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魔拳のデイドリーマー 作者:和尚

第10章 水の都とよみがえる伝説

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第159話 翁孝行と極まるマッド思考

 

 この『アトランティス』に来てから2日が過ぎ、僕と師匠の研究はある程度の進展を見せていた。

 満足いくまで、なんて表現は到底使えないけど……この設備なんかもろくにない実地でやるには十分なところまで解析・開発を進められたと思う。

 いくつか新開発のマジックアイテムや魔法薬も作ったし。初日にサッと師匠が作ってた、植物の成長を早める薬みたいに。あ、ちなみにアレ欠点修正して完成したみたい。

 成長促進のための薬と、栄養を吸収されやすいように加工しつつ濃縮した液体肥料の2種類を組み合わせて使う薬。万能じゃなく、植物の種類によっては効力を示さないんだけども……十分にすごいレベルの発明が1つ出来上がったと思う。

 コレのほかにも、自重というものを空のかなたに投げ捨てて、僕と師匠は作って作って作りまくった。

 根にジャガイモが実り、枝の一部がニンジンに変異し、花が咲いた後にはタマネギの実をつける不思議な樹『カレーツリー』。もちろん品質は何も問題ないし美味しい上に、成長が早くて苗木を植えてから一晩も経てば収穫できる。

 スライムの核を感知して、投げるとそこめがけて飛んでいく折りたたみ式8枚刃の手裏剣『スライムキラー』。特殊合金で作ったパーツを、さらに『ライオットスライム』の体液で作ったニスでコーティングしてるので、よほど強力な酸でないと溶けない。

 『アトランティス』の古文書に書かれていた製法とここにしかなかった薬草、それらを地上の知識を組み合わせて作った新しい回復用魔法薬……そしてそれを、スプレー方式の容器に入れてシューっと患部に吹き付けて使えるようにした。

 ……とまあ、ざっとこんなもんかな、代表的なとこだと。

 他にも色々、作りたいものはたくさんあるんだけど……さすがにここじゃ設備が足りないのである。船か、師匠のラボにいかないと。機材がないと作れないものが多い。

 なので、そんなにここには長く滞在せずに、十分に調査が終わって、十分に息抜きできたら帰ろう、ってことになった。

 ☆☆☆

「……えっと、何してんのコレ?」

「見ての通りの修業じゃよ。うんうん、皆、向上心豊かで結構なことじゃのう」

 師匠と話して『早く帰ってもっと研究したいね』っていう方針が固まった所で、僕は他の皆にもそのことを相談させてもらうべく、研究を一旦中断して部屋を出た。

 そして、まず誰から話そうかな、やっぱり母さんかな……とか考えながら探してたら、偶然にも、僕と師匠以外の残りメンバー全員が同じ部屋にいた。

 学校の体育館みたいな超広い部屋で、皆で修業していた。アルバ含め。

 エルクとシェリーは、母さんが直々に相手してる。実戦形式の組み手で、近距離・中距離・遠距離の全範囲での戦い方をレクチャーしてるみたいだ。

 ミュウはアイリーンさんが、座学と実践の両方で指導していた。どちらも魔法中心のだとるスタイルだし、いい組み合わせの師弟だと言えるだろう。

 セレナ義姉さんはエレノアさんが相手をしていた。……すごいな、義姉さんの怪力で叩きつけられた盾を、エレノアさん真正面から蹴り返してるよ。こないだの戦い方見てスピード重視の戦い方かと思ってたけど、獣人らしく普通に膂力も規格外なんだ。

 ザリーの訓練相手は……ビィだった。見た目は小さくてかわいらしい猫だけど、その圧倒的なスピードは至極当然のように残像を生み出す。攻撃を当てる訓練でもしてるのか、速すぎて8匹に見えるビィを相手に、短剣装備のザリーが立ち回っていた。

 ナナとアルバの訓練相手は、ペル。3mくらい上空に滞空しているペルが、地上付近のナナ達に向けて大量の羽を撒き散らしていた。予測不可能な動きで落ちてくるそれを打ち落とす訓練みたいだ。
 しかも、羽には結構な魔力がこめられてて、それなりの威力の魔力砲撃じゃないと効かない上、床や体に触れると破裂して衝撃がくる+うるさい。
 おまけに2人とも大規模攻撃は禁止らしく、小さな魔力弾丸で迎撃していた。

「久しぶりに見たが、やはりええもんじゃのう、若いもんが夢に向かって努力するのを見るのは……お前さんは混ざらんのか?」

「ああ、無理よテラさんそれは。ミナトの訓練しようと思ったら、ここじゃちょっとせまいし強度も足らないもの。城ぶっ壊れちゃうわ」

 返事を返したのは、さっきから腕一本でエルクとシェリーの攻撃を完璧に防いでいる母さんだった。めっちゃ余裕だ……ダガーや長剣の刃の部分が直接当たってんのに、傷1つ出来る気配もないんだもんなー……EB使ってるとはいえ、さすが我が母。

「私の見立てじゃ、ミナトの戦闘能力は樹海にいた頃よりとんでもなく上がってるわ。戦い方を近接戦闘に絞ったとしても、周囲を結構な範囲巻き込むでしょうし……最近そんな感じのことなかった?」

「ああ、ありました。余波だけで一国の軍隊が壊滅しそうな接近戦その他を、悪の組織の幹部と繰り広げたりしてましたし……いやまあ、アレは相手も相手だったわけですけど」

「でもさ、ミナト君の訓練相手って言ったら多分お義母さんでしょ? 確実にウェスカーより強いじゃない? だったら結局似たようなことになるわよきっと」

 すごい勢いで組み手しながら普通に会話してる……器用だな3人共。
 母さんだけなら別にできても不思議じゃないけど……思ったよりエルクとシェリーの魔改造は進んでた、ってことだろうか?

 もしかしたら、僕と師匠が研究室(仮)にこもってた昨日からこんな感じで訓練してたのかもしれないし。母さん教えるの上手いから、急に上達しても不思議は無いな。

 それに、今話してた内容も実際正しい。

 僕がああいう感じで稽古付けてもらうとしたら、多分、というか絶対相手は母さんだろう。久しぶりの稽古だから、何が何でも自分がやるだろう、あの人は。

 そして、僕と母さんが、稽古とはいえ戦うことになったら……うん、まずこんな広さのフィールドじゃ耐え切れないだろうな。

 僕と母さんなら、魔力をこめた拳と拳がぶつかり合った衝撃波だけで、結構な被害を生み出すのなんてわけないだろうし……中距離・遠距離攻撃用の魔法その他を使えば、もっと被害は大きくなる。それこそ、この10倍の大きさの部屋でも足りないだろう。

 それ考えると、久々にお願いしようかと思ってた母さんとのスパーリングも、地上に出るまでお預けだな。

 そんなことを考えていると、いつの間にか母さんとエルクとシェリーの組み手が終わっていた。3人共、息を整えながらこっちに歩いてくる。母さんは息一つ乱れてないけど。

「ところでミナト、誰に何の用事? てか、研究終わったの?」

「ああ、そのことなんだけどさ……」

 かくかくしかじか。

 説明&相談すると、どうやら母さんも大体同じ感じのことを考えてたらしく、おおよそその方向でいくことになった。後でアイリーンさん達にも話すらしいけど、おそらく反対意見はでないだろう、とのこと。

 明後日かその次くらいかな、帰るのは。

 あ、それともう1つあったんだ、用事。
 母さん達じゃなくて……テラさんに。

「テラさーん、これ食べてみてー」

「うん? 食べるって……何じゃコレ?」

 すっ、と僕がテラさんの目の前に差し出したのは……ビー玉くらいの大きさの、真紅の木の実。1コだけ。

 え? と、僕と僕が差し出した手の上の木の実を交互に見るテラさん。

「さっき作ってみたんだよ。大丈夫、変なもんじゃないから。美味しいから。たぶん」

「いや、あんたコレ『作った』って研究ででしょ? その時点で変じゃないはずないじゃない」

「あー、それ言われるとこっちとしても言い返せないけど……でもホラ、毒が入ってたりするわけじゃないっていうね? 食べた瞬間成仏するなんてこともないから」

「まあ、そう言うなら食べるがの……なんか美味しそうだし」

 そう言って、みんなが見る中で、僕からその木の実を受け取って、川ごとぽいっと口の中に放り込むテラさん。直後、カリュッ、と快音を立てて噛み砕く音が聞こえた。

 その瞬間、

「――ッ!?!?!?」

 目を見開くテラさん。それを見て、僕以外の面子がびくっと驚き……

 
「――美 味 い!!」

 
「え?」

「美味い、美味いぞ! え、マジ何コレ!? ワシこんな美味い食べ物食べたことない!」

「そっか、よかったー。僕もがんばった甲斐があったよ!」

「……ちょいとミナト、説明しなさい」

 目の前で、味に感動してくれているのか、何歳か若返ったみたいな感じのテンションではしゃぐテラさんに、自然と僕も笑顔になってしまう。

 そんな僕の肩を、とんとん、と叩いて説明を催促する我が嫁。はいはい今話すよ。

 まあ、わかってると思うけど、アレ、僕が研究して品種改良で作った新種の木の実。名前はまだない。

 そして、もちろんただの『新種の木の実』じゃなく……色んな薬品とか素材とかを組み合わせて種をつくり、それを丁寧に育てて――つっても、成長促進薬で3分で収穫したけど――結実させた、『アンデッド専用の木の実』だ。

 通常、アンデッド系の魔物は食事を必要としない。
 『ゴースト』や『スケルトン』なんかを見れば、それは一目瞭然だろう。どう考えても食事が必要そうには見えないし。てか、そもそも食事できそうにないし。

 ただし、『できない』例外もある。食事が必要なアンデッドもいるにはいるし、必要なくても食事が『できる』アンデッドもいる。ごくごく一部だけど。

 ゾンビ映画とかでよく見る、人間を食い殺すゾンビとかみたいに、本能で新鮮な肉をエサにしようとする種類とか、死んでるけど生きてる時と同様に体を動かすために、外部からの栄養補給を必要とする種類とかいるから。

 あと、別に必要ないし本能で捕食したりもしないけど、ただ単に食べて楽しむために飲食するアンデッドもいる。ほら、テラさん『スライム茶』飲んでたし。
 その場合は、食料は完全に嗜好品扱いなんだけどね。

 ただ、ほとんどのアンデッドは生きてる頃と味覚が多少なり違うので、生前美味しいと思えていたものが美味しくない、なんていうことも往々にしてありうる。

 テラさんもそうだって言ってた。この城には何種類もの食べられる魔物や植物が自生してるけど、今も美味しく食べられるのはその中でもごく僅かだって。

 それを聞いて作ってみたのがコレ。
 アンデッドの味覚にあわせた、アンデッドのための木の実ってわけだ。

 味見してもらったその結果は……ご覧の通り。

「噛み潰した瞬間に口の中に広がる果汁……口いっぱいに溢れたそれが、長らく眠っていた味覚を稲妻のように一気に刺激して呼び覚ます……! 痺れるように鋭い、甘酸っぱい命の息吹……まるでフレッシュでジューシーな旨味の大洪水じゃあぁぁああ!!」

 なんか、一昔前のグルメ番組のコメントみたいなセリフと共に感激してる。てか、目元になんかキラキラしたものが……感涙?

 ……まあ、気に言ってもらえたんなら何よりだ。よかったよかった。

「そんなに美味しいんだ……ねえ、私も食べてみたいんだけど、もっとないのミナト?」

 と、母さん。あー、やっぱり言ったか。無理もないけど。でも、

「ごめん母さん、コレ多分生きてる人の舌には合わないから」

「? そうなの?」

 うん。アンデッドの魔物に美味しく食べてもらえるように、ってことだけ考えて、それ以外の全てを全力で度外視して作ったからね。

 そもそも、栄養素からして違う。アンデッドが美味しいと感じるだけでなく、そのまま、本来は食物なんか吸収されない死者の体にすらも吸収されるような構成成分だ。食べれば血となり肉となる、アンデッドにはこの上なく体にいい健康食品とも言える。

 しかし、軽く分析してみたけど……人体に有毒な物質が軽く20個は検出されてる。そのうち4つは、常人なら舐めただけで即死級の猛毒・有害物質だ。

 下手したら、EBがある僕や母さんですら、死にはしないだろうけど……お腹壊す恐れがある。それに、絶対美味しくないだろうから、食べない方がいいよ。

 ちなみに、1個だけ手のひらに乗せてテラさんに差し出したのは、複数個出すと多分母さんが横からひょいと掻っ攫って食べるから、っていう先読みの結果だったりする。

「なーんだ、つまんないわねー」

「じゃあお主コレ、100%ワシのために作ってくれたの?」

「うん。まあ、単に僕の好奇心で作ってみたかっただけなんだけどさ。あと、色々話してもらって世話になってるから、お礼もしたかったし、丁度いいかなって」

「……うぅう……なんてええ子じゃこの子……リリン嬢ちゃん、お主めっちゃいい息子持ったのう……」

 感激のあまり、今度こそ泣き出すテラさん。

 とりあえず、種作っといたからここで自分で栽培できるってことだけ伝えた。そして、研究室に帰る前に、残りの実をテラさんに渡してから部屋を出る。

 去り際にちらっと振り向くと、再開された訓練を眺めながら、上機嫌で美味しそうに木の実を口に運ぶテラさんの姿が見えて、ちょっと嬉しくなった。
 いいね、あんな風にお年寄りに喜んでもらえるのって。親孝行ならぬ、翁孝行?

 
 ……さて、と。
 ここの設備で出来る研究は、もうほぼやりつくしてしまったと言っていい。

 後は、地上に戻ってからか……楽しみだ。
 もうプランは出来てるんだ。一刻も早くコレを実現に移したい。

 帯からスマホを取り出し、設備・機材・材料不足で保留にしている研究・開発予定リストを眺める。思わず口元がにやりと歪んでしまった。いやもう、ホント楽しみで。

「さって……どれから着手しますかねー、っと……」

 両手の指に余る数の、僕の研究テーマたち。

 解き明かし、完成させるのに必要な時間は、果たして何年か、何ヶ月か……それとも、何日かな? 予想もつかないけど、目一杯楽しみたいもんだ。

 

 
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