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第166話 女子会in大浴場
ミナトがリリンと久々の模擬戦を行った、その翌日のこと。
……それは、本当に偶然だった。
別に、何か日常離れした事態が起こっているわけでもない。しかし今の現状を、あるいはそこに至った経緯を聞けば、体外の人は『うっわすごい偶然』と言ってしまうであろう事態が起こっていた。
まず、エルクとシェリー、ナナについて。
この3人は、毎朝揃って『オルトヘイム号』のトレーニングルームを利用する。最低限自分があらかじめ定めたメニューをこなす。大体いつも、朝食の直前あたりまで続く。
なお、今日はミナトは昨日の疲れが抜けきっていないため、
そして、にもかかわらず……明け方近くまで、リリンにもらった『魔氷』の研究を続けていて今ちょうど爆睡しているため、不参加である。
そして、今日はたまたまエルク達は3人共、割と早いうちにメニューを消化できた。
なので、普段は朝食前に軽くシャワーを浴びて汗を流す程度だが、この時間なら大浴場に行って湯につかることもできるのではないか、たまにはそれもいいんじゃないか的な話になり、朝風呂を堪能することになった。
続いて、セレナ、クローナ、アイリーン。
3人共内容は違うし、別に示し合わせたわけでもないのだが、ざっと説明すれば大体似たような理由だった。
仕事もしくは趣味に集中しすぎて徹夜してしまい、気付けば風呂に入るのも忘れて朝を迎えていた。なので、朝風呂にでも入ろうと考えた。
そして偶然3人共、個室に備え付けの風呂ではなく大浴場を使うことにした。
特に理由は無い。気分だった。
そして、リリンとエレノア。
寝る気配なくミナトが研究室に引きこもってしまい、仕方なく1人で寝ていたリリンは、明け方に目を覚ました時、窓の外の海に『ジャベリンフィッシュ』という魚が群れを成して泳いでいるのを見つけた。
カジキマグロのような容姿をしていて、大きいもので数mにもなるその魚の魔物は、身がかなり美味であることで知られており、リリンも好物である。ぜひとも朝食、でなくば昼食に加えてほしいと思ったリリンは、海に出てそれらを何匹か捕獲にかかった。
その際、全く同じことを考えて海に出ていたエレノアと一緒になった。
10匹ほど捕獲した後、海水に濡れてしまったので洗い流そうということになり、2人揃って大浴場へ向かうことになった。
最後に、ターニャとシェーン、そしてミュウ。
これから朝食の下ごしらえにかかろうと思っていたところにリリンたちがやってきて、漁の成果である『ジャベリンフィッシュ』を置いていった。
それをさばこうとしたその時……まだ息があったジャベリンフィッシュが暴れたのである。即座に反応したシェーンが頭を切り落として完全に絶命させたものの、暴れた際に調理台の家に置いてあった調味料などが飛び散った。
その結果、ターニャとシェーン、そして、徹夜で読書して夜が明けて小腹が空いたということで厨房に朝のおやつをねだりに来ていたミュウの体中にかかってしまった。
シェーンにいたっては、仕留めた際にジャベリンフィッシュの返り血も浴びていた。
コレではさすがに調理どころでは無いということで、急遽メニューを今すぐ作れるものに変更して最低限の下準備だけを済ませ、風呂場にそれらを洗い流しに来た。
その際、どうせならとミュウが大浴場で3人一緒に入ることを提案した。
……結果、『女楼蜘蛛』メンバー、『邪香猫』女性メンバー、そしてそのスタッフや担当職員が、朝の女湯に全員集合してしまったのである。
☆☆☆
「あっはっはっはっは、いやーあるもんねこーゆーことも」
「びっくりしましたよぉ、お風呂に入ろうと思って来たら、お義母様が背泳ぎで泳いでるんですもん」
「いやーごめんねシェリーちゃん。ほら、こういうお風呂って泳ぎたくなるじゃん」
「あ、それはわかります。私も時々泳ぐんで」
「……はあ、全くこの似た者親子(義理・予定)は……」
けらけらと笑うリリンとシェリー。それを見てため息をつくエルク。
口調を見るに、だんだんと義母の扱い方がわかってきている……というか、遠慮がなくなってきているようである。緊張するだけムダだと。
それは、遠目から見ているエレノアが、何やら優しい目をエルクに向けていることからもわかる事実だった。そう、まるで……昔を懐かしんでいるかのように。
「『ああ、うん、私にもあったなあこんな時期が……気ままなチームメイトに振り回されるばっかりで、何でこんな疲れるんだろうっていつも思ってたっけ……まあ、今となってはそれもいい思い出なんだけどね。がんばれエルクちゃん、ツッコミ役の先輩として、かげながら応援してるよ。応援するだけだけど』……」
「……人の心の声を勝手に捏造するんじゃないニャ、コラ、アイリーン」
いつの間にか背後に忍び寄っていた、紛れもなくその当事、気苦労を『かける側』だったチームメイトに突っ込みを入れるエレノア。
また別な場所では、大き目の風呂桶に湯をいれ、その中に猫モードで入ってくつろいでいるミュウの体を、シェーンとターニャが洗ってやっていた。
「あ~、極楽、極楽……なんかこうして体を他の人に洗ってもらって自分はゆっくりしてるのって、偉くなったみたいでちょっと面白いですねえ」
「あはははは、私達からすれば、ペットの猫ちゃんのお世話してる感覚だけど」
「同感だな。というか、昔もよくやっただろう、船でも」
「ああ、そうでしたねえ……確か試しにやってもらったら、私が気持ちよかったのはもちろんですけど、猫モードの私のにくきゅーの感触にシェーンちゃんがはまってしまって、以来ちょくちょく触りたいと言って来てそのたびにこうやってた覚えが……」
「……ああ、そんなこともあったな……今にしてみればわけのわからんことを考えていたものだ、当事の私も」
「わ、ホントだー、ぷにぷにー」
思い出しているのか、若干顔の赤いシェーンと、それはいいことを聞いたとさっそく触ってみているターニャ。されるがままのミュウ。
また、別の湯船ではクローナが、自分が浸かっている湯を手ですくってにおいをかぎ、
「お……これ薬湯か。この匂いだと成分は……すると効能は……ほほう、中々のもんつくりやがったじゃねーか、ミナトの奴。俺んちの霊泉にはおよばねえがな」
「あら、クローナさんが褒めるくらいの品質なんですか? ……価格に上方修正かけたほうがいいかも。女将さんに相談してみようかな……」
「あん? 売るのか、この湯? あの狐耳の商会で?」
「あ、はい、その予定です。ミナトさんの技術提供で。もっとも、お湯を売るんじゃなくて……粉状にした『もと』をお湯に溶かすことで、薬湯を作れるようにする『入浴剤』っていう形にするみたいですけど」
「ほー……興味あるな。後で話してみっか」
(上がろうかしら……欠片もリラックスできそうにないし……)
そして、それらを見渡して……心の中でぽつりと呟くセレナ。
普段は、徹夜明けで風呂になど入れば、気持ちよさからそのまま寝てしまいそうになるものだが……目の前に広がるカオス空間は、彼女の中からそんな余裕をきれいに消し飛ばしていた。
そのまましばらく各々騒ぎ、楽しみ……全員が同じ、この大浴場で一番大きな湯船に使って一息ついていた。窓から差し込む、すっかり明るくなった外から注ぎ込む光に、少し目をまぶしそうにしながら。
騒いでいたものは騒ぎ疲れて、元から静かだったものはようやく落ち着けるとばかりに、皆一様に湯の暖かさに体を委ね、力を抜いていた……そんな中、
「……そーだ、せっかく女全員そろってることだしさ……ちょっと皆、聞いていい?」
ふと思いついたように、リリンが言った。
「うん? どうかしたのかい、リリン?」
「いや、ちょっと前々から気になってたことがあってさ。ていうのも、聞きたいのは厳密には、『邪香猫』関係者の女の子達一同になんだけど……」
との言葉に、エルク、シェリー、ナナ、ミュウの『邪香猫』メンバー4名に、雇われている立場のターニャとシェーン、そして『担当』であるセレナの視線がリリンに向く。
7人分の視線を一身受けながら、リリンは……
「……ぶっちゃけさ、この中で将来ミナトとくっつく予定のコって、ホントにエルクちゃんとシェリーちゃんだけなの?」
などとさらりと言ってのけた。
「……はい?」
全員がぽかんとする中、得意のジト目をもって一番最初に反応を返したのは、誰あろう『正妻』ことエルクだった。
次いで、セレナが疲れた声音で聞き返す。
「あの……何言ってんですか、お義母様?」
「何って……もう1人か2人、未来の娘が増えたりしないもんかなー、と思って」
至極当たり前のようにそう答えるリリン。
「ほら、こんだけかわいい娘がそろってて、しかも1つ屋根の下で生活してるわけでしょ? 当初から好き同士だったのがエルクちゃんとシェリーちゃんだけだったとしてもよ、同じ船に乗って過ごし、依頼を受けたり、日常の何てことないひと時を一緒に過ごす中で芽生える愛ってあるじゃない。そーゆーのないかな、と思って」
「何でそんなこと気にしてるんだい? ひょっとして、ミナト君との仲を疑うような娘でもこの中にいたとか?」
「いや、そういうわけじゃない。ただの私の願望」
「願望?」
「うん。ぶっちゃけこの船に乗ってる娘たち、皆いい子だしかわいいし、一緒にいて楽しいし、いろんな意味で優秀だし、なんなら全員でも嫁に来てほしい」
コレを聞いて、セレナとエレノアがため息と共に、頭痛をこらえるように親指と中指で眉間を押さえていた。
「また変なこといいだしたよこの人……」
「こらーセレナちゃーん、言い草ひどいぞー、お義母さんかなしーぞー。ってなわけで最初の尋問はセレナちゃんにしましょ。あなたはどう? ミナトとくっつく気はないの?」
「……冗談はお義母さまだけにしてください」
『どーゆー意味それ』と視線で聞いてくるリリンをひとまずスルーし、ひときわ大きく深いため息をついて、セレナは疲れた目でリリンに向き直った。
「あのね……ミナトは私の義弟ですよ? 私達姉弟ですよ? 姉弟でくっつけって言うんですかあんたは。いくら血はつながってないからって」
「いや、さすがにセレナちゃんに限ってはそこまでは求めないっていうか、ぶっちゃけ例外でも仕方ないとは思うわよ。けど……」
「けど?」
「……日々たくましく成長する義弟にほれ込んで、ああ許されないことはわかってるこれは禁断の愛……なんて展開は」
「ありませんございませんありえません何言ってんですか」
セレナ、バッサリ。さらに、
「あのですね……どうせ冗談でしょうし、本気で言ってるとは思ってませんけど、一応宣言しときます。いくら未亡人になったからと言っても、私はあの人の妻ですから。私の伴侶は『ゴート・バース』ただ1人ですから。今までも、これからも」
「……ふふっ、そうよね。あなたは私の八番目の息子に惚れてくれたんだものね」
と、微笑みながら言うリリン。どうやら、本当に冗談だったらしい。
「ごめんねセレナちゃん、からかっちゃって。ホントはわかってたんだけど」
「いえ、こちらも冗談だろうってわかってましたから……ミナトは私にとっては異性としての存在にはなりえませんけど、大切な義弟です。ちゃんとこれからも、姉として仲良くやっていきますからご心配なく」
そう、はっきりと言いきったセレナ。
その堂々とした宣言に、リリンもうんうん、と満足そうに頷いて、セレナに関してのこの話は切り上げた。
……あくまで『セレナに関しての』、だったが。
「まあでも」
「? でも?」
「義弟、兼、『ひ孫』になる可能性は一応あるわよね?」
「はい?」
きょとんとして聞き返すセレナだが、一瞬の間を置いてその意味を理解した。
ミナトが『義弟』であると同士に、自分の『ひ孫』になる。それはつまり……
「というわけで次のターゲットはターニャちゃん! どう、うちの末っ子は?」
「ふぇっ!? わ、私ですかっ!? あ、えーとそのー……なんていうか……」
いきなり話を降られて、完全に裏返った声が出てしまったターニャは、すぐに応えることが出来ず、数秒ほど『あー、うー』と悩んで視線を宙にさまよわせた。
「お? お? 脈あり? 3人目ゲット?」
「黙っててくださいお義母様。うちの現役のひ孫が困ってますんで」
自分への質問の対処が終わったと思ったらすぐさままた疲れる状況を発生させられ、うんざりした様子と共に口を挟むセレナ。
そして、数秒時間を貰ってようやく落ち着いたらしいターニャは、
「えーっと……私は何ていうかその、ミナトさんのことは好きっちゃ好きですけど……男女の云々かんぬん、っていう話になるとまた違ってくると言いますか……」
「うんうん」
お茶を濁した感じに、あいまいな返事に纏めようとしたターニャだが、それだけで納得する気がないらしいリリンは、『続きはよ』とばかりに身を乗り出してくる。
ターニャはそれを悟って観念し、さらに自分の心の内を、そしてミナトに対してどういう感情を抱いているかを、どうにか言葉にしてまとめていく。
「正直その、今のところそういった感じは無い、です。ミナトさんがいろんな意味で魅力的なのは確かですし、そんなミナトさんを女として好きだっていう感情が全くないわけでもないです。もしかしたら……将来、これから、ミナトさんをそういう対象として見るようになるかもしれないですし。けど……」
「うんうん」
「今は、今の所は……雇用関係だけど、友達づきあい感覚でしゃべったり遊んだり出来る、優しい男の人……っていうのが、私にとってのミナトさんです。えと……これでいいですか?」
少し顔を赤くして、恐る恐る、といった感じでたずねるターニャに対し……リリンは、無言でサムズアップを返す。顔には、満面の笑顔。
その笑顔は、面白がっている、といった感じではなく……今吐露した自分の真剣な気持ちにきちんと向き合ってくれたと思えるような、優しい雰囲気のそれだった。
そう判断したターニャは、ほっと一息ついて、再び肩まで湯に浸かった。
(つまり……3、4年くらい経ってからが勝負ってわけね!)
そんな『夜王』の心中など知らずに。
☆☆☆
続いて話題の矛先が向いたのは、ターニャと並んで座っていたミュウとシェーンだった。
先に2人ほど同じ質問にさらされているのを見て、『自分にも来るな』と予想していたのだろう。2人とも、よどみなく応えることが出来ていた。
「私はそうですね~……ミナトさんのことは好きですよ? 優しいですし、強いですし、一緒にいて楽しい人ですから。今のところターニャちゃんと同じように仲間、というか友達的な関係であると言えますが……個人的には、男性としても魅力は感じていますし、もし仮にミナトさんの方からアプローチされたりしたら、頷いてしまうかもしれません」
「私も似たようなものだ……です。ただ私の場合、元々戦う立場の人間だったということもあるので……『幽霊船』の騒動の時に見たあの強さに憧れる部分も大きいかと。男社会で生きていたからかもし、れませんが……私もやはり、女として意識している部分はあります。もちろんミュウ達と同様、友人としても仲良く付き合えていると自負しています」
シェーンの方は、前にも本人が言っていた通り『敬語が苦手』であるため、所々つっかえたり訂正してはいたが、はっきりと自分の中における『ミナト・キャドリーユ』という男性に対しての認識を語っていた。
結論としては2人とも『脈あり』と言っていいものだったためか、リリンはにっこり笑って満足そうにすると……『さて』と振り向き、次なる、最後の獲物に目を向けた。
今まで話を聴いた4人と、すでに意思を確認できている2人を除いた……『オルトヘイム号』クルー最後の1人。
その人物は、次のターゲットが自分であるとすでにわかっていたはずだが……それでも、『どう言葉にしたものか』と悩んでいる様子で……顎に手を当てて唸っている。
が、リリンは構わず声をかける。
「ナ・ナ・ちゃん? うちの問題児、どう思う?」
「……正直……色々驚いてますし、困ってます」
「? どゆ意味?」
「…………」
そこで更に少し考えるナナ。
10秒ほど、周囲に聞こえない音量でブツブツと言っていたかと思うと、ちらりとリリンの方を、次にエルクとシェリーの方を見る。
そして、ようやく話がまとまった様子で、添えていた手を顎からはずした。
「何といいますか……あらためて考えてみると、色々今まで考えてなかったことに気付かされちゃいまして。それを今後どうすべきか自問自答していたところです」
「詳しく」
身を乗り出すリリン。
同じく身を乗り出すシェリー。
しかしナナ、気にせず続ける。
「思えば私はもともと、奴隷身分だった頃にミナトさんと出会って、それから皆さんとの付き合いが始まって……色々あって記憶も戻って、一緒に行動するようになったんでした。その頃から言っていたと思いますが、お求めとあらば私、ミナトさんとそういう関係になることも喜んでお受けする気はありましたし、今もそう思ってます。もっとも……」
「もっとも?」
「だからといって、恋愛感情があるのか……今も同様に私の中にあるこの感じが『恋愛感情』なのかどうかはわからないです。何と言うか、『そうなりたい』じゃなくて、あくまでも『そうなってもいいかな』くらいに思ってる感じですので……」
エルクやシェリーと違う。
あらためて考えた結果頭に浮かんだ、自分の立ち居地、そして自分自身の認識を、ナナはそのような形で簡潔に言い表していた。
今現在、自他共に認めるミナトの『正妻』と『愛人1号』である、エルクとシェリー。
この2人は言うまでもなく、ミナト・キャドリーユという1人の人間を、1人の女性として愛している。その上で、片方は『正妻』、片方は『愛人』としての立ち位置を選んだ。
そしてもちろん、2人とも傍目から見ていれば『普通の恋人同士』と変わりないし、扱いに差があるわけでもない。正に2人が2人共、ミナトの恋人という立ち位置なのだ。
そんな2人と自分が同じ立ち位置に立つところを想像して……色々と考えてしまい、今に至る。
自分で言ったとおり、求められれば応えるつもりはあるが、別にそこまで行かなくとも今のままの立ち位置で満足できている自分がいて、
しかし、いつも仲がよく、3人であるにも関わらず『恋人同士』としてしっかりと機能し、仲良く出来ているこの3人を……うらやましいと思ったり、自分もその輪の中に入れたら、という気持ちを抱きながら見ていたことがなかったわけではなかった。
「でも、今の関係に不満があるわけでもないですし、お2人みたいに一途で本気じゃない、中途半端な気持ちの私が入り込むのもどうかと思いまし「「よくないっ!!」」ファッ!!?」
と突如、前のめりになって聞いていたリリンとシェリーが吼えた。
しみじみと浸るムードで話していたナナは、突如左右から飛んできた広場に響く叫び声に驚かされ、危うくひっくり返って湯船に沈みそうになる。
が、そののけぞったナナの肩を左右から『ぐわしっ!』とつかんで引き止めると、2人が熱血と悪ノリが融合したいい笑顔を浮かべてまくし立て始めた。
「ナナちゃんそれはよくないわ。始まる前から恋を諦めるなんて年頃の女の子のすることじゃない。自分に言い訳して勝手に自己完結しないで行動に起こさなきゃダメよ!」
「そうよナナ! そもそも何水臭いこと言ってんの? 中途半端だとか私達2人とは違うとか、そんな所に引け目を感じる必要なんてどこにもないんだから! 自覚してなくても、一歩踏み出してみなきゃわからない恋だってあるわよ世の中には!」
今日一番の食いつきを見せるリリンと、普段一緒にいつつも完全には気付けなかった友の本音に嬉しくなっているシェリー。
2人の放っている、熱気を通り越して気迫と呼べそうな雰囲気にあてられているナナは、すっかり先ほどまで頭の中を支配していた、もの静かでしっとりした感じがキレイに霧散してしまい、きょとんとしている。
「うんっ、シェリーちゃんいいこと言う! さすが我が未来の娘!」
「それほどでもないですよお義母様! そもそもナナ、あなたクローナさんのところで言ってたじゃない。ミナト君のこと好きだって」
「そ、それはですから、今言ったようにそういう対象としても『見ることが出来る』って程度で、別にそれ以上を私から望むようなことは「しなさい」はい!?」
割り込んできたリリンの力強い一言。ナナ、唖然。
「そんなことで自己完結しないの! きっとこうだからとか、そんなわけないからとか、そんな風に決めつけて自分の思いから逃げるのは論外! 後で絶対後悔する! いや後悔するくらいならまだいい! 結局最後まで自分の思いに気付けなくて、後悔『できない』なんてことになる悲しい結末、このお義母さんは絶対に許しません!」
反論を受け付けない勢いでそういいきり、ばしゃっと水音を立てて立ち上がってガッツポーズ。いかに気合をこめて本気で言っているかがわかる様子で、リリンは言い切った。
いつのまにか自らを『お義母さん』と呼称していることに誰かがツッコむよりも先に……一連の会話を聞いていたクローナが、ふと思い出したように口を開いた。
「……ああ、そーいやお前、似たようなこと言ってたぞ? ミナトの奴も」
「へ?」
と、覇気(?)を全身にまとっていたリリンを始め、その場にいた者たちのほとんどの顔がきょとんとしたものになり、クローナに視線が集中する。
ただ1人、エルクだけは……クローナ邸での『あの夜』のことを思い出して、『ああ、あのことか』と理解したような顔になる。一拍遅れて、シェリーも気付いた。
「どゆこと? クローナ」
「今お前が言ってた『自分の気持ちに気付かない』とか、『決め付けて自己完結』云々って奴だよ。そーいやあのバカ弟子にもあったなって、そんなこと」
「…………」
「まーそれはもうある程度はアイツも自覚したというか、少しはマシになってるはずなんだが……たしか「ストップ、クローナ」……あ?」
直後、リリンがパーに開いた手をポン、とクローナの額に乗せた。
「言わなくていいわ。『視』せて」
「……お前な」
「いいから」
返事を待たず、聞かず、リリンの手が燐光を纏い……さらにその瞬間、風呂場にいた全員の脳内に映像が浮かび上がった。
リリンが読み取ったクローナの記憶が、今目の前で見ているかのように。
時間にして僅か数分。そこにいた者たちが、ものの見事に全員『あの夜』の出来事を理解した。
風呂場での、クローナとミナトの会話。
その中でミナトが気付かされた、エルク以外のメンバー達への感情。そこにさらに隠れていた、ワガママな本音、やや黒っぽい独占欲。
聞かなければ気付かなかったであろう、ミナトの本音を前に……ある者は笑い、ある者は呆れ、ある者は安堵し、
そしてある者は……困惑していた。
これを知って、一体これからどうすべきかと……今正に悩んでいた。
「ふふっ……あの子ったら、しょーがないわねもう」
おかしそうにくすくすと笑い、しかしやさしい笑みを浮かべる。
「いつまでも子供だと思ってたけど、いっちょ前に『男』な部分ちゃんと持ってるじゃない。お母さん安心しちゃった……ありがとね、クローナ」
「……別に、ただ見ててめんどくさかっただけさ」
「しかしいいもん見せてもらったねえ? めったに見れないよ、クローナのツンデレなんて」
「違げーっつってんだろーが」
ぶすっとした顔のクローナに、アイリーンがにやついた顔をむけていた。
それを一瞬見てリリンは、向かって反対側に座る、わが子の仲間の少女達に視線を移す……そこには、十人十色な反応が転がっていた。
上機嫌そうなシェリー、『やれやれ』とでも言いたげなエルク、
いつもと同じ笑み……しかし心なしか口角がいつもより上がっている気がするミュウ、
大好物のゴシップネタにつながりそうな展開に、にたにたと楽しそうに笑っているターニャ、
一見すると無表情に見えるが、よく見ると……テレビドラマの濡れ場を見た耳年増な子供のように、顔を僅かに顔を赤くしているシェーン、
義姉として微笑ましい感情でも抱いたような微笑を浮かべているセレナ、
そして……一連の話や説教、さらに微妙な感情の自覚、極めつけに今の『記憶』によって……コレまで経験したこともない感情に頭を支配され、困惑しているナナ。
歓喜、動揺、不安、羨望、後悔、安堵……色々な感情が浮かび上がっては消えていく。
それら全てが自分の本心であり、しかし1つに統一できる気配もない。
しかし、何か1つの感情、もしくはそれに類する何かに統一することが、絶対にできそうにない、というわけではなかった。
もっとも、その選択肢が何なのか……まだナナにはかわからなかったし、今目まぐるしく頭の中に浮かんだものの中にあるとは、なんとなくだが思えなかった。
そんなナナの目の前に、リリンが静かな水音とともにしゃがみこむ。
そして、いつもミナトやエルクにしているような具合で……ぽん、と頭に手を載せた。
「……何か、色々追い詰めちゃったみたいね。ごめん、難しいこと考えさせて。そんなつもりじゃなかったんだけど……」
「……いえ、いいんです、これで」
ナナはそう言って……さっきまでとは少し違う目で、リリンに視線を返した。
「リリンさんの言ったとおりでしたから」
「? っていうと?」
「……『コレ』は……気付かないまま終わる方が、悲しかったです。絶対」
「………………」
「私なりに……色々考えてみます。その結果、どういう結論に行き着くかはまだわかりませんけど、それでも……」
おそらく、浸かっている湯の熱さによるものではないであろう、赤みがさした顔。
穏やかな微笑をそこに浮かべながら、小さいけれどもよく通る声で、はっきりと言う。
それを聞いて、リリンもまた穏やかな、しかし本当に心のそこから嬉しそうな笑みを浮かべた。
「それでいいと思うわ。いずれにせよ……ミナトのこと、これからもよろしくね」
「ひょっとしたら、ライバルが増えちゃうかもね?」
「どーだか」
現時点における嫁予定者2人は、小声でそんなことを言っていた。
☆☆☆
「……朝ご飯まだかな~……」
必然的に長引いていたバスタイム。
自分がそこでの話題の中心にすえられ、あろうことか師匠の頭の中から己の黒歴史までも暴露されているなどとは知らないミナトは……寝坊したかと思ったらまだ誰もいなかった食堂で、のんきに待ちぼうけを食らっていた。
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