薩長同盟締結の邸宅、場所を特定 京都の研究家、文書で裏付け
幕末に薩長同盟が締結された邸宅「御花畑(おはなばたけ)」は京のどこだったのか? この謎の解明に取り組んでいた元小学校教員で歴史研究家の原田良子さん(49)=京都市中京区=が、明治初期の行政文書などから、近衛家別邸があった現在の上京区森之木町だと突き止めた。原田さんは「薩長同盟から150年の節目に、歴史的な場所が特定できてうれしい」と話している。
薩長同盟はかつて、二本松薩摩藩邸(現同志社大今出川校地内、上京区)で締結されたと考えられていたが、その後薩摩藩家老の小松帯刀(たてわき)邸で結ばれたとの説が有力になった。さらに研究で、小松邸は薩摩藩が借りていた近衛家別邸「御花畑」だったとの見方が強まり、「室町頭」という地名まで分かったが、正確な住所は特定されなかった。
原田さんは、室町頭が同区の室町頭町ではなく、室町通北端の鞍馬口通を示し、西郷隆盛の文書に「御花畠水車」の記述があることなどを手掛かりに、当時水路があった森之木町と推定。昨年から京都府立総合資料館や京都地方法務局などで資料を片っ端から調べ、同町内の近衛家所有地を示す明治4年の行政文書を発見した。
文書には「北(鞍馬口通)間口四拾八間六寸、西(室町通)奥行三拾三間三寸」と記され、総坪数(1796坪)や「瓦平家建」「瓦住居二階建」「土蔵」「瓦平家長屋」の記述も確認できた。鹿児島市で開催中の企画展「幕末薩摩外交」で初公開された「近衛家別邸御花畑絵図」にも森之木町の記述があり、水路の位置が別の古地図と重なることからも裏付けられた。
薩摩藩史に詳しい原口泉・鹿児島大名誉教授は「丹念な調査で、薩長同盟の締結地が特定できた上、施設の具体像も分かったのは意義深い。小松が首席家老だったことを考えれば御花畑は準藩邸として機能し、重要な会合が行われたことも納得がいく」と評価する。
原田さんは「長年の疑問を解きたいという一心で、膨大な文書と格闘したかいがあった」と喜んでいる。
【 2016年06月10日 20時00分 】