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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第11章 大監獄と紅白の姫

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第170話 影武者

なんだか最近、1話1話が長くなってきてる件……
元から更新遅いのに、余計に長引いて申し訳ない。

とりあえず、第170話、どうぞ。
 

 ネスティア王国は南部、とある町。
 そこには今、普段の町の様子からは想像もできないような、ものものしい警備体制が敷かれていた。

 それも当然……今この町のある貴族宿に、ここネスティアと、隣の国ジャスニアの王族が宿泊している。

 現代の地球で大統領や総理大臣が動けば、その場所には最大級の警備体制が敷かれるのと同じように、この町でもまた、2国の王族という超のつくビックゲストの来訪に伴い、鉄壁の警備体制が敷かれ、その宿のみならず周辺一体が守られていた。

 その警備に守られている2人は今、ホテルの食堂で会食を行っていた。

 テーブルについている者は、その2人だけ。
 周囲には、何人もの執事やメイドといった侍従や、室内ということもあって最低限の武装のみを身につけた衛兵が控えている。

 豪華絢爛だが、ものものしいとも言える周囲の様子を、しかし2人は特に気にすることもなく、見事なテーブルマナーで皿の上の料理を口に運んでいる。

 向かい合うは1組の男女――ネスティア王国第一王女・メルディアナと、ジャスニア王国第五王子・エルビス。

 ほぼ同じタイミングでオードブルを食べ終えた2人。
 皿が片付けられ、次の料理が運ばれてくるのを待つ間に、神妙な面持ちで、メルディアナが口を開いた。

「……先ほども話したように、だ、エルビス」

 仮にも他国の王族を呼び捨てにし、しかも敬語を使うこともない。
 しかし、それに戸惑う者、驚く者はいない。本人であるエルビスはもちろん、壁際に控えているメイドや執事、衛兵達も同様であった。

「ここに控えている者達は、私が選別した……口の堅い、内緒話を聞かせても問題のない者達だ。ゆえに、口調、内容などに一切の配慮は無用だと言っておく」

「……気遣いに感謝するよ、メルディアナ」

 同様に呼び捨てでメルディアナを呼ぶエルビス。
 そして、壁際に控えている侍従たちにちらりと視線をやる。

 直立不動の姿勢で控えているメイド達や執事達……彼らは皆、メルディアナ直属の近衛部隊であり、本職のメイド・執事と同じ雑務能力と、騎士団員に匹敵する戦闘能力を併せ持った精鋭である。無論、秘密保持にも問題のないメンバーだ。

 それを理解しているがゆえに、エルビスもこの場において安心して態度を崩すことが出来ていた。

「私とお前の仲だ、もったいぶらなくていい。用があるなら言ってみろ……そのつもりでこのような会食の場を設けたのだろう」

 食事のついでに秘密の話し合いが出来る場を……と、最後に添えたメルディアナ。
 対するエルビスは、何やら沈痛な面持ちを浮かべたまま、黙っている。

 しばしの沈黙の後、口を開いたのは……エルビスだった。

「……つい昨日のことだが……不測の事態が起きた」

「だろうな」

「……やはり、気付いていたか」

「ああ。お前が来ると聞いて来てみたら……本当にお前が来たからな、『エルビス』」

 他者からすれば、いまひとつ要領を得ない会話。
 その中身を、真に意味する所を知る者は……当事者2人のみ。

「……昨日から行方不明だ」

「昨日というと……まだ『ジャスニア』の国内にいるうちにか?」

「ああ。おそらく国内の別派閥。ただ、国境付近だったようだから……こちらにまで逃げ延びている可能性は高いと思う」

「……わかった。どこまで力になれるかはわからんが……探させる」

「……頼む」

 最初から最後まで、エルビスの表情は沈痛なそれだった。目は伏せがちになり、事情を何も知らないものが見ても、痛ましさを覚える。

 それを真正面から見据えるメルディアナは……凛々しく引き締まった、落ち着いた表情。
 しかしよく見ると、下唇をかんでいるのがわかった。不安さをこらえているかのように。

 そのメルディアナに、エルビスは再び、震える唇を開き……

 
「……『ルビス』を……頼む」

「……ああ」

 
 それっきり、会話はなくなった。

 
 ☆☆☆

 
 さて、と。
 どーしたもんかね……コレは。

「ねえエルク……この人、誰に見える?」

「ジャスニア王国のエルビス王子。見た目をそのまま信頼するなら、だけど」

 だよね。僕もそう思う。

 ここは、オルトヘイム号の医務室。
 そのベッドの上に……今さっき保護した、ある人物が横になっている。

 赤い髪に褐色の肌、そして眼帯。
 どこからどう見ても……こないだ『ブルーベル』で知り合った、ジャスニア王国の第五王子……エルビス殿下である。

 怪我して川から流されてきたのを見つけ、保護してここに運び込んだ。

 ただ……その途中に、ザリーから変な報告が入ったから、こうして今、ちょっと混乱してるわけだけど。

「ねえザリー、この人、誰に見える?」

「エルビス王子、だねえ……」

「だよね? でもザリーさあ、さっき……今、エルビス王子は町でメルディアナ王女とご飯食べてるって言わなかった?」

「うん、言ったね」

「……じゃコレどういうこと?」

「さあ?」

 どっからどう見ても、この人はエルビス王子である。エルビス王子にしか見えない。

 しかし、エルビス王子は今、ザリーの確かな情報で……町にいるらしい。メルディアナ王女と会食してるとかなんとか。

 ……じゃコレ、誰だ?
 もしくは……町にいる方、誰だ?

「……どうしよ、コレ?」

「どうもこうも……ほっとくわけにも行かないし……現状維持?」

 だよね……それしかないよね。

 普通に考えて、ここにいる方と町にいる方のどっちかが本物、ってことになる。
 残りのもう1人は……影武者か?

 どっちがどっちなのかはわかんないけど、こっちのエルビス王子が本物である可能性もある以上……ほっとくわけにもいかない。

 そして、もしホントにこっちが本物だった場合……いや、そうでなくてもコレは、ジャスニアの中枢とかが絡んだ、結構な面倒ごとになる予感が……ううむ。

 とりあえず、手当てして保護は一応しておくとしても……

「……ザリー、その町に今もまだエルビス王子がちゃんといるかどうか、って調べられる? 本物・偽者は問わないから」

「OK、やってみるよ。ついでに……その町周辺やこのへんで、こっちのエルビス王子を探してる奴がいないかどうかも調べてみようか? さすがにことがことだから、危険だし深入りは出来なさそうだけど」

「頼むよ。どれくらいかかる?」

「町まで往復する時間を考えて……2日、いや1日半欲しい。それとミュウちゃん、移動用に召喚獣を1体借してほしいんだけど」

「はいはい~」

「ありがと。明後日の昼に戻るよ」

「それじゃあ、それまでここで待ってるとして……明後日ザリーが持ってきた情報をもとに対応を決めようか。それまでにはこの人も目覚めてるだろうし。それと義姉さん、ちょっと聞きたいんだけど」

「え、私? 何?」

 と、いきなり話題に引っ張り出されてちょっとびっくりするセレナ義姉さん。

「フレデリカ姉さんに連絡取りたいんだけど、どうしたらいいかな? どう考えても相談できるの、あの人くらいしか心当たりなくて」

 2ヶ月ちょっと前の『ブルーベル』での一件の時、母さんが呼んで事態収拾に一役買ってくれた、僕の姉の1人……フレデリカ・メリンセッサ。
 この事態をどうにかするにあたって、真っ先に顔が思い浮かんだのはあの人だった。

 また苦労かけることになっちゃうのは心苦しいけど、何度も言うようにことがことだ。早くに専門家に相談しておかないと余計面倒なことになる可能性もある。

「あー、なるほど……ならノエル義姉さんに頼みましょ。あの人なら伝手があるはずだから……となると、どっちにしろウォルカに戻ってからね」

 だそうだ。よし……これで相談相手については見通しがついた。

「となると……後やることと言えば、この人が起きてから話を聴くくらいかな?」

 
「……それなら、今すぐ始めてくれて構わんぞ?」

 
「「「!」」」

 斜め下から聞こえてきたそんな声。
 僕ら全員の視線がいっせいに、ベッドの上に横になっているその人に向いた。

 いつの間にか起きていたらしいエルビス王子(多分)は……閉じられていた目をゆっくりと開けると、そのまま上体を起こ……そうとして、痛みに顔をゆがめる。

「あ、無理しないで寝てた方が……」

 何せ、結構酷い怪我してたんだから……もう手当て済んでるけど。

 川から引っ張り上げた時に見たけど、打撲が全身のあちこちにあった。川に落ちた時、もしくは川を流れる途中に岩か何かにぶつけたんだと思う。
 加えて、結構な長時間水に浸かってたからだろう、体温も下がってた。

 極めつけは……肩の辺りにあった2つの傷。
 2つとも刺し傷だった。形から推測するに……1つはおそらく、剣か何かの刃物。そしてもう1つは……多分、矢だ。

 明らかに、何者かに『襲われて』できた傷だった。ゴブリンやコボルドかもしれないけど……人間かもしれない。
 そして、王子であるエルビス殿下を襲うとすれば……ね? 面倒ごとのにおいがする。

 ともかく、そんな感じでかなり重傷だったエルビス王子。
 さっきも言ったとおり一応の手当ては済ませてあるとはいえ、怪我人なんだから大人しくしてた方がいい……って説明したんだけど結局上体を起こしていた。

「いや、問題ない……むしろ、予想していたよりだいぶ楽だよ。まず、生きていられたことに驚かされたがな……感謝する」

 とは言いつつもやっぱり痛みはあるんだろう。
 普段のように背筋を伸ばした姿勢が厳しいのか、やや猫背になって……そのせいで若干わかりにくいけど、こちらに会釈をくれるエルビス王子。

「しかし……また助けられてしまったな、ミナト・キャドリーユ。どうもお前とは、奇妙な縁があるようだ」

「みたいですね。で、その……やっぱもうちょっと寝てた方が……」

「いや、大丈夫だ。全く辛くない、といえば虚になるが……ゆっくり寝ていられる状況でもないのでな。幸い、本当に思っていたよりも傷が楽だ、できることはしてしまいたい」

「あ、やっぱり何か問題というか、厄介事があったんですか?」

「あったというか……今正にその真っ只中だな」

 言いながら、エルビス王子は周りをきょろきょろと見回して……次に、座ったまま自分の体を見下ろすと、

「……いきなりで悪いが……私の服と荷物はどこに?」

「あ、えっと……服は洗って保管してあります。傷だらけでしたけど。ただ、荷物というのは……」

 川からエルビス王子を引き上げた時、手当てのためと、濡れた服を着てると体温が下がるので、服は下着も含めて全部脱がせた。その服は、ターニャちゃんに頼んで洗って乾かしてもらってる。
 あちこち破れてボロボロで、見た目一発もう着れそうになかったけど、一応ね。

 その後今着ている、この船に来客用に用意してある服に着替えさせた。着心地抜群のシルクのナイトガウンに。

 そして、もう1つエルビス王子が言った『荷物』ってのは……何もそういった感じのはなかったな。川に落ちた時、もしくは流されてる最中になくしたんだろう。

 そのことを話すと、一瞬だけ、苦虫を噛み潰したような顔になったエルビス王子は……しかしすぐに表情をつくろって、さらにたずねて来た。

「わかった、荷物は……仕方ない。服はあるのだったな?」

「はい。あ、でもボロボロだから、アレもう着れないと思いますけど……」

「それはいい。詳しくは後で話す……ところで、私を着替えさせたのは誰が?」

「あ、それは僕と……彼女に」

 言いながら僕は、斜め後ろに控えていたナナを指差した。

 女顔というか中性的な容姿とはいえ、エルビス王子は男である。なので、出来れば男である僕が着替えさせた方がいいかな、と思って。

 ただ、1人だと手が足りなくて大変な部分もあるし、怪我人の扱いとかいまいち勝手がわからなかったので、ナナに応援を要請した。

 ナナは従軍経験があるため、そこで負傷者への対処法なんかも身につけてるし、軍隊という男社会にいたからだろう、男の裸を見ても特に戸惑ったりすることもない。
 たぶんだけど、セレナ姉さんやシェーンもそうだろうな。同じ元軍人と、元海賊だし。

 そう話すと、よく見ないとわからない程度だけど、一瞬だけ顔がちょっとだけ赤くなった……ように見えた。

 やっぱ男だから、他人に近い女の人に裸見られるってのは恥ずかしいのかな。

 ……ちなみに、実は女だったとかそういうオチはなかったのでご安心を。
 着替えさせる時、図らずも目視で確認したんだけど……ちゃんと男でした。何がとは言わないけど、ちゃんと『ついて』ました。

 エルビス王子は、近くにいるか、よっぽど耳がよくないとわからないくらいにかすかな音を立ててため息をつくと、

「私からはもういい。今度は……私が話す番だな。聞きたいことがあるのだろう?」

「ええ、まあ、正直に言えば。あ、でも秘密だったり、面倒ごとに発展しそうなら……遠慮しますけど?」

「いや、いい。おそらく……色々な意味でもう手遅れだ」

 ……え、マジすか?

 

「最初に結論から話させてもらうことにしよう。お前達が疑問に思っている、ここにいる『私』と、メルディアナ王女と会食しているはずの『私』……その、2人の『エルビス』についてだが……」

 聞けば、まどろみ程度に意識があった中で、僕らが『どっちが本物なんだろう』と話しているのが聞こえていたらしい。濁したりも何もせず、ズバッと切り出してきた。

 その『結論』とは……

「本物の『第五王子エルビス』は……町にいる方だ」

「……と、いうことはつまり……」

「ああ。私は……彼の影武者だ」

 あっさりと、そう認めた。

「ゆえあって、名乗ることは出来ないが……名前は好きなように呼んでくれていい。もちろん、王子に対してするような扱いも不要だ」

「そうですか……」

 ……なんか、こうしてみると変な感じだな。

 明らかになったとはいえ、偽者の王子様をこうして目の前にしてるっての……見た目が依然として王子様のままだから、違和感がある。

 何の違和感だって言えば、この人が本物でないことに対する違和感……とでも言えばいいのだろうか? 知り合いの姿なのに知り合いじゃない、ってのが……うーむ、微妙。

 ていうか、さっき手当てのために脱がせたり触ったりしたからわかるんだけど……この人、何も変装とか特殊メイクみたいなのしてないのに、この顔、この姿なのだ。多分それが余計に、違和感を助長してるんだと思う。

 影武者って普通、変装なりなんなりして本物に少しでも近づけるように顔や髪型、体格なんかをごまかすもんだけど……そういうのを一切しないで、この影武者さんはエルビス王子にそっくりなのだ。

 髪はウイッグじゃなくて地毛だったし、処置のために一度眼帯をはずした下には、ナイフか何かで斬られたみたいな傷と……義眼が入れてあった。

 これで偽者ってことは無いだろうから、向こうが影武者だろう、と思ってたんだけど……まさかこっちが影武者さんだったとは。そういう意味でも驚かされた。

 容姿からして、似てるなんてレベルじゃない。見る限り……完全に『同じ』だ。親戚や親兄弟でもこんなに似ないだろう。

 ひょっとして……マジックアイテムか何かで顔を、もしくは体を変えてるんだろうか? それなら一応納得できなくもない。そんなアイテム聞いたことないけど。

 だとしても、傷が本物ってのは……まさか、影武者としての任務のために、自分で自分の目を……怖いなおい。あ、もしかして傷もマジックアイテムで?

 そんなことを考えていると、影武者さんが口を開いて、

「まあ、言いたいことはわかるが、この容姿についてはあまり聞いてくれるな、多少なり他言できない内容が絡んでくるのでな……ある方法で外見を少しばかり変えている、とだけ覚えておいてくれ」

 深くは聞かないでほしい、と頼んでくる影武者さん。やっぱりわけありなんだろうか? 彼の正体そのものが。もしくは、姿を変えている方法が。

 わからないけど、やはりこの似過ぎの顔と体は何かの理由があるみたいだ。

 それだけでもわかって、逆に安心した気がする。だって、何度も言うように……何も魔法とかマジックアイテム使わずにこれはありえない。『ブルーベル』で会った時と全然全く同じで、多分並んでも見分けつかな…………まてよ?

 その瞬間、僕の脳裏に……ある疑問が浮かんだ。解決したと思った『似すぎ』の問題から生まれ出てきた、新たな疑問が。

 それについて質問していいものかどうか考えながら、ふと影武者さんの方を見ると……さっきより汗の量が増えているのに気付いた。

 あ、やっぱ無理してたっぽいなコレ。

「……今日はこのくらいにしといた方がよさそうですね」

「っ……すまん。大丈夫だと思っていたんだが……確かに、少々厳しいかもしれん」

 よく見ると、息も少しだけ荒くなってきているし、痛みに耐えているのか、時々歯を食いしばるようにしている。汗の量とかを見るに、演技じゃ無さそうだ。

 やっぱり怪我人、まだ寝てた方がよさそうだな。

 ……じゃ、今日はもうそろそろ日も暮れるし、このへんにしますか。

 事情聴取は切り上げて、影武者さんには、再びベッドに横になってもらう。
 今日はこのまま医務室で寝てもらおう。明日以降症状がよくなってれば、客室に移ってもらってもいいだろうし。泊まるだけならその方が設備いいから。

「すまないな、何から何まで。本物の王子でもないというのに……申し訳ない限りだ」

「いえ、まあ正直まだちょっと戸惑いはありますけど……エルビス王子の関係者ってことなら別に。何ていうかその、とりあえず助かってよかったですよ」

「ああ……今の私では、普通のスライムやそこらの山賊相手でも何も出来ないからな。見つけてくれたのがお前で助かった。重ね重ね、感謝する」

 お礼を言ってくる影武者さんに、僕は軽く会釈を返す。

 今日の所は解散ってことで、『もし何かあったら鳴らしてください』って連絡用の鈴(マジックアイテム)を影武者さんに渡して、全員医務室から撤収した。

 その最中……医務室から僕らの居住エリアへと続く通路を歩きながら、僕は、つい今しがた浮かんだ新たな疑問について考えていた。
 さっきは言葉には出さなかったけど……あの瞬間浮かんだ、無視できない疑問。

 僕は、保護したのが影武者だとわかって以降……彼が、ブルーベルで会ったエルビス王子とあまりにも似すぎてることに対して違和感を持っていた。
 しかしそれは、何らかの方法で姿を変えているんだと説明され、一応は解決した。

 だが、その瞬間……僕は、こう考えた。

 
 そもそも……『ブルーベル』で会い、行動をともにしていたあの時の『エルビス王子』は……本物だったのだろうか、と。

 
 そう思った理由は簡単。目の前の影武者の王子様に、初めて会った気がしなかったから。
 あまりにも、記憶の中にあるエルビス王子と、見た目も中身も同じすぎて……実質の所、呼び方を『影武者さん』に変えただけで、僕は心情的にはまだ本物のエルビス王子を相手にしてるみたいな感覚で話していた。

 どうしても思えなかった。目の前にいる影武者さんが、見た目が同じだけで……ブルーベルで会ったエルビス王子とは別人だとは。

 話してみた感じもそうだし……川から引っ張り上げた時には気付かなかったけど、声も、体臭も同じだ。声はともかく、臭いまでマジックアイテムで変えるか普通?

 それに加えて……さっき変なこと言ってた。

『今の私では、普通のスライムやそこらの山賊相手でも何も出来ないからな』

 普通、スライムに『普通の』……ってつけるだろうか?

 この世界に置いて、スライムは駆け出し冒険者でも勝てる、戦闘力最弱の魔物の1つだ。離れた所から投げナイフや弓矢、最悪投石ででも核を破壊すれば片付く。

 言うまでもなく、その最弱種について話す場合は普通に『スライム』だけで伝わる。『スライム』と聞いて思い浮かぶのは、ほぼ100%その『普通のスライム』だからだ。

 ……それとは別に、よっぽど強力なスライム系の魔物を知らない限りは。

 そう、例えば……『神殿』で出くわし、エルビス王子のお供に紛れ込んでいた裏切り者を一瞬で溶かし殺した、『ライオットスライム』のようなのを。

 彼は……影武者さんは、あのスライムのイメージが頭に残っていたために、『普通の』とつけて、弱いスライムというのを強調したんじゃないかと思った。
 考えすぎかもしれないけど、引っかかった。

 あの影武者さんは、ブルーベルで会ったエルビス王子本人。
 多分だけど……ここ、間違いないと思うんだよなあ。

 じゃあ、彼はやっぱり影武者じゃなくて本物で、町でメルディアナ王女と会食している方が影武者なのか。

 だとしたらなぜそれを隠す? てか、同盟国の王女に影武者をあてがうって失礼じゃない? 外交問題になる危険性があると思うんだけど……。

 それとも、彼はやはり影武者で、町にいる方が本物?

 でもだとするとつまり……ブルーベルから今ここに至るまで、僕らは『影武者のエルビス王子としか会っていない』ということなのか?

 はたまた、ただ僕の考えすぎ&思い違いで、彼の言っていることが全面的に真実?

 ……だめだ、考えても全く答えが出てこない。
 知識も考察力も何もかも足りない……疲れるだけだ。やめよう。後だ後。

 
 そんなわけで、事情聴取その他は、明日以降また続きをやることにして、皆いつも通りの生活へと戻る。
 各自の仕事を片付けたり、余暇時間を思い思いに過ごしたりして過ごし……眠くなれば寝る、そんな感じの生活。

 近いうちにまた面倒ごとが始まって、この平穏な『いつもどおり』の生活はがしばらくお預けになるような、そんな予感がした。

 

 ……最初の面倒ごとが、翌朝早速飛び込んでくるとは思ってなかったけど。

 

 ☆☆☆

 
 それは、翌日明け方のことだった。

 こういう僻地とかに依頼を受けて遠征した場合、僕ら邪香猫はいつも通りこの『オルトヘイム号』を拠点として寝泊りする。防御、魔物探知、認識阻害の3種類のバリアフィールドを発生させた上で。

 これらが発動してれば、普通の場所なら見張りも要らないくらいの防御体勢が整う。

 その上で、遠征先の危険度等によっては、前述防御・警備システムに加え、船内各所に設置してある監視カメラの情報を一度に閲覧できる『モニタールーム』で見張り役を交代で務めるんだけど……今日は、僕がその担当だったのだ。

 僕オリジナルの配合で作った、エナジードリンクみたいな魔法薬――炭酸じゃないから飲みやすい上に、味は僕好みのスポーツドリンク風味で甘い――を服用した上で、モニタールームで一晩過ごした。

 何度か魔物が襲ってきたものの、バリアに阻まれて手も足も出ず、すごすごと退散していった、なんてことがあった以外は平和な夜。このまま夜明けになるか、と思っていたその時……モニターの1つに、警備システムとは別なシステムから入電が入った。

 影武者さんに渡した、呼び出し用のベルから。

 
 ☆☆☆

 
 数分後、僕は影武者さんに、夜のうちに洗濯・乾燥をすませてあった服(何度も言うがボロボロ)を届けていた。
 何でかっていうと、影武者さんが『服を返してくれ』って言ってきたから。

 それも……死ぬ寸前の重病人みたいな真っ青な顔で、サウナに入ってたみたいに大量の汗を流しながら。息苦しそうだし、痛いのか苦しいのか胸を押さえて歯食いしばってた。

 次の瞬間死んでもおかしくないようなその尋常ならざる様子に、僕は驚きすぎて……思わず『リニアラン』まで使って、10秒そこらでランドリールームと医務室を往復、この服を持ち帰ったのだ。

 影武者さんはそれを受け取ると、胸部分についている飾りボタンを、乱暴に引きちぎって取った。

 そして、まるでビンのふたを開けるような動作でそのボタンをキリキリと回すと……なんとボタンが上下に別れた。
 そしてその中には……薬か何かのような、やや大粒の白い粉が入っていた。

 影武者さんはその中身をさらさら口にと流し込み、用意していたコップの水で飲み下した。ごくりと音を立てて、水と、おそらく粉薬であろうそれが喉の下に落ちていく。

 それから数十秒後……どうやら落ち着いたらしい影武者さんは、ふぅ、と息をついて、滝のように流れていた汗を袖でぐいっとぬぐった。

 何のかわからないが、おそらく症状は収まったみたいだ。数回深呼吸をして酸素を灰に取り込むと、もう一度汗をぬぐった後、僕に頭を下げた。

「夜分に騒がせてすまなかった。それと……礼を言う」

「あ、いえ……よくわかんないですけど、治ったんなら何よりです。病気、ですか?」

「持病だ……朝まではもつと思っていたんだが、見通しが甘かったらしい」

 聞くと影武者さん、毎朝決まった時間に薬を飲まなければいけない持病を持っているらしい。怠れば発作が起こり、死ぬほど苦しい上に……そのまま放置すれば、体調にもよるが……早くて数分で死ぬ。

 影武者さんは何者かに襲われて――その『何者か』は多分王子様を襲ったつもりなんだろうけど――川へ転落し、意識を失った。
 それが、僕が彼を保護する前日の夜のこと。

 つまりは……日付変わってるから、えーと……一昨日の夜だ。

 そして昨日、目を覚ました彼は、僕らが撤収した後、眼帯の収納スペースに仕込んであった薬を飲んでいたらしいんだけど、負傷や疲労で体が弱ってたからか、はたまた朝決まった時間に薬を飲まなかったからか、先ほど薬が切れて苦しくなってしまった。

 耐えかねてベルを鳴らしたら僕が来たので……と、ここでさっきの僕の説明の事態になったわけだ。

「荷物には、この薬が入っていたんだ。まあ、万が一の時のために、こうして眼帯や服のボタンにも少量ながら仕込んではあるのだが……」

 言いながら、影武者さんは他のボタンもはずして中身を確認していく。防水の品なのか、幸いどれも中身は無事だった。

「……この量なら、持って4、5日、といったところだな」

「あ~……じゃ、その前に何とかしなきゃいけないですよね」

「いや、そこまで世話になるわけには……最低限動けるようになるまでいさせてくれれば、あとは自力で……」

「いや、んな無茶な。無理でしょ4、5日じゃ。移動時間含めて考えればもっと短いし……それ、何ていう病気の何ていう薬ですか? 薬品庫に同じのがあれば……」

「いや……おそらくないだろう。薬も病もかなり珍しいものだからな……」

 それでも一応聞いてみたものの、なかった。
 まあ……仕方ないといえば仕方ない。僕が作る薬って、基本的にポーション的な回復薬とか、面白そ……もとい、特殊な効果を持つ、興味本位で作ったものばかりだから。

 病気の治療薬なんて畑違いにも程があるもの、作ったこともない。
 てか、作れるとも思えない。まず専門的な医学知識が必要になるだろうし。

 そんなことを考えていると、影武者さんが少し遠慮がちに声をかけてきた。

「この上で更に頼みごとをするのは気が引けるのだが……タオルか何かを貸してはもらえないか? 今の発作に加えて、寝ている間にずいぶんと寝汗を書いたようで……」

 そう言われてふと見ると、彼が着ているナイトガウンは、汗びっしょりで体に張り付いていた。……タオルだけじゃダメだな、このまま着てたら風邪引くよ。

「それだけ貸してもらえれば、あとは自分で体は拭く。もうほどんど、動いても問題ないくらいに回復したからな、そのくらいは自分で出来そうだ」

「あ、ホントですか? そりゃよかった」

「うむ。昨日貰った薬のお陰だろうが……素晴らしい効き目だな。噂には聞いていたが、ミナト殿は本当に多才なようだ……メルディアナ王女が目をつけるのもわかる」

 手をぐーぱーしたり、腕を回したりして体の調子を確認している影武者さん。どうやらホントにかなり調子よさそうだ。

 あと……第一王女様から狙われてるって話、知ってるんだ? それも噂?

 ……あ、そうだ。普通に動けるんならいっそ……

「なら……お風呂入ります?」

「え?」

 
 ☆☆☆

 
 この医務室、実は浴室もある。ベッドで寝て汗かいた人のために。
 シャワーだけでもいいかなと思ったんだけど、どうせならと思って浴槽もつけた。

 サイズとしては、家賃安めのアパートについてるような、1人用、無理すれば2人で入れるくらいの大きさで……一応、湯船とシャワー両方がついている。

 1人で問題なく動けるくらいに回復したということだったので、影武者さんに着替えとタオル、それにバスタオルを渡した。全部医務室に常備されてるから、サッと出せた。

 そして、浴槽には普通のお湯じゃなく、ちょっとサービスということで、こないだ作った『薬湯くすりゆ』を入れた。

 簡単に言えば、温泉成分を薬草なんかを調合して人工的につくり、お湯に溶かしたものだ。入浴剤みたいなものだと思ってくれれば間違いない。

 ただし僕が作る薬湯は、ほとんど魔法薬みたいなもんで……色んな効果がある。
 自然治癒力強化や魔力回復促進、精神リラックスや魔力混濁の回復、汚染・混濁魔力のデトックス、美肌、腰痛、肩こり、関節痛、疲れ目、冷え性etc……

 とにかく体によさそうな感じの効能を片っ端から持たせてある。

 

 ……思えば、この時この『薬湯』を使ったことが……全ての始まりだった。

 この後待ち受ける面倒事と、さらにその後待ち受ける、予想外にも程がある展開の……

 

 さて、一応僕はこのまま、万が一の時のために医務室内で待機してることに。
 ないとは思うけど、入浴事故とか起こっても困るし。

 え、見張り? ふふふ、それは問題ない。
 実は、僕の場合は別にモニタールームにいなくても、『マジックタブレット』で各システム、各カメラの様子を見れるんだよね。船の中にいれば。
 画面小さいから、普段は普通にモニタールームで見てるんだけど、こういう時には便利だ。

 そんなわけで、今現在影武者さんがお風呂に入ってるわけなんだけど……

「……長いな」

 最初、『すぐ済ませるから』って言って脱衣場に入っていったんだけど……なかなか出てこない。

 いやまあ、風呂が『長い』『短い』なんて個人の感覚だし、僕が元々入浴は基本10分以内で終わらせるカラスの行水だから長く感じるのかも…………なんて考えてるうちに、30分経った。

 気がつけば、外はもうかなり明るくなっている。
 さすがに長い気がするな……と思い始めた。

 普通の入浴ならまだわからないこともないけど……『サッ』と入るだけのはずなのにこれはちょっと長い。軽く汗流すだけみたいなこと言ってたし、最初はタオルで体拭くだけのはずだったし。

 でも今のところ別に、湯船の中にまでずり落ちてはいないと思う。ぶくぶくぶく……っていう泡の音は聞こえてこないから。

 ただ、あまりにもお風呂が気持ちよくてゆっくり侵かってる、って可能性もあるけど……ちょっと気になるな。

 そう思った僕は、タブレットを机に置いて、

「あの―――!! 影武者さ――ん!?」

 けっこうな大声で、お風呂場に向かって呼びかけてみた。

 すると1テンポおいて、ばしゃっ、という水音と……

『ふゃっ!? な、何、何だっ!? え、み、ミナト殿!?』

 そんな、慌てたようなちょっと間の抜けた声が聞こえた。あ、寝てたかなこれは?

「えっと、割と長いこと入ってるみたいなんでちょっと心配しまして。大丈夫ですか?」

『え? あ、ああ、すまん、何も問題ない……いや、やたらと気持ちいいというか、じわ~っとその、疲れが取れるようでつい…………………………ん?』

 と、話の途中で何かに気付いたように、風呂場の中の影武者さんの声が途切れたかと思うと……その数秒後、

 
『わあああぁぁぁあああっ!? な、な、な……何だコレはぁぁあああっ!?』

 
 そんな、突然の大絶叫が聞こえてきた。え、何!?

 なんかこう……さっきの死にかけとはまた違った感じで尋常じゃない事態が起こってそうな絶叫だったぞ!? 何が起こった風呂場で!?

 とっさに僕は椅子から立ち上がり、風呂場に、脱衣場に駆け込む。扉の向こうの影武者さんに呼びかけながら。

「え!? どうしました!?」

 と、声をかけた直後、どたどたという足音で僕が脱衣場に踏み込んできたのがわかったらしい影武者さんが、何やらぎょっとした様子で、

「えっ!? あっ、いや……え!? ま、待て、何でもない、大丈夫だから……ちょ、待て、開け……っ!?」

 最後まで聞かずに、僕は風呂場の扉に手をかけた。

 何があったのか知らないけど、何かはあったんだろう。それに、身分に差はあれど男同士、多少不快な思いはさせるかもしれないが、とりあえず安全第一ってことで……

 ガラッ、とそのまま扉を開けた。

 すると、そこには……

 
「……………………え゛!?」

 
 風呂場一杯に充満する湯気。
 扉を開けたことにより、それが外に流れ出し……熱気と湿気が、入り口に立っている僕に吹き付ける。

 それにより、だんだんと風呂の中の景色はクリアになっていくわけだけど……そうなるより先に、僕の目は、風呂の中で起きていた異常をとらえていた。

 室内にいるのは、影武者さん1人だけ。もちろん全裸。
 驚いて飛び起きたんだろうか、浴槽の中にいるが、浸からずに立ち上がっていた。

 特徴的な褐色の肌と赤い髪の毛から、ポタポタと湯が滴っている。
 トレードマークの眼帯は……入浴中でもつけられたままだ。

 ……ここまではいい。何も問題ない。
 問題は……さっきまでとは、体つきが大きく変わっていることだ。

 細く引き締まっていたウェストには、腰のあたりに括れができ、

 胸筋に覆われていたはずの胸元は、腕では隠せない大きさの双丘にふくらみ、

 体全体が、すらっと引き締まりつつも健康的な丸みを帯びた感じになり、

 そして、昨日は確かに『ついていた』はずのあるモノが……なくなっていた。

 ……ちょっと待て、ホントに待て。
 何だこの状況。何だこの現象。

 何で……この人何で……

 
(何で……女になってんのぉぉぉぉおおっ!!?)

 
 風呂場の戸を開けて全裸の女子を凝視という、ラブコメ漫画の一コマみたいな状況の中で、僕と影武者さんはお互いに絶句し、そのまましばらく固まっていた。

 
 
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