「レイプはセックスではなく暴力」日本で被害に遭ったオーストラリア人女性の活動
今年1月、東京・世田谷区で行われたイベントで、キャサリン・ジェーン・フィッシャーさんは話し始めた。「I’m Beautiful. 私は美しい。私は素晴らしい人です」。そしてこう続けた。「でも2002年、私は自分のことをそう思えなくなった」。
レイプ被害後の、警察のずさんな対応
キャサリンさんは2002年4月、神奈川県横須賀市で米軍の兵士から車の中でレイプ被害に遭った。心身に大きなショックを受けた彼女をさらに追い詰めたのは、直後に通報した神奈川県警からの威圧的な取り調べ。担当した男性警官は「救急車を呼んでほしい」と震えながら訴える彼女に対して、「どこもケガをしていないじゃないか」と耳を貸さなかった。著書『涙のあとは乾く』(井上里訳/講談社)の中では「彼らは、わたしを価値のないゴミのように扱った」「被害者ではなく犯罪者のように扱った」とつづられている。
その後、検察は犯人を不起訴にし、軍を除隊となった犯人は民事裁判を無視して帰国。しかし彼女は闘いを始める。自分の手で犯人を探し、粘り強い要求によりアメリカで民事裁判を起こしたのだ。勝訴を勝ち取るために、キャサリンさんは賠償金1ドルという条件を飲んでいる。他にもいる性犯罪被害者たちのために、自分が負けるわけにいかないと思ったからだ。
性犯罪防止のための団体を立ち上げ、講演活動などを続けているキャサリンさんに、今思うことを聞いた。
性犯罪に遭った人はどこに行けばいい?
――驚くのが神奈川県警の対応です。病院で検査を受けさせないのに、キャサリンさんを現場である車に連れて行って、何十分もかけて「証拠写真」を撮ったり。ちょっと信じられないような……。
キャサリンさん(以下、キャサリン):私も信じられなかった。私が生まれたオーストラリアでは、もう60年前からレイプが犯罪で、どんな処置を行わなければならないか教育しているの。犯罪に遭ったときに証言できるよう、小学校や中学校に警察の人が来て、「今から部屋に入ってくる人がどんな洋服を着ているか覚えていてくださいね。後から聞きますからね」という指導もする。だからレイプキット*の存在を子どもでも知っています。神奈川県警が私をどうして病院へ連れていってくれないのか、信じられなかった。重要な証拠が体の中に残っているのに。
*被害者の体に付着した加害者の体毛や体液などを収集するための器具。
――防犯教育、性教育の必要性について聞かせてください。
キャサリン:ひとつの例だけれど、子どもが生まれたら、虫歯にならないよう、歯磨きの仕方を教えるでしょ。それと同じで、子どもが安全に過ごせるように何でも教えなきゃいけないの。体に触らせてはいけないことも、自分の身体が大切ということも、もしそれ(性被害)が起こったらどうするかということも。
もし虫歯ができたら、歯医者に連れていきますよね。歯医者はたくさんあるから選びますが、性犯罪に遭った人はどこに行けばいいのか。私が被害に遭った当時、日本には24時間開いているレイプ被害者のための救急センターがありませんでした*。以前、1ヵ月間だけレイプ被害のための電話相談窓口が設けられたことがありましたが、24時間体制ではなかった。そのとき私は日本政府に対して「消防署を1ヵ月限定で開くこと、24時間体制ではないことに何の意味がありますか?」と尋ねました。火事もレイプも、いつ起こるかはわかりません。
*現在、全国各地にNPO法人などが運営する性暴力被害者支援のためのワンストップセンターがあるが、24時間ホットラインを設けているのは東京の「SARC」・大阪の「SACHICO」・福岡の「ふくおか」など一部のみ。
レイプは身体を武器として使うこと
――著書『涙のあとは乾く』の中で、東京での裁判中、裁判官のひとりだった男性から「私は性被害を受けそうになったことがあるからあなたの話を信じる。でも他のふたりの裁判官は私ほど同情的ではないだろう」と、訴訟の取り下げを勧められる場面がありますね。
キャサリン:本当に、法律も何もかも遅れている。日本の法律では男性がレイプ被害に遭うことはないとされていますし*、政府が被害者に対して無責任なの。日本のことわざにある「臭いものに蓋」ですよね。
それから、レイプのイメージもおかしい。セックスだと思っている人が多いですが、レイプは身体を武器として使う暴力です。レイプはこの手を、この身体を武器として使うこと。
*強制わいせつは被害者の男女を問わないが、強姦は女性に対してのみ行われるものと定義されている。刑法177条「暴行又は脅迫を用いて13歳以上の女子を姦淫した者は、強姦の罪とし、3年以上の有期懲役に処する。13歳未満の女子を姦淫した者も同様とする」
――日本で被害に遭って、警察からもひどいことをされて。でもキャサリンさんは日本が好きだとおっしゃいます。日本を嫌いにならないのはなぜ?
キャサリン:子どものころに初めて来日する前からずっと日本が大好きだったの。お箸の練習をして、海苔のついたおにぎりを食べている写真もあります。日本に来るのは私にとって夢のようなことだと思っていた。日本人は優しくて上品。だから、日本の警察は被害に遭った私を助けてくれるヒーローだと思った。でもそうではなかった。そこは日本の恥。でも、素晴らしい思い出もたくさんあります。
キャサリン・ジェーン・フィッシャーさん「2008年に沖縄で講演をしたとき、50年前に米兵にレイプされたという女性から『レイプされたのは私たちのせいでないと言ってくれてありがとう』と声をかけられました。忘れられません」
「誰も私の愛を奪うことはできない」
――講演でキャサリンさんは「I’m Beautiful.」と仰いましたね。
キャサリン:被害に遭ったとき私には3人の息子がいました。末の息子は小さいころからずっと、PTSDに苦しむ私を見ています。苦しむ私を見て彼もつらい。被害者の人生を変えるだけではなく、家族が悲しんで、その友達や恋人が苦しんで、みんなに広がっていくんです。本当にね、たったひとつの被害で社会全体が悪くなっていく。
でも家族と一緒にいる時間がすごく大切だから、私は毎日歌ったり、素敵な食事をつくったりいろんなことをします。毎日「I love you.」と言います。去年、息子が初めて私に「Mom, I’m so happy.」って言ってくれた。それが最高にうれしかった。
本当に、愛が血管からあふれるくらいですよ。そのくらい強くなりました。何があっても、誰も私の愛を奪うことはできないの。そう思えるようになるまでは、すごく時間がかかったけれど。警察が、私が望んだようにヒーローだったら、適切なケアを受けられる機関があったら、こんなに時間はかからなかった。だから私は、日本で(性犯罪防止と被害者支援のための)活動を続けています。
被害者の9割は通報や相談を行わない現状
日本での強姦認知件数は1410件、強制わいせつは7672件(平成25[2013]年/警察庁)。しかし被害者の9割は通報や相談を行わないという調査結果もあり、暗数の多さが指摘されている。国際被害者学研究所所長のジョン・ダシック教授は神奈川県警の行為を「これまで見たこともないほど悪質なセカンドレイプのケース」と断罪したが、キャサリンさんが神奈川県警に対して起こした訴訟に対して、最高裁判所は2009年、キャサリンさん敗訴の判決を下した。
オーストラリア出身。1980年代に来日し、モデル・タレントとしてテレビ番組にも出演する。2002年4月、横須賀でボーイフレンドを待っている間に飲み物に薬を盛られ、面識のない米兵からレイプ被害に遭う。2005年、性犯罪防止と被害者への支援のため「ウォリアーズ・ジャパン」(Warriors Japan-Woman Against Rape)を設立する。