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第171話 『エルビス』と『ルビス』
「……エルビス……話がある。いい知らせと悪い知らせ、どちらから聞きたい?」
「藪から棒に何だ、メルディアナ? 人払いまでして……っ!? まさか、ルビスについて何か情報が入ったのか!?」
「うむ。先ほど……ある私の知り合いが保護した、と知らせが入ったよ」
「本当か!? メルディアナの……知り合い? 部下ではなく、か?」
「ああ……だが安心していい、信用の置ける男だからな、ルビスの身に危険は無い」
「そ、そうか……よかった…………! ところで、悪い知らせ、というのは?」
「……その保護した者に、お前とルビスの関係が一部ばれたらしい。さらには……どういうわけか、ルビスの正体もな」
「……っっ!?」
……とまあ、そんな会話が、数日前に交わされたらしい。
で、今、
ここ、オルトヘイム号の会議室に……どえらい面子が集まっていた。
『邪香猫』側から、僕とエルク、セレナ義姉さんと師匠の4名。
ついさっき到着した、メルディアナ王女とエルビス王子(本物らしい)。
その護衛としてついてきた、ネスティア王国正規軍軍人の女の人。
名前は『イーサ・コールガイン』……あー、この人があの……?
さらに、ネスティアとジャスニアの行政府から1人ずつ。政治とか外交が絡んでくる案件だからとか何とか。
そして、そのジャスニア側の代表者は、あのドロシー・グレーテルさん。
サンセスタ島からの帰り道で会った人だ。名前が印象的だからすぐわかった。
さらにさらに、ノエル姉さん経由でようやく連絡がついて飛んできてくれた、フレデリカ姉さん。ご意見番兼、今回の会議の司会進行役。
そして……先日僕が保護した、エルビス王子の影武者さん。
そのお付きの人と思しきメイドさん。名前は、ヴィットというらしい。
以上、10名が揃った所で、会議がいよいよ始まるわけだけど……はい、その前にちょっと回想入ります。
☆☆☆
さかのぼること数日前。
コの字型になるように大きめのソファが並べられているそこには、いつものメンバーに加え、1人……ほぼ全員にとって、微妙に見覚えのない人物が座っていた。
誰あろう、影武者さんである。
しかし、昨日の夕方、この船のクルー全員と顔を合わせた時とは、その容姿は明らかに違っていた。
やや丸みをおびた体つき、ゆったりめの服を着たくらいでは隠せない程に膨らんだ胸、心なしかちょっと高くなってるように聞こえる声……
どこからどう見ても、そこに座っているのは……ナイトガウンに身を包んだ『女性』だった。
そんな、重いのか気まずいのかよくわからない空気の中……最初に言葉を発したのは、僕の隣に座ってるエルクだった。
「とりあえず、コレだけ確認しときたいんだけど……」
じろり、と僕の方に向けられるジト目。
「……まさかあんた、とうとう性転換の薬かなんか作り出した、なんてことは……」
「違う、誓ってそんなことはない」
言い終わる前にきっぱり断言。自己主張、大事。
まずここきっちりはっきり否定しとかないといけないからね。そんな薬は断じて作っても使ってもいません。
今回、治療から今に至るまで彼……じゃなくて彼女に使った薬は、普通の、傷の治療や体力・魔力の回復用の薬。あと、お風呂に入る時の薬湯だけだ。
どれも危険性や副作用はないといっていい。
だったら何でこんなことが起こったのか……って疑問が浮かぶ。しかし、さっきからずっと考えてるんだけど、テンパってることも手伝って答えは思い浮かばない。
……とりあえず、何か理由はあるはずなんだけど、こっちの薬品、もしくはそれ『だけ』が原因って可能性は多分無さそうなんだよなあ……となると……
「……あの、ちょっといいですか?」
「っ!? な、何だ?」
と、横にいたナナに声をかけられ、少しびっくりしつつ返事を返す影武者さん。
さっきから何だか、おびえてるというか不安そうというか、昨日までよりもやや弱弱しい感じに見える。体力は確実に、昨日よりも回復しているはずであるにも関わらず。
座ってる姿も、心なしかちっちゃくなってるというか、縮こまってるような……。
「そのー……必要ないかもしれませんけど、一応確認しておきたいんですが……昨日の、エルビス王子の影武者さん、であってますよね」
「…………」
そうたずねられ、軽く深呼吸した後、
「……ああ、そうだ」
多少落ち着いたのか、影武者さん、少しだけ調子を取り戻した様子で答える。
「ああ、やっぱり……でも……」
「……あの、失礼を承知で聞きますけど……こうなったことに、何か心当たりとか……ありません?」
思い切って、そう切り出してみる。
いや、ホントにコレだけ考えて、僕ら側の薬その他にそれらしき作用が確認されないとなれば……彼女に原因、もしくはその一部があるとしか考えられないのだ。
ごく普通に看病し、ごく普通の食事を提供し、ごく普通に入浴させただけだし。
もちろん、実際に今体が劇的に変化してしまい、本人としても思いっきり戸惑っている彼女にこんなこと聞くのは無作法かもしれないし、怒られるかもしれないとは思った。
正直、次の瞬間怒鳴られたりしないか怖かった。
しかし予想に反し、影武者さんは何か思案するように空中に視線をさまよわせた後……はぁ、とため息をついてから口を開いた。
「……ある」
「え、あるんですか!?」
これはこれで予想外の返答。
怒鳴りつけてこないのはともかくとしても……自分の体を見て思いっきり戸惑ってたこともあって、心当たりがあるとは正直あまり期待できないかな、とか思っていた。
しかし、悩んだ末に口を開いた彼女のその表情は……何かこう、観念したというか、覚悟を決めたというか、そんな感じのものに見えた。
当然だが、全員の視線が彼女に集中する。
少々緊張気味、居心地は悪そうではあったものの、彼女はそのまま口を止めることなく話を続けた。
「1つ聞きたいのだが……ミナト殿。私に使った薬、もしくは今朝方入った湯の中に……他の魔法薬の成分を体から抜き取ってしまったり、無効化するような効能は無いか?」
「え?」
唐突な、そんな質問。どういうことだ?
他の魔法薬の作用を打ち消したりとか、そういう効能はないかって?
思わず『どういうこと?』って質問の意図を聞きそうになったけど、こちらに向けられる彼女の視線がどこまでも真剣だったことで、喉の奥に引っ込んだ。
その質問についてだけど……結論から言えば、ある。
今朝方、彼女を入れたあの薬湯……あれに、混濁・汚染魔力の類をデトックスする作用がこめられているのだ。
かなり強力で、僕の『ジョーカー』シリーズの副作用の魔力混濁レベルのそれでも、浸かってればすぐにその症状が治る。加えて、湯そのものに肉体を回復させる作用もあるため、ゆっくり浸かって上がる頃にはたいがいの不調は快癒ないし改善する。
その効能、およびあの薬湯の調合に使った成分とかから考えるに……多分だけど、あの薬湯はおそらく、魔力・魔法の絡んでる毒素や刺激物を、ある程度体から排出させる作用がある。
影武者さんの質問に合致するとすれば、この部分だろう。
けど、そんなことを質問してくるってことは、つまり影武者さんは……
「つまり、何らかの魔法薬の作用で男の体になってたってことか?」
「「「!!?」」」
途端、上の方……天井から、今の今までこの部屋にいなかったはずの人物の声が響き渡った。
驚いて、僕や影武者さんも含めた全員が上を見上げる。
そこには……天井に足の裏を張り付かせて立っている師匠が。
「あの……何してんですか、師匠?」
「何してんだはこっちのセリフだぞ、バカ弟子。何かお前、また面白そうなトラブルに巻き込まれてるみたいじゃねーかよ。何でテメー俺に知らせなかった」
いや、知らせたでしょうが、昨日。ジャスニアの王子様拾ったって。
知らせたけど、今やってる研究がいい所だってラボに引きこもってたんでしょあんた。政治とか王族に興味ないって言って。
「政治や王族に興味はなくても、面白そうな魔法薬やマジックアイテムには興味あんだよ。男が女に変わったって? そんな魔法薬俺でも聞いたことねーぞ?」
そのまま、天井をすたすたと歩いてこっちに来る師匠。
いや、ていうかあなた何そんな吸血鬼みたいな登場の仕方してんですか。コウモリ的な。
あ、いや師匠吸血鬼だけども。実際に。
「さいですか……で、今師匠言ってましたけど、やっぱりそういうことになりますかね?」
「普通に考えりゃな。あの薬湯、俺でも割と驚かされる完成度だったし、普通のならともかく……依存性や毒性のある魔法薬なら抜かれても不思議じゃねーさ」
「ふぅん……」
依存性や毒性、ねえ……。
確かにあの薬湯は、むやみやたらに浸かった者の魔力とかに作用することがないよう、浸かったものの体にとって負担となっている、毒素・外敵ととれるようなものにのみ、主にデトックス機能が働くようになっている。
仮に彼女が何らかの魔法薬を使っていて、その魔法薬が強力な副作用や、それ自体に毒素を持つようなものだった場合……薬湯によってデトックスされる可能性はある。
答えを求める意味で、視線を送る僕と師匠(天井)――いやそろそろ降りなさいよ。
しかし、師匠は降りてこないし、影武者さんからは答えは返ってこない。
代わりに、
「……すまない、これ以上は私の口からは話すことが出来ん。後日あらためて、関係者全員を集めた上で話す機会を設けたい……承知いただきたい」
言いながら、昨日影武者王子の服から引きちぎって中の薬を飲んだ、現在では中が空になっているボタンをこっちに差し出してきた。
「おそらくお前達のことだ、この近くの町で、メルディアナとエルビスが会談の場を設けていることもつかんでいるのだろう。今から手紙を書くから、これを持ってそこへ言ってくれ。それで……全て伝わる」
☆☆☆
……で、その通りにして第一王女様たちにつなぎを取って、今この会議の場に至るわけだ。ネスティアとジャスニアの超重要人物が集まった、このどえらい会議に。
そして、これからここで話し合われる内容は、ホントに真面目というかシリアスというか、ジョーク的要素を挟む余地のないものなんだろう。ぴりぴりとした空気からもそれが伝わって、意図せずして僕やエルクの背筋が伸びる。
メルディアナ王女も……いつもはジョーク交じりで話すことも多く、くだけた感じで接してくれるけど、今回は表情といいまとう空気といい、第一王女の肩書きにふさわしい凛としたそれだった。
エルビス王子(本物)と影武者さん、そのお付きの人や同行してきた方々も同様。
……そんな中、師匠だけは思いっきり自然体で、背もたれに体預けてゆっくりしてるけども。
そんな中、おほん、と咳払いをしてフレデリカ姉さんが口を開いた。
「では定刻となりましたので、これより会議の方を始めさせていただきます。なおこの会議において話し合われた内容は、特1級の機密事項を含むものであるため、いかなる場合に置いても口外することは認められません。ご承知置きください」
「うむ」
「わかった」
ネスティア側を代表してメルディアナ王女が、ジャスニア側を代表してエルビス王子がそう承諾の意を宣言し、他の部下さん達もそれに頷いた。
一拍置いて、ちらっとフレデリカ姉さんがこっちに視線をやってきた。と同時に、横にいるセレナ義姉さんに小突かれて『あんたも』って言われたので、慌てて『はい』って言っておく。
それに満足げに頷いたフレデリカ姉さんは、最後に師匠の方を見て……
「あーはいはい、わーってるわーってる」
……多分、色々諦めて視線をもとの正面に戻した。
……まあ、大丈夫だろう、多分。師匠だって、むやみやたらに他人の秘密を暴露したりするようなことはしないはずだし。
「……ではまず、今回の一件についてですが……」
そこから少しの間、事前に僕らから聞き取り調査されていた、今回の事件の内容を、フレデリカ姉さんが会議資料に沿って読み上げていった。
数日前、僕らが彼女……影武者さんを保護。
その後、治療・療養の最中に、アクシデントにより影武者さんが女であることが明らかになった。
それについて詳細を話すと共に、今後の対応を色々と決めるため、この会議を設けることになり……今に至る、という風に、要点だけ簡潔に。
ひととおりの説明が終わり、フレデリカ姉さんが『以上です』と締めた所で、それまで静かに話を聴いていたメルディアナ王女がまず口を開いた。
「なるほど、な。要は……誰が悪いと言うわけでもなく、不幸な偶然から起きてしまった秘密の発覚……というわけだ」
ためいき交じりにそう、呟くようにいうと、まず僕らを、次いで影武者さんを、そしてエルビス王子達ジャスニア側の皆さんを順番に見る。
視線を向けられたものの中で、影武者さんとエルビス王子だけが、僅かに、しかし確かに、こくりと頷くような応答を返していた。
どうやら、何かを確認するためのアイコンタクトだったらしい。それが何を意味しているのかは……多分だけど、もうすぐ明らかになるだろう。
「さて……こうなった理由が、ミナト・キャドリーユの作った薬湯とやらの毒抜き作用によるものだということがわかっている以上、これ以上隠したりぼかしたりしても議論に差し障りが出るだけだな……まず、すべきところを全て明らかにして説明してしまうか」
再びアイコンタクト。今度は、エルビス王子にだけ。
今度はエルビス王子は、首肯を返す代わりに自ら口を開いた。
「それには同感だ。一部の疑問を解決する上では遠回りになるかも知れないが、ここにいる全員で情報の共有を図る意味でも、1つずつ順番に説明していきたい」
「お前自らか、エルビス?」
「当事者である以上、私がやるべきだろう、メルディアナ。そもそも、ここにいる者のうち、この件の事情を表裏合わせて100%理解しているのは私とメルディアナ、それにルビスとヴィットだけだ。他国の王族であるお前や、使用人であるヴィットに話させるようなことではないしな」
とのこと。どうやらエルビス王子、自分の口から今回のことの全てを説明するらしい。
しかも聞く限りでは、今名前の挙がった当事者(?)4人以外……フレデリカ姉さんやドロシーさんなんかも知らないようなことまで混じってるようだ。……やっぱりというか、相当大事なんだろうか、コレ?
全員の視線が集中する中、エルビス王子はやや緊張したような表情で……開口一番、とんでもない情報と言うか事実を暴露した。
「まず、そこにいる……現在、私の影武者として認知されている彼女の身元について、最初に話すべきだろう。彼女の名はルビス……私の、腹違いの妹だ」
…………え゛!?
☆☆☆
ルビス・アスタクロラ・ジャスニア。それが……影武者さんの本名。
エルビス王子の異母妹であり……つまりは、れっきとしたジャスニア王国の『王女』。
当然というか、僕らのみならず、その場にいたほぼ全員――事前に『知っている』とがぎょっとして驚いていた。
何か余計にわけがわからなくなったというか、疑問がざっと5、6個一気に増えたんだけど……『質問は後にしてくれ』と言い添えて、エルビス王子は説明を続けた。
正真正銘、最初というか、基礎の部分から順番に。
エルビス王子とルビス王女。
2人は同い年であり、生まれた日がひと月ばかり違うだけの兄妹。
しかし、その身分・立場には大きすぎる差があった。
エルビス王子の母親は国内でも有数の大貴族の出身であり、第3婦人ではあれどれっきとした『王妃』……対してルビス王女の母親は、王妃どころか貴族でもない……1人の女軍人だった。
当事、すでに3人の妻を持っていたジャスニア王が、近衛として仕えていたルビス王女の母親と一夜の過ちを……とかいうベタな事情らしい。
聞けば、王様はもともと好みだったことで思いを寄せていたらしいルビス王女のお母さんが、結婚を理由に退役することになり、今日が最後の護衛です、っていう日になって、我慢できなくて閨に……おいおい、とんでもないことしてるんですけど王様。
そしてその約1年後、ルビス王女が生まれたことを皮切りに……なんというか、若干耳をふさぎたくなるようなドロドロの愛憎劇が幕をあけた。
出産時、そのお母さんは当然だけどもすでに結婚式も何もかも全部すんで既婚者になっていた。結婚相手は、王国貴族の男爵家。
しかし、生まれてきた子供の容姿を見た途端、その場にいた全員が唖然としたらしい。
何せ、父親と母親のどちらにも似ていなかった。どころか、祖父母曽祖父母にも略。
結婚したお母さんとその婿さん、両家ともに実家は先祖代々色白の家系だった。
にも関わらず、生まれてきた子は色黒。
さらに、クセのある赤い髪に、生まれたばかりながらすでに感じ取れる、膨大な魔力。
この特徴にあてははる、父親たる可能性のある者が……かつて、身近に1人いた。
少しして、助産婦や医師たちは『珍しいけどまあこういうこともあるだろう』と納得し、後処理を淡々とこなしていった。先祖代々色白の家系ではあれど、このような肌の色、髪の色の婿や嫁を取ったことがないわけではなかったからだ。
しかし、当の父と母は、理解してしまった。
この子は、夫婦の間に出来た子ではない……おそらくは、王が一夜の過ちの際に彼女を妊娠させてしまったことによる、不義の子であると。
この事実を秘密裏に知った王は、責任を持ってあらゆる援助をさせてもらうという約束と、必要ならば、自分の恥となることも承知の上で、事実を明らかにして生まれた子を引き取るつもりだということをその婿さんに伝えた。
が……それより先にとんでもない事件が起こっていた。
プライドが高く、独占欲も強かった婿さんがこの事実に激怒していたのである。妻でありながら、王とはいえ他の男の子を産んだルビス王女のお母さんと、その父親である王様の両方に対して。
産後間もないお母さんを軟禁した上、なんと王様の暗殺を企てるほどに。
許せん、刺し違えてでも殺す、と狂ったようにまくし立てる婿さんは――もしかしたら、怒りのあまり本当に狂っていたのかもしれないとか――最終的に、その家に代々仕える忠臣の1人によって殺害されたらしい。
このままではこの人は確実に実行する、そうなれば、成功するか否かに関わらず男爵家そのものが終わり、反逆の罪で一族郎党が処刑されることになる。母親や、生まれたばかりの赤子も含めて……と危惧した者の手で殺されたそうだ。
ことの顛末を王様が知ったときには、全てが終わっていた。
大義のために主君を討った忠臣は望んで処刑を受け、その婿さんの弟が家督を継いだ。
そして、家に居場所がなくなったお母さんは、領内の離宮に使用人数名とともに居を移し、細々と暮らしていた。
乱心して暗殺などに走ろうとした婿さんも悪いとは言え、全ては自分の浅はかな欲望と行動が原因。王様は今度こそ2人を引き取ろうとしたが、事情を知る側近達に『夫を亡くした延引として敵討ちの対象にされる恐れがある』と反対されてはそれも出来なかった。
そのまま十数年が過ぎたある日、事態が急変する事件が起きる。
当事、すでにエルビス王子(本物)は、今のそれのような『看板役』として戦う王子様的な活躍を始めていたらしいんだけども、その任務の関係で足を踏み入れることになったある領内で……出会ってしまったのだそうだ。
性別以外が、双子かと思うほどに瓜二つに成長した、異母妹……ルビス王女に。
見た目どころか、感じ取れる魔力までもが自分に酷似していたその少女について、他人の空になどではありえないと直感した王子は、王に問いただし、真実を知った。
同時に、表ざたにしてはいけない、とも言われた。彼女達の平穏のためにも、と。
それを守り、何ヶ月かに一度会う程度の関係にとどめていた異母兄妹であったが……それから1年が過ぎた頃、事態が急変する。
よりによって、かなり大規模な魔物の討伐作戦の責任者として大部隊を率いていた時……エルビス王子が病にかかったのだ。
それも……現在治療法が確立されていない、不治の病に。
現段階では命に別状は無いものの、発作によって苦しむエルビス王子では、人前に立つことなど不可能。部下たちはこのまま任務失敗として帰還するほかないかと絶望していたが、とんでもない奇策によってその窮地を脱することに成功した。
そう……男装したルビス王女が影武者として立ち、部隊を率いてみせたのだ。
もちろん、事前の打ち合わせの上のことで、実質的な決め事は全て側近の部下の人がやっていたのだが、この一件が彼女の運命を大きく変えた。
この後も引き続き、彼女が影武者を務めることになったのである。
一大任務を乗り越えたとはいえ、まだまだ矢面に立つ王族の筆頭であるエルビス王子を取り囲む周囲は騒がしく、今引退すればそれは一部、悪い方にも転ぶ。
武だけがとりえの王子だと捉えている派閥からは非難と皮肉が飛ぶし、政略結婚の相手として狙い出す家も多いだろう。
そうならないよう、最低限安寧のままに引退し、闘病生活に専念できるような環境を作るまでは今の地位に居続ける必要があるエルビス王子。彼が万一の時に代理を務める影武者として、ルビス王女自ら名乗りを上げたのである。
そしてそれ以後、彼女はもともと頑丈だった体を更に鍛え、武を修め、ひとかどの武人として認知されるまでにその実力を上げた。
さらに、非合法のルートで入手した特殊な魔法薬を使って、負担が大きいのも構わず自分の体を作り変えた。女性のそれから、男性のそれに。
胸を縮め、体つきを角ばった筋肉質のものに変えて。声も意識して低くした。
そして、男女の一番の違いである局部については、幻術やら何やらを併用した特殊なマジックアイテムでごまかしていたらしい。……あるのかそんなもん。
そうしてもう1年以上、王子の影武者を務めてきたらしいルビス王女だけど、数ヶ月前、悲劇が起こる。
なんと、同じ病に彼女もかかってしまったのだ。
しかも、各種の魔法薬で体に負担をかけていたためか、病の進行が異常に早く、僅かな間に1年以上前から患っていたエルビス王子を追い抜くような進行度にまで至った。
このまま今まで通りの生活を続ければ、半年以内に確実に死ぬというレベルまで。
そんな混乱の中……事態を更に混乱させる今回の一件が起こったのである。
☆☆☆
たっぷり数十分ほどもかけて行われた説明の後、会議室の中は沈黙が支配していた。
元から知っていた者も、今始めて一部、もしくは全部の事情を知った者も……皆一様に口をつぐんでいる。
明らかにされたことの重大さに、何も言えずにいるんだろう。
これからどうすべきなのか、考えてもすぐには答えが出てこないがゆえに、誰もこの沈黙を破れずにいるのだ。
……だから……
「…………ふぁ~あ」
だから師匠、沈黙に最低のBGMを混ぜてこないで下さい。
興味ない話だったかもしれませんけど、だからってこのシリアス10割の話の最中に欠伸って……。みんなの白眼視が痛いです。せめてかみ殺す努力とかしてください。
いろんな意味で大変なことになっている会議室の空気。
最終的にその沈黙を破ったのは、司会進行のフレデリカ姉さんだった。
「……では、時間も有限であることですし、今後の対応についての話し合いに移行したいと思いますが……皆様、よろしいでしょうか?」
全員が頷いたのを確認して、姉さんは話を進める。
「今回の件によって明らかになった、エルビス第五王子および、ルビス殿――血統上は王族ではありますが、公式に認められている血筋ではありませんので、こう呼ばせていただきます。この両名の因果関係については、両国の政治的一面における影響の大きさも鑑み、引き続き他言無用の事実としておくということで異論ございませんでしょうか?」
再び全員の首肯。
フレデリカ姉さんは書類に何かを書き込んだ上で、『次に』と続ける。
「今後の方針および対応についてですが、両国における本件の秘匿工作については、両国の行政府の連携の下で執り行っていただくということで問題ありませんでしょうか」
「はい」
「ええ、もちろんですわ」
と、ネスティアの行政府の人と、ジャスニアのドロシーさんが同意の意を示す。
同じように書類に何か書き込むと、続いて姉さんの視線はメルディアナ王女に向いた。
「メルディアナ殿下……秘匿の基本方針としては、ただいま決定したものを殿下にもお認め頂きたくありますが、その前に確認してもよろしいでしょうか? 今回の件の裏、メルディアナ殿下もご存知だったようですが、それはどういった経緯で?」
「親善大使として我がネスティアを訪れた際、狩りに行った先でだ。その最中に2人が入れ替わったのだが、その時に違和感を感じてな、思わず問い詰めてしまった」
聞けば、狩りの最中に発作が起こりそうになったエルビス王子が、同行していたルビス王女に入れ替わった所……この慧眼王女に見抜かれたらしい。
『誰だ? 曲者か?』と別人であることを確信しているかのような――実際してたのかもしれないけど――問い詰めに、危うく捕われそうになったルビス王女を見かねたエルビス王子がネタばらしして……それ以来、2人の共通の友人兼協力者なんだそうだ。
「2人の個人的な友人として、そして両国の円満な国交の形成・維持に携わる者として、この案件の解決に助力を渋るつもりは一切ない。情報の秘匿はもちろん、国内における必要な情報操作等には私が責任を持つと約束する」
力強くそう言い切るメルディアナ王女。
さすが王族というか、こういう場ではカリスマや貫禄が十二分に発揮される。
そして最後に、フレデリカ姉さんはこっちに視線を向けて……
「では最後に、ミナト・キャドリーユ殿以下『邪香猫』関係者の皆様、よろしいでしょうか?」
「あ、はい」
思わず、僕とエルクは背筋が伸びる。セレナ義姉さんも、そこまで露骨に態度には表れない感じだけど……やっぱり緊張はしているようだ。
師匠は相変わらずだけど、話題が変わって多少眠気も引っ込んだのか、あくびとかはせずに話そのものはきちんと聞くつもりのようだ。目がまだ若干眠そうだけど。
そんな約1名の態度には意図して目を向けないつもりらしいフレデリカ姉さんは、さっきまで王女様たちにかけていたのと同様に、感情のこめられていない仕事ボイスで話し始める。
ここだけ聞いて、この人が僕の姉だとはまず思い至らないだろう。イメージ通り、公私をきっちり分けることが出来るキャリアウーマンみたいだ。
「情報の秘匿等については、同様に他言無用ということでお願いします。ミナト殿、エルク殿ご両名のみならず、今回の件について何らかの情報を持っている『邪香猫』メンバーおよび関係者の全員に徹底を図ってください。必要に応じて、そのメンバーごとの関係者への口利きもお願いします。無論、情報は明かさぬように注意して、ですが」
「はい、わかりました」
「それから、セレナ・バース殿。今回の一件についてですが、ギルドへの報告についてはいかがなさる見通しになりますでしょうか?」
「私個人の判断で全体への対処をするわけには参りませんので、ギルド最高責任者であるギルドマスターには報告することになります。最終的な判断は、おそらくそこで」
と、セレナ義姉さん。
曰く、冒険者ギルドは全ての国家に対して中立であり、第一に考えるのはギルド加盟者である冒険者の身の安全その他。特に今回関わってるのはSランクである僕であり、様々な特権が認められる立場にあるため、対応も慎重になるそうだ。
秘密事項とはいえ、ギルドマスターであるアイリーンさんには報告することになる。その後、記録に書面として残すかどうかはアイリーンさんの判断によるとのこと。
その後に対応についての説明を行うそうだ。
「無論、いかなる形での対処になったとしても、今回秘匿すべきと判断された事柄に対しては一切他言することは無い、という点だけはここで確約させていただきます」
「わかりました。では、それについては後ほど。それでは、今後の対応についてはこのような方針で進めるものとし、後は両国でそれぞれ進めていっていただきたく存じますが……他に何か議題として提示すべきものはありますでしょうか?」
どうやら今のセレナ義姉さんの説明で、話し合うべき事柄はあらかた決まったらしい。
会議の最後にまとめに入るような感じで、フレデリカ姉さんが全員に対してそう聞いた。
僕としては、なんかもうこのシリアスな空気でいろいろお腹いっぱいだし、そろそろ休みたいからこれでもう終わって欲しいな、とか考えてたんだけど……
「……私から、よろしいだろうか?」
……どうやら、そうも行かないみたいで。
挙手して『まだ議題あります』と意思表示をするのは、エルビス王子。
そういえば、前世で学級会とかがあった時も、かならず1人か2人は手挙げるやついて、すぐには終われないのがおなじみだったっけな……とか思いつつ、聞こえないように僕はため息をついた。
シリアス会議、どうやら……もうちょっと続く。
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