98/197
第161話 すっきりしない結末
おそくなり申し訳ありません。
年末ってリアル色々忙しくなるもので……
感想は時間見つけて必ず全部返信させていただきます。しばしご容赦をいただければと。
さて、『アトランティス』での日々を終えて、僕らはまた迷宮を突っ切って地上まで戻ってきた。
無論、師匠お手製の収納アイテムの中に、『アトランティス』からごっそり持ち出した素材・資料・マジックアイテムその他を入れて持ち帰らせてもらった。今度、船のラボでゆっくりじっくりみっちりばっちり研究し尽くす予定である。
あそこには、母さんとストークに頼んで『羽』を残しておいてきたので、位置座標はいつでもわかる。準備が出来たらまた『超長距離転移魔法陣』を置きに行く予定だ。
万が一その時までにあの『ネガの神殿』までの魔法陣が使い物にならなくなっちゃった場合は、オルトヘイム号の深海航行で直接向かうとしよう。
そのオルトヘイム号の強化もしたいしなー、やることわんさかだなー。
あ、ちなみにあの『龍の門』……地下墓地の遺跡にあった、異世界にかどこかにつながってるとか言われてたあの謎な場所で、僕が触れた途端になぜか壁が光った現象については……あの後さすがに気になって師匠と一緒に調べた。
言えるわけないけど、前世の記憶がある身としては、ひょっとして僕の中身が異世界出身だから門が反応したのか、なんて考えてたんだけど……ついにその原因がわかることはなかった。調べても何もわかんなかったから。
ただ、師匠とテラさんはあの現象について、ある1つの有力な仮説――異世界云々を知ってる僕でも、当たってるのはこっちかもと思うようもなの――を打ち立てていた。
テラさんの話でこないだ聞いた『龍神文明』。その当事の優れた技術のいくつかは、後世にまで受け継がれ、『アトランティス』でも使われていた。
その『龍神文明』のテクノロジーのうち、魔力・魔法がらみの術式なんかの中には、龍がもたらしたからなのか、強力なドラゴンの力に当てられると、何らかの反応を示したりすることがあるらしい。発光したり、誤作動したり。
あの扉が光った現象はそれじゃないか、というのが、師匠達の仮説だ。
僕の装備には、いろんな種類のドラゴンの素材に加え、僅かながら『ディアボロス亜種』の素材も使われている。あの遺跡が『龍神文明』のそれであるならば、僕の装備から発せられるドラゴンのエネルギーに反応して光ったんじゃないか……というわけだ。
そしておそらくこの仮説こそが、あの時、海辺の岩場にあった魔法陣が突如反応した理由なんだと思う。
もとは海底だったあそこにあった魔法陣。すっかり魔力も術式も磨耗して、機能停止どころか消えかけてたアレが作動したのは、真上で7体もの『ディアボロス』や、その亜種である『ゼット』が暴れてたからではないか。
そして、転移魔法陣の光に飲み込まれたもののうち、母さんが町で会ったっていう、あの爬虫類のにおいの女の子だけが転移を免れて外に戻ってこれたのも……おそらくはゼットが彼女を守ろうという意思を持っていたから。
『龍神文明』の魔法は、発動時に使い手もしくは主のドラゴンの意思が魔法発動に反映されることが在るらしい。そのせいで彼女とゼットは転移せずにすんだのかも。
さて、過程はいくらでも立つけど、結局答えまでは出てこないから、これらの問題について話すのはこのくらいにして……そろそろ、次の話に移ろうか。
とりあえず一言……なんで僕の兄・姉達との邂逅は、こうも毎度毎度何の前触れもなく突然なんだろうか。
船に戻ってきてみたら……2人ほど、人員が増えていた。
1人は、ミシェル兄さん。これはいい。身内だし、師匠と僕以外にこの船のシステムを熟知してる。それこそ、うちで雇ってる2人よりも。
問題はもう1人の方だ。見覚えのない女性が、ミシェル兄さんと一緒に来ていた。
ボブカットに切りそろえられた藍色の髪と、パンツスーツみたいな服装が特徴的だ。
パッと見はできるキャリアウーマン的な感じに見えるけど……何だろう、呆れたような、疲れているようなその表情からは……苦労人のオーラを感じる。
視線は……僕の横にいる母さんに向けられているようだけども。
年のころは僕と変わらない感じに見えるこの女性、というか少女?
誰だろうと思ってたら、次の瞬間こんな会話が始まったのだった。
「あっはっは、お久~フレデリカ。うまくやってくれた?」
「『うまくやってくれた?』じゃないですよお母様! 何なんですか、またアポイントの1つもなく人を急に呼び出して! 私だって暇なわけじゃないんですからね!?」
「それでも予定をやりくりして駆けつけてくれるんだもんねー、私あなたのそーいうとこ大好き!」
「ごまかさないで下さいっ! しかも、至急の用件だっていうから仕事急いで終わらせて来てみたら、お母様いないし……代わりに行方不明だったはずのミシェルお兄様が見たこともない船に乗ってるし……挙句の果てに頼みごとがジャスニアの王子様がらみのゴタゴタの後始末? しかもそれ置手紙で通達!? 人を何だと思ってるんですかっ!」
「フレデリカ・メリンセッサ。私の15番目の娘で24番目の子供。ネスティア王国およびジャスニア王国行政執務外部監査機関最高顧問」
「つまり?」
「政治がらみのごたごたを相談するとサッと片して私を助けてくれるいい子」
「お母様っ! ミシェルお兄様もっ!」
ミシェル兄さんの合いの手に乗ってさらりと出てきた母さんの本音に、半泣きになってうがーっと食って掛かる女性……もとい、我が姉(らしい)。
苦労人っぽい、という何となくの印象は、驚いたことにまんま当たっていたようだ。ってか、また姉弟かい。
少し間を置いて、落ち着いたフレデリカ姉さんが、あらためて僕らに自己紹介してくれた。つっても、名前とかそのへんに関してはさっき母さんが一度言ってたけど。
フレデリカ・メリンセッサ。キャドリーユ家15女。僕の姉。亜人希少種『邪眼族』。
そして、さっき母さんも言ってた通り、『ネスティア王国およびジャスニア王国行政執務外部監査機関最高顧問』という早口言葉みたいな役職を持っている。
簡単に言えば、政治その他がきっちり正しく行われてるかどうかを客観的に判断して違憲を述べる監査機関のお偉いさん。その名の通り、同盟国であるネスティアとジャスニアの2国の両方、それも中央の行政府にまで強い影響力を持っているそうだ。
こないだ母さんが言ってた、エルビス王子関連のゴタゴタの後処理のための助っ人ってこの人か……確かに立場的にも能力的にも申し分ないな。本人泣きそうだけど。
「はぁ、疲れる……お母様との交流ってどうしてこうも心身ともに疲労を伴うんでしょうか……」
「あはははは、ごめんねーフレデリカ、いつも苦労かけて。お礼に今度、とびっきり美味しいランチに招待してあげるからさ」
「できれば美味しいスイーツがメニューにある所でお願いします……」
「OKまかして! ……で、今回の件、どうなった? うまいこと処理できた?」
「……そのことなんですが……」
直後、目じりに涙を溜めてトホホな感じの顔だったフレデリカ姉さんの顔が、一瞬で仕事モードらしい締まった顔に変わった。おお、すごい差。
涙をさっとハンカチでふき取って、半開き風の目も心なしかキリッと鋭さを帯びているように見える。
その雰囲気に合わせてか、母さんも軽い感じをある程度引っ込めて、真面目に聞く姿勢に入った。僕らも自然にそれにならう。
「殿下や部下の方々への聞き取り調査により、概要はおおむね把握できました。これらと、私の方で元々つかんでいた情報を照らし合わせて対処に当たることになると思います。もっとも、かなり機密事項が絡んだ問題になるので、経過などを全てお母様達に報告するわけには行きません。内々に処理する部分も多いと思いますが、ご了承いただきます」
「ん、了解よ。っていうか、むしろ多少なり関わるとすればこの子……ミナトとその仲間達だと思うんだけど、依頼を受けて動いて、その結果トラブルに巻き込まれた者として、彼らが何かこれ以降やることはあるのかしら?」
「殿下達にやったのと同様の事情聴取を後でさせてもらえればとは思っていますが、それ以上はないでしょう。あくまで今回私が解決のために介入・調査するべき問題となるのは、王家や中央行政府の内情が絡んでくる部分ですから。彼が関わるのは、依頼の中で発生したトラブルについての補償までになると思います」
簡単に言うと、今回の依頼で起きたトラブルに関する保障――損害賠償とかかな?――なんかはきっちりやるけど、詳しい事情なんかは教えられない。
犯人とか動機とかも同様。こっちで処理するから深入りはしてこないでね、ってことか。
まあ、思うところがないわけでもないけど、国の相当デリケートな部分が関わってきてる話みたいだし、妥当っちゃ妥当なんだろうな。
僕としても、面倒ごとに巻き込まれてまで知りたいわけじゃない。今後そういう面倒ごとが新たに追加で降りかかってこないのであれば、内々に処理してもらっておおいに結構だ。
ちら、と後ろを見ると、『邪香猫』メンバーは一様にこくりと頷いて賛同してくれた。
それを見ていたのか、フレデリカ姉さんも小さく頷く。後から詳しく話してくれるそうだ。無論、今言ったとおり、情報とかは『話せる範囲で』だけど。
さて、その王子様ご一行は、当初の予定通り、部下さん達の傷がある程度癒えたので、僕達が最初にとっていたあのブルーベルの宿のロイヤルスイートルームに移り、そこもつい昨日だか一昨日に引き払って自分の領地に戻ったそうだ。
その際、裏切り者の兵士もきっちり罪人として拘束・連行していったと。
そっちでも行政サイドからの後処理が必要らしいけど、それは王子様の部下さんと、手配して派遣したフレデリカ姉さんの手の者があたるから問題ないそうだ。
近々王子様もしくはその部下さんから、あらためて僕らへの謝罪と賠償……という名の口止め料に関する話があると思う、とのこと。
そしてそれをもって、僕らのこの一件へのかかわりは終了である、とのことだった。
「説明も決して十分なものではないままで、かなり急な幕引きに感じられるでしょうが、政治が絡んでくる揉め事というのはえてしてこのようなものです。それに、一個人が深く関わってもいいことのない領域の話なのも事実……ご理解いただけますか?」
と、諭すようにフレデリカ姉さんに説明された。母さんとの会話からも思ったけど、ウィル兄さんと同様、身内でも敬語が基本らしい。
確かに……姉さんの言うとおり、そんな感じがしないでもない。
依頼を受けて、戦って、面倒ごとに巻き込まれて……そして、王子様たちと直接は関係ないとはいえ、『ネガの神殿』に『アトランティス』の発見、しまいには『女楼蜘蛛』の再結成や最強のアンデッドの発見とまあ、今回の一件、最終的に超のつく大事に発展した。
それなのに、その発端になった王子様達とのトラブルについては、僕らが知らない間に処理が済まされ、王子様たちも撤収して……まさに、いつの間にか『終わって』いたって感じの状態だ。後は、事務的なただの説明と謝罪を残すのみ。
確かに、個人的かつ感情的な意見を述べさせてもらえれば……ちょっと納得いかない部分もある。ちゃんと説明して欲しいし、背後の事実関係もクリアにしてほしいと思う。
でも、これまた姉さんの言うとおり、不完全燃焼だからって全部を知ろうとして深く関わってもいいことはない。専門家でもないのに、ドロドロの陰謀渦巻く領域に首突っ込んでも面倒くさいだけだ……これで納得しておくとしよう。
これが、事件が起きた直後とかだったら、やっぱり不満出てきてたかもしれないけど……間に『アトランティス』での数日間を挟んでたからか、いい感じに僕の中でのこの一件に関する熱が冷めていたのが幸いした。この対応で我慢できるレベルまで。
もともと『何も起こらなければよかった』っていた事柄なんだし、そういう風にとりなしてくれるならその方がいいだろう。
あとは姉さんのお言葉に甘えて、後で『聞ける範囲』での説明を貰うことにして……この件については、忘れるとは言わないまでも、考えなくていいか。もう。
「へえ……」
「? 何? えっと……フレデリカ姉さん、でいいかな?」
ふと見ると、フレデリカ姉さんが、何だか意外そうな顔でこっちを見ていた。
姉さんは、『好きなように呼んでいいですよ』と言った上で、
「聞いてはいたけど、意外なほどに素直だな、と思いまして。普通、ここまでの面倒事や厄介事に巻き込まれたら、その顛末まできっちり全部、納得できるように説明してもらいたい、勝手に集結させるなんて納得行かない、というのがよくある反応ですから」
とのこと。やっぱりそういうもんらしい。姉さんとしては、ダメで元々の申し出で……反論が出たら、粘り強く説得して納得してもらうつもりだったようだ。
「あー、僕そのへんどうでもいいからね、基本。こっちに迷惑こなければ。それに……」
「それに?」
「……面倒は母さん絡みで足りてるから、勝手に減ってくれるならそれにこしたこたないし」
「……激しく同意します」
「えー、ちょっとその会話酷くない? てか、人のこと言えないでしょあんた」
母さんの薄っぺらい抗議はスルーさせてもらった。さー中入ろ入ろ。入って研究始めよ。
それと一言。僕のは面倒じゃなくて心労だから。
「それも問題だっつーの」
我が嫁の呆れたようなツッコミもスルー。
……この、てっきり片付いたと思った面倒事と、後々また関わることになるということを……このときの僕は、まだ知る由もなかった。
しかも……割とすぐに。
……あ、そういえば1つ、気になってたんだけど。
「ねえ母さん、バベルどこ? この船の番してくれてるんじゃなかったっけ?」
「ん? ああ、そうなんだけど……それはミシェルが来るまでなの。ミシェルが来たら別の用事を頼んでたんだけど……まだそれから戻ってないみたいね」
「別の用事? 何それ?」
「話すと長い上にややこしくなるから、後でね。ほら、さっさと中入りましょ?」
☆☆☆
その夜。
王子様関連の問題は、フレデリカ姉さんの尽力もあって一応の決着を見せ、ついさっき簡単な僕らへの説明ももらった。
あとは、王子様側からの何らかのアクションを待つだけであり、この一件は現時点ででもほぼ終結したと言っていい。
ただ、それはあくまで王子様がらみの部分のみであり……今回の一件にはもう1つ、気になる点……というか、こないだから放ったらかしにしてた点があった。
今僕は、アルバを肩に乗せて、夜の散歩に出てきている。
目的は、昼間っからずっと続けている研究・創作の気分転換と……もう1つ。
さて、この辺だと思うんだけどなー…………っと、
「……そっちから来てくれるとはね……探す手間が省けて助かったよ」
視界の端……夜の闇の中に浮かび上がる、特徴的なシルエット。
細身の体に、3本角。長い尻尾。そして……琥珀色に光る、爪や角、そして目。
グルルルル……と、喉で唸る低い音が僕の耳に届く。
体ごとそっちに向き直ると……本の十数メートルほどしか離れていない所で、中腰の状態で僕を睨んでいる『ディアボロス亜種』と目が合った。
数日前に共闘(……って言えるのかどうかは置いといて)した時には感じられた、確かな知性を感じる光。それが、今も変わらずこいつの目には感じられる。
ただし同時に、警戒と……怒り? みたいな感情の色も見られるような気がするけど。なんか、気が立ってる?
今までの僕なら、こんな風に敵意に近い感情の載った目でにらまれたら、状況次第ではバトルモードに即シフトしてたかもしんないけど……今回は目的がそもそも違う。
一応、アルバに障壁をいつでも張って防御できるように頼みつつ……手近な岩に座る。
「あー、言葉はわかんだよね? 最初に言っとくと、僕は別に戦いに来たわけじゃないよ」
こないだの戦いで、多分だけどこいつは僕の言葉を理解していた。今回もそうなることを、そしてその上で出来る限り理知的な対応をしてくれることを期待して、拳ではなく言葉で語りかける。
「目障りだからさっさと消えろってんならそうするからさ……ちょっと1つだけ教えてほしいことがあるんだよ。すぐ済むからさ」
そこで一拍置いて、いきなり本題を問いかける。
「お前が守ったあの金髪の子、どこ消えたか知らない?」
☆☆☆
フレデリカ姉さんからの『話せる範囲』での説明。
王子様関連の部分のそれが終わった後に、その事実を告げられた。
そもそも今回、母さんが依頼した一件を処理するために動いていた姉さんは、情報収集ともう1つ、ある1人の目撃者の捜索も行っていた。
王子様陣営でも、僕ら『邪香猫』でもない、あの場にいた第三者……そう、ディアボロス亜種のことを『ゼット』と呼んだ、あの金髪の女の子である。
母さんから伝えられた情報……女の子の身なりなんかから判断して、おそらくはスラム街あたりに住んでいる孤児か何かだろうと当たりをつけて、フレデリカ姉さんは部下に命じて捜索を行った。
その少女の情報自体は、わりと簡単に集まったらしい。
あの少女の名前は『エータ』。苗字は不明。
スラム街の一角の廃屋に住んでいる孤児らしい。日雇いの仕事で日銭を稼いで、必要なものを狩ったり食料を分けてもらって暮らしているとのこと。
まあ、言っちゃ悪いけど、だいたい見た目どおりな身の上の女の子だった。
そんな普通の女の子だけれども、あの一件の目撃者である以上は放っておくことは出来ないとのことだったので、見つけ次第保護を命じていたんだそうだ。
手荒なことはせず、丁重に扱うように厳命して。
それに、生態が未確定の強力な魔物である『ディアボロス』、それも『亜種』と何らかの繋がりがある可能性がある、ってこともあったし。
が……見つからないらしいのだ、そのエータちゃんが。
決して活気があるとは言えないスラム街という場所にあって、浮くくらいに一生懸命に働いて、一日一日を生きている彼女のことは、スラム街の一部区画とはいえ割と多くの人に知られてたし、日雇いの仕事に行く彼女の姿を毎朝見ている人も多かった。
しかしそんな住人達の話では、ほんの数日前から突然その姿を見なくなったらしい。
そのことが気になっている住人達も多かったけど、どうしていなくなったのか、どこに行ったのか、って感じの具体的な情報を持っている人はいなかった。
養子に貰われていったとか、人攫いや奴隷商人にさらわれたとか、根拠も何もない噂だけが飛び交っている状態。結局、その少女を見つけることは出来ていない。
一応まだ捜索は続けてるけど、あと数日探して見つからなければ諦める、という方針だそうだ。
それを聞いて、ふと思いついた僕は、ダメ元でここに来てみたわけだ。
コイツに……ディアボロス亜種に、あの女の子のこと聞けないかな、と思って。
もっとも、話を聴けるかどうか以前に、こいつが見つかるかどうかもわからなかったわけなんだけど……後者に関しては以外にもあっさり解決した。
さて、この調子で女の子のことも聞けないかな、なんて思ってたずねてみたわけだけど……
(……ダメっぽいな、やっぱ)
こっちの言葉は通じてる、と思うんだけど……いかんせん、こっちはアイツの言葉はわからない。ジェスチャーか何かでもしてくれないと、あいつと意思疎通する術がこっちにはない。
首を縦横に振るくらいの、『はい』『いいえ』の簡単な動作くらいなら期待できるかともちょっと考えたんだけど、それも無理、なんだろうか。
眼前のディアボロス亜種――女の子いわくところの『ゼット』は、唸り声を上げてこっちを睨んでくるばかり。襲ってくる気配は無いけど、歩み寄り的な態度も感じない。
……まあ、いいか。さっきも言ったように、ダメ元だったんだ。別にそこまで期待はしてなかったし……そもそも相手は、知能が高いとはいえ、魔物。
マンガやアニメじゃないんだから、意思疎通もろくに出来ない相手から情報を受け取れるわけがない。
こいつが彼女のことを知ってるのかどうかすらわかってないけど、なんか警戒されてるみたいだし……長居せずに、攻撃される前にさっさと帰ろうかな、と考えた……その時、
視界の端に、湯気のような変わった形に魔力光が発生したのが見えたかと思うと、そこの空間がぐにゃりと歪んで……一瞬の後、そこに1人の男が立っていた。
……これでもかってくらいに、見覚えのある男が。
多分、その男を肉眼で確認した瞬間、僕の表情はこれ以上なくうんざりした感じのものに変わったことだろう。
「……何なの、最近の僕のこの超展開率の高さは?」
「出会い頭に露骨なまでの嫌悪の意思表示をどうもありがとうございます。しかし……相変わらず独特な交友関係?を築かれているようですね?」
僕、ゼット、僕の順に見て、いつもの調子でウェスカーが軽口をたたく。
突如現れた白装束の男を前に、ゼットが一瞬で警戒レベルを最大まで上げていた。
野性の本能でこいつのタチの悪さを悟ったんだろうか。賢いな。
「何か用? 暗殺でもしに来た?」
「まさか。違いますよ、ちょっとしたお使いです。さて、いかにもさっさと帰って欲しそうなお顔ですので、早速用事を済ませるとしましょうか……どうぞ、これを」
言うなり、ウェスカーはひゅっと僕の方に何かを投げてくる。
放物線を描いて飛んできたそれをキャッチし、手のひらの上に乗せて見る。
それは……
(……ただの、金貨?)
何の変哲もない、どこにでもある、ただの金貨だ。銀貨の100倍、銅貨の10000倍の価値があり、日本円にしておよそ100万円相当になる……Sランクである僕の受注するクエストの報酬としてはさほど珍しくもない、ただの金貨だ――
――という認識は、3秒後に消えてなくなった。
どうしてそうしたか、と聞かれれば、なんとなく、という答えを返す他にない。
目で見て、手で触れて、何もなかったから、なんとなく匂いを嗅いでみた。それだけ。
そして……僕の鼻腔に流れ込んできたのは、金属の匂いだけではなかった。
2つほど、覚えのある匂いが混ざっていた。
爬虫類の匂いミックスの少女の匂いと、忘れようも間違えようもない、僕の母の匂いが。
その結果、わざわざ考えるまでもなく、この金貨がどういうものなのかわかった。
母さんが、あの少女……エータちゃんに僕の居場所を教えてもらったお礼として渡した金貨。スラム民っぽい女の子に何ポンとやってんだって、話を聴いて呆れた、あの金貨。
「……さっさと帰ってほしいのは今もそうだけど、その前に聞かせてくれる? お前さ、何でコレ持ってんの?」
言いながら、金貨を載せた手をすっとゼットの方に突き出して、その匂いをかがせる。
コイツがどのくらいにおいというものに敏感かはわかんなかったけど、ひと嗅ぎでエータちゃんの匂いだと見破ったらしい。ウェスカーに向ける敵意と警戒が段違いに増した。
よし、煽り成功。味方が増えたな。敵の敵的な意味でだけど。
「ご心配なく、彼女に何かしたわけではありませんから。順を追って簡潔に説明させていただきますと……とある理由から、先日、我々の組織で彼女を保護しました」
「保護? 拉致じゃなくて?」
「いえ、誓ってそのようなことはありません。彼女は彼女の意思で、我々の元へ身を寄せました。その際、騙したり、脅迫したりといったことも一切していませんし、これから彼女に害になるようなことをするつもりも一切ありません」
「……それを信じろっての?」
「……そうですね。証明する術はありません。詳しくは言えませんが、彼女は今外に出られない状態ですし……手紙を持ってきても信じないでしょう?」
そりゃまあね。いくら直筆の手紙だって言っても、筆跡なんて真似されればそれまで。てかそもそも僕、彼女の字、知らないし。
「そのエータ嬢から頼まれたのですよ。こんな大金受け取れないから、返しておいてほしい、とね……お母様に渡しておいて貰えませんか?」
「……よくわかったね? コレを彼女にあげたのが、僕の母さんだって」
「……人の記憶を読めるのは夢魔だけではない、と言っておきましょう」
あっそう。
一応、帯に収納する。それを見届けて、ウェスカーは『さて』と言って踵を返し、僕とゼットに背を向けた。……たたずまいに隙はなかったけど。
「用事も済みましたし、これで失礼します……これ以上ここにいると、そちらの『ゼット』殿に噛み付かれてしまいそうだ。怪我していたところを手当てして仲良くなったと聞きましたが……予想以上に大切に思っているようですね、彼女を」
へー、そんな感じの出会い方だったのか、こいつとあの子。まるでマンガのテンプレだ。
「……さっき言ってたことの確認みたいになるんだけど、ホントにあの子、納得してあんたらについていったの? こいつと離れるのも覚悟して?」
「ええ。事情が事情ですからね……その点において、少々彼女を説得させていただきましたが……おっと、今しがた言ったように、後ろ暗い意味では決してありませんよ?」
「でも説明してくれないんでしょ?」
「ええ、申し訳ありませんが。ただ……」
「ただ?」
「……遠からず知ることにはなりますよ。もうすぐ……大きく世界が動く。おそらくその時、また私はあなたと見えることになるでしょう……願わくばその時、敵として出会うことのありませんように……」
何か芝居がかった感じのセリフを言い残して、この場を去った。転移で。
気配ごと一瞬で消え去った目の前の人間を、最後まで鋭い目で睨んでいたゼットは、少しだけその警戒心を和らげた。
最後の方、殺気っぽいのまで一緒に体から漏れ出てたなー……それでも襲い掛からなかったのは、一応ウェスカーの奴の言ってることを理解してたからだろう。納得はしてるかどうか微妙だけど。
一応この場はウェスカーの言ってたことを信じるしかないか……仮に信じない、疑うとしても、何が出来るわけでもない。せいぜいフレデリカ姉さんにこの件を説明する時に、『全部鵜呑みにはしない方がいい』って注意しとくくらい……いや、それはそれで必要ないな。釈迦に説法だ、多分。
そうなると、もうホントにやることなくなったんだけど……
「……お前これからどうするの? あの子もうここにいないし来ないし……見たところ、怪我とかとっくに治ってるっぽいけど」
エータちゃんがコイツと出会った時に手当てしてやった怪我とやらがどんなもんだったのかは知らないけど、Sランクの『ディアボロス原種』を苦もなく倒してたくらいだから、もう完治してるんだろう。
ゼットは僕の質問に、しばしの間考えを巡らすように虚空を睨んだかと思うと……唐突に跳躍し、近くの岩場の高い位置にしゅたっと着地。
そして次の瞬間、体を丸めて背中に力をこめるような動作をしたかと思うと、ゼットの肩甲骨のあたりの甲殻が、剥がれるように盛り上がり……
飛行型のドラゴンが持っているのと同じ、骨と皮、そして鱗によって形作られる翼が、バサッと広げられた。翼膜が琥珀色……角や爪と同じ色だ。
あまりのことに唖然としている僕を一瞥すると、ゼットは大きく羽ばたいて空に飛び上がり、高くへと危なげなく浮かび上がる。
そして、魔力を流したらしく翼膜が琥珀色に強く光った直後……矢のような凄まじい速さで空のかなたへ飛び去った。
……ついに空飛ぶようになったのか、あんにゃろ。
「……帰ろっか、アルバ」
ぴーっ、と耳元で鳴いたアルバの声は、心なしか疲れているように感じられた。
それにしても今回は……王子様の一件といい、エータちゃんとやらの行方といい……何だかすっきりしない結末になっちゃったもんだな……なんか不完全燃焼だ。
ま、気にしてもどうしようもなんだろうけどさ。どっちも。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。