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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第10章 水の都とよみがえる伝説

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第162話 最強親子の一日・朝のトレーニング

今回から何話か、日常編みたいなのに入ります。説明回っぽくなるかもです。
場合によっては別な章扱いにするかもです。

それと、今月末ごろ予定の『魔拳のデイドリーマー』3巻の発売にともない、20日あたりにWEB版の差し替えを行う予定です。
ご了承ください。
 

 ジャスニア王国の第五王子様の依頼に始まり、最後には幻の海底都市の探検にまでなった今回の一件。

 助っ人であるフレデリカ姉さんの協力もあり、それらが一応の収束を見せたその翌朝、僕は『オルトヘイム号』の自室で朝を迎えた。

 この部屋で僕が寝起きする時は、1人で起きるか、隣にエルクかシェリー、もしくはその両方が寝てるかの2パターンがあるんだけど……今日はそのどれでもなかった。

 というか、こないだからずっとそうなんだけど。
 母さんが寝てるのだ。僕のベッドに、僕と一緒に。

 そうなると朝、だいたい母さんは例外なく僕を抱き枕にしてる。
 だから……

 ……こんな風に、目が覚めると身動きが取れませんでした、的なことがたびたびある。

 僕の顔は、ぷにゅん、とやわらかい母さんの胸にうずめられる形になってる。首の辺りに母さんの手が回って、抱きしめられ、押し付けられてるせいで。
 しかも母さん、やっぱりというかネグリジェ。しかも薄手の。

 男の子としては嬉しいシチュエーションではあるけど、相手が母さんであれば僕はもう慣れてるので、別にドキドキもしない。この場合僕、興奮よりも安心が先に来る。

 それに……頭が押し付けられている位置が母さんの胸なので、そこから……母さんの規則正しい心臓の音が聞こえてくる。とくん、とくん……と、一定の間隔で。

 赤ちゃんが一番初めに聞く音楽(?)である、とも言われるこの音は、人間が本能で落ち着かせる音である……っていうのを前世で聞いたことがあるけど、ホントだなあ……落ち着く。母さんに抱きしめられてるっていう状況もあいまって、安心感がある。

 それにしても、昨日の夜は普通に並んだまま寝てたと思うんだけどな……いつもいつも、いつの間に抱きついてきてるんだろう、この人。

 僕一応、母さんからの訓練の賜物で、寝てても何か物音がしたらすばやく目が覚めるんだけど……寝てる間に母さんがこうして抱きついてくるのだけは気付けたためしがない。

 母さんが何か妙な技術でも使ってるのか、それとも僕のこの人に対する信頼がMAX、警戒心がゼロなのか……はたまた、何か反応・抵抗しても無駄だと本能で悟ってるのか。

 まあいいや、とりあえず起きなきゃな。このまま二度寝ってのも魅力的な選択肢だけど……朝練サボりたくないし。

 この母さんが抱きついた状態のままじゃ起きれないけど、心配は要らないだろう。

 何でかっていうと……

「……ふぁ……うん! よく寝た! おはようミナト!」

「ん、おはよう母さん」

 この人もこう見えて、規則正しい生活を送る人だからだ。
 洋館にいた時からそうだったし。早起きしてきちんと朝練→朝食ってな感じで。

 寝起きの母さんは、自分の収納カバンから丁寧に折りたたまれた服をいくつか取り出し……何着目かでお目当ての服を見つけた。

 いつものワンピース的な普段着じゃなく、運動するのににちょうどよさそうな、ジャージのような稽古着のような服だ。動きやすくて、汗をよく吸ってくれる。洋館でも朝練の時によく着てたっけ。

 それを何で母さんが今着るのかって言うと、だ。

 もちろん、これから僕と一緒にやるからだ。今僕がやってる『朝練』を。

 ☆☆☆

「へー、朝練っていうからてっきり外とか行くのかと思ったら、船の中にこんなスペースがあるなんてね……さすが我が息子、考えること独特」

「そうかな? そうでもないと思うけど……近くにあった方が普通に便利じゃん」

 ここは、このオルトヘイム号の『トレーニングルーム』。

 物珍しそうに周囲を見回して感嘆の声を上げる母さん。
 眼前には、僕と師匠が作ったいくつものトレーニングマシンが並んでいる。

 もちろん……もれなく全部特別性だったりする。

 普段、日課である朝練には、『邪香猫』メンバーのほとんどがここに来て参加する。
 しかし今朝は、昨日までアトランティスに行ってて皆疲れてるからお休み、自主的にやりたい者のみ参加、ってことになってる。

 僕はそこまで疲れたまってないし、母さんがぜひ見学したい、って言ってたので、休まずにやることにしたのだ。

 しかしいざ来てみれば、僕と母さんのみならず、エルクとシェリー、ナナもきていた。疲れをものともせず、みんな頑張り屋だなあ。
 ザリーとミュウ、義姉さんはお休みみたいだ。それもいいだろう。

 あと、この面子に時々シェーンが、たまーにターニャちゃんが加わったりする。体を動かしたいとかの理由で。
 シェーンは昔の勘を鈍らせないために、僕らと模擬戦することもあるけど。

 エルクたちには普段どおりにやってて、と言っておいて、僕は母さんに、このトレーニングルームの各種設備の説明をする所から始めた。

 大雑把に、各トレーニング器具の使い方。数多いから時間かかるけど。

 器具はどれも、見た目も使い方も、地球のフィットネスクラブとかにあるトレーニング用の器具と同じ感じだ。ベンチプレスとか、ラットプルとか、レッグエクステンションとか。あと、ダンベルとかもある。

 説明してる間、コレで本当に鍛えられるのか、って母さん不思議そうにしてたけど。
 まあ、無理もない。こんな近代トレーニング器具なんて、見たことあるはずないし。

 それに、見た目の奇怪さもそうだけど……母さんはそれとは別に、これらの器具が僕らがトレーニングをするにあたって十分なものなのか、って点も心配してるように見えた。

 まあ、当然の懸念ではあるだろう。何せ、普通の方法でのトレーニングじゃ、僕や母さんみたいな一定レベル以上の肉体の持ち主には、てんで意味がないんだから。

 どういうことかといえば、至極単純である。

 筋トレってのは、酷使されて損傷した筋繊維が、再生する時により強靭になって生まれ変わることによる身体能力の向上を目的としている。いわゆる『超回復』だ。

 つまり、ある程度の負荷が必要なわけだけど……仮に僕が普通の筋トレをやったところで、てんで苦もなくこなせるため、鍛錬にならない。

 そりゃそうだろう。数トンの重さの魔物の体を持ち上げる腕力を持ってる僕が、自分の体の重さで筋力に負荷をかける腕立て伏せなんかでどう消耗しろと?

 洋館を出た当初から少なからずあった、鍛えすぎたがゆえのトレーニングでの苦労。
 それを解消すべく作ったのが、ここにあるトレーニング器具たちなのだ。

 ここにある器具は全て、僕と師匠が共同で作ったものであり、当然ながらただのトレーニング器具じゃない。特別性だ。

 さて、そろそろその特別具合の詳しい説明に映ろうかという所で……丁度いい見本(?)がそこにあったので、母さんの視線をそっちに誘導する。

 僕が指差す先には、現代日本で言えば最もポピュラーなトレーニングマシンの1つであろう、ランニングマシンを使っているエルクとシェリーとナナがいた。

 ランニングマシン……ご存知の通り、床がベルトコンベアっぽい感じになってて、前から後ろに動いていくそこを走り続けることによって心肺機能を鍛え、持久力をつけることを目的としたものだ……普通のそれは、だけど。

 今、母さんは……僕お手製のランニングマシンをエルクたちが使用している様子を見て、きょとんとしている。

 なぜか言うと……

「ねえミナト? あの『ランニングマシン』ってたしか、あなたの説明だと……床が前から後ろに動くから、その上を走り続けることで持久力を鍛えるのよね?」

「うん、そうだよ? ……まあ、見ての通り、それだけじゃないけど」

「うん、そうね…………何アレ?」

 母さんの視線の先にある、3人が使ってるランニングマシン。
 そこで展開されていたのは……ただ走るだけ何ていう光景では全然なかった。

 まあ、作った僕が色々機能を追加したせいなんだけども。

 まずエルクだけど、彼女は普通に走ってる。一般的なジョギングくらいの速度で。見た感じは、ごくごく普通にランニングマシンを使っている女の子、って感じ。

 しかし、おかしな点が1つ。足元だ。
 さっきまで、滑らかな平面だったはずのマシンの床が……砂みたいになっていた。

 これは、普通の舗装道路よりも、砂の地面を走る方が足腰が鍛えられるから。
 そしてそれが出来ているのは、もちろん僕がそういう風に作ったからである。動く床の材質を、海岸の砂浜とか砂漠みたいな砂地に変えられるように。

 ちなみに他にも、砂利道やぬかるんだ道なんかにも変えられる。エルクは少し前までは普通の道で使ってたんだけど、最近より足腰を鍛えられるようにってことで別な路面を走るようになってきたのだ。

 さて次、シェリー。彼女はエルクと違い、普通の舗装道みたいに平坦な道を走っている。

 だがもっと違うのは、その走る速度である。エルクがちょっと速いジョギング的な速度なのに対して、シェリーは……自動車みたいな速さで疾走している。

 まあこれは単純に、シェリーの瞬発力と持久力を考えて丁度いい運動量を考えた結果こうなってるだけなんだけども。
 この僕特製のランニングマシン、時速1kmから200kmまで速度変えられるから。

 そして最後はナナだけど……見た目一発、これが一番非常識な光景だ。

「……ねえ、ミナト? コレも『ランニングマシン』? 他の2人が走ってるのと同じ」

「うん」

「……走ってるって言えるのコレ? お母さん壁登りしてるように見えるんだけど」

 傾斜の大きさを変えて足腰への負荷を大きくするのは、一般的なランニングマシンには必ずと言っていいほどついている機能であるといえるだろう。
 もちろん、僕のコレにもついている。

 ただし、傾斜を最大90度……すなわち直角まで上げられるぶっ壊れ仕様だけど。

 今ナナは、傾斜を60度くらいにして、さらに動く床表面を岩場に近い凹凸の大きい形状に設定して流し、それを駆け上がったり跳躍しながら『走る(?)』ことによるトレーニングを行っている。

 ……うん、確かに壁のぼりに近いね。時々手も使ってるし。

 ま、まあ、こういう使い方もできると言うか……ランニングマシンだけどロッククライミングマシンにもなるというか……そんな感じに考えてくれればいい。うん。

 なお、傾斜は登りの向きだけでなく、下り向きにつけることも出来る。90度まで。
 下り坂にしたり、下降するロッククライミング訓練とかも出来るのだ。

 さて、早速否常識な感じのトレーニングマシンを見てぽかんとしてた母さんだけど、すぐに気を取り直して『私もやってみたい!』と言い出した。まるで子供。

 なので、空いているマシンに案内して上に乗ってもらい、操作方法なんかを説明しながら、最初だし僕が設定をしてやって母さんに体験してもらうことに。えーと……

「初めてだけど、母さんだし……けっこうキツめでも問題ないよね。速さと傾斜と地面の状態を、そうだな……あ、そうだ母さん、他にオプションで障害物とか付けられるけどどうする?」

「任せるわ」

「りょーかい」

 じゃ、いつも僕がやってるコースで。
 走行時速40km、傾斜が変化する登り・下り複合コース。
 それと、オプションの障害物として、向かい風と落石と落とし穴と地雷トラップ。擬似高温多湿と高重力と低酸素もつけとこ。母さんだし、大丈夫だろう……多分。

 
 結果、大丈夫だろうとは思いつつやったけど、ホントに大丈夫だった。
 慣れるまでちょっとびっくりして戸惑ったりしてたけど、そこからは楽しそうに走ってた。常人なら1秒と耐えられないであろう過酷な環境下で。さすがである。

 
 ☆☆☆

 
 今紹介したランニングマシンの他にも、このトレーニングルームには、基礎身体能力の鍛錬のための色々な器具がある。もれなく非常識仕様のが。

 ただし当然、誰もが共通してやるような基本的な内容のトレーニングだけでなく、各自違った内容をこなすトレーニングも存在する。

 大まかにバトルスタイルでわけでも、接近戦タイプか遠距離船タイプか。
 そして同じ接近戦でも、そこからさらにタイプが分かれたりもするし。ヒットアンドアウェイのエルク、遊撃・奇襲・奇策メインのザリー、力技で全部押し切る姉さん、それら全部が出来るシェリー、なんて風に。

 細かいジャンル分けであっても、戦い方が違えば必要なトレーニングの内容も変わる……しかしもちろん、そういった異なる種類の鍛錬にもこの部屋は対応済み。

 丁度今、エルクたちは基礎鍛錬を終えて各自違ったメニューに移っている。3人共それぞれ、違う場所で。

 エルクがいるのは、例のスライムタイルの大きな運動場の一角。そこで、床から湧いて出てくる球型の『ターゲット』に素早く反応して壊す、という訓練をしている。

 訓練に使っている区画は縦横十数メートルくらいで決して広くは無いけど、ターゲットは結構短いスパンで出てくる上、いくつか種類があって、それぞれにあった方法で攻撃しないと壊せない。物理攻撃でないと壊せないとか、魔法でないとダメとか。

 近寄ると壊す前に消えちゃって失敗になる=遠距離で壊さなきゃダメなもの、近寄ると逃げるもの、魔法が効かないもの、体当たりや魔力弾で向こうも攻撃してくるものなんかもあって、それを瞬時に見極めての対応が必要になる。

 体と思考、両方の瞬発力が重要になってくる訓練だ。さらに、魔法発動までの時間の短縮や、素早く放っても威力を損なわないような集中力その他も必要になるし。

 ヒットアンドアウェイ型の戦闘訓練としては割とスタンダードな方であろうこの訓練は、エルク以外にもザリーやシェーンもやってる。出てくる『ターゲット』の種類や分布、特性なんかこっちで調節できるからね。

 続いてシェリー。
 エルクが訓練してる所から少し離れた場所で、このスライムタイルの真骨頂である『擬態モンスター製造』の機能を使い、『デスジェネラル』を作り出して戦っていた。しかも、訓練用に僕が作った、持ってるだけでガンガン魔力消費する特殊な剣を使って。

 シェリーはその状態でも危なげなく立ち回り、終始優位を保っている。
 そしてさほど時間もかけず、最後の一太刀で『デスジェネラル』の腹の辺りを横一文字になぎ払い、腰から上を切り飛ばした。そして、空中に舞った上半身に、魔力をがっつりこめた刃でトドメの一撃を入れ、粉々にする。

 『デスジェネラル』は戦闘能力AAA。熟練の騎士レベルの技量とアンデッド系屈指の膂力・魔力を持つ魔物だ。オリジナルに限りなく近いレベルで擬態・再現したはずのそれを、いつも戦ってて慣れてきている感じもあるとはいえ、危なげなく倒せている。

 ……こりゃもしかして、近いうちにシェリーもSランクに上がるかもしれないね。

 ちなみに、この擬態モンスターによる戦闘訓練、もうちょっとするとエルクも加わる。

 エルク他の場合、まずさっきの『ターゲット』で肩慣らししてからこっちに来るっていうステップで訓練を進めてるから。

 それと、師匠に材料を分けてもらって作った、この部屋一面に敷き詰められてるスライムタイルだけど、師匠の家にあったものとは微妙に機能が違う。

 師匠の家のは、師匠が調合した『エサ』と呼ばれるゲル状の物質を床のタイルに垂らすことで、擬態モンスターを生み出す仕組みだ。

 作り出したい魔物ごとに、必要な『エサ』の材料や製法は違い、種類にあわせてその都度調合する必要がある。そして同時に『エサ』は、その呼び名の通り、タイルが魔物を作り出すための栄養分……エネルギー源でもある。

 それを生体物質であるタイルに垂らすことで、タイル自体の生体機能によってモンスターを作り出させているわけだ。

 しかしこの船のタイルは、モンスター製造の際に種類別のエサを必要としない。

 変わりに、部屋の何箇所かの壁についているコントロール用パネルを操作し、製造するモンスターを選んで選択・決定することで床のタイルに指令を出し、作り出す。

 このパネル内には、敵として呼び出せる魔物のデータをあらかじめ記録させてある。
 師匠からデータ等を提供してもらい、有用そうな魔物の情報を片っ端から登録した。とりあえず師匠の所で戦った魔物と、周辺地域に住んでる魔物、『黄泉の柱』にいた魔物、それとミシェル兄さんが製造できるアンデッドの魔物は全部入ってる。

 ここを操作して選択すれば、わざわざ種類別の『エサ』を作る必要もないわけだ。

 そして製造のためのエネルギーは、別室にある反応炉から供給される。

 反応炉に特殊な魔法薬と化学反応のための触媒を大量に入れて反応・燃焼させることで、タイルにやる栄養エネルギーを生み出して供給している。

 また、狩った魔物の死骸や加工した魔物素材の余りなんかをぶち込んでおくと、それも全部煮溶かして栄養分を吸収させられる。魔法薬よりも効率はちと悪いけど、素材の余りとか有効利用できるってことでよくお世話になっている。

 つまり、師匠の『エサ』と違って、エネルギーと魔物情報を別口で用意・供給しているわけだ。栄養は普段からチャージ状態にしておくことで、使いたい時には魔物の種類を選ぶだけですぐに使える仕組み。

 さて、そのタイルの部屋にいるのは、見学してる母さんと説明役の僕を除けば、エルクとシェリーのみ。ナナは、その隣の部屋にいる。

 今日に限らず、ナナが訓練でいつも利用するこの部屋は、空間歪曲により、さっきのタイルの部屋よりもさらに広い。というか、長い。縦に。

 ここで何をしてるのかっていうと、狙撃訓練である。

 いつもナナが使ってる『ワルサー』や、こないだ師匠の所で作った他の魔法発動体――ショットガン型、マグナム型、スナイパーライフル型、ロケットランチャー型etc――中距離から遠距離が得意なナナ用の訓練スペース。

 クレー射撃みたいに、遠くに出現させたターゲットを打ち抜く訓練が出来る。もちろん、そのターゲットの性質も変えられる。動いて避けるタイプとか、打ち返してくるタイプとか。訓練したい内容にあわせて選べる。

 ……とまあ、三者三様の訓練模様を見学してた母さんは、『こりゃすごいわ』と感心していた。3人の磨き上げられた技量と、この船のシステムの両方に。

「よくできてるわねー……AAAランクまでの魔物なら何でも作り出せるの?」

「事前に登録した魔物に限るけどね。でもどっちみち、母さんの訓練には向かないよ」

「ま、それはそうね。見てる分には面白いけど」

 母さんにとって、AAAランクなんてワンパンで倒せるレベルだしね。

 結局その後、僕はいつもの感じで、母さんは戯れ程度にタイル魔物と戦うことにした。

 けどその前に、他のトレーニング器具を体験してからにしたいそうなので、設置してある器具を一通り、説明しつつ試してもらうことにした。僕も付き合って一緒に。

 これらの筋トレ器具各種は、あくまで身体機能を鍛えるためのもので、体を動かして負荷をかけるだけっていう作業に近い内容だから、まだ母さんでもやる意義があった。

 けど戦闘となると、150年以上分もの膨大な戦闘経験を持ち、その間ずっと名実共に世界最強の座に君臨しているこの人では、今更AAA程度の魔物なんて訓練相手にはならない。なりえない。なるはずがない。なってたまるか。

 母さんが戦闘訓練なんてやろうとしたら、それこそ元のチームメイトか何かに頼むくらいしか実際方法無さそうだ。

 ……今思えば、樹海にいた頃からずっと……母さんが母さんのために訓練してる風景っての、見たことない気がするな。

 やっぱりあれだろうか? 何もかも極限まで極めた結果、これ以上鍛える必要すらなくなったとかそんな感じだろうか?

 いやでも、戦闘能力とか戦闘スキル、魔法やその知識とかならともかく、筋力とかはどれだけ強くなってても、反復して使わなきゃ落ちてくもんだし……そのへんは多分、この否常識の塊たる母でも、一般人と違わないはず……だと、思いたい……。

 けどさっき言ったとおり、母さんに関しては僕に付き合ってやるもの以外は、訓練らしい訓練、それこそ筋トレですらしてるのを見たことがない。

 母さんの体には無駄な脂肪なんて全くと言っていいほどついておらず――胸部装甲は例外――しなやかで引き締まっていると共に、女性的で魅力的な体つきになっている。

 それどころか線が細いので、一見すると儚げで、強く握れば折れてしまいそうにすら見える。運動神経はよさそうに見えても、力強さまでは感じられない。見た目からは。

 しかしその実態は、超が5,6個つくほどに高性能な筋肉に全身を覆われ、魔力による強化無しでも身体能力だけで上位の魔物をも魔物を軽く屠れるレベルの肉体だ。筋力、敏捷性、持久力、耐久力……諸々全てが規格外の、鋼、いや超合金の肉体。

 そしてそれは何かの技能なんかによるものではなく、紛れもなく母さん自身の素の能力であることに間違いは無い。研鑽の結果培われた、純粋な身体能力なのだ。

 それを母さんは、一体どうやって維持してたのか……

 僕が『EB(エレメンタルブラッド)』を開発、完成させた後なら、まだそれもわからなくもない。

 『EB』には、魔力によって筋肉に刺激を与えたりして擬似的に負荷干渉することにより、筋肉その他の肉体機能を衰えにくくしてくれる作用があるから。運動による刺激の変わりに、火力による刺激で衰えを防ぐわけだ。

 けどそれにしたって、完全に衰えを防ぐことが出来るわけじゃないし、そもそも母さんがそんな感じだったのは僕が『EB』を作る前からだ。

 一体どうやって身体能力を維持してたんだろうか?

 もしかして特殊な訓練法でもあるのか、聞いてみようか……と思ったその時、
 トレーニングルーム入り口から、カァァーン、とよく響くいい音がした。

「熱が入っているところ悪いが、そろそろ切り上げてくれ。朝飯が出来た。冷めるぞ」

 見るとそこには、中華鍋っぽい鍋と鉄製のおたまを打ち付けていい感じに鳴らしているシェーンが立っていた。エプロン装備で。ああ、もう朝食の時間か。

 しゃーない……後で聞こ。

 ☆☆☆

 朝食が済むと、『邪香猫』は自由時間になる。特に予定がなければ、だけど。
 各自やりたいことを、もしくはやらないといけないことをやる時間だ。メンバー皆、過ごし方が違う。

 エルクは、副リーダーや会計係としての事務作業があればそれをやる。経費の精算とか、受けた依頼の収益や、予算の見立てとかそのへん。

 特に仕事がなければ、読書とか武器・道具の手入れ。
 もしくは、ゆったりくつろいだり、僕と一緒になっていちゃついたり。例、膝枕。

 ザリーは大抵いなくなる。情報屋としての調査活動とかあるんだろう。
 たまに残ってたりもするけど、そういう時は大概、僕らの誰かに用があるか、情報屋稼業で仕入れた情報をメンバー皆に報告したりする時だ。

 シェリーはその時々で違う。買い物しにいったり散歩しに行ったりすることもあれば、体を動かし足りなくてまたトレーニングルームに行くこともある。僕とエルクと一緒になって、いちゃついたりだらけたりしてることもある。

 最近は、同じように明るくて活発な性格のターニャちゃんと話が合うようで、きゃいきゃいとガールズトークに花を咲かせたり、一緒に町に繰り出したりすることも。

 ナナは主に仕事。『邪香猫』の事務担当……っていうか、なんか最近は僕の秘書みたいな感じの立ち居地になっている彼女には、スケジュール管理とか色んな事務手続きとかお願いしている。合間に休憩取ったりする。

 あと、最近忘れがちだけど、あくまで彼女の所属は『マルラス商会』なので、そっちに仕事しに行ったり、監視対象である僕のここ最近の様子についてノエル姉さんに報告しに行くことも。もっともこれは、ウォルカやその周辺にいる時だけだけどね。

 ミュウはだいたい、本読んで勉強してるか、のんびり寝てるかのどっちかだ。

 前者の場合、根っこが勤勉な彼女は、自らの使える魔法についての勉強や、『ケルビム族』という種族その者についての知識を深めたりしている。

 そして後者の場合、普通に部屋のベッドやハンモックで寝てることもあれば、猫に変身してその辺の日向で日向ぼっこしながら寝てることもある。あとは、座ってる僕の膝の上とかに乗っかってきたりすることもある。

 ターニャちゃんとシェーンは仕事。朝食後の食器洗いやら、各部屋の掃除やら、振り当てられている仕事をこなし、終わり次第休みになる。自由時間に。

 そのまま休憩に入ることもあれば、足りない食材や必要な日用品なんかを待ちに買い出しに行くこともある。

 そして僕はというと、買い物や散歩に行ったり、姉さんの商会に顔を出したりすることもあるけど、大抵の場合2パターンに分けられる。

 1つは、ゆったりくつろいで休憩。時々エルクといちゃつく。

 そしてもう1つ……ここんとこはもっぱらこっちなんだよね。
 最近楽しくてもーしかたない『研究』ですはい。

 

 今僕は、居住エリアのはずれから行くことが出来る、僕専用の研究・開発用エリアへと続く扉の前にいる。

 この先は、例え『邪香猫』のメンバーであっても立ち入り禁止の区域だ。
 理由は簡単。色々あって危ないから。素材はもちろん、薬品とか、武器とか。

 そのラボへ通日道を閉ざしているのは、シャッター型というのか、上から降りてくる形で閉まっている重厚な扉。真ん中には大きな金色のドクロのエンブレムがある。

 このドクロ、単なる僕の趣味からつけた飾りではなく、開閉用の仕掛け。
 頭蓋骨の頭の部分に、ぽん、と添えるように手を置く。

 直後、その部分に付けられたセンサーが僕の魔力パターンを読み取り、電子音と共に第1ロックが解除される……と同時に、ピカッと一瞬光るドクロの目。

 続いて第2ロック。光っているドクロの目の部分の前に、手首の内側を近づけてかざし……そこを走っている血管を認証させる。静脈パターン認証みたいな感じで。

 といってもこのロック、別に血管のパターンを記録してるわけじゃないんだけど。

 この装置が感知するのは、血管内部を流れる血液中に魔粒子が混入し、血液と一緒に流れているということ。そしてその魔粒子の魔力パターンが、さっき第1ロックで感知したものと同じそれであること。

 ここで第2ロックが解除。魔力パターンだけじゃ、何かの方法でマネされるかもしれないから、厳重にしてある。

 そして最後の第3ロック。ドクロの口が下にスライドし、その中にはATMについてる暗証番号入力用のキーっぽいボタンがある。0から9までのボタンが。
 コレを使ってのパスワード入力である。正解は僕の前世の誕生日。

 ……が、それだけじゃない。
 キーが滅茶苦茶固いので、相当な力を指にこめて押さないと押せない。しかも入力に制限時間があって、時間内に押さないと最初からやり直しになる。

 これでようやく全部のロックは解除完了。

 後ろについてきている母さんに、ロックの厳重さを説明したら呆れられたけど、繰り返すがこの先はホントに僕以外が入ると危ないのである。

 さっき述べた理由もそうだけど……どうせ僕以外使わないからって理由で、安全面割とガン無視した無法地帯になってるから。

 うっかり触ると爆発したりするものとか置いてあるし……なんてのは可愛い方で、部屋によっては有毒な気体やら何やらが充満してたり魔力汚染されてたりと、他人が入ったら即死する部屋とか、普通に……とまでは言わないけど、ある。
 EBのせいで僕にはそういうの効かないので、そのへん適当なのだ。

 もちろん、そういうのにも気を配る必要がある研究・開発内容だったら、ちゃんと気をつけるけども。

 今回の母さんの見学ツアーも、その辺十分考慮しつつ見学コースを選ぶ予定である。

 上に競り上がり、天井の中に消えたシャッター扉。それによって開いた道を歩いていき、いよいよ母さんと共にラボの見学を開始する。

「んー……何か入った途端、色んなとこに面白そうなもの……もしくはよくわからないものが散乱してる感じになったわね。……触ったらまずいんでしょ?」

「うん、マジでやめてね。勝手に触って何か壊したら多分僕キレるから。およそ身内に対してするもんじゃないレベルのキレ方するから多分」

「そ、そう……」

 真顔でそう言うと、ちょっと冷や汗を流しつつわかってくれた様子の母さん。

 よかった……ここれフリ的に何かに触られたらどーしようかと。ちょうど母さんの背後に爆発物あったから踵落とし決めてでもとめるつもりだったよ。

 さて、この研究スペースはいくつかのエリアに別れている。

 まず、薬品とかを使って素材やら何やらの実験・解析を行う『研究用エリア』。
 多種多様な素材はもちろん、ヤバイ薬品なんかがわんさか置いてある。

 次に、簡単なマジックアイテムとかを製作するための『開発用エリアその1』。
 薬品の入った戸棚や専門的な装置なんかもあるにはあるけど、そこまでやばいものは置いてないし、見た目はちょっと広い理科準備室みたいな感じだ。

 真ん中に作業用の大きなテーブルがあり、簡単なマジックアイテムならそこで作れるしいじれる。作りながら研究日誌とかも同時進行でつけられる部屋。安全、とはいえないけど、研究用エリアよりはマシな場所だ。

 そして、薬品も素材も実験器具も置いてない、ラボの中では一番安全な『資料エリア』。師匠の所で写させてもらった魔物とかマジックアイテムに関する資料その他が置いてあって、資料整理や日誌の仕上げなんかのデスクワーク専用の部屋。

 母さんに見せるのはここまで。その他にある2つのエリアは……ガチでヤバイので無理だ。

 2つのうち1つは……集めた素材や薬品なんかをしまってる『保管庫』。
 危なくないものと危ないものとで場所分けはされてるけど、扱いや配置をきっちり熟知してる人間じゃないと危険なことに変わりは無い。

 そしてもう1つが……『開発用エリアその2』。

 ここはさらにいくつかの部屋に分かれてて、開発のジャンルによって使い分けてるんだけど……それらのどの部屋も共通して、絶対に僕以外を入らせるどころか、人を選ばなければ中の様子を離すことすら出来ない状態だ。

 一言で言えば、主に僕が僕をしてヤバいと言わざるをえないレベルの『否常識』な何かを作り出す場所だ。魔法なり、武器なり、マジックアイテムなり。

 ちょっと情報を漏洩させるだけで大都市が、下手したら国が混乱に巻き込まれる可能性があるレベルの魔法技術。

 外に出せばたちまち経済を混乱させ、最悪小国くらいなら瞬く間に機能不全に陥らせて間接的に滅ぼしてしまえるようなマジックアイテム。

 地球で言う大量破壊兵器と同等、もしくはそれ以上の大破壊・大量殺戮を可能にしてしまうような最凶最悪レベルの魔法兵器。

 そんなヤバすぎる代物が、目に見える形でも見えない形でもゴロゴロあるのだ。完成してるものも未完成のものも、理論だけで開発に着手してないものも入り混じってるけど……危険度は大差ないだろう。

 ここに入れるのは、僕と同類であり、だからこそこういったものの扱いに誰よりも、それこそ母さんよりも遥かに慣れ親しんでいるただ1人の人物……師匠だけだ。

 
 ちょっと不満というか残念そうにしてたし、『どーしてもだめ?』とか『じゃ見なくてもいいから、何してるかだけ聞かせてくんない?』とかおねだりされたりもしたけど、結局母さんには、先に述べた3つの、比較的(・・・)安全なエリアの見学、および僕が作業してる様子の見学と簡単な質疑応答くらいで我慢してもらう。

 それでも、そんじょそこらじゃお目にかかれない面白アイテムや面白現象はたっぷり見せて上げられるから、多分そこそこ満足はしてもらえるだろうと思うし。

 
 
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