしておりましたが、これ以上はさすがに、本会議の主要件から大きく逸脱します。ご自重くださいませ」
「あー? おいおい今更だろそれ。それに俺は別に弟子に……」
「加えて、これ以上はあなたが先ほどちらりとおっしゃいましたように、複雑な利権等も絡んでくる話になります。そうなれば有識者等をそろえるなど相応の準備を整えた上で、別にしかるべき場を設けて行うべき会談となります……というか、ぶっちゃけこれ以上は全方面が必要以上に面倒なことになってお互い困りますのでやめて下さい」
師匠の『何だよテメー』的な視線をものともせずに長セリフをさらに言い切り、最後に何か砕けた感じで締めくくったフレデリカ姉さん。
やはりというか何と言うか、必要な所はきっち締める方針のご様子。譲る気配、なし。
あ、ちなみに今更だけど、『蝕血病』ってのがこの病気の名前ね。
ろくに何か言うことも出来ないままの師匠は面白く無さそうだったけど、おそらくフレデリカ姉さんの主張の正しい部分もわかるからだろう、反論も別にしてこない。
僕もちょっと考えてからわかったことだけど、新薬とか作ると色々権利とか絡んできそうだもんな……。
地球でも、薬に限らず画期的な新発明とかが生まれると、その取り扱いやら販売やら優先的な納品やら認可やら製法の公開やらで大変そうだったっけ。ニュースとか雑誌で適当に流し見してる程度でもわかるくらいに。
場合によっては、色々権利問題とか絡んできて泥沼の裁判沙汰になったりすることだってありうるような業界だったし……
この世界でもあるんだろうか? ああいうの……
群がってくる利権目当ての商人たち……時にゴマをすって、時に賄賂を持って、時に言いがかりをつけて、何とかしてこっちに取り入るなり漬け込むなりして利益のおこぼれに預かろうと……うわ、死ぬほど嫌いなジャンルだ。
そして多分、師匠が言いたいのはそのへんなんだろう。作ると面倒だぞ、と。
おまけにこの薬の一件、このとおり国の重鎮が直接絡む。しかも2カ国分。
商人や医学関係者だけじゃなく、貴族とか権力階級の連中も絡んできそうだ……やばい、今から欝だ。どうしよう。
作ろうと思ってたけど、感情的に後ろ向きになってきちゃった。
常々『わかりやすい』と言われることの多い僕であるからして、多分今のこの感情が露骨に顔に出てたんだろう……気がつくと、横に座っていたエルクはジト目になっていて……斜め前に座っているエルビス王子は、真っ青になっていた。
う……揺らぐ……。
エルビス王子とルビス王女を見捨てるのはやっぱり……でも、だからって泥沼は……それに病状の改善だけなら薬湯だけでもある程度……いやいやそれにしたって……
と、良心と惰性の間で情けない葛藤を繰り広げていた僕は……ふと、あることに気付いた。
視界の隅に映っているメルディアナ王女が……視線を少し落として、身動き一つせずにじっと何かを考えていることに。
これまでに見たこともないくらいに真剣な表情。王女としての風格を感じさせられたさっきの『凛』とした雰囲気よりも、さらに強い気迫のようなものを感じるというか……切羽詰った雰囲気、緊張感が漂ってくるというか……。
ついそのままじっと見てしまったけど、数秒後に何かの答えが頭の中で出たらしく、メルディアナ王女はバッとこちらに体ごと向き直った。ちょっとびっくり。
「ミナト・キャドリーユ! ――あ、やっぱちょっと待て」
と思ったらちょっと方向転換して、フレデリカ姉さんの方を向いた。え、何!?
「メリンセッサ女史、先程の諌言もっともであるが、この場合時間を置くことで発生しうる問題もまた多い。よって私は、この後休憩を挟んで本日のうちに別議題の会談を緊急に執り行うことを提案する」
「……っ!?」
今日ずっとポーカーフェイスを装っていたフレデリカ姉さんだけど……今、それが僅かに崩れかけた。近くで見てないとわからない程度だったけど……確かに。
しかし、この慧眼王女のことだ、気付いたかもしれない。息を呑むような音もしたし。
ていうか、この王女様今何て……強固の後さらに会議するって言った?
それってもしかして、さっきの話の延長線上……薬の政策やら権利やらどーたらこーたらって奴? いや、でもそれって……さすがに無理矢理どころじゃないんじゃ?
フレデリカ姉さんも、動揺からすぐさま立ち直って意見を返す。
「どういう意味でしょうか? メルディアナ殿下? 先程申し上げました通り、今この場においては有識者等あらゆる面で準備不足で……」
「心配は無用。話し合うのは利権などの政治以外の専門知識は一切絡まぬ部分だけだ。それに……その話し合いは、我々ネスティアとジャスニアの行政関係者だけで行う」
え? どういう意味?
「なんなら休憩もいらん。話し合う内容は決まっているし、実質的にはほぼ確認だけだ、数分で済むだろう。その間……すまんがミナト・キャドリーユ、しばし退席願いたい」
……はぁ?
☆☆☆
「……で、追い出されちゃったの?」
「うん。……相変わらずあの人の考えてることさっぱりわかんないよ……あー、疲れた」
何がどうしてこうなったのやら……一時的にではあるが、僕とエルク、そしてエレナ義姉さんと師匠は、メルディアナ王女の要請どおり、会議室から退席していた。
現在、僕らはリビングのソファに座り、そこで待機していた他の『邪香猫』メンバーと一緒にしばし休憩している。
もちろん、会議の内容は極秘ってことなので話してない。『話は終わったんだけど、脱線した別の話題で国同士話し合うそうなので追い出された』とだけ言ってある。
……まあ、休憩時間をもらえたと思えばいいか。
そんな風に考えつつ、横合いからスッと差し出された、好物のアイスカフェオレをぐびっと飲む。口の中に広がるなんともいえない甘さ……うん、これこれ。
「あ~、やっぱ精神的に疲れたときには甘いものだよね……ってことでターニャちゃん、甘いお茶請け片っ端から持ってきて」
「うわ、ホントに疲れてるっぽい。かしこまりましたー」
てってってっ、とかけていくメイド娘。目に優しくて癒される。
「さて……ひとまず、国同士の別件会議とやらが終わるまでは休憩だな」
ソファの背もたれに身を預けて脱力すると同時に、両隣に誰かが座った感触がソファから伝わってきた。
目を向けると、片方はシェリー、もう片方はミュウだった。
「その『別件』とやらについても、秘密なんですか?」
「今はそうみたいだけど、話がまとまったらちゃんと僕にも話すって」
「ってことは、多少なりミナト君もとい、私ら『邪香猫』にも絡んでくる話……ってことよね? やっぱ面倒ごとかな?」
「……多分ね」
考えないようにしてたんだけどね……それしか考えられないんだよね。
希望的に観測して……さっき話になりかけてた薬作ることについての話だけだったら、まだましなんだけど。もともと作ろうかなって思ってたし。
フレデリカ姉さんからは、有識者いないから云々、ってことで止められてたけど……逆に言えば、有識者が必要ない範囲までなら会議できなくもない、ってことだ。かなり暴飲だけど。
おそらく、多少の無理は押し通しそうなメルディアナ王女のことだ……それに近い感じの話し合いを今、進めてるんだろう。
もっとも……それでもまだ、引っかかることはあるんだけど。
「な~んか、様子変だったしなあ~……」
「変、って? 王女様?」
「うん。必死というか、本気というか……何が何でも話を進めたい、って感じだった。ちょっと気圧されちゃいそうなくらいに」
「……たしかに、あの態度はちょっと引っかかるわね……」
と、別なソファに腰掛けてるエルクも首をかしげる。
「そんなに必死な感じだったの? ふーん……でも、あの王女様ならさして不思議でもないんじゃない? 何ていうか、あらゆることに妥協無しできっちりやりそうな、全力投球な上に抜け目がない感じあるしさ」
「それは確かにそうだけど、それを考慮に入れても気になる感じだったわよ、あれは……私の印象だと、あの王女様、性格はハチャメチャだけど公私とかの必要な切り替えはきっちりするタイプだったんだけどさあ……」
「ああ……うん、それはわかる気がする……」
メルディアナ王女って、締めるべきところではきっちり締めて、それ以外の所ではっちゃけるって感じのお姫様だからなあ。
ああいう会議の場は、他国の行政関係者や、中立の監査顧問であるフレデリカ姉さんの目もある以上、公私の『公』として、あの凛とした方の態度で向かうはず。実際、最初の方はきっちりそうしてたし。
それが、本題は終わってるとはいえ、あんな風にホントの意味での本気モードで……
「……ひょっとしてさ、これから僕ら、とんでもない厄介事ふっかけられたりとかするんじゃないよね……?」
たらり、と汗を滲ませてザリー。
……ない、とは言い切れないから困る。
「……母さんはこういう状況のこと言ってたのかもなあ……まだそうなったわけじゃないとはいえ」
「? 何の話?」
きょとんとした表情で聞いてくるエルク。
いや、母さんに『神殿』で叱咤激励された時のこと思い出してさ……どうしようもない理不尽に教われる事態も今後必ず起こってくるだろうから、その時の対処について。
「へえ……で、どうしろって言ってたの?」
「んーと、早い話が……国滅ぼしてでもいいから力技で何とかしなさいって」
「「「フっ!?」」」
師匠以外が噴いた。
「げほっ、ごほ……ちょ、お義母さんに何言われたのミナト!? ほ、滅ぼ……!?」
「どうどう、落ち着いてエルク。……あーゴメン、誤解させたかも。何ていうか、長かったからだいぶ内容端折っちゃったんだけどさ」
「当たり前だバカ! どこに自分の息子に国滅ぼすとか許容するような内容のお説教する親がいるのよ!」
「僕の母さんが正にそうだけど」
「いやだからそれは端折って言った結果そうなったんでしょ!?」
「そうだけど、最終的にはそうしろって言われたよ?」
「………………え、マジで?」
「マジで」
でもまあさすがにそんな『ピピピピピピ!!』……ん?
「? 何の音?」
「あれ、もう!?」
音源は……僕のスマホ。
『終わったら呼んで』って言ってフレデリカ姉さんに渡してた、呼び出し用のブザーの音だった。ホントに数分で終わった……ていうか、5分経ってないぞ?
こんな短時間で一体何を話し合ったんだ……?
「……じゃ、行こっか」
「そうね…………滅ぼさなくていいといいわね」
まあ、終わったもんは仕方ないので、不安は心にしまいこみつつ速やかに会議室に戻……っと、そうだ1つ忘れてた。
追い出される時、メルディアナ王女から1つ、言われてたことがあったんだっけ。
「あのさ、ナナ。なんか、戻って来る時にナナも一緒に連れてくるように言われてるんだけど……」
「…………え?」
☆☆☆
そんなわけで、ナナ同伴で戻ってきました会議室。
何でかは依然知らないけど。
まあそれも、多分これから明かされるんだろう。
部屋に入ると、当然ならがさっきまでと同じ面子がそろってるわけだけど……何だか、さっきまでと雰囲気が違う感じがした。
いや、何がって具体的に言えるわけでも確認したわけでもないんだけど、何かこう……さっきまでの緊張感というか、張り詰めた感じの空気が弱まってるような……?
「来たか。では席につ……うむ? クローナ殿はどうした?」
「あ、『興味ないし眠いから寝る』って言って自室に戻りました」
「……そうか。まあ、構わん。それにどちらかといえば……部外者であるクローナ殿に退席いただけたのは、好都合とも言える」
「え? あの……私は部外者じゃないんでしょうか?」
と、ナナの至極当然の疑問。
それに対してメルディアナ王女は、
「いや、大丈夫だ。これから話すことにおいてはぶっちぎりの当事者だからな、むしろ一緒に聞いてもらわねば困る」
「??? は、はあ……」
頭に疑問符を浮かべながらも、促されるままに僕らはもとの席に着く。
ナナはさっきまで師匠が座ってた席に腰掛けていた。
全員が話を聴く体勢に入れたのを確認し、メルディアナ王女が口を開いた。
「さて……結論から話そう。先程メリンセッサ女史が述べられた通り、有識者の同席および意見交換を必要とする分野については、今日この場で話すことは出来ん。なので、それが必要ない段階までのみ、話を進めた」
「なるほど……それで、どうなったんですか?」
その問いに答えたのは、メルディアナ王女から見て反対側に座っていた、エルビス王子。
「……単刀直入に申し上げる。ミナト・キャドリーユ殿、我々としては当初の希望通り、君に『蝕血病』の治療薬の作成を頼みたい。また、それに関して生じるであろう利権等の問題に全てについては、治療薬の完成後にまとめて話を進めさせてもらいたい」
「? 単純に先送りにする、と?」
「簡単に言ってしまえばそうなる。無論、その際には作成者としてミナト殿に最大に便宜を計らせてもらうし、不埒な輩からの不当な要求・交渉等についてはこちらでミナト殿の援護に回ることを約束する」
「しかし、それでも研究を察知して接触してくる者はいるのでは? 難病の特効薬の研究ともなれば、それなりの設備や資材、臨床実験が必要ですし、研究施設の規模も……何より、投与する相手がエルビス王子とルビス殿となれば、完全な秘匿は不可能です」
と、セレナ義姉さん。確かにそうだな。
今出た話だと……設備云々以上に、王子様と王女様(非公式だけど)相手に使う薬だってことが大きい。完成した薬の安全の確認他はもちろん、色々手続きとか話通すところとかあるだろうし。
すると、今度はメルディアナ王女が、
「それなら心配ない。外部からのそういった接触はほぼ完全にシャットアウトできる」
「シャットアウト、って……利権目当ての貴族や商人共を、ですか?」
「そのようなことが、可能なのですか?」
義姉さんとナナさんの問いに、力強く頷く王女様。
まあ、王女様と王子様の権力を最大限使えばそれも……いや、やっぱ無理だろ。
確かに2人は持ってる権力は強大だけども、それにしたって無制限に使えるわけじゃない。というか、使えないこともないけど、その場合後が大変だ。
国内の貴族や豪商の干渉を完全に押さえ込むなんて……グレーゾーン、いやブラックゾーンまで権力乱用しても正直厳しいだろうし、仮に出来たとしても、その後かなりの反発を食らうことになるだろう。
王の権力ってのは国を上手く回すためのものであって、全てを自分の思い通りにするために使えるわけじゃないのだ……って、前世のテレビ番組で見た気がする。
……と思ったら、どうもそういうことじゃないみたいで、何やら絡め手の類のようだ。
「正確には……手出しをさせないというよりも、『必然的に手出しできない状況と環境を用意する』ということになるがな」
? どういう意味?
「えっと……具体的には?」
「アイリーン殿に話を通し、冒険者ギルドを通じて正式に、ミナト殿に指名の依頼を出す。そしてその依頼の最中に、薬を作ってもらう。依頼主として王家が、そしてギルド加盟者保護の規則の下にギルドが、二重に立場を保証する形を取る」
「「「え!?」」」
おったまげた……まさかギルドを利用するとは。何て強引な裏技だ。
確かに冒険者ギルドなら、第三者の干渉を撥ね退けるのにある程度力を貸してくれる。
その程度は依頼の重要度や難易度、依頼主の立場や受注した冒険者のランクなんかによって異なってくるけど……依頼主が王家で、受注者がSランクなら……確かに、ちょっとした大貴族だろうと干渉を妨げる材料にはなりそうだ。
「加えて1つ、補足しておくことがある。その際の依頼内容は、直接的に『薬の作成』ではない」
「え? そうなんですか?」
「ああ。依頼そのものは別件で、そしてその内容によってさらに外部からの干渉を防ぐ」
……依頼内容で更に保護って……どんな依頼をするつもりなんだろうか?
「それは後で纏めて説明する……それとミナト・キャドリーユ。お前に、薬のことで……もう1つ頼みたいことがある」
「もう1つ……って、何です? あ、薬湯だったら提供できますけど……」
「いや、それはもちろん、エルビスとルビスの体のためにも少し貰いたい、というかこの後交渉させてもらいたいのだが……別の話だ。私の……ネスティア側のな」
……? ネスティア側?
何だろう、と不思議に思っていると、唐突にメルディアナ王女が……深々と頭を下げた!?
「……『冥王』を師に持つ凄腕の研究者と見込んで、私からもお前に、別に薬の作成を依頼したい。『蝕血病』とは別な、しかし同じ『不治の病』の治療薬だ」
「…………え?」
「頼む、ミナト・キャドリーユ……私の妹を、助けてくれ」
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