結城浩です。いつもご愛読ありがとうございます。 おかげさまでこのWeb連載も今回で第160回を迎えることになりました! みなさまの応援に感謝します。
さて、たいへん恐れ入りますが、さらなるパワーアップをはかるため、 このWeb連載の更新を7月8日までお休みさせてください。
日程は以下の通りです。ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。
Web連載「数学ガールの秘密ノート」予定
・2016年6月10日(金)第160回更新
・2016年6月17日(金)お休み
・2016年6月24日(金)お休み
・2016年7月 1日(金)お休み
・2016年7月 8日(金)第161回更新
・(以後、毎週金曜日更新)
僕:数学が好きな高校生。
テトラちゃん:僕の後輩。好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。
ミルカさん:数学が好きな高校生。僕のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。
リサ:自在にプログラミングを行う無口な女子。赤い髪の《コンピュータ少女》。
瑞谷先生:司書の先生。定時になると下校時間を宣言する。
テトラちゃんのまとめ
ミルカ「そう。……ところで、ここまで考えてきたコーシー列による完備化を別の角度から眺めよう。まずは……」
テトラ「ちょ、ちょっとお待ちください。いったんここまでのお話を整理させてください」
ミルカ「ふむ」
テトラ「ミルカさんは、《有理数全体の集合》から《実数全体の集合》を構成するというお話をしてくださっていました」
僕「コーシー列による完備化だね」
テトラ「はい……そして、そのお話はこんなふうに進みました」
- 《各項が有理数である数列全体の集合》というものを考えます。
- その中で特に《コーシー列》という特別な数列に注目します。
- 《コーシー列》は、収束する数列になるのですが、その収束先が有理数になるとは限りません。
- ですから、あたしたちの手元には有理数しかなくても、《コーシー列》を使って有理数以外の数を指し示すことができます。
- それによって無理数を作り、結果的に実数全体の集合を作れることになります。
- 同じ数に収束する《コーシー列》は《同じ旗のもとに集う仲間》としてひとまとめに扱いたいです。
- そのために、《コーシー列》の項ごとの《差》を表す数列を考え、その数列が$0$という有理数に収束するかどうかを調べます。
- あとは、差が$0$に収束する《コーシー列》同士を同一視する同値関係を作り、それで《コーシー列》全体の集合を割ればできあがりです。
- そこからは、実数の和や積などの計算を作っていく……
僕「そうだね。その流れの通りだと思うよ」
テトラ「差の数列を考えるところがおもしろいと思いました。同じ数に収束する数列を見つけるのに、差が$0$になる数列同士を仲間にするところです。同一視、ですね」
僕「そうだね。これで《コーシー列による完備化》ができた」
テトラ「完備化……どうしてこれを完備化というのでしょうか」
ミルカ「収束先の数までが、その集合の中に備わっているから。有理数では、コーシー列を使って有理数の《外》へ抜け出すことができてしまう。 しかし、完備化によって実数全体の集合を作ると、 コーシー列を使ってその集合の《外》へ抜け出すことはできない。 収束に関して閉じていることになる。正確には有理数のコーシー列の収束とは別に、 実数のコーシー列についての収束を検討する必要があるけれど」
テトラ「先ほども、そういうお話がありましたね(第159回参照)。抜け出せるかどうか」
別の完備化
ミルカ「さて、私がこれから考えたいのは、別の完備化だ」
僕「別の完備化?」
テトラ「完備化に何種類もあるんですか?」
ミルカ「そういう意味ではない。先ほどのテトラの《まとめ》に出てきた《重要な概念》を少し変えるのだ」
僕「《重要な概念》というのは、《コーシー列》のこと?」
ミルカ「《コーシー列》を定義するために必要になる《重要な概念》のこと。その《重要な概念》はまた、 《数列同士の差》を考えるときにも必要だ。 つまり、完備化を行うときには本質的な役割を果たすことになる。 さて、その《重要な概念》は何かな?」
テトラ「《コーシー列》というと、$\XABS{a_m - a_n}$が$0$に収束する数列ですよね。《数列同士の差》というのは、$\XABS{a_n - b_n}$です」
僕「ミルカさん、もしかして、絶対値? 絶対値が《重要な概念》になるの?」
ミルカ「その通り。これから私たちは別の《絶対値》を考える。それを《$2$進絶対値》と呼ぶことにする」
テトラ「$2$進絶対値……」
$2$進絶対値
ミルカ「これから考えるのは、有理数の$2$進絶対値だ。ふだん私たちが使っている絶対値が《$0$からの距離》を表現しているように、 $2$進絶対値も数の《$0$からの距離》を表現していると見なすことができる」
テトラ「す、すみません。さっぱりわからないんですが……」
ミルカ「まだ何も説明していないのだから、わからないのは当然だ。わかったら驚きだよ、テトラ」
テトラ「は、はい」
ミルカ「まずは定義から。有理数の$2$進絶対値は以下のように定義される」
$0$以外の有理数$x$を、 $$ x = 2^n \cdot \dfrac{b}{a} $$ と表現する。ここで、$n$は整数、$a,b$は奇数である。
このとき、$0$以外の有理数$x$の$2$進絶対値$\XABS{x}_2$を、 $$ \XABS{x}_2 = \dfrac{1}{2^n} $$ と定義する。
また、$0$の$2$進絶対値$\XABS{0}_2$を、 $$ \XABS{0}_2 = 0 $$ と定義する。
テトラ「……」
僕「……」
ミルカ「さて?」
テトラ「……すみません。やっぱりわかりません」
僕「違うよ。テトラちゃん。ここは考えどころだ。僕もさっぱり意味がわかってないけれど、ミルカさんから《定義が与えられた》んだから、僕たちがやることは決まっている」
テトラ「え……」
僕「もちろんそれは、《例を作る》ことだよ!」
テトラ「あ。そ、そうでした。《例示は理解の試金石》ですものね。例を作ろうともしないで、わからないなんて言っちゃだめですね……」
ミルカ「たとえば、クイズ。$\XABS{6}_2$を求めよ」
有理数$6$の$2$進絶対値、 $$ \XABS{6}_2 $$ を求めよ。
僕「まずは、定義から、$$ 6 = 2^n \cdot \dfrac{b}{a} $$ を満たす整数$n$と奇数$a,b$を見つけないと」
テトラ「あ、分数ですから$a$は非$0$ですよね。ゼロ割になりますから」
僕「テトラちゃん、$a$は奇数だからもともと$0$は除外されているよ……」
テトラ「そうでした……」
僕「$6$は$2\times3$だから、こうかな?$$ 6 = 2^1 \cdot \dfrac{3}{1} $$ つまり、$n = 1, a = 1, b = 3$だね」
テトラ「ということは、$n$が$1$ですから、$2$進絶対値は、$$ \XABS{6}_2 = \dfrac{1}{2^1} = \dfrac{1}{2} = 0.5 $$ でしょうか」
ミルカ「それでいい。$0.5$でもいいし、$\dfrac{1}{2}$のままでもいい。とにかく、$\XABS{6}_2$がわかった」
$$ \XABS{6}_2 = \dfrac12 $$
テトラ「あ、あれ……たった一個の例を考えただけなのに《難しくないかも》と思えてきました。不思議です!」
僕「そうだね。僕もそう思うよ。この調子でいくつか例を作ってみようよ。たとえば、$\XABS{20}_2$とか」
テトラ「$20$は、$2^2 \times 5$ですね。ということは、$$ 20 = 2^2 \cdot \dfrac{5}{1} $$ になって、$n = 2$です。ですから、 $$ \XABS{20}_2 = \dfrac{1}{2^2} = \dfrac{1}{4} $$ になります! ちょっとコツがわかってきました」
僕「そうだね。これって、$2$進絶対値を考えるときには$2^n$だけが効くんだ。$a,b$は関係がない。言い換えると、$2$進絶対値というのは《$2$で何回割ることができるか》を表しているのかも。 $2$で割ることができる回数が多いほど、$2$進絶対値は$0$に近づくね」
テトラ「そうですね! だって、$2^n\cdot\dfrac{b}{a}$から$\dfrac{1}{2^n}$を求めるわけですから」
$$ \XABS{2^n\cdot\dfrac{b}{a}}_2 = \dfrac{1}{2^n} $$ミルカ「では、$2$で割り切れない$9$の$2$進絶対値はどうだろう」
僕「なるほど、$9$は奇数だから……簡単だよ。$2^0 = 1$を使えばいい。こうだね。$$ 9 = 2^0 \cdot \dfrac{9}{1} $$ だから、$2^0$の逆数が求める$2$進絶対値で、 $$ \XABS{9}_2 = \dfrac{1}{2^0} = \dfrac{1}{1} = 1 $$ になる」
テトラ「あれ、ということは、奇数の$2$進絶対値はいつでも$1$ですか?」
僕「そうなるね。負でもそうだね」
$$ \XABS{\pm 1}_2 = \XABS{\pm 3}_2 = \XABS{\pm 5}_2 = \cdots = 1 $$テトラ「$2$進絶対値は等しくなることもあるんですね」
ミルカ「ふつうの絶対値でもそうだ。$\XABS{1} = \XABS{-1} = 1$」
テトラ「あ、確かに」
ミルカ「奇数の$2$進絶対値が必ず$1$になるのはわかった。それでは、偶数の$2$進絶対値はどうだろう」
僕「それは、$2$で何回割れるかによるよ。$2, 6, 10, 14$のように、$2 \times \text{奇数}$だったら、$2$進絶対値は$\dfrac12$だね」
$$ \begin{align*} \XABS{2}_2 & = \XABS{2\cdot\frac11}_2 = \frac12 \\ \XABS{6}_2 & = \XABS{2\cdot\frac31}_2 = \frac12 \\ \XABS{10}_2 & = \XABS{2\cdot\frac51}_2 = \frac12 \\ \XABS{14}_2 & = \XABS{2\cdot\frac71}_2 = \frac12 \\ &\vdots \\ \end{align*} $$テトラ「ははあ、いまのは、$1,3,5,7\ldots$に$2$を掛けたものですね。だったら、$1,3,5,7,\ldots$に$2^2$を掛けたものの$2$進絶対値は$\dfrac1{2^2}$になるんですね」
$$ \begin{align*} \XABS{4}_2 & = \XABS{2^2\cdot\frac11}_2 = \frac1{2^2} \\ \XABS{12}_2 & = \XABS{2^2\cdot\frac31}_2 = \frac1{2^2} \\ \XABS{20}_2 & = \XABS{2^2\cdot\frac51}_2 = \frac1{2^2} \\ \XABS{28}_2 & = \XABS{2^2\cdot\frac71}_2 = \frac1{2^2} \\ &\vdots \\ \end{align*} $$僕「そうだね。いくらでも繰り返せる。奇数に$2^3$を掛ける、奇数に$2^4$を掛ける……とね」
$$ \begin{align*} \XABS{8}_2 & = \XABS{2^3\cdot\frac11}_2 = \frac1{2^3} \\ \XABS{24}_2 & = \XABS{2^3\cdot\frac31}_2 = \frac1{2^3} \\ \XABS{40}_2 & = \XABS{2^3\cdot\frac51}_2 = \frac1{2^3} \\ \XABS{56}_2 & = \XABS{2^3\cdot\frac71}_2 = \frac1{2^3} \\ &\vdots \\ \end{align*} $$ $$ \begin{align*} \XABS{16}_2 & = \XABS{2^4\cdot\frac11}_2 = \frac1{2^4} \\ \XABS{48}_2 & = \XABS{2^4\cdot\frac31}_2 = \frac1{2^4} \\ \XABS{80}_2 & = \XABS{2^4\cdot\frac51}_2 = \frac1{2^4} \\ \XABS{112}_2 & = \XABS{2^4\cdot\frac71}_2 = \frac1{2^4} \\ &\vdots \\ \end{align*} $$テトラ「あたし、$2$進絶対値さんと《お友達》になれそうです!」
ミルカ「そう? それなら、このクイズは?」
$$ \XABS{0.2}_2 $$ を求めよ。
テトラ「$0.2$の$2$進絶対値?」
ミルカ「$0.2$も有理数だから」
僕「……」
テトラ「$0.2$は、$0.1$と$2$を掛けますよね……あれ?」
僕「これは《定義にかえれ》だね」
テトラ「定義にかえれ……ああ、わかりました。分数に直せばいいんですね!$$ 0.2 = \dfrac{2}{10} = \dfrac{1}{5} $$ ですから、 $$ 0.2 = 2^0 \cdot \dfrac{1}{5} $$ になります。 ということは、$2^0$の逆数で、 $$ \XABS{0.2}_2 = \dfrac{1}{2^0} = 1 $$ になります」
僕「へえ、$0.2$は$2$進絶対値としては、奇数と同じなんだね」
ミルカ「$0$と$0.2$の《$2$進距離》は、$0$と奇数との《$2$進距離》に等しいといえる」
僕「$2$進距離?」
ミルカ「有理数$x$の$2$進絶対値$\XABS{x}_2$が定義できたのだから、二つの有理数$x,y$に対して、 $$ \XABS{x - y}_2 $$ を《$2$進距離》と呼ぶのは自然なことだと思うが」
テトラ「な、なるほど……」
僕「なるほどね」
ミルカ「テトラと君がたくさんの有理数$x$について、$2$進絶対値$\XABS{x}_2$を計算してくれた。それはすなわち、$0$と$x$の$2$進距離を計算したことになる」
テトラ「せ、先輩方! あたし、ひらめきました。それって、図に描けます! $0$より遠い人もいますし、$0$に近い人もいます。人じゃなくて有理数ですけど。同心円の上にいるんですよ!」
ミルカ「同心円?」
テトラ「$0$からの$2$進距離を半径とする同心円を描きました!」
ミルカ「なるほど」
僕「なるほどね」
テトラ「こうやって描くと、$2$進距離がよくわかります。たとえば、奇数$1,3,5,7,9,\ldots$はみんな半径$1$のところに集まります、 $2,6,10,14,\ldots$は半径$\frac12$のところに集まります。 なんだか、ふだん会ってない同中同クラが集まったみたいに」
ミルカ「その比喩はよくわからないな」
リサ「ルーラー関数?」
僕「うわっ!」
テトラ「リサちゃん!」
リサ「《ちゃん》は不要」
ミルカ「リサも来てたのか」
リサ「$\rho$が出てきそう」
ミルカ「出てくる」
テトラ「ルーラー関数?」
リサ「これ」
※$\rho$は「ロー」と読む。
僕「あっ、この図、ユーリが持ってたぞ。定規のようなルーラー関数(第108回 コンプリメント・コンプレックス(後編)参照)」
テトラ「ruler関数ですね。定規の目盛りのようです」
僕「そうか! $\rho(n)$を使えば、$2$進距離が表せる。$1$以上の整数$n$に対して、$$ \XABS{n}_2 = \dfrac{1}{2^{\rho(n) - 1}} $$ になるから! ルーラー関数のグラフで高いほど、$0$に近い数になるんだね」
テトラ「ええと? す、すみません。$1$から順番に$2$進距離を書いて調べます。しばしお待ちを!」
テトラ「……できました」
僕「楽しいな」
リサ「楽しい」
テトラ「《$2$進絶対値》や《$2$進距離》についてはだいぶわかってきました……ような気がしますけれど、ええと、ここから?」
僕「そうか、《重要な概念》を変えるんだった。《コーシー列》で、
- $x$の《絶対値》を《$2$進絶対値》に置き換える。
- $x$と$y$の《距離》を《$2$進距離》に置き換える。
ミルカ「その通り」
有理数の数列$\LL a_n \RR = a_0, a_1, a_2, \ldots$が、 次の性質を持つとき、この数列$\LL a_n \RR$をコーシー列という。
どんな(に小さな)有理数$\epsilon > 0$を選んだとしても、
$\epsilon$ごとに、(ある大きな)整数$N$を選んでやると、
$N$よりも大きなすべての$m,n$に対して、
$$ \XABS{a_m - a_n}_2 < \epsilon $$
を成り立たせることができる。
僕「たった一箇所、$$ \XABS{a_m - a_n} < \epsilon $$ を $$ \XABS{a_m - a_n}_2 < \epsilon $$ に変えただけだね。なるほど?」
ミルカ「それから、コーシー列同士の同値関係も決められる」
《コーシー列全体の集合》に同値関係$\sim_2$を入れる。
コーシー列$\LL a_n \RR$と$\LL b_n \RR$のあいだに$\sim_2$という関係があることを、 $$ \LL a_n \RR \sim_2 \LL b_n \RR \Longleftrightarrow \lim_{n \to \infty} \XABS{a_n - b_n}_2 = 0 $$ で定義する。
ミルカ「$2$進絶対値と、$2$進距離を使って定義した《コーシー列》によって、有理数全体の集合を完備化することができる。 これを$\mathbb Q_2$と書く」
僕「そうか……距離の定義が変わったけれど、コーシー列がちゃんと定義されれば、ふつうのコーシー列と同じようにして有理数の完備化ができるということ? $\mathbb Q_2$というのは、$\mathbb R$とはまったく違う《距離感》をもった数の集合になりそうだなあ……」
テトラ「ちょ、ちょっとお待ちください。あたしはまだ$2$進距離によるコーシー列のイメージが……わかりません」
ミルカ「テトラ?」
テトラ「あっ! そうでした! 違います! まずは例を作ります! $0$に収束するコーシー列の例!」
$2$進距離を使ったコーシー列で、 $0$に収束する数列を作れ。
僕「なるほど……さっきのテトラちゃんの同心円があるとイメージしやすいね。$2$を掛ければ掛けるほど、同心円の中心に近づくから」
テトラ「そうですね。あたしも意外でした。たとえば、これは$0$に収束するコーシー列ですね」
$2$進距離を使ったコーシー列で、$0$に収束する数列の例。 $$ 1, 2, 4, 8, 16, 32, 64, 128, \ldots $$
ミルカ「それでいい。もちろん、適当に奇数を掛けた別の数列でも同じように$2$進距離で$0$に収束する」
テトラ「おもしろいですね……なんだか、$$ 1, 2, 4, 8, 16, 32, 64, 128, \ldots $$ という数列は収束するんじゃなくて、 正の無限大に発散するように見えるんですが、$0$に収束するなんて。$2$進距離のためですね」
僕「《$2$でたくさん割れた方が$0$に近い》というのはおもしろい概念だなあ」
テトラ「おもしろいです」
ミルカ「この数列は$0$に収束した。もちろん、$2$進距離的な意味で」
僕「そうだね」
ミルカ「だとしたら、各項から$1$を引いた数列は$-1$に収束してほしいはず」
僕「ああ、そうだね。$2^k$という形の数列は$0$に収束したから、$2^k-1$という形の数列は$-1$に収束したいねえ」
テトラ「ちょっとお待ちください。そもそも、 $$ 0,1,3,7,15,31,63,127,\ldots $$ は収束するんですか? コーシー列になっているんですか?」
ミルカ「いい質問」
僕「そうか……」
以下の数列は、$2$進距離を使ったコーシー列になっているか。 $$ 0, 1, 3, 7, 15, 31, 63, 127, \ldots $$
ミルカ「テトラの意見は?」
テトラ「はい。《定義にかえれ》で、コーシー列の定義に出てくる、 $$ \XABS{a_m - a_n}_2 $$ を考えればわかります! これが$0$に収束すれば! ……どうするかは、ちょっとまだ」
僕「ああ、行くねえ。収束するね。$a_m = 2^m - 1$で$a_n = 2^n-1$だから、$2^m$と$2^n$の小さい方でくくればいいんだ。$m < n$で考えると、 $$ \begin{align*} \XABS{a_m - a_n}_2 &= \XABS{(2^m - 1) - (2^n - 1)}_2 \\ &= \XABS{2^m(1 - 2^{n-m})}_2 \\ &= \dfrac{1}{2^m} \\ \end{align*} $$ になる。$\dfrac{1}{2^m}$は$0$に収束するから、$\XABS{a_m - a_n}_2$も$0$に収束する」
以下の数列は、$2$進距離を使ったコーシー列になっている。 $$ 0, 1, 3, 7, 15, 31, 63, 127, \ldots $$
僕「コーシー列になっていることはわかった……けど、$-1$に収束するの、これ?」
テトラ「各項ともぜんぶ正なのに!? それなのに$-1$に収束?」
ミルカ「おもしろいのはここから。この数列を$2$進法で書いてみよう」
僕「おお……全部に$1$が並ぶのか」
ミルカ「もう一度リサを召喚してみよう」
テトラ「召喚って……」
僕「ポケモンじゃないんだから」
ミルカ「リサ! $2$進法で表記したときに$1$が$32$個並ぶ数は?」
リサ「符号なしなら、$42$億$9496$万$7295$(咳)」
ミルカ「$32$ビット符号つきなら?」
リサ「$-1$」
僕「!」
テトラ「?」
ミルカ「もっとも、$32$ビットに制限する必要は何もない。極限として$(\cdots1111 1111)_2$のようなビットパターンを考えると、 確かにこれは、$-1$と呼ぶにふさわしい数になっている。 なぜなら、$(1)_2$を加えると無限の繰り上がりが起きて$(\cdots0000 0000)_2$になるように見えるからだ。$1$を加えて$0$になるなら$-1$の名にふさわしい」
僕「これ、以前やったね!!(第102回 冒険ビット(後編)参照)」
テトラ「??」
ミルカ「この数学的正当化を考えるのは楽しそうだ。さらに和の極限として考えてもいい。 $(\cdots1111 1111)_2$というビットパターンは、 $$ (1)_2 + (10)_2 + (100)_2 + (1000)_2 + (10000)_2 + \cdots = (\cdots1111 1111)_2 $$ のような級数に見える。$1$のビットを順番に立てていくから。 ところが奇妙なことに、これを$10$進法に戻すと…… $$ 1 + 2 + 4 + 8 + 16 + \cdots = -1 \qquad \text{(?)} $$ ……となる。つまり、 $$ \displaystyle\sum_{k=0}^{\infty} 2^{k} = -1 \qquad \text{(?)} $$ のように見える」
テトラ「これは……やっぱりおかしいですね」
僕「……」
ミルカ「ところが、等比級数の公式を考えよう。$$ \displaystyle\sum_{k=0}^{\infty} r^{k} = \dfrac{1}{1-r} $$ この公式は$-1 < r < 1$で使うものだ。 でもここに無理矢理に$r = 2$を入れると、 ちょうど、 $$ \displaystyle\sum_{k=0}^{\infty} 2^{k} = \dfrac{1}{1-2} = -1 \qquad \text{(?)} $$ になる」
僕「これ、等比級数を求めるテストでやっちゃいけない失敗だね……でも、$2$進距離とは整合するのか。うう……これは?」
テトラ「……??」
ミルカ「この現象の数学的正当化は、楽しい仕事だと思わない?」
瑞谷女史「下校時間です」
(第160回終わり、第161回へ続く)
参考文献
・『プリンストン数学大全』
・『数とは何か そしてまた何であったか』(足立恒雄)
・『数論入門 (現代数学への入門)』(山本芳彦)
・『数学の基礎(日評数学選書)』(島内剛一)
・『数—体系と歴史』(足立恒雄)
・The Art of Computer Programming, Volume 4A: Combinatorial Algorithms, Part 1』(Donald E. Knuth)
・『数論1 Fermatの夢と類体論』(加藤和也+斎藤毅+黒川信重)
舞台裏の数学トーク!
僕「うーん……」
テトラ「先輩?」
僕「やっぱり、わかってないなあ。自分」
テトラ「先輩! そういうときには《例示は理解の試金石》ですよっ!」
僕「うん。そういうんじゃなくてね、《$2$で何回割れるか》という概念がなぜ重要なのかがわからないんだよ」
ミルカ「ふうん……」
テトラ「$2$進絶対値や$2$進距離のことですね?」
ミルカ「それなら、ポリヤの問いかけ《似た概念を知らないか》はどうだろう」
僕「似た概念? 《$2$で何回割れるか》に似た概念で、数学的に重要なものなんてあるかなあ……」
ミルカ「もちろんある。たとえば、こんな関数列を考えてみよう」
$$ \begin{align*} f_1(x) &= (x-2)^1 \\ f_2(x) &= (x-2)^2 \\ f_3(x) &= (x-2)^3 \\ f_4(x) &= (x-2)^4 \\ f_5(x) &= (x-2)^5 \\ &\vdots \end{align*} $$僕「へえ?」
テトラ「$f_n(x)$は$n$次式、ということですね」
僕「こういうこと? $f_3(x) = (x-2)^3$だったら《$x-2$で$3$回割れる》ということ?」
ミルカ「そういうこと」
僕「でも、だからといって……」
ミルカ「$y = f_1(x)$のグラフは、$x - 2 = 0$で$x$軸と共有点を持つ。$y = f_2(x)$のグラフもまた、$x - 2 = 0$で$x$軸と共有点を持つ。しかし、単に共有点を持つだけではなく、 そこで接している。$n$が大きくなればなるほど、$y = f_n(x)$のグラフは$x$軸とより緊密に接することになる」
僕「なるほど? $n$回微分してもまだ共有点を持つ、みたいにね」
ミルカ「つまり、ある関数が$(x - 2)^n$という因数を持つかどうか、持つとしたら《$x-2$で何回割れるか》というのは、 その関数の《$x = 2$周辺の局所的な状況》を教えてくれる」
僕「ほう?」
ミルカ「その類比を使えば、$2$進距離を考えるというのは、その有理数の《$2$周辺の局所的な状況》を教えてくれることが期待できそうだ」
テトラ「……!」
ミルカ「$2$進絶対値、$2$進距離、そして、有理数を完備化した$\mathbb Q_2$を考えた。ここで《$2$》を《素数$p$》に変える」
テトラ「《文字の導入による一般化》ですね!」
ミルカ「そうすると、まったく同じように、$p$進絶対値、$p$進距離、コーシー列、そして、有理数を完備化した$\mathbb Q_p$を考えることができる。 そしてこれらの概念は、整数論の研究に役立っているのだ。 《素数$p$周辺の局所的な状況》を教えてくれる重要な概念として」
リサ「下校時間」