* 平成3年からの経過説明
平成3年7月15日
地下鉄路線建設工事の横浜交通局の説明不備のため
出席できなかった。
その後、交通局への問い合わせにより家の直下を
地下鉄が通ることが判明した。
平成3年9月3日
2回目の説明会があり出席する。
その後、交通局との折衝が始まる。
折衝の内容は以下のとおりです。唯、この当時の折衝は
ほとんど私共から当局を呼び出して行なったものです。
1、私たちに対する交通局の折衝担当者は最初、
用地第一事務所の幕田係長でした。
・交渉の内容
a.交通局は区分地上権設定の補償での話でした。
b.両親は係長に「地下鉄が通るなら借地権、居住権等を
買ってください、地主と私たちの間に入って話合ってください」
との旨をお願いしました。
c.係長から「分かりました」との由の返事をもらいました。
2、その後、平成4年に幕田係長とU所長や田頭課長が来た時に
「地下を通ることは地主とも話合い決定したであろうし、
普通は道路や公共地の下を通るのが常識であろうと、
だからこのような土地に住むのは不安だ」と伝えました。
上記3人は「あなた方の希望にできるだけ協力する」
と言って帰りました。
3、上記2に関する当方の交通局に対し解決してもらいたい問題点
A、地下鉄が家の直下を通る問題。
B、地下鉄が通る土地と通らない土地の地価の問題。
C、借地権があと15年はある。
D、振動や音が伝播して来る問題。
E、振動騒音の伝播による生活の不安(健康の不安)の問題。
4、交渉過程で交通局は以下の要旨の主張をした
A、区分地上権設定の補償で契約してもらいたい。
B、お宅の商売や建物に影響は無い。
C、更地ではないから用地売買はできない。
D、振動や騒音は健康に影響しない。
5、金額査定に関して平成4年9月16日付でU所長名で
「区分地上権設定補償金の提示時期について」
という文書が私共宛に届きました。
内容は金額算定の遅れに関する内容でした。
6、平成5年頃から自宅(旧宅)から直線距離で50m程で
長後街道という県道(バス通り)の道路拡張の話が
沿線住民や地権者に対してあった。
横浜市と商店街との話し合いが行われ、私共も出席した。
7、平成4年11月以降5年末の間について横浜市側からは
ほとんど何の連絡もなく補償の話も頓挫した。
8、平成5年○月△日の地主の要求。
「交通局がテントの土地を更地にすれば買うと言ってきた。
私が借地権を買い戻し、お宅の建物も壊してあげます。
地下鉄という町の発展、交通の緩和、住民のために
捺印してくれれば、値段は後で話合う。」
という旨の話でした。
突然、言われても返答できないし、居住権や営業権の
明確な話はありませんでしたので
返事することが出来ませんでした。
9、その後、この問題に関して対応策をいろいろと真剣に考えました。
10、平成5年12月頃
自宅の裏にある地主の空き地400〜500坪が市に売却されていた
ことに気付きました。
また後日、長後街道の拡幅整備に伴う代替地として利用されたので、
上記8項の地主からの話はこれに関連するものだったのかと
思いました。
11、平成6年×月◇日
交通局U所長が電話で「話の遅れている理由はテントにある」
との旨の話をされました。
この直後、すぐに所長が私の自宅に来られて
「区分地上権設定の補償しかできない」という
旨のことを言われると同時に、最後まで話合いだからと言う反面、
「市のやり方が気に入らなければ他県に越すんだね」
との旨の言葉を残してお帰りになりました。
この所長の恫喝ともとれる言葉に私どもは愕然としました。
12、その後、幕田係長へ地主に「更地にすれば買う」
という話をしたのは誰ですかと電話で聞いたところ
部下だった2名を連れて私どもの自宅に来られました。
係長は
「地主との交渉も私がやっているがそんな話はしていない」
との旨でした。
そこで、係長に地主との交渉経過の説明のために
文書にて提示するように求めましたが、
係長は文書化も出来ないし説明も出来ないとのことでした。
ここで交通局と地主の話が食い違うことになりました。
この後、交通局からは何の説明もないし
用地交渉も行われていません。
13、平成6年7月△日
U所長と幕田係長が異動するということで
係長は挨拶に来ましたので、
交渉の再開をするようにと要請しましたが
明確な返事はもらえませんでした。
この時、私どもは
「このままでは商売にも影響があるので、何とかしてほしい」
との旨を説明したところ、
係長は私共の心配も何処吹く風のごとく態度で
「閉店セールでも何でもやりたければやればいいじゃない」
という旨のことを言われてお帰りになりました。
私どもはこの言葉に驚愕しました。
14、その後、新しい品川用地部長・鈴木所長・草野課長に
代わりました。
いろんな方に仲介に入ってもらいましたが
交渉は進展しませんでした。
15、平成7年1月□日
あまりにも交渉が進展しないので交通局に電話したところ、
局長の秘書の方が電話に出られ
「交渉が進まないのは、地主さんとの金額の交渉が
進まないからですよ」という旨のことを説明されました。
このことは課長さんたち実務担当者はご存じなかったようです。
16、その後、地主が時々、私の自宅へ来ては
「土地は私が市に売るのだから営業権等は
市に買ってもらいなさいと」という旨のことを
いつも言っていました。
17、平成7年6月25日
私どもはやむにやまれず横浜市長に手紙をきましたが
事務的な返事で何の解決の糸口もありませんでした。
18、平成7年8月○日
草野課長が初めて、県の収用委員会に掛けたいと
言って来られました。
19、平成7年11月
収用委に掛ける為の土地物件調査に、大型バスと何台もの乗用車を
乗りつけて何十人もの交通局職員らが来ました。
この時私どもは意味が判らずにただおろおろしていました。
20、平成7年12月×日
市の担当者が収用委へ出す申請手続きの為
私どもの自宅へ来られました。
しかしその後、市や県の担当者の明確な説明がなかったので
私どもは申請書の署名、捺印を断りました。
続きは
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