野球を超えた文明論のようになってしまうが、最近の日本人は、自分とその周辺のことばかり興味を持ち、その話ばかりしているように感じる。
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「日本はこんなにすごい」ということを、外国人を集めて口々に語らせる番組の走りは、NHKBSの「Cool!Japan」だと思うが、今は同様の、もっとレベルの低い番組がたくさんある。

外国人が日本人のきめ細かさや用意周到さ、技術の高さなどに「びっくり仰天する」のを見るのは、日本人としては悪い気持ちはしない。
しかしそういう番組を日本人自身が作って、日本人が見ているという図式、よく考えれば非常に気持ちが悪い。
自分たちで自分たちを誉めそやす。自己満足である。

「世界のみんなが、日本のことをすごいって言ってるよ」と言いつのる番組ばかり見ていると、馬鹿になるんじゃないか、現実が見えなくなるのではないか、と思う。

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今のメディアは、海外スポーツでは、日本人の活躍ばかり取り上げる。
イチローがそうだし、羽生結弦や錦織圭がそうだ。ジャンプの高梨沙羅 もそうだ。
彼ら彼女らは確かに世界のトップアスリートだ。すばらしい成績を残してはいる。
しかし、彼らには手ごわいライバルがいる。そして日本人がまったく歯が立たないスポーツジャンルもたくさんある。

世界にはものすごいアスリートもたくさんいる。そういう選手を知り、日本よりもはるかにレベルが高いステージを知ることで、スポーツを見る楽しみは、もっと深くなるのではないかと思うのだ。

私がMLBを見るようになったのは1977年のことだが、池井優先生の本や、ベースボールマガジン社のMookなどは、文字通り私の「蒙を啓いて」くれた。
世界には、日本のプロ野球よりもはるかにレベルの高い世界がある。はるかに大きなフィールドがある。それは、非常に興奮することであり、可能性が広がったように思ったものだ。

(この本ではない)

1987年にF1が久々に日本にやってきた。
鈴鹿サーキットでの日本グランプリ、当時若手のゲルハルト・ベルガーは、コースにでて1周し、タイヤを温めると2週目で早くも、コースレコードを作った。
星野一義、高橋国光、長谷見昌弘、中嶋悟らが命を賭けて削りに削ったラップタイムを、わずか数分で破ったのだ。
その後、アイルトン・セナやアラン・プロスト、ナイジェル・マンセル、ネルソン・ピケらがどんどんタイムを縮めて言った。
マシンが違うとはいえ、世界のF1パイロットと日本のドライバーのレベルの差に愕然としたものだ。
その後、F1ブームが到来し、日本人ドライバーも何人も挑戦したが、ポディウムの頂点に立った日本人はいまだいない。
バブルのころの日本人は、仰ぎ見るような存在が世界にいることに興奮したものだ。

昔は「世界のスポーツを知る」とは「上には上がある」ことを痛感することと同義語だった。世界の広さと自分たちの卑小さを知ることで、勇気をもらい、奮い立ったものだ。

しかし今の日本は「つまらない日本」「ちっぽけな日本」を正視したくないという気持ちが強く働いている。
「不都合な真実」よりも「都合のよい作り事」を好むようになっている。

日本は老いたのだろう。日本のいろいろな部分がだめになり、経済的にも遅れをとるようになったのは「不都合な真実」から目をそらすようになったからだろう。

野球に話を戻す。イチローは確かにすごい存在だが、彼に続く選手は出てきていない。日本人の優秀さを追確認させるような存在は、少なくとも野手には出てきていない。
イチローは確かに日本人だが、彼は特別にすごい存在であって、日本の野球の優秀さを代表しているとは言いがたい。

いまや失敗することを恐れて、多くの日本人野手はMLBに挑戦しなくなった。おろかなNPB球団の中には彼らに待ったをかけることさえする。

いろいろな背景があるとは思うが、これは健全ではない。内向きに、自分たちのことしか興味がない日本には、将来がない。

イチローの「日米通算」は、日本人のせこさ、小ささを象徴するデータだ。視点を変えるべき時が来ていると思う。こうした空気が打破されることを望む。


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