─ドイツの例とは文脈が異なりますが、韓国でもかつて、日本の大衆文化の流入が制限され、日本語の歌謡曲を放送することなどが法律で禁じられていましたよね(98年以降、段階的に開放)。
金 私は94年に韓国の高校を卒業して留学のため来日しましたが、高校時代は日本の歌手が日本語で歌っているCDを表立って買うことはできませんでした(04年に解禁)。「表立って」と言ったのは、実際には多くの人がコッソリと買っていたからです。また、警察の取り締まりもそれほど厳しくなかったように思います。
韓国のこういった規制を反日感情と結びつけて捉(とら)える人がいるかもしれませんが、現実は違います。規制が始まった当時、韓国には植民地時代の名残(なごり)もあって日本文化の影響がとても強く、規制をしなければ韓国の大衆文化が育たないという事情があったのです。
ちなみに、韓国では植民地支配時代から残っている“日本語由来の外来語”が、一般レベルでは今でも広く使われています。例えば、「おでん」「うどん」「バケツ」「タマネギ」などです。若い世代の間でも、親世代が使っている影響でそれらは普通に使われていますが、TVやラジオなど公共の場でアナウンサーやコメンテーターが使うことは許されません。法的な規制はないのですが、自制的な「放送禁止用語」というところでしょうか。
─「おでん」「うどん」がいわゆる「放送禁止用語」になっている背景には、そういった言葉が日本による植民地支配の負の遺産であるという認識があるのでしょうね。どこの国でも、文化と共に言葉も輸入される。戦中の日本でもプロ野球の試合でアンパイアが「ボール」「ストライク」と言うことが許されず、「だめ」「よし」とコールしていました。
金 植民地支配時代の記憶を呼び起こすような言葉は放送禁止ですが、一方で今の韓国では日本人をはじめ海外出身者と結婚した韓国人の家庭を指す言葉として、「多文化家族」という呼称が定着しています。新たな人が家庭や家族に入って来ることに対して、現在の韓国が価値を見出している表れといえます。
韓国では1961年に軍事クーデターが起こって以降、81年に解除されるまで戒厳令が敷かれ、言論・表現の自由が厳しく制限されていました。戒厳令が解除され、憲法で保障された言論・表現の自由を取り戻したことは韓国人にとって大きな喜びでした。この権利が不当に誰かを傷つけるためではなく、すべての人にとって喜ばしいものに感じられるような環境を作っていくことが重要です。
言論・表現の自由というのは非常に奥が深く、重い責任を伴う権利です。私は日本で現在のようにヘイトスピーチが横行し、対策法まで作られた背景には日本の教育の問題、特に近現代史の教育が十分に行なわれていない現状があると考えています。せっかく自由があるのですから、それをより豊かな社会や文化を築くために使ってほしいと思います。
●金恵京(キム・ヘギョン)
国際法学者。韓国・ソウル出身。高校卒業後、日本に留学。明治大学卒業後、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科で博士号を取得。ジョージ・ワシントン大学総合科学部専任講師、ハワイ大学韓国研究センター客員教授、明治大学法学部助教を経て、2015年から日本大学総合科学研究所准教授。著書に『柔らかな海峡 日本・韓国 和解への道』(集英社インターナショナル)、『無差別テロ 国際社会はどう対処すればよいか』(岩波現代全書)などがある
(取材・文/田中茂朗)